第2話:背徳の余香
朝の光が障子越しに差し込む。
私はまだ、昨夜の余韻の中にいた。
肌に残る熱、耳に残る吐息、指先に残る彼の温もり。
それらが、夢か現かもわからぬまま、私の心を揺らしていた。
布団の中で身を丸める。
昨夜、康彦の腕の中で眠ったはずなのに、目覚めたときには彼の姿はなかった。
それが、少しだけ寂しくて、少しだけ安堵でもあった。
「お義母さん、朝ごはん、作っておきましたよ」
台所から聞こえる声に、私は胸を撫で下ろす。
彼は、いつも通りの康彦だった。
まるで、何もなかったかのように。
けれど、私の中では何かが確かに変わっていた。
彼の指が私の肌をなぞったとき、私は女として目覚めてしまった。
それは、母としての役割を裏切ることでもあり、女としての本能に従った結果でもあった。
朝食の席で、彼は穏やかな笑顔を浮かべていた。
私はその笑顔を見つめながら、昨夜の彼の表情を思い出していた。
月明かりの下、私を見つめる瞳は、少年のようでいて、男のものだった。
「昨日は……ごめんなさい」
私は箸を置き、静かに言葉を紡いだ。
康彦は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「謝らないでください。僕は……嬉しかったんです」
その言葉に、胸が締め付けられる。
嬉しかった——その一言が、私の罪悪感を優しく包み込んだ。
食後、庭に出て、洗濯物を干す。
風が浴衣の裾を揺らし、昨夜の記憶が蘇る。
縁側で交わした吐息、肌を重ねた瞬間、彼の声。
それらが、風に乗って私の耳元に囁く。
「麻衣子さん」
背後から呼ばれ、振り返ると、康彦が立っていた。
その瞳は、昨夜と同じ熱を宿していた。
「もう、いけないのよ」
私は首を横に振る。
けれど、彼の手が私の頬に触れた瞬間、身体が震えた。
「僕は……麻衣子さんが好きです」
その告白に、心が大きく揺れた。
母として、女として、どう応えるべきか——答えは出なかった。
ただ、彼の手を拒むことができなかった。
それが、私の答えだったのかもしれない。
縁側に腰を下ろし、彼の肩にそっと頭を預ける。
風が二人の間を通り抜け、竹の葉がささやく。
その音が、私たちの背徳をそっと包み込んでくれるようだった。
この関係が、いつか誰かを傷つけるかもしれない。
それでも、今だけは——この瞬間だけは、許されたいと思った。
――つづく。
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