第29話 前へ前へ 2

「どうして、糸美川さん。だって、糸美川さんは私に優しくしてくれたのに」


 糸美川さんの言葉に、笹木さんは縋るように、自らに優しくしてくれたことを述べたけれども、糸美川さんは静かに首を横に振った。


「優しく対応する、親切にすることと、仲良くすることは違いますよ、笹木さん」

「そんな……!」


 糸美川さんの言葉は、笹木さんにとって、余程ショックだったようだ。

 二の句が告げられないようである。


「けれど、私にも悪いところがありました。笹木さんが、湊君を非難したあの日。すぐにでも否定するべきでした」

「それ、は」

「私は、ほんの数日ですけれど、湊君の良いところを沢山知っていたんです。ですから、たとえ噂話のようなものであっても、すぐさまそれは違いますと、断定すべきでした」


 糸美川さんは真剣な表情で、自らの過ちを告白する。

 それは。僕に向けた謝罪でもあるのであろうか。


「そんなの、糸美川さんは悪くない……」


 笹木さんは其れを聞いて、ショックだったのか自らがしたことだというのに、糸美川さんが悪くないとこぼした。


 けれど、それを受けても糸美川さんは、再度首を横に振った。


「それに、貴方に対しても失礼でした。私は、貴方に嫌われたくなくて、そもそも知らない相手の事を悪く言うべきではないと言うことさえ、言えませんでした」

「あ……」


 糸美川さんの自制の言葉に、笹木さんは自らの恥ずべき行動を思い知ったのだろう。

 顔を赤くしている。


「本当は、貴方と仲良くすることが出来ない、私にはそんなこと言う資格はないんです。貴方が私と仲良くなりたいとそう思ってくれたのは、私が誰にでも良い顔をしていたから」

「そんな、ことは……」

「もしも、私が貴方の言葉をすぐさま否定したら、どうでしたか?人の悪口を言うべきでない。湊君はそんな人ではない。そういう私でも、仲良くしてくれると感じましたか」


 糸美川さんの問いかけに、笹木さんは言葉に詰まる。

 自分に優しい筈の相手が、自分の言葉を即座に否定してきたら。そのことを想像したのかもしれない。


「ですから、ごめんなさい。そして、はっきりと言わせてもらいます。私は、湊君を悪く言う方とは、仲良くできません」

「…………!」


 決定的な一言に、笹木さんは慌ててお弁当をしまい込むと、屋上を走り去っていった。


 そして、屋上には静寂が訪れる。


「玉枝さん、宇城さん。巻き込んでしまって申し訳ございませんでした」


 糸美川さんが、まっさきに口火を切って、同席した二人へと頭を下げた。


「……一つ、良いかしら、湊君」

「え、僕?どうぞ」


 糸美川さんの謝罪に、真っ先に反応したのは宇城さんだった。

 そして、何故か僕へと質問が投げかけられる。


「貴方、やたらとクラスの人に話しかけていたのは、このため?」

「このため……ってことはないかな。普通にクラスで浮いていたから、僕。馴染みたかっただけ」

「そう……ええ、そうね。安心して、糸美川さん」


 僕の言葉に、何かを感じたのか、宇城さんがひとり頷く。


「彼が自分で動くまで、なんとなく遠巻きにしてたのは私達も同じだもの。笹木さんは後でフォローしておくから」

「宇城さん……ありがとう、ございます」


 クラス全体の態度が、笹木さんの反応を引き起こしてしまったと、宇城さんはそう言ってくれた。

 僕が迷惑をかけた形なのに、申し訳ないな。


「なーなー。湊。結局どういうこと?」


 良く分かっていないのか、玉枝さんが、きょとんとしながら、僕へと尋ねた。


「そうだね、誰とでも仲良くすることは、難しいってことかな」

「えー。そんなことないだろー」


 僕の答えに、玉枝さんは快活に笑って、それを否定した。


「こうやって、皆でご飯を食べれば、すぐに仲良くなれるって」

「はは。そうかもね」


 玉枝さんの答えに、皆で思わず笑ってしまう。

 それはそれで、きっと本当の事かもしれない、その方が良いと、そう思える。


 とはいえ、玉枝さん。

 良いこと言った、と言う感じで僕の唐揚げ取ろうとするの止めてね。

 それは許されないよ?


 こうして、とりあえず僕がクラスで浮くことは、無くなったと言えるようになった。

 どうしても、笹木さんとは距離が出来てしまったけれどね。



「お疲れ様、糸美川さん」


 その日の放課後、先生に断って、屋上の花壇に水やりを。

 そこで、僕は糸美川さんを労った。


「湊君も、お疲れさまでした」

「僕は何もしてないよ。何より、糸美川さんがはっきりと言ってくれて、ちょっと嬉しかった」

「いいえ、あの時言った通り、本当はすぐにでも湊君の味方に回るべきだったんです。反省ですね」


 糸美川さんは、少し落ち込んだ態度だけれど、気に病むことはない。

 おかげで僕はむしろ奮起したんだから。


 頑張った甲斐もあって、クラスメイトの男子とも、それなりにやり取りは出来るようになっている。

 後なんか玉枝さんと宇城さんとは結構良い関係だ。


 なんというか、僕の目標に対して凄い進捗具合だと思う。

 自分でも正直ビックリだ。


「でも、良かったの?あそこまでハッキリ言ってしまって」

「はい。そうですね……ええ。私、目指すべき場所を間違えるところだったと思うんです」


 再度笹木さんへの対応があれで良かったのかと問えば、糸美川さんはしっかりとした口調で、答えてくれた。


「私が目指したい"美少女"は誰にでも分け隔てなく接するなんてものじゃありませんから」

「そっか。なら僕達、更に一歩前進だね」

「ええ、やっぱり湊君、頼りになりますね」

「それほどでも、あるかな?」

「それは、調子に乗り過ぎです」


 ふふ、と笑う糸美川さんに陰りはない。

 ばっちりと"美少女"が返ってきた。


 となれば、後はもう一つの問題を、もう一人の"美少女"と話をつけるだけ。

 もしかしたら、拗らせてしまうのかもしれないけれど、きちんと向かい合った方が良いと思うから。


「湊君。……オレが喧嘩しそうなときは、止めてくれよな」

「いや、喧嘩は駄目だからね」


 怖い事言わないでよ、もう。

 でも、僕は、糸美川さんも志原田さんの事も、信頼していますので。


 きっと、大丈夫だ。

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