ペン一本から始める冒険者稼業 〜最弱職の「画家」と居候天使、爆速レベルアップで成り上がる〜

モモのすけ

第1話 ダンジョンの画家

 遥か太古──理想郷を夢見た人々は幾つもの「塔」を作り上げ、やがて天上へ辿り着いたという。


 そんな神話の時代から幾星霜。


 打ち棄てられた数多の塔は魔物の巣窟ダンジョンと化し、今なお莫大な富と神秘を抱えている。その輝きと栄誉に惹かれた人々は、今日も塔へと挑み続けていた。


「注意はこっちで引き付ける! ジャネットは回り込め! リザードの弱点は覚えてるよな!?」


「当たり前だろうゲルト! もうアタシが耄碌するような歳だと思ってんのかい!?」


 そして──今もまさに、冒険者と魔物との熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 俺の目の前で、軽快に巨大な影が躍る。尻尾込みの全長は5mにも達そうかという魔物の名はエリマキ・リザード。冒険者たちはその脅威に怯まず立ち向かい、武器を振るい、魔法を放ってしのぎを削る。

 鮮血と土煙、白刃と魔法。これが「塔」での日常だ。

 そんな戦場に身を置きながら──剣を振るうでもなく魔法を紡ぐでもなく、キャンパスに芯鉛筆を走らせている奴が居る。


「今の角度は躍動感に満ちていて良い感じだな。よし、構図はこの具合で仕上げてみよう」


 それが俺、リュート・ベルゼリスである。


◇◇◇


「おう、リュート! 今回も良い絵が描けたか?」


 リザードのスケッチをある程度終え、解体作業に加わろうとする俺に声がかかる。

 声の主は俺の叔父──この冒険者パーティーを率いるリーダー役、ゲルト・ベルゼリスであった。


「ぼちぼちかな。叔父さん、皆もお疲れ様。今回も見事な連携と手際だった。戦闘で貢献できなかった分、解体作業は手伝わせてくれ」


「助かるよ。この浅層じゃリザードくらいのデカい獲物は珍しいからね」


 ゲルトの妻でありこのパーティーのサブリーダーも務める女傑、ジャネットが剛毅に笑う。

 一撃で巨大なリザードの腹を割るだけあって、その腕は丸太の如き太さだ。自慢の膂力をもって、ばりばりと鱗を剥ぎ取っていく。

 それに倣って俺も解体作業を進めつつ、俺は隣にかがみ込むジャネットに話しかけた。


「すまない、ジャネットさん。俺がもう少し戦闘に貢献できる職業なら、多少は負担を減らせるんだが。いくら「画家」が描いて経験値を得る補助職とはいえ、戦闘に関与せず描いてるだけというのはどうも心苦しい」


「ほほほ、まだ「最弱職」なんて巷で言われてることを気にしてんのかい。何度も言ってるだろ、変なことを気にするのはおよし。アンタはアンタのやる事をしてるだけだ」


 ジャネットの快活な笑いに苦笑していると、後ろから俺に声がかかる。


「ベルクのボン! すまねえ、研ぎ棒を忘れてちまってよ。出してもらうこと出来るか?」


「ああ、五秒あれば」


「相変わらずの速筆だねぇ。一分でも文句はねえってのに」


 画家の役目が回ってきたことに多少の安堵を覚えながら、俺はスケッチに用いる芯鉛筆ではなく、腰に挿した特殊なペンを抜いた。

 体内の魔力を活性化させ、握ったペンの先端に集中させる。同時に、眼前に透明なキャンバスを空想イメージする。そこまで終われば、あとは望んだものを描くだけだ。


「……【絵画現出トレースアウト『研ぎ棒』】」


 目の前に出現した研ぎ棒を、声をかけてきた魔法士メイジに手渡した。

 これは魔力を用いて描いたものを具現化させる、画家としての基本技能である。各種雑用に加え、こうした技能を活用して面々のサポートに回るのが俺の役割だ。


「そこそこ魔力を込めたんで、十分は保ちます。それで足りますか?」


「問題ねえよ。ありがとな」


 多少「本物」に比べれば品質は落ちるが、間に合わせには充分だろう。

 解体作業へと戻った俺は、身体の奥底で何かが削られていくような感覚を覚えた。


(小物とはいえ、やっぱり絵の具現化にはかなりの魔力を使うな……)


 体を襲う虚脱感にめげず、俺はひたすら目の前の仕事に集中する。

 そうして、どれほどの時間が経ったのか……、


「よし、解体終わり! めぼしいモンはあらかた取り終えたろう。各自、準備を整えて先に進むぞ!」


 リザードの解体作業が終了し、パーティーの面々はそれぞれさらに深層へ進むための準備を進めた。

 アイテムの在庫と銀斧の調子を確かめている叔父に、俺は背後から声をかける。


「すまない、叔父さん。俺はこの辺りで引き上げるよ」


「ぬ、いいのか?」


「今日は十分に素材を獲らせてもらったし、もう少しこのリザードを描いていきたいんだ。前からエリマキの形状を観察したいと思っていたし、死体でも描けば多少は経験値が得られる」


「まァ、そういう事なら止めはしない。予定通り俺たちは五日ほどかけて第七層まで登るつもりだが、帰りは一人で大丈夫か?」


「まだ浅層だし問題ないよ。こちらから喧嘩をふっかけなければ大丈夫だ」


「だが、重々気をつけてな。無理もするなよ? それじゃあお前ら、先に進むぞ!」


 つるつるの頭を撫でながら号令を下す叔父に頭を下げて、俺はパーティーの面々と分かれて地面に座り込んだ。


「さて、と……」


 先へと進む面々の背中を見送り、内心に湧く無力感を噛み締める。

 本音を言えば、俺も彼らのようになりたいと考えている。

 力をつけて塔の上層へ踏み入れば、まだ見ぬ魔物や価値の高い魔道具、古代の遺物などを目にすることが叶うだろう。それらをこの目で隅々まで観察して、描いてみたいと感じずにはいられない。

 だが、物事には限界がある。彼らと並んで塔の上層へと踏み入るほどの力を、俺は有していない。


「強くなるためにも、もっと描かないとな」


 残されたリザードの亡骸に目を向け、俺は今日もペンを走らせるのだった。


◇◇◇


 俺が地上へ帰還すると、外はすっかり夜になっていた。

 手元の素材を換金したいが、まずは冒険者組合ギルドに顔を出す必要がある。

 塔からほど近い木組みの建物に入ると、早速荒くれ者たちの怒号や笑い声が襲いかかってきた。


「ここはいつも騒々しいな」


 苦笑しながら先へと進む。組合の一階は受付兼酒場となっており、夜間は冒険者達の恰好の宴会場だ。

 そんな中を横切り、預かっていた木札を受付に返却する。これで帰還報告は完了だ。

 やるべきことを終えて出口に向かうと、俺の脇腹に衝撃が走った。飲んでいた冒険者の一人が大笑いした拍子に、後ろの俺にぶつかったのだ。


「ああ、すまない」


 余計なトラブルはごめんだ。俺は酔っ払いに頭を下げて通り抜けようとしたが、背後に声をかけられた。


「君、もしかして「画家」のリュートかい?」


「そうだが、何か?」


 振り返ると、ぶつかってきた男が酒臭い息を吐いている。金髪の若い男だ。高級そうな魔導鋼ミスリルの鎧を着込み、腰に一振りの剣を下げている。


「やっぱりそうか。僕たちは最近この街に来たんだけどさ、噂に聞いてるぜ? 万年最弱職のまま、ツテで末席に入れてもらった冒険者パーティーに寄生してるそうじゃないか」


 男の台詞に、卓についた面々が合わせて嘲笑する。

 男同様、皆が立派な装備を見つけているのが一目で分かった。安物の革鎧にペン一本のこちらとは比べ物にならない。


「おっしゃる通りだな。気分を害したなら、今後なるべくあんたの視界には入らないようにするよ。それじゃ俺は急ぐんで、失礼する」


 俺は迅速に頭を下げて立ち去ろうとしたが、どうにも男は腹の虫が収まらないらしい。


「待ちなよ。君みたいなクズが冒険者を続けてると、冒険者全体の価値まで損なわれるんだ。才能ないんなら、とっとと辞めて別の道を探したらどうだい?」 


「才能の有無に関しては、まだ分からないと思うが?」


「ハッ。聞くところによると、君は三年活動してたったのレベル10だそうじゃないか。そのあんまりにも低い数字が、才能の有無を如実に表していると思うがね?」


 思わず溜息をついてしまった。一体どこまで噂を聞いたのか、男はそんな事まで知っているらしい。

 とはいえ、俺のレベルが同期の冒険者に比べて低いのは事実だ。

 しかし、それでも──、

 

「だとしても、だ」


 俺はまっすぐに男の瞳を見つめ返して、


「才能があろうとなかろうと、俺には関係がない。まだ見ていない景色がある。未知の魔物、神秘の魔道具マジックアイテム、伝説の塔主……そんな色々なものを描き終えて満足するまで、俺は止まる気はないよ」


 もうこれ以上の会話は不要だろう。俺は再び頭を下げ、今度こそ冒険者組合を後にするのだった。


◇◇◇


「おーい、いるかー?」


 からんころん、と風変わりな音を立てる鐘のついた扉を押し開けて、俺は薄暗い店内に足を踏み入れた。

 帰還した冒険者が組合以外に行くべき場所は質屋か道具屋だ。塔での収穫を金銭に換金せねば、今日の飯にありつくことも出来ない。

 呼び掛けに答えて、カウンターの奥からのそりのそりと小さな影が這い出るように姿を見せた。


「き、来たね、リュート。今日もまた塔に登ってたんだ?」


 寝癖のついたセミロングの茶髪を雑にゴム紐でまとめ、だぼだぼのローブを引きずって歩くその少女の名は、ベル・フェルコール。

 とてもそうは思えぬ若さだが、一応この道具屋を一人で仕切る主人である。


「まあな。というわけで、いつも通り素材の買取を頼みたい」


「はいはい。査定するから、そこに座ってなよ……こ、珈琲飲む? 最近、良い品を仕入れたんだけど」


「ああ……貰おうかな」


 提案を有難く受ける。ベルは一度奥に引っ込み、湯気の立つマグカップを二つ手にして戻ってきた。

 一つを受け取り、カウンター向かいの椅子に腰掛けて早速いただく。なるほど、確かに美味い。

 渡した素材と睨めっこするベルをぼーつと眺めながら、俺が珈琲にちまちま口をつけていると、


「な、なんか、今日は元気ない? どうしたんだよ」


 と、いきなり気遣われてしまった。

 

「なんでそんなことを聞くんだ。そんなに元気ないように見えたか、俺は」


「何年の付き合いだと思ってるんだよ。他の人ならともかく、リュートのことなら、これくらい見抜ける。ぼ、ボクのこと、あんまり甘く見るな」


 ムッとした顔とその言葉に、思わず笑いが漏れた。

 俺とベルはこの街に住む幼馴染というやつで、昔からの親交がある。それゆえ、俺の些細な変化にも気付いてしまったのだろう。


「まあ、寄った組合のほうでいろいろあってな……男の愚痴なんて恰好悪いだけだから、あんまり話したくないんだが」


「い、今更かっこつけるなって……ボク相手なんだし。それに、そういうのって吐き出した方が楽だったり……す、するかもしれないぞ?」


 手元の素材から目を離さぬまま、ベルはそんなことを言った。その小さな身体から、ベルなりに心配しているのであろう気配が伝わってくる。

 確かに、気の置けない間柄の相手にまで格好をつける必要もないか。


「実はな、今日で冒険者になってちょうど三年なんだ」


「そ、そうだっけ。時間が経つのは早いね……あ、アニバーサリーってわけだ。でも、そういうわりに……あんまり、おめでたい感じじゃないな」


「ああ。何の役にも立たないと言われる「画家」のまま塔を登り続けてはや三年。それくらい続ければ何かは変わるかと思ったんだが、実際は何も変わらないままズルズルと今まで来てしまった。無力なままだ」


「戦闘職に比べてレベルが上がるの遅いもんね、画家は……」


 ベルの言う通り、画家はレベルの上がりが遅い。魔物を倒すのではなく描くことで経験値を得る、という独自の法則ルールが原因なのか、とにかくレベルが上がらない。


「酒場で冒険者に絡まれて、その事を指摘されたよ。「とっととやめろ」ともな。それくらいは慣れてるが、三年経っても変わらないことを実感すると、流石に少々凹むのも事実だ」


「そっか……そういうことも、あるよな」


 気まずい沈黙が流れる。やっぱりこういう話をベルにしたのは正解ではなかっただろうか。

 雰囲気を変えようと、俺が何か明るい話題を探していると──、


「でもさ。い、嫌になったわけじゃないんだろ、絵を描くこと」


 たどたどしく紡がれたベルの言葉に、俺は思わず顔を上げた。


 その問いは、俺に改めて根源の理由を問うものだ。


 冒険者として確実に名声を得たいなら、ペンではなく剣や杖を握るべきだ。

 それなのに何故、俺は三年間もペンを握り続けたのか。

 最弱職とすら揶揄される「画家」に、俺がどうしてしがみ付くのか。それは──、


「ああ……本当、ここまで言ってなんなんだけどな。どうにも、俺は好きなんだ。色々なものをこの手で描くのが」


 結局のところ、単純な答えに帰結する。


「今日もエリマキ・リザードがあの特徴的なエリマキを拡げて威嚇する姿を間近で見て思わずスケッチしたんだが、やはり実際に見て描くと色々な事が分かってくるんだ! あのカラフルなエリマキは派手なだけ見えるが、実際には緻密なグラデーションが形成されてるんだよ。深緑の鱗と、喉元の赤い模様のコントラストも見事だ。赤がワンポイントの補色として働いているお陰で、全体像の美しさが特に際立っていて……」


 思わず今日描いたリザードについて長々と語る俺を見て、カウンターの奥のベルが微笑む。


「ふひ……やっぱり変わってない。その根底ねっこが変わってないようなら、もう少し頑張ってみても、い、いいんじゃないかな? なんて、ボクは思うけど」


 ベルの言う通りだ。好きなことに拘り続けるのが賢くないやり方であることは俺も理解している。だが、だからといってすんなり諦められるほど俺は賢人ではない。

 だからこそ、俺は塔を登るにあたって、剣ではなくペンを取ったのだ。


「それにさ。ぼ、ボクは冒険者を半年で辞めて家業を継いじやったから、リュートが羨ましいよ。ほら、ボクは諦めちゃった側の人間だから……」


 言いながら、ベルは少し自嘲気味に笑う。

 ベルも一時期は魔法の才を活かして冒険者を志したのだが、人見知り性から連携が上手く取れず、すっかり自信を失って冒険者を辞めた過去をもつ。

 そんなベルだからこそ、道半ばで諦めてしまうことの痛みをよく知っているのだろう。


「……そうだな。そう言うなら、お前の分までもう少し頑張るよ」


 俺の結論に笑みを浮かべて、ベルが小袋に入った銀貨をカウンター越しに手渡してきた。


「その意気だぞ。ほ、ほら、査定終わり。これが今日の報酬だ。描いた魔物の絵はいつも通り、そこら辺に商品として置いといてくれていい。油絵具とか補充してくか?」


「いや、まだ在庫はあるから今日はやめておく。……改めてありがとな、ベル。珈琲と相談に乗ってくれた分、今度何か奢らせてくれ」


 感謝と共に席を立ち、店の出口へと足を進める。そんな俺の背中に、ベルの小さな声が届いた。


「今日もいつもの日課?」


「ああ、アレを描かずに寝るわけにもいかん。特に今日は快晴だからな、月明かりがよく照らしてくれる。それに明日は休みにする予定だから、存分に夜更かしできるしな」


「まったく、懲りないな……ま、夜更かしがちなのはボクも同じだけど。外は冷えるから、無理して風邪引くなよ」


「ああ、またな」


 カウンターの奥に引っ込んでいくベルに手を振り、扉を閉める。

 外に出るとすっかり日は落ちて、空には美しい月と星々が瞬いていた。冒険者としての門出から三年が経過した今日だが、いつも通りに過ぎていった。最後もいつも通り、欠かせない日課を終わらせるだけだ。


◇◇◇



「今夜は風が気持ちいいな……」


 街はずれの草原に腰を下ろした俺は、画架を傍に置き、遥か遠方に霞む塔の数々を眺めていた。

 街の方を振り返れば、俺が先程まで探索していた塔がすぐ間近に高々と聳え立ち、その周囲に形成された塔下街の灯りが煌々と夜を明るく染めている。


「北方山脈の手前に位置する一際高い塔が「鷹の翼ジュグラクドス」で、少し背が低いのが「鯨の顎エシアホール」だったか。水棲系の魔物が多い塔だと聞くが、美しい浜辺に近い立地が関係しているんだろうか。いつか登ってみたいな」


 独り言を溢しながら筆を走らせる。気分を晴らすためにも、今日は貴重な油絵具を使って存分に描くとしよう。

 俺は昔から色々なものを描くのが好きだが、中でも「塔」を描くのが特に好きだった。


(塔は分からないことだらけだ。誰がいつ建てたのか、何故どれもが魔窟と化しているのか。塔の果てに在るという理想郷は本当に存在するのか……だからこそ描き甲斐がある)


 神話に曰く──数多の塔が指し示す天の果てには、天界と呼ばれる理想郷が広がっていて、天使と呼ばれる存在が人々を見守っているのだという。

 その事を想うと、心が弾む。

 理想郷を実際に見て描いた画家など、この世界に存在しないだろう。もし俺が塔を登り続けた果てに天界へ至り、そのあり方を描く事ができれば、それはどんなに喜ばしい事だろうか。


「ははは……流石に夢を見過ぎか。そこらの塔の中層にすら登れない俺が、あるかも分からない空の果てにまで考えを巡らせるとは」


 夢は大きい方がいいが、ここまでくると流石に誇大妄想の類だ。

 悟ったような事を言って自分を誤魔化しつつ、それでも諦め悪く塔に視線を移した、まさにその時だった。


「────え?」


 俺はそこに、天を舞う人影を見た。

 柔らかな月光に照らされながら、一人の人間が宙を舞っている。いや、正確には落ちているのか。それだけでも異常事態なのだが、そんな事が気にならないくらいの事柄がもう一つ。


 その背には──。

 月光の中で白く輝く、一対の羽根が生えていた。


「……お、おい!!」


 混乱する俺を置いて、その影は少し先の森林に速度を緩める事なく墜落した。

 強烈な振動と音が響く中、俺は思わず走り出していた。

 理由はない。ただ衝動に突き動かされるままに行動した結果走り出して、ようやく思考が追いついてくる。けれど、考えたところで取るべき行動は同じだった。深い藪を掻き分け、折れた樹木の向こうへと歩み出る。


「────────────」

 

 そうして目にした光景に、俺は言葉を失った。

 倒れていたのは、幼さすら感じさせる年若い少女だ。肌は陶磁器のように白く、髪は透き通るような銀髪。細く薄い体に、精緻に編まれた白布を纏っている。

 そんな姿を、樹冠の孔から差し込む月光がありありと照らし出していた。

 まるで宗教画だ。少女の容姿はあまりにも完成されていて、俺が見てきたどんなモノよりも美しいとすら感じられた。


「こ……れ、は」


 だが、俺が言葉を失った理由はもう一つある。


 月光を受けて真白に輝く、一対の翼。


 本来ヒトに生えている得るはずがないそれは、まさに人外たる存在の証明だった。

 

「お……おいっ、起き……いや、生きてるか!?」


 駆け寄ると、俺は一つの違和感に気づいた。

 周りの木々は折れ砕け、地面はクレーター状に抉れているというのに、横たわる少女には一切の傷が存在しなかったのだ。それどころか、地面に広がる銀糸の髪や白く透き通る肌、身につけた白布に至るまで、一才の汚れが付着していない。

 まるでその少女の完全性が、あらゆる自然法則を上回っているかのようだ。


「本当に……なんなんだ、こいつは……?」


 俺が違和感を覚えている間に、さらに状況が変化する。

 突然に彼女の翼が、輪郭から溶けるようにして消え始めたのだ。


「なっ……」


 思わず俺は少女の半身を抱き上げた。目の前で翼が喪われていくその光景に、俺は何故か猛烈な焦燥感を覚えたのだ。


「おい、おい! 聞こえるか! な、なんだか、あんたの翼がみるみる消えていくが、これは大丈夫なのか!?」


「……ぅ……」


 俺の必死の呼びかけに、少女が何かを呟いた。

 かつてない緊張を味わいつつ、俺は少女が何を言っているのかを、改めて聞き取ろうと顔を近づけて──、


「ぐぅ」


「いや、寝てるのかよ!」


 思わず大声で叫んでしまった。

 こうして俺は──日常の果てに、世界の理から外れた存在との出会いを果たしたのだった。

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2026年1月3日 12:00
2026年1月4日 12:00
2026年1月5日 12:00

ペン一本から始める冒険者稼業 〜最弱職の「画家」と居候天使、爆速レベルアップで成り上がる〜 モモのすけ @momo_no_suke

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