第一章第四節
静寂。
あれほどの魔力嵐が吹き荒れた丘は、まるで時間が止まったように静かだった。
アレンは崩れ落ちた身体のまま、かすかな呼吸だけを繰り返していた。
闇の魔力は霧散し、赤黒く染まった瞳も元の蒼色へと戻っている。
ただ――彼の中に、ひとつだけ変わらないものがあった。
胸の奥に、黒い炎の“残響”がくすぶっている。
『……すぐに分かる。
魔族とは何か……悪魔とは何か……
そして、この世界の“嘘”がどこにあるのか』
意識の底に残った悪魔の声が、ゆっくりと消えていった。
◆
気づいた時には、アレンは村の医療棟にいた。
天井は見覚えのある木造、窓から朝の光が差し込んでいる。
身体は重い。骨の中まで鉛が詰められたような感覚。
「……ここは……」
「気がついたのかい!」
扉が開き、村長と数人の村人が飛び込んでくる。
誰もが安堵と驚愕の混じった顔だった。
「アレン……お前が……あの魔族の群れを……!」
「嘘かと思ったが、本当に……あの丘が……」
「神々か……いや、それ以上の……」
彼らはアレンを見る目を、
“落ちこぼれ”としてではなく、“何か得体の知れない力を持つ者”として向けてきた。
アレンは戸惑いながら上半身を起こす。
「ま、待って……俺は……何を……」
記憶の断片はある。
だが、戦ったのは“自分”ではない。
黒い炎、闇の魔力、世界を引き裂くほどの破壊力――
それらはアレンの魔力ではありえなかった。
あれは――悪魔。
(……俺は、本当に……契約したんだ)
胸がざわつき、体温が急に冷える。
村長がアレンに近づき、静かに言った。
「アレン……魔族を一掃した時、お前の身体を包んでいたあの力……あれは一体……?」
アレンは答えられない。
ただ、胸の奥に残る“黒い炎”が微かに疼く。
◆
その時、村の外から蹄の音が近づいてきた。
鎧を纏った騎士団が到着し、先頭の男が村人たちに向けて声を上げる。
「王命である! 魔王軍小隊が撃破されたとの報告を受け、調査に来た!」
騎士たちは丘へ向かい、焦げた大地を見た瞬間、沈黙した。
「……これは……何が起きればこんな……」
「魔族の死骸が一つも残っていない。蒸発……か?」
「いや、それだけではない。この“魔力痕”……何だ、これは……?」
騎士団長はしばらく黙り、アレンの前に立った。
「これをやったのは貴様か」
「……はい」
「名は?」
「アレン・リュース」
「アレン・リュース。
王都より正式に告げられた」
彼の声は固く、厳格で、しかしどこか畏怖の色があった。
今回の騒動を治めた者の功績を認め
「今回の騒動を治めた者の功績を認め
王立魔法学園・特別入学者としての推薦が出ている」
医療棟が一瞬静まり返る。
「お、おい……王立……?」
「そんな……村の若者が……」
アレン自身が、一番理解できなかった。
(俺は……中級魔法しか使えないのに……
あの戦いは……俺自身の力じゃないのに……)
村長が震える声でアレンの肩に手を置いた。
「お前は……“世界を救った”んだよ」
その言葉に、アレンは胸を締め付けられた。
救った?
本当にそうなのか?
あれは本当に“正しい力”なのか?
あの黒い炎は、確かに魔族を消し飛ばした。
だが――同時に感じた、あの破壊の喜び。
悪魔の声。
『我らは魔族とは違う。
だが同じ根を持つ存在だ。
いずれ……その意味を知るだろう』
契約の瞬間、確かに悪魔はそう言った。
(……あれは何を言っているんだ……?
悪魔と魔族は……同じ「根」……?)
世界では古来、
魔族=悪魔の眷属
と語られている。
しかし悪魔は、自らを“魔族とは違う”と断言した。
矛盾。
常識を裏返すような言葉。
胸に広がる黒い疑問が、アレンの心に影を落とす。
◆
騎士団長は続けた。
「アレン・リュース。
王都へ来るのだ。王は、貴殿が人類にとって重要な存在と見ている」
(……違う。
俺は“強いから”呼ばれてるんじゃない。
あの異常な魔力……悪魔の力……それが理由なんだ)
アレンは悟った。
世界はまだ知らない。
魔族の侵攻の裏で何が動いているのか。
悪魔の声が示した“根”とは何なのか。
そして――
自分が何に巻き込まれようとしているのかも。
◆
村を旅立つ朝。
丘の上に立ち、アレンは黒く焦げた大地を見つめた。
風が吹き、土埃が舞い上がる。
その中で小さな影が揺れた。
――あの時、魔族たちを消し飛ばした瞬間。
闇の魔力の嵐の中で、一瞬だけ“人の形”をした黒い影がこちらを見ていた。
まるで嘲笑うように。
まるで、
「やっと見つけた」と囁くように。
アレンは目を細めた。
(……あれは……悪魔?
それとも――魔族?
いや……それとも……)
胸がざわつく。
彼の中に宿った黒い炎が、
“答えに近づくほど、自分が後戻りできなくなる”と告げていた。
◆
馬車が王都へ向けて動き出す。
アレンは振り返り、村にそっと手を振った。
村人たちは笑顔で応えた。
誰も知らない。
その背中に、
悪魔との契約という巨大な闇と、この世界の“嘘”が絡みついていることを。
――こうしてアレンの旅は始まった。
中級魔法しか使えない、落ちこぼれの青年。
だがその胸には、
魔界の“始祖”が選んだ火種が宿っていた。
この火種が、のちに世界の全てを焼き尽くすか――
あるいは救いへ導くのか。
それを知るのは、まだ誰もいない。
中級魔法までしか使えないけどスキル同時併用《マルチ・インヴォーク》で世界最強 五月雨 @20110814
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