手触り
眼鏡犬
短編
見えないから驚かない、ではない。
驚くことはできる。叫ぶことも。盲目の私は、だから叫んだのであって、大多数の人々と同じ反応をしただけだ。
特別な対応を期待されては困る。
特別な生首として扱われたいのか。
そう尋ねると、生首は口籠った。
「確かに。私も嫌だ」
爽やかな、薄い青に黄色が混じったようなアルト。声だけでは、私は男女どちらかはわからない。けれども、肉体はないのだからどちらかは永遠にわからないのだ。
全盲ではなく、薄っすらとした視界では微笑む表情がわかる程度。諦めて、生首は生首として接するしかない。
「それで、ベランダに転がっている理由は?」
「鴉、だと思うのだが捕まえられて、巣の途中ここへ落ちてしまったんだ」
そう、本当に驚いた。洗濯物を取り込もうとベランダに出ようとしたところ、下から突然声が聞こえたのだから。思いっきり叫んでしまった。近所迷惑になっていないだろうか。
「なるほど。とりあえずわかった」
「良かった。この近くの専用のマンションに住んでいるんだ。迎えを呼びたいから、スマホで連絡をお願いしても良いだろうか」
一瞬躊躇したが、ここに生首が転がりっぱなしこそ異常である。よくよく聞くと、市の職員で市の相談窓口の電話先をお願いされた。スマホで調べても大丈夫そうだ。これなら安心できる。
わかったと了承し、生首のある辺りに手を伸ばした。迎えが来るまで、さすがに部屋に入ってもらうと思ってのことだ。
指通りの良い長い髪に触れ、耳か顎の下か掴みどころを探していると、何とも言えないものに触れた。
つやん、ぷにん、ぬるん。三つ同時であり、バラバラのような、違うような。始めての触感触。唇か、まさか目玉。
「断面だ、断面は敏感なんだ」
恥じらいのある声に、慌てて手を引っ込める。私まで恥ずかしくなってきた。
「断面、ですか」
「断面、です」
「断面、とは首の」
「断面、です」
互いにぎこちなくなった。あは、はと笑うしかない。調理の際に触れる、肉の感触とは全く違っていた。類似のものも浮かばない。
つやん、ぷにん、ぬるん。
もう一度、触れたい。触れたく、なるのを私は我慢した。
ただ、もう一度生首のどこかに触れてしまえば、止めれなくなる。
「ここにコーヒーかお茶か持ってくるから、待っててもらっても?」
「ありがとう、それならコーヒーで」
生首の飲食が気になるものの、私の提案に生首は先程より早口で答えた。どうやら断面に触れられるのが、よほど恥ずかしいらしい。それなら知らぬふりして、目が見えないのだからと、もう一度触ってしまえばよかった。
手触り 眼鏡犬 @wan2mgn
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