本作は、いわゆるディストピアSFでありながら、「天使」という柔らかな語をタイトルの中心に据えることで、最初から不思議なやわらかな違和感を読者に抱かせる作品だと感じました。ここでの天使は、輪も翼も持たず、「誰かの知識と使命を受け継ぐための器」に過ぎません。その優しい呼び名と、実態としての“装置”とのギャップが、この物語全体を包む不穏さと寂しさを強く際立たせているように思います。
世界観のスケールは非常に大きく、「偉大なる分裂」による三派閥の思想対立(増産/進化/諦観)が、人類史そのものの岐路として描かれます。ここで語られるのは単なる人口問題ではなく、「人類は何を維持し、何を諦める種なのか」という、文明そのものへの問いかけなのかなと……。特に、進化派が作り上げた“人類不要の楽園”が、自由と創造性を最大化する一方で、「選ばれなかった知識」が静かに死んでいく構図は、豊かさと退廃が同時に進行する文明のアイロニーとして、とても印象的に映りました。
天使と人間の分断も、単なる身分差ではなく、「価値の配分」の問題として描かれます。知識と特権を与えられた天使/親からも社会からも“外れ”として扱われる非天使の子どもたち。テロリストの独白は、「天使を憎む」という感情の奥に、「親に愛される機会そのものを奪われた」という、どうしようもない渇きと歪みがあって、単純な善悪で切り捨てられない痛みを帯びているのではないでしょうか。ここに、「神(=制度・コンピュータ)」と「人間」の関係、「道具としての天使」と「生きてしまった天使」の悲劇が三重にも四重にも絡み合っているような気がして、このスケール感と哲学に、読みふけってしまいました。
また、構成面でも、思想レベルのマクロな議論(#1)から始まり、ミカとエナのささやかな休日、テロ犯のモノローグ、ルキやベルの視点へとカメラを切り替えていくことで、抽象的なテーマが「顔と名前を持った誰かの物語」に落ちてくる作りになっているのは、ものすごく私も学ぶべきところだな、と感じました。
哲学的な問い――「知識の価値とは何か」「使命を終えた存在はどう生きるのか」「天使の命は人の命と等価なのか」――が、机上の思索に留まらず、具体的な血と涙、そして喪失として読者の胸に刺さってきます。SFやファンタジーにも見えるのに「実存」、もしくは「肉体」を伴っているのが、ものすごく特徴的で、すごい個性的な作品だと感じます。
文章自体も、web小説の軽さからは明らかに距離があり、語彙やリズム、比喩の選び方に書籍レベルの密度! 説明パートと情景描写、モノローグのバランスもよく、設定の重さに対して、文章がしっかりと支えているのが、個人的にはプロっぽいとすら思えました。
そして何より、この世界はかなり残酷です。人類にとっても、天使にとっても、誰にとっても「やさしい未来」ではない。それでも、この残酷さが快楽としてではなく、「ここまで行ってしまった文明と、人間の業の行き着く先」として冷ややかに提示されている分だけ、読者は目をそらしにくくなります。
まだ物語は序盤に過ぎず、「コンピュータを神にする」「天使をどう救うのか」という火種だけが置かれた段階ですが、ここから先、どれほど容赦のない、それでいて哲学的な未来像が展開されていくのか――
すごく個人的にですが、とてつもない残酷さがこの後待っているような気がしてなりません。この世界観は一度、皆さん触れてみるべきです。とてもこの先も、気になります。一言で言うと「好き」です。