肉球テストに挑め!咲姫ちゃんがんばる!

ねこちぁん

短話

第1話:雪かきと知識テスト


白い息を吐きながら、咲姫は必死に雪をかいていた。


周囲の受験生たちは魔法で雪を溶かし、軽やかに進んでいく。


けれど咲姫は魔法が使えない。だからこそ、両手に握った木のスコップを振り回し、道を切り開く。


「よし、これで通れる!」


額に汗を浮かべながらも、咲姫の瞳はきらきらと輝いていた。


試験開始まで、あとわずか。彼女の挑戦は、もう始まっているのだ。




「では、第一限目――知識テストを始めます」


試験官が問題を読み上げる。


『あなたが雪道で転ばないためにできる工夫を答えなさい』


咲姫は一瞬考え、にっこり笑って答えた。


「転んでも笑えば大丈夫です!」


会場に、くすくすと笑い声が広がった。




「第一問――A地点からB地点を経由してC地点に行く時、道端でおっきな猫が寝ている。どうするのが妥当か?」 試験官が読み上げると、教室にざわめきが広がった。




咲姫は真剣な顔で選択肢を見つめる。 a.蹴り飛ばして進む b.一緒にお昼寝してスッキリしてから進む c.仲良くなって乗せてもらう d.起こさないように遠回り




「うーん……」咲姫は唸り、やがてぱっと顔を上げた。 「もちろん、仲良くなって乗せてもらうのです!」




教室のあちこちから「えっ」「そんな答えあり?」と小声が漏れる。 試験官は眉をひそめたが、すぐに口元を緩めた。 「……まあ、間違いではないな。発想は柔軟だ」




咲姫は胸を張って笑顔を見せる。 「猫さんと仲良くすれば、道も楽しくなるのです!」




その明るさに、隣の席の受験生が思わず笑ってしまった。 「……なんか、元気出るな」






「第二限目――魔力測定を始めます」 試験官が淡々と告げると、教室の中央に不思議な水晶が置かれた。近づいた受験生が手をかざすと、ぱっと光が走り、魔力の強さが数値として浮かび上がる。




「次、咲姫」




呼ばれた瞬間、咲姫は緊張で背筋を伸ばした。 「はいなのです!」




彼女は両手を水晶にそっと重ねる。……しかし、何も起こらない。 周囲から小さな笑い声が漏れる。 「やっぱりゼロか」 「魔法使えないんだろ?」




試験官が眉をひそめ、記録用紙に「魔力値:0」と書き込もうとした、その時――。




水晶がふっと温かく光を帯びた。 数値は浮かばない。けれど、淡い橙色の光がじんわりと広がり、まるで焚き火のように周囲を包み込む。




「……これは?」試験官が目を見開く。 「数値はゼロなのに、反応が……温かい?」




咲姫は首をかしげながらも、にっこり笑った。 「魔力はないけど、心はあるのです!」




その言葉に、教室の空気が少し和んだ。隣の受験生が思わず呟く。 「……なんか、負けてられないな」




試験官は記録用紙に迷いながらも、こう書き込んだ。 「魔力値:不明 備考:温かい反応あり」






第2話:体側テストと肉球テスト


「第三限目――体側テストを始めます」 試験官の声に合わせて、受験生たちは竹の棒の上に並んだ。細い棒の上で正座をし、姿勢を崩さずにどれだけ耐えられるかを試すのだ。




咲姫も挑戦する。 「よし、落ち着いて……なのです!」




竹の棒に腰を下ろした瞬間――ぐらり。 「きゃっ!」 バランスを崩して、見事に転がり落ちてしまった。




教室に笑いが広がる。 「やっぱり落ちこぼれだな」 「最初から無理だろ」




しかし咲姫はすぐに立ち上がり、スカートの裾をぱんぱんと払った。 「失敗しても、次はもっと上手くできるのです!」




彼女の笑顔は、失敗を恥じるどころか、挑戦を楽しんでいるように見えた。 その姿に、試験官は思わず頷く。 「……転んでも立ち上がる。それもまた、強さだな」




次の課題は紙風船を落とさずに隣へ渡す試験。咲姫は両手で風船を受け取り、真剣な顔で隣の受験生へ差し出す。……が、風船はふわりと浮かび、彼女の頭にぽすんと落ちた。




「えへへ……もう一回なのです!」 咲姫の笑顔に、隣の受験生も思わず笑ってしまう。






「第四限目――肉球テストを始めます」 試験官が床に大きな布を広げた。布の下には模様が隠されていて、素足で歩き、その感覚だけで模様を当てるという奇妙な試験だ。




受験生たちは次々と布の上を歩き、真剣な顔で答えを述べていく。 「……波模様です」 「格子模様だと思います」




咲姫の番が来た。彼女は靴を脱ぎ、布の上に足を乗せる。 「わぁ……ふわふわなのです!」




一歩、二歩。咲姫は楽しそうに布の上を歩き回る。 「模様は……えっと……分からないのです。でも、とっても気持ちいいのです!」




会場に笑いが広がった。 「答えになってないぞ」 「でも、なんか楽しそうだな」




試験官も思わず口元を緩める。 「……模様は不明。しかし、感覚を楽しむ姿勢は評価に値する」




咲姫はにっこり笑って、布の上で軽く跳ねた。 「試験って楽しいのです!」




その明るさに、緊張していた受験生たちの顔も少しほぐれていった。






「第五限目――ヒゲテストを始めます」 試験官の合図で、受験生たちは猫の着ぐるみを着せられた。室内は密閉され、風など吹くはずがない。だが、この試験は“猫のヒゲのように空気の流れを感じ取れるか”を試すものだった。




咲姫はもふもふの着ぐるみを着て、真剣な顔で耳をぴんと立てる。 「……静かすぎるのです」




他の受験生たちは首をかしげるばかり。 「何も感じない」 「ただ暑いだけだ」




その時、咲姫の表情がぱっと変わった。 「……あっ、微風なのです!」




彼女は指を伸ばし、部屋の隅を指さした。 「そこから、ほんの少し風が来ているのです!」




試験官は驚いて目を見開いた。 「馬鹿な……この部屋は完全に密閉されているはず……」




しかし、よく見ると換気口の隙間から、確かに微かな空気の流れがあった。 「……信じられん。普通の受験生には分からないはずだ」




咲姫は胸を張って笑顔を見せる。 「猫さんのヒゲはすごいのです! 着ぐるみでも、ちょっと分かったのです!」




会場に再び笑いが広がったが、今度はただの失笑ではなく、どこか温かいものを含んでいた。






第3話:日向ぼっこと結果発表


「第六限目――日向ぼっこ試験を始めます」 試験官がカーテンを開けると、柔らかな陽光が差し込んだ。受験生たちはそれぞれ好きな場所に座り、いかに“猫らしく”日向ぼっこできるかを試される。




ある者は背筋を伸ばして瞑想のように座り、ある者は兎のように丸まって眠る。 咲姫は窓際にちょこんと座り、頬に陽を浴びながら目を細めた。 「……あったかいのです」




彼女はごろんと横になり、両手を胸の前で丸める。まるで小さな猫が陽だまりで眠っているようだった。 その姿に、試験官は思わず微笑む。 「……猫らしい。いや、自然体というべきか」




隣の受験生が囁いた。 「なんか……見てるだけで眠くなるな」




咲姫は半分夢の中で、にっこり笑った。 「試験って、楽しいのです……」




会場全体が、ほんのりとした温かさに包まれていった。






「以上で入試試験を終了します」 試験官の声が響き、受験生たちは一斉に息をついた。緊張と疲労で顔を曇らせる者もいれば、勝ち誇った笑みを浮かべる者もいる。




咲姫は、少し汗をかいた顔でにっこり笑っていた。 「全部楽しかったのです!」




試験官たちは集まり、結果を記録した紙を見ながら小声で話し合う。 「魔力ゼロだが、測定器が温かく反応した」 「体側テストは失敗続きだが、立ち上がる姿勢は評価できる」 「肉球テストでは模様を答えられなかったが、場を和ませた」 「……不思議な子だな」




やがて主任試験官が前に出て、受験生たちに告げた。 「合否は後日正式に通知する。しかし――」




彼は咲姫を見て、少し笑った。 「君のように、失敗しても笑顔で挑み続ける者は、この学園に必要だ」




咲姫は目を丸くし、そして嬉しそうに頷いた。 「はいなのです! これからも頑張るのです!」




その瞬間、教室の空気が少し柔らかくなった。隣の受験生がぽつりと呟く。 「……なんか、負けてられないな」




試験は終わった。けれど、咲姫の挑戦はまだ始まったばかりだった。

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