第3話 我ハ天ナリ

 その日の朝も、トオルはいつも通りだった。


 開店と同時に昏川道具店へと向かう。昨夜の仕事で集めた魔石や回収品ドロップを売るためだ。


 ドアを押すと、くすんだ鈴がチリン、と鳴った。


「おはざいあーす、じいさん」

「ああ、トオルか。おはよう。お前さんのお陰で毎日早起きができて助かるよ」

「そりゃどうも。今日はこれを頼む」


 鳥打帽をかぶった老人がカウンターに一人。狭い店内は入り口以外の壁は埃っぽい棚で取り囲まれ、棚の中には様々な魔道具が雑然と詰め込まれていた。


 トオルがカウンターに転がしたのは、数本のトゲのようなものだった。

 ガラス扉から差し込む朝日が、大小さまざまだが総じて琥珀色のトゲの一本一本に透けて、美しい影を落としている。


「鬼の角か。また鬼とやり合ったのかの」

「酒吞さんがまた鬼火を飛ばしてきてな……。金をくれるから良いんだが、鬼の統治くらい自分でやって欲しいもんだ……」


 鬼と人間は、非常に古くから対立してきた。

 しかし、日昇国が文明開化を果たしてからは、鬼との和解が成立している。


 その鬼のボスが酒吞童子であり、人間で言うところの品行不良チンピラの鬼をボコボコにする仕事を、トオルに依頼してくるのである。 


 自分でやらない理由は「大江山から魔京まで行くのはちょっと……」とのこと。


「屈服の印に角を取ってきてやった」

「お前さんは本当に容赦ないのう」

「三日ぐらいで生えるからいいだろ」

「ふぉっふぉっふぉっ、違いない。では有り難く買い取らせて頂こう」


 銀貨三枚と交換し、店を出る。

 遠慮なく飛び込んでくる朝日に、思わず目を細めた。


「……今日はどうしようか」


 仕事の時間は基本夜だ。昏川通りの店は基本人手は足りている(金が足りていない)ので昼間のバイトはない。


 昨夜、鬼火が銀貨を十枚運んで来たため、資金はある程度潤沢にある。


「……貸本屋でも行くか……」


 賭博などの遊興に金を使わないあたり、トオルは真面目な性分だった。



♤♤♤



「『魔法世界』『魔術の繊細な応用』『魔術のフラクタル』の三冊で銀貨一枚。硬い本ばっかりだね、トオル君」

「僕の勝手だ」

娯楽小説ライトノベルとかは読まない? ほら新刊」

「三カ月前の発行は新刊じゃないだろ」


 本棚が林立する、埃っぽい貸本屋の店内。トオルはいつもここを利用する。何故か、ここの店主はちょくちょく仕事についてくる。


 貸本屋は娯楽小説ライトノベルの一冊を取り上げた。


「ほら、これ話題の恋愛モノラブコメさ。WEB小説発の出世作」

「うぇぶ……? まあ、ラブコメディーならタキとサクラあいつらで十分に事足りてるんで……」

「激しく同意」


 タキとサクラの近過ぎて遠過ぎる恋愛事情は、既に昏川通り全体の共有情報となっており、住人のエンタメと化している。

 知らないのは本人達だけだ。さっさと気付け。


「そういえばサクラちゃん、獣人の女の子を助手に雇ったんだってね」

「ああ、ハヅキさんというらしい。ポーションづくりの腕に光るものがあったからな。年が近いから生徒達とも上手くやってる」

「そりゃあ良いね。……そういえばタキ君とサクラちゃんは何処に? 二人とも、毎朝挨拶に来るんだが……」


 貸本屋はガラス扉から通りを覗いたが、トオルはやれやれと首を横に振った。


「タキがドラゴン退治に行くぐらいの勇気を振り絞って、サクラの買い物について行った」

「ハハ、彼らしい」

「緊張に耐えられなかったサクラが緩衝材にハヅキさんも連れて行った」

「ハハ、彼女らしい」

「ハヅキさんは二人の恋愛事情を最前線で入手して報告するバイトを、銀貨一枚で古着屋と八百屋に取り付けた」


 貸本屋は渋い表情をした。


「策士だね、その子」

「だな」


 トオルは同意した。



♤♤♤



 その日は、恐らく普通の日であった。何ら妙なことはなく、普通なら何事もなく平行線のように続いていく一日の一つ、のはずだった。


 轟音とともに、魔京の中心部、煉瓦造のビル街が並んで爆ぜた。



♤♤♤



「貸本屋、そっちどうだ!」

「全員救助できた! 早く逃げよう!」

「まだだ! サクラとタキ、ハヅキさんが街にいる!」


 一瞬で帝都は瓦礫の山と化した。


 昏川通りは都心から離れているため被害は少ないが、衝撃だけで建物が激しく揺さぶられた。


 非常事態だった。


「よせ! 君まで危ないぞ!」

「あいつらには義理がある! それじゃ、住人は任せた!」


 トオルは黒煙が立つ方へと走り出した。貸本屋が呼び止めている気がするが、無視する。


「邪魔だな……『風轟ウィンドミル』!」


 飛んでくる瓦礫は、折り重なった風の刃で弾き飛ばす。

 都心に近づくにつれ、惨状が明らかになっていく。


(何だ……? 地震か……? いや、揺れは無かった……。ダンジョン発現……? 違う、大規模過ぎる……!)


「トオル!」

「……タキ! ……おい、サクラとハヅキさんはどこに……」


 走ってくる泥まみれのタキを見て安堵したトオルだが、すぐにサクラの姿がないことに顔を険しくする。

 が、タキはもっと焦った様子だった。


「手伝ってくれ!」

「何を?!」

「……あれを見ろ!」

「あ?」


 タキが指さした方向に首を回す。

 その瞬間、閃光が走った。



「『贖罪を赦さぬ天の意イラ・カエリ・イネクソラビリス』」



 破壊の力を秘めた魔術が建物を一つ吹き飛ばした。


 建物の破片が飛び散る空中に、トオルは黒い人影を捉えた。

 黒いローブから延びる手には、細い棒のようなものが握られている。


「あいつは……?」

「あいつの魔術でこうなった」

「は? 嘘だろ? これはそんじょそこらの人間が扱える規模の魔術じゃ……」



「『天の与うる滅びカエレスティス・エクスキディウム』」



 空中に立つ人影が棒―――杖を振るのと同時に、再び建物が爆発し、黒煙を上げる。


 飛んでくる瓦礫を防ぎながら、トオルは叫んだ。


「何だよこれ?!」

「だから言ったろ! 嘘じゃない! 人を逃がす時間稼ぐぞ!」

「ざけんな! 無理だ! サクラはどこだ!」


 トオルは急いで辺りを見渡すが、タキは首を横に振る。彼は悔しそうに、歯を食いしばっていた。


 彼の視線の先には外壁を伝って走る木と蔦と葉の巨人―――。一身に攻撃を引き受けているその人形は、背中に長い黒髪の少女を乗せている!


「サクラがもうやってる……! やるしかない!」


 タキが急に方向転換し、建物が消えた通りに飛び出した。


「くっ………………『炎衝フーニョス』!」


「馬鹿かお前ら!」


 罵りながらもトオルは陰陽刀を居合の型に構えた。


 魔力を足の筋肉に回す。筋肉の繊維一本一本を補強。イメージはバネだ。

 一瞬の内に全ての弾性エネルギーを解放し、跳ぶ!



「『風斬ゲール』……押し通る!」



 渾身の一の太刀が空中の人物に届く―――はずだった。


 カァンッ。


 感触はない。

 無機質な音に、トオルは眉をひそめた。


『忠実なる天窓フェネストラ・カエリ・フィデリス』。我が〝天属性〟が、そのような無粋な攻撃を許すと?」 


 トオルを見たその男の目は、虚ろな深い暗黒だった。

 感情がないようなその目に、トオルは背筋に冷たいものを感じて空中で咄嗟に柄を握り直した。


「では、天の裁定を。『天震カエルウンダ』」


 男の手元の杖が僅かに動いたと思ったら、トオルは空から地面に叩きつけられていた。


 その杖の色や見た目の質感は、まるで―――



「―――骨」



 トオルはそのまま、気絶した。


――――――――――――――――――――――

 こんにちは、烏鴉です。


 お読みいただきありがとうございます。



 

 前話の裏話クイズ答え発表いきます。


 Q.サクラは何故〝植物属性〟の魔術をあれほど極めたのでしょうか?


 1. トオルに「向いてるんじゃね?」と勧められたから。

 2. 私塾で預かる子供たちの世話に丁度良いと思ったから。

 3. タキを絶対に逃さないため。


 正解は………………………………………………

 3番! 「タキを絶対に逃さないため」でした。

 


 三人が十四才くらいの時、タキが鍛冶屋で他の女性と話して笑っているのを見て、サクラは一度ヤンデレ化(厨二病ともいう)した。 


 結局その人は客以外の何者でもなく、タキも営業スマイルだったのだが、サクラはヤンデレを拗らせ「タキは私の傍にだけいればいい……」という思考に陥り、拘束に特化した植物属性の魔術を勉強し始め、犯罪一歩手前の計画を立てる。


 古着屋や八百屋がそれに気づき、何とか計画は阻止された。説得により、誤解とサクラの闇は晴れたが、今でもたまに闇が覗く。




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意味破りの魔術剣士 烏鴉 文鳥白(うがらす ぶんちょうはく) @buntyow

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