輝く街で

宵月乃 雪白

変わらない君

 多くの人がイエス・キリストの降誕の日だということを忘れ、クリスマスというイベントを由来も知らず楽しんでいる。

 布団から出られない季節が来て、木から舞い落ちてしまった枯れ葉の代わりのように飾り付けられたLED電球がいつになく鬱陶しく感じるのはこの落ちた気持ちのせいだろう。

 社会人になればクリスマスなんて歳を重ねるごとに鬱陶しくて、ただただ憂鬱になるだけだ。

 家族を持っている人や子供がいる人にとっては大事な行事かも知れないが、家庭も恋人もいない自分にとってはいつもと変わらない平日のはずなのに、街がそうさせてくれない。

 クリスマスなんて………

「おっ! 久しぶり!」

 駅の人の多さに酔い、仕方なく駅前の大きなツリーの端で休んでいるとき、聞き馴染みのある声がして思わず面を上げる。そこには大学を卒業してからずっと会っていなかった、友人が同じようにスーツを着て、相変わらずの満面な笑みで立っていた。

「あぁ……久しぶり」

「その反応、忘れてたな? クリスマス当日にお一人ですか?」

 誰もがいい意味でも悪い意味でも変わっていく中、昔と変わらないその雰囲気に段々と体の内側からポカポカと暖かくなってしまいには目元までもが熱を帯びてきた。

「仕事だったから………」

 そう。いつもと何一つ変わらない仕事。だけどいつもより休む人が多い、ただそれだけだ。

「一緒だ。じゃあさ、この後予定あったりする?」

 恥じらいの1つも見せない、何ら特別な意味を持っているとは考えられないその問いに、何かを期待するかのように鼓動が速くなっているのを感じて上手く息が吸えなくて足元を見る。

 革で出来た靴はしばらくの間、磨くことすら忘れていたが、どうしてか今日ふと思い出したように磨いた靴は、街のイルミネーションや装飾されたツリーの光たちに反射し、キラキラと自ら発光しているかのような眩しさがあった。

「……ないけど」

「じゃあ飲み行こう! って言っても外はどこもかしこも人多いから宅飲みだけど」

「君の家?」

「そうそう。嫌だったら全然断ってもらってもいいよ」

 まるで家に誰もいないかのような口ぶりで、頭が思考を放置するように何度もフリーズしかけた。

 結婚していたと認識していたが違っていたのか? 大学生の頃、そう聞いたはずだった。今日みたいなクリスマス一色の街中で偶然会った同じキャンパスの友人の付き合っていた人から唐突にそう言われたのだ。

 ケーキを買いに行っていた友人は自分とその人を残し、なぜか1人でケーキ屋さんに予約していたケーキを取りに行った。そのときその人が挨拶するような軽い口ぶりで、そういえば……と結婚について口にした。

 その話しが嘘だったのか? 友人ではなく友人の付き合っていた人から聞いた話しだったから、暇つぶしにでもと嘘を吐かれていたのかもしれない。

「家族は? 結婚してるでしょ」

 それとなく聞くより、こうしてちゃんと本人に聞いたほうが情報の信憑性は高いだろう。

 それに家族が居るならそっちを優先したほうがいい。なんて言葉を口にするわけでもないのに、そういった言葉をまるで面倒くさい恋人のように言ってしまう自分が嫌だ。

「何その噂? 気になるんだけど。って今も昔も変わらず独身だけど、どうする?」

 怒ってしまうのではないかと内心怖かったが、むしろ本人は至ってケロッとして何も気にしていない様子で思わず安堵し、肺に溜めていた空気を一気に吐き出す。

「そう……なら行く」

「アハハ! 誰からそんなこと聞いた? 独身じゃなかったら今頃テーマパークにでも行ってるよ」

 確かにそうだ。明るくて優しいこんな人が家庭を持ったらきっと家族を一番に考えて行動しているだろう。クリスマスにお正月、節分などの年中行事を1つの、忘れられないくらいの思い出をつくろうと行動しているはずだから。家族が、恋人がいたりしたら今日ここには居なかったに違いない。

「そっか」

「今から一緒に行く?」

 向ける相手を間違えているその笑顔が、自分のような人間に向けられている。

 誰かにとって口にするのが難しい言葉すら、いとも簡単に口にしてしまうのが良いところであり悪いところだ。

 多忙の日々の中でも色褪せることなく、美しい形のまま残っている想い出という名の記憶に、いつも笑って自分を見てくれた君の姿だけをやけにはっきりと覚えている。

 日々、何かしらが変わっていくなかで、雰囲気も性格も好きな色ですら変わっていない君にどうしてこうも惹きつけられてしまうのか。

 派手に彩られたイルミネーションやツリー。そのなかで藍色のロングコートにスーツを着た君がいることで自分の世界は装飾された街並みのようにまた輝いてしまうんだ。

「行かない」

「行かんのか! ってかケーキ食べたくない? 買ってこ。何ケーキがいい?」

 駅ではなく、鬱陶しかったイルミネーションのある並木に向かって、人混みをかき分けながら、向かう先も決めていないのに歩き出す。

「モンブランとか?」

「ならここら辺で美味しい店知ってる! そこ行こっか」

「ん」

「ん。って!」

 何も言わず横に並びついて来てくれている君。寒いのか鼻をトナカイのように真っ赤に色付けながら、子供のような無邪気な笑顔をしている。一定時間で色を変える並木はいつもと何ら変わりない。けれど、誰かといや君と一緒に歩くこの並木の下は満天の星空を見ているような。そんな特別な気持ちになるのはどうしてだろうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輝く街で 宵月乃 雪白 @061

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説