第105話 救う理由
「Please... help her.」
世界最強の大国、アメリカ合衆国。
その広大な国土に比例するように、ダンジョンの発生率も高いようだ。
それらダンジョンを統括管理するのが、アメリカ合衆国ダンジョン局——DDA。
その威信を背負う特務作戦指揮官というのが、サマンサ・リードという女性エージェントだった。
そんな彼女は、今、我が家の応接室で深く頭を下げていた。
彼女の肩は小刻みに震えている。
「……顔を上げてください、サマンサさん」
「お願い、ミスター・シバタ! 貴方だけが頼りなの!」
サマンサが顔を上げる。その表情には、前回会ったときの妖艶な余裕は欠片もない。ただ、必死な想いだけが張り付いていた。
「姪なの。大統領の娘であると同時に、私のたった一人の……可愛い姪なのよ」
彼女が差し出したタブレット端末には、一人の少女の写真が映し出されていた。
金色の髪に、透き通るような白い肌。年齢は十歳くらいだろうか。ベッドの上で力なく微笑むその少女の肌には、黒い蔦(つた)のような痣が首筋まで這い上がっていた。
「病名は不明。現代医学では治療が不可能。既存の回復魔法も効果無し。最高ランクのヒーラーでさえもお手上げだったわ」
どこかで聞いたような話だ。
隣に座る桜をこっそり見やる。真剣な眼差しで、話を聞いていた。
「病状が悪化したのが数日前。
これまでは胸にしかなかった痣が、一気に全身に広まった。それに伴って、病状が悪化。今は立つこともできなくなったの」
——『魔力欠乏性壊死』の変異型。
俺の【解析】が、病状を明瞭にする。
極端に強大な魔力を有する者に、ごく稀に起こる奇病。
体内の魔力循環機構が自身の魔力の波に耐えられず、不全を起こしてしまう病だ。
自分自身の魔力に内側から苛まれ、肉体が耐えきれず腐ちていく、呪いにも似た病。
治す手立てはいくつかあると、解析が教えてくれる。
本人の筋力や体力、耐性といったパラメータを、魔力に耐えられるところまで上昇させる。逆に魔力パラメータを落とす。あるいは特効薬を投薬する。
方法はいくつかあるが、どれも実現性は薄い。
パラメータを弄ることができるのは、今のところ俺だけだろうし、薬を作ろうにも原材料は聞いたことのない素材だった。
解析によって薬の原材料や素材が分かっても、その素材がどこにあるかまでは分からなかった。
そして、余命は……おそらく、あと一ヶ月もない。
「医者が匙を投げた病よ。治すには相応のモノが必要となるはず」
「つまり?」
「——探しているのは、かつて一度だけ日の目を見た
あるいは、それと同等の効果を持つスキルやアーティファクト」
「……それで、俺にエリクサーを探して欲しい、と?」
「ええ。光魔法を複数個、それも全て★《シングル》のオーブを見つけ出した貴方なら、神話級のアイテムだって手に入れられるはず……!」
サマンサがテーブルを乗り越える勢いで迫ってくる。
俺は眉間を揉みほぐしながら、大きく息を吐いた。
「お願いよ、ミスター・シバタ。
これは世界を救う話じゃない。国家からの依頼でもない。私が特権を乱用しているのも理解している。
でも……ただ、あの子を……アリスを助けたいだけ。
私も
俺は、すぐには答えられなかった。
確かに、俺ならドロップ率を操作して、ドロップアイテムを無理やり排出させることは可能だ。
だが、エリクサーあるいはその原材料を的確にドロップする魔物を見つけることができるのかは未知数だ。
それなら、サマンサの姪のステータスを弄るか。
できるが、それをすることによるデメリットが大きすぎる。
自ら、桜や周りの人を巻き込むリスクを今以上に高めてしまうことをするなんて、許容したくない。
——
その名前が持つ意味と重さを、嫌というほど理解している。
理解しているからこそ、すぐに決断はできなかった。
正直、助けたい気持ちは強い。
でもそれは、世界の均衡を崩す行為だ。それがどれほどの影を生むかも分かる。
一人の少女のために、そこまでしていいのか?
俺が躊躇していると、隣から服の裾をクイクイと引かれた。
「……ひろくん」
桜だ。
彼女はサマンサのタブレットを悲痛な面持ちで見つめていた。
「助けてあげられないかな、ひろくん」
「桜……お母さんのこと、思い出した?」
図星だったのだろう。
桜は一瞬だけ目を伏せて、それから小さく頷いた。
「うん」
声は落ち着いている。泣いてはいない。
でも、服を握る手が、強く震えていた。
「私、思い出しちゃうの。お母さんが呪いで苦しんでた時のこと。
何もできなかったって……今でも、思う。
あの時、ひろくんが助けてくれなかったら……今の私はいなかった。だから……」
桜の瞳が揺れている。
かつて、母親を救うために必死だった自分と、目の前のサマンサを重ねているのだろう。
「だから、ひろくんに無理してほしいわけじゃないよ」
桜は、俺を見た。
「全部は救えないって、分かってる。不公平だって責められることも、きっとあるのは分かってる」
それでも、と続ける。
「それでも……もし、ひろくんが『助けたい』って思うなら。
私は、一緒に受け止めるから……助けてあげてほしい」
全部は救えない。それは事実だ。
何かの作品で聞いたことがある。
『力を持つ者は、必ず選別を迫られる。助けた命の数だけ、見捨てた命があると指をさされる』と。
それはそうかもしれない。
それでも。
助けられるのに、助けない理由を、俺は持ちたくなかった。
そして何より。
桜にこんな顔をされたら、断れるわけがないじゃないか。
俺は「公平性」だの「リスク」だのといった小難しい理屈を、脳内のゴミ箱へと放り込んだ。
「……分かりました。引き受けましょう」
俺が告げると、サマンサは弾かれたように顔を上げた。
「ほ、本当!? 条件は!? お金? 地位? 私にできることならなんでも……」
「依頼を達成できるかどうかは自信がないので、成功報酬ということにしてください。
報酬内容は負担のない範囲でお任せします」
正直、今回は『絶対大丈夫』とは言えない。
まぁ最悪、ステータスを弄ればイケるとは思うが、それはあくまでも最終手段としたい。
だから、報酬についてはあまり触れたくなかった。
正直、桜が喜んでくれることが何よりの報酬だし。
「条件は一つだけ。
その子――アリスちゃん、でしたっけ。彼女を極秘裏に、最短ルートで日本——
「日本へ……なぜ?」
「理由はあなたの方が詳しいと思いますが、エリクサーなんて珍しいもの、求める人は多そうじゃないですか。
もちろん僕たちは秘密裏に動くつもりですが、きっとおそらく絶対に、エリクサーを入手しようとする動きはバレると思います」
ここ最近の出来事で、情報はどんなに隠そうとしてもバレるということは、嫌と言うほど分かった。
そもそも秘密にしているはずの
「奪われる、あるいは妨害されるリスクを避けるため、ここに来てもらったほうが動きやすいからです」
俺のテリトリーの中なら、どんな邪魔が入っても守りきれる自信がある。
でも、例えばアメリカまで出張った最中——それこそ飛行機内にいる時に攻撃されたら、俺や俺の周りは無事でも無関係な被害者が出てしまう。
「……分かったわ。
「話が早くて助かります。じゃあ、俺たちはそれまでに『薬』を調達しておきます」
「ありがとう……本当に、ありがとう」
サマンサはもう一度深く頭を下げ、涙を拭いながら車へと戻っていった。
エンジン音が遠ざかるのを見届け、俺はガシガシと頭をかいた。
「安請け合いしちゃったかなぁ……」
「ごめんね、ひろくん。私のわがままで……」
「いや、大丈夫。桜が『助けたい』と思ったように、俺も同じ事を思った。なら、それが俺たちの正解だよ。
それに、あんな小さな子が苦しんでるのを見過ごすほど、俺たちは落ちぶれちゃいないだろ?」
俺が笑って見せると、桜はようやく安心したように微笑んだ。
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