第80話 研がれる牙

——岡山クラウンホテル。深夜00:07。【甲田隼人】


 岡山駅の正面にあるクラウンホテル。

 その一室で、ギルド【テンペスト】のカメラマンである甲田隼人は、ノートパソコンの画面を見つめていた。


 ベッドの上には、充電器、予備バッテリー、メモリーカードなどの機材が散乱している。


「……『白飛びして撮れませんでした』、か。ハッ、白々しい」


 甲田は自嘲気味に笑い、缶ビールを煽った。

 サンダー・ベル戦の録画データの提出を求められ提出したが、肝心なシーンはノイズとホワイトアウトで消されていた。


 あの激戦だ。しかも相手は雷属性を操る超強力個体。正常に撮影できるわけがなかった、とADA職員もそのまま受け止めていた。


 だが、彼の手元にあるオリジナルデータは違った。

 彼の恩恵ギフトとスキルの補正により、あの瞬間は鮮明に、あまりにも美しく記録されていた。


 画面の中で、十宮が腰を抜かして這いつくばっている。かつては「画になる男」だった。だが、今はどうだ。ただの、怯える子どもガキだ。


 甲田は冷めた目で呟く。


「……もう、撮れ高ねぇな、カズキは」


 代わりに。

 画面には、一人の男が映っている。


 ただのパーカー姿に部分的な簡易な鎧を身につけた、冴えないオッサン。

 だが、その背中が、木刀を振りかぶった瞬間——世界が変わった。


 圧倒的な暴力。

 神のごとき一撃。

 そして、崩れ落ちる巨体を見下ろし、気の抜けた声で「ラッキー」と言うギャップ。


「……くくっ。最高だ」


 甲田の指が震える。

 こんなに「画になる」被写体は、見たことがない。

 カメラマンとしての本能が、叫んでいる。


 ——見せろ。世界に、この真実を。


 十宮の無様な姿も、修正なしでそのままアップロードする。それが、新たな英雄ヒーローを引き立てる最高のスパイスになるからだ。


「悪いな、カズキ。お前の時代は終わりだ」


 甲田は、探索者専門の動画共有サイト『Dtube』の裏アカウントにログインし、何度かキーを叩いた。


 タイトルは、『【流出】サンダー・ベル討伐の真実』——。


 動画は数時間で削除された。

 だが——ネットの情報の広がりはまさに光の速さだ。


 瞬く間に拡散され、深夜にも関わらず、SNSのトレンドは一色に染まる。

 浩之の知らぬところで、世界が再び震えた。


 ◇


 神戸・湾岸エリア。

 廃倉庫を改装した、巨大な拠点の一室。

 真紅の絨毯が敷き詰められた部屋で、一人の男がワイングラスを揺らしていた。


 男の名は、倶蓮牙ぐれんげ 獣哉じゅうや

 ギルド【王獣の牙】の代表であり、関西の裏社会にも顔が利く、倶蓮牙財閥の御曹司だ。


 彫りの深い顔立ちに、爬虫類を思わせる冷たい目。

 彼の目の前の大型モニターには、例の動画が再生されていた。

 サンダー・ベルを、木刀の一撃で粉砕する男の姿。


「……へぇ」


 獣哉は、面白くもなさそうに呟いた。

 その足元には、ボロボロになった男たちが土下座をしている。


 先日、19階層で浩之に叩きのめされ、ADAに拘束されていた下っ端の三人組だ。

 彼らは政治的な裏取引で釈放されたものの、幹部のレンジは未だ拘留中である。


「も、申し訳ありません、代表……! 俺たちが不甲斐ないばかりに……! レンジさんも、捕まったままで……!」


 男たちが震えながら謝罪する。

 獣哉は彼らを見下ろし、冷酷に言い放つ。


「レンジの代わりはお前らじゃ務まらん。だがまあ、生きて戻っただけでも褒めてやるよ」


 彼はワインを一気に飲み干し、グラスを床に叩きつけた。男たちがビクリと震える。


「19階層の『畑』は全滅。加工工場もADAに差し押さえられた。損害額は数十億……いや、今後の利益を含めれば百億は下らないな」


 獣哉がゆっくりと立ち上がり、モニターに近づく。

 画面の中で、悠々と歩き去る浩之の背中を指でなぞる。


「全部、こいつのせいか?」

「は、はい……! こいつです……! 俺たちをボコボコにしたのも、畑をめちゃくちゃにしたのも、全部……!」

「柴田、浩之……」


 獣哉は舌なめずりをした。

 19階層の件だけではない。この男は、今や世界中が注目する「ランクワン」だ。


 もし、こいつを狩ることができれば?

 あるいは、手駒にすることができれば?


 【王獣の牙】の名は、七雄セブンスどころか、世界に轟くだろう。


「おもしろい」


 獣哉は歪んだ笑みを浮かべる。


「失った金とメンツは、利子をつけて回収する。総動員だ。ADAが囲い込んでいるようだが、関係ない。——この『英雄』を、俺たちの前に引きずり出せ」

「は、はいッ!」


 獣哉の目が、モニター越しの浩之を射抜く。それは、獲物を見つけた猛獣の目だった。


「ランクワンがどれほどのもんか、試させてもらおうか。……壊れるまでな」


 神戸の闇の中で、牙が研がれる音がした。

 浩之たちの平穏な日常に、確実な脅威が迫っていた。




——あとがき


すみません。

キリが良いところがここだったので、今回は短いです。

本日中に次話公開しますので、お待ちください。

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