第9話 男というヤツは

 講習は、ダンジョンへの入り方から始まり、ダンジョンで得た資源全般に関する取り扱い方、税金等のお金に関することまで幅広く解説するものだった。


 まず、ダンジョンに入るにはダンジョン探索者としての認定、登録が必要とのこと。まぁその登録をするためにこの講習を受けに来たわけだ。この講習を受けることで、ADAが発行する通称探索者カードが発行される。


 ダンジョンが生み出すDカードとADAの探索者カード、ごちゃごちゃになりそうだ。


 ダンジョン製のDカードは個人の能力に関する情報と、ダンジョン内でしか使えない機能を持っている。誰もが、必要な時に異空から出し入れできるファンタジーだ。


 これはダンジョン内だけでなく、日常生活のどこでも普通にできる。何なら今この場でもDカードを出すことができる。


 対してADAが発行する探索者カードは現実的な機能を有している。ダンジョンへの入場許可やダンジョン入場履歴等が、内蔵されたICチップを介してADAのデーターベースに保存されるという基本的な機能の他に、ダンジョンで産出された資源の売買を楽にするためにキャッシュカード、クレジットカードなどの機能や、ADAと連携している装備品を扱う店舗での会員特典を受けることができる機能もあったりと、結構俗物的なカードとなっている。


 ちなみにスキルオーブ売買サイトへのログインも、このADAが発行する探索者カードをログインキーにしているみたいだ。


「質問良いでしょうか」


 講師役の男が話を締めた後は、質疑応答の時間になった。すぐさま老齢の夫婦が手を挙げていた。


「ダンジョンで見つけたアイテムは、全部自由に使って良いんだね」

「だねー。アーティファクト見つけたらボロ儲けじゃん」


 老夫婦の質問を尻目に、俺の席の近くに座っていたカップル達が盛り上がっていた。


 ダンジョンに関して注意しないといけないのが、ダンジョンから産出されたスキルオーブやアーティファクトなどの資源に関する扱いだろう。


 基本的にそれらを入手した時の対応として、特に制限がかかることはない。自分の物としても良いし、すぐに売ってしまっても構わないようだ。


 ただ、譲ったり販売したりする時には色々と税金関連がかかってくるらしいが、探索者カードに紐付けされた口座でADAを介した取引を行えば一律10パーセントの税金がかかるだけで済むらしい。お金の話は面倒くさいから大変だけど、とにかくADAを介せば良いと覚えておこう。


「それでは以上で講習会を終わりとします。皆様には申請書の提出を持って探索者資格の申請とさせていただきますので、よろしくお願いします」


 エリートサラリーマンの締めの挨拶で、会議室内の面々は退出を始める。


 その流れに従い、俺も部屋から出ようとしたところで、エリートサラリーマンと再び目が合った。ニコニコ顔で近づいてくる。顔は笑顔だけど、よく見れば目の下に隈ができている。さすがADA。余程の激務なんだろう。


「お疲れ様でした。講習会はいかがでしたか」

「あ、お世話になりました。大変勉強になりました」

「それはよかったです。ダンジョンはやはり危険が多いので、ぜひ皆さんには安全に挑んでほしいものです」

「そうですよね。僕も気をつけます。では」


 何で声をかけられたか分からないが、あまり知らない人とは話を続けたくないので、話を終わらせる方向に持っていく。緊張するんだよ。


「ああ、そうだ。貴方はなぜダンジョンに挑もうと?」


 なのに話を続けようとするエリートサラリーマン。なんだこのエリサラは。


「いや、ちょっと、新しい趣味でも見つけようかと」

「ははは。それは結構なことです。見たところ鍛えられているんでしょう? 期待していますよ」

「はぁ……。頑張ります……」


 それでは、と美人秘書と共に離れてく。一体何だったんだ。


 ◇


 カツカツと靴が床を叩く音が、静寂の廊下に響く。

 冴葉は周囲に人影がないことを確認すると、伊達に視線を向けた。


「どうでした?」

「……分からん。結城が言う通りだ」

「怪物、ですか」

「ああ。恐怖だよ。俺の細胞全てが警告を出していた。これならダンジョン下層でモンスターに囲まれている方がまだマシだ」


 未だ冷や汗で濡れた手を見つめ、頭を振る。

 浩之の動向を監視していた監理部のスタッフから、移動を開始したとの連絡があったのが対策会議を行なっていた最中。


 どうやら浩之の目的地がADA《ここ》で探索者講習を受けるためだと分かった時、伊達は直に浩之を確認してみるために講習会の講師となることを決めた。


 特Sランクダンジョン消失の鍵となるであろう浩之の姿を直に確認することが、彼にとっては必須だった。それは彼の持つスキル【直感】の効果が、直接の接触を発動の条件としているためだった。


 【直感】スキル。自分にとって正か邪かを直感的に判断できる感覚スキルだ。このスキルに何度も命を救われてきた伊達は、己の【直感】に全幅の信頼を置いていた。


「だが……」

「?」


 少し言い淀む伊達。静かに続きを待つ冴葉。


「……伝説のモンスター、ドラゴン。あいつが無遠慮に街を歩き回っているような恐怖なのに……俺の直感は問題ないと言っている」

「邪悪では、ないと?」

「ああ。言ってしまえば、己の力の振るい方を分からぬドラゴンの赤子が、無意識に力を発出しているだけのような……まさかな。これほどの力を持っているモノが、その扱い方を知らないことはないか」


 ははは、と苦く笑う伊達。まさかその想像通りであることを、彼に知る術はなかった。


「余計な手を出すなと、威圧をしているのでしょうか?」

「さあ、な。だが、こちらから手を出さぬ限りは敵対はしない……そう感じたな」

「では?」

「ああ。差し当たり動向の確認のみ。方針は静観だ」

「承知しました」


 【直感】スキルのない冴葉にとっては脅威の対象でしかないが、伊達への信頼度が勝っていた。すぐさまインカムで戦略室のスタッフに連絡する。


「……受付担当は白雪にしておけ」

「白雪ですか?」

「ああいうタイプの男はきっと気にいるはずだ」

「……はぁ」


 これだから男は……と心の奥底から出てきた呆れを隠し通すことは、冴葉にとっても困難なことだった。


 ◇


 講習会を終えたあと、車を走らせ、人気のない山へ向かう。

 どうしても自分のステータスがどれほどのものか確かめたくなったからだ。家でもいろいろと試してはみていたが、やっぱり大きな動きの確認は外でしかできない。


 一応登山道が設置されているが、ほぼ登山客はいない手頃な山を検索してあったので、ナビに従うと一時間もかからず到着した。


 ところどころコンクリートを突き抜け雑草が生えているような駐車場に車を停め、外に出る。

 思った通り、人気は皆無だ。生い茂る木々も野性味が溢れていた。


 登山道の入り口に立った瞬間、胸が高鳴る。


 誰かに見張られている可能性を考えて、一気に駆け上がった。舗装もされていない急な坂道を、まるで平地を走るみたいに踏み抜く。


 足が地を蹴るたびに、風景が後ろへ飛んでいく。呼吸は乱れない。心臓も苦しくない。ただただ、体が軽い。


「……やばっ」


 興奮を置き去りにするくらいの速度で山を駆け上がり、昔は休憩できる広場だったんだろうなと思わせる場所で一度脚を止めた。腐りかけた木のベンチが数個置かれてあるだけの、小さめな広場だ。いろいろ試すには良い場所っぽい。


 まずは軽くジャンプしてみる。


「おおっ」 


 ちょっと跳ねたつもりが、大木の枝の上まで跳んでいた。慌てて枝を掴み、その反動で身体を一回転。まるで体操選手のように、枝の上に立つ。


「マジか」


 思わず声が漏れた。

 下を見ると、地面が遠い。


 え、今の一跳びで十メートル以上? は? どういう脚力?

 跳べるということは、着地もいけるよな。


 少し不安を感じるが、思い切ってジャンプ。わずかな滞空時間。迫る地面に、どう動けば良いか身体が勝手に理解していた。


 すとん、と着地。全く痛くない。体が全部バネみたいになってる感じだ。

 笑えてくる。いや、笑うしかない。


「やっば……なんだこれ、気持ちよすぎる!」


 走ってみる。

 一歩ごとに風が爆ぜた。


「うわっ、はやっ!」


 笑いながら木の幹を蹴る。

 そのまま垂直に駆け上がって、枝に飛び乗る。

 山頂が見える。遠いはずなのに、今の俺なら――届く。


「行くか!」


 跳躍。

 山の澄んだ空気が爆発するみたいに耳を叩いた。


 身体が矢みたいに飛んでいく。

 眼下に森の海。風が裂け、空が揺れる。

 まるで飛んでいるようだ。


 着地と同時に岩肌を蹴り上げ、もう一段ジャンプ。

 パルクール……いや、これはもう空を舞っているようだ。

 どこまでもいける気がする。


「っしゃああああっ!」


 叫んだ。誰もいない山で、ただ叫んだ。胸の奥がスカッとする圧倒的な爽快感。

 試しに大木へと拳を叩き込む。


 ドンッと腹に響く衝撃とともに、直径一メートルはある幹が粉々に砕け散った。木片が雨のように降り注ぐ光景に、思わず声を上げる。


「すっご」


 なんだか語彙が貧相になっている気がしないでもないが、仕方ない。

 しかし、これはヤバい。今ならどこぞの戦闘民族にでも勝てる気がする。

 我ながら中二発言だが、本気でそう思ってる自分がいた。


 山の頂上に立って、遠くの街を見下ろす。まるで、世界そのものが自分の手の中にあるみたいだった。


「ははっ……これ、最高だな」


 ただ身体を動かしているだけで、胸の奥から熱が溢れ出す。少年の頃に夢見たヒーロー像に、自分が近づいている気がした。


 力が身体の隅々まで通っている万能感に身震いする。


 ――でも、落ち着かなきゃ駄目だ。


 けれど同時に、心の隅で冷静な声が囁く。


 手を見る。さっきまで木を粉々にした拳。もしこれを人に向けたら、どうなる?

 考えなくても分かる。この力を本気で振るえば、人ひとり簡単に壊してしまうだろう。遊び半分で使えるものじゃない。


 しばらく拳を見つめて、それから深呼吸。

 さっきまでの興奮が、少しずつ落ち着いていく。


「使い方、間違えちゃ駄目だよな。……ヒーロー気取りで誰かを傷つけるとかダサすぎる」


 山の上で笑う。

 多分この力は危うい。けど、使い方次第で誰かを救える。そんな気がした。


 ――それにしても。


 あんなに走り回って、全然疲れてないのが一番ヤバい。


「完全に人間卒業してるよな、これ……」


 ……まあ、翌朝。


 月曜の出勤時には、全力で現実に引き戻されたけどな。

 仕事なんて放り出して旅立ちたい。でも、それでも職場へ向かう自分は立派な社畜だと思う。

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