第5話 特Sダンジョン【ADA】
その日、アーティファクト・ダンジョン管理機構――通称ADA日本支部岡山支所は騒乱に覆われていた。
ADAはスイスに本部を持つ組織だが、世界各地に支部を置いている。日本の場合は東京に支部が存在しているが、ダンジョンは僻地だろうと都心だろうとお構いなしに誕生するため、東京だけでなく各都道府県に支所を置くことで対応していた。
そんなADAの仕事はダンジョンに関するほとんどの事務だけでなく、ダンジョン管理やダンジョン発生の監視、攻略状況の集約、アーティファクトやスキルオーブの管理、対ダンジョン産物によるテロ行為に対する治安維持、ダンジョン
岡山支所にもそれぞれのセクションは存在しているが、現在絶望の縁に立たされているのが、ダンジョン管理監査部監視室だ。
ADA日本支部岡山支所が所有するビルの一室にダンジョン管理監査部監視室はあった。その部屋は電子の灯りだけが埋め尽くすモニタールームとなっている。本来数人が勤めている狭い部屋には、十を超える人間が詰め込まれていた。
「特殊警戒配備!! 繰り返す特殊警戒配備!! これは訓練ではありません!!」
大仰な警報とともに館内放送が響いている。
「大槻管理官はまだか!?」
「防衛省に連絡を! 水瀬特尉を呼べ! 無理なら一級DATを呼べ!!」
「現地派遣はどうなっている——」
周りの喧騒を一身に受けながら、部屋の中央で腕を組みモニターを睨むように見つめている男がいた。
ダンジョン監理監査部における責任者、伊達将範。まだ四十代半ばであるにも関わらず責任者に抜擢されていることからも、彼の優秀さが分かる。
その優秀さに違わず的確な指示を職員に出しながら、静観する伊達。しかし、そんな男の内心は焦りでいっぱいだった。
世界崩壊――そんな言葉すら現実味を浴びているこの状況に、解決策などあるのだろうか。
「伊達部長、大槻監理官並びに防衛省山吹事務次官の準備が整いました。第一会議室へお願いします」
「分かった」
監視室に現れた新たな人物は、凛という言葉が似合いそうな女性だった。伊達の秘書をしている冴葉だ。
伊達は冴葉を連れ、別の階にある会議室へ急ぐ。
会議室に到達するまでにも慌てて走る人間と何人もすれ違うことになった。ADA日本支部誕生以来の大騒ぎだな、と他人事のように伊達は感じた。
会議室に入ると、正面に大型モニターが設置されており、そこには二つの画面が映っていた。どちらの画面にも高級スーツを着込み、渋い顔をした男が映っている。
「大槻監理官、山吹事務次官、お待たせいたしました」
「現状を」
余計なやり取りは不要だと、画面に映る男――大槻が答えた。巌のような男だ。画面に全身は映っていないが、見える範囲でも筋骨隆々。パツパツのスーツから覗く首元も大木のように太い。ゴツゴツした顔面はホームベースのような印象を与える。
現場でバリバリいわせていましたを身体全身で表すこの男は、自衛隊上がりで現在はADA日本支部で統括役を務める立場として重要なポストに就いている。
「はっ。
本日1847時に岡山県瀬戸岩市にて超強度のダンジョン波が発生。
同1852時に特Sランクのダンジョンと認定。即座に特殊警戒配備を発令。特別ダンジョン法第4条の規定に則り、防衛省に応援要請を発令しております。
ADA岡山支所から調査員を三名派遣、内一名は上位ランク探索者結城宍道氏に依頼しております。到着予定時刻は2130時。もう間もなくです」
報告できる内容はそう多くない。
だが、その内容は国家――ひいては世界存続に関わるほどの内容だ。
特Sランクのダンジョンという、ダンジョンの危険度を定める時にあり得るはずないと一笑されていた存在が誕生したからだ。
ADA発足後、ダンジョンの危険度を客観的に評価するべく、あらゆる調査が開始された。
気圧や空気構成の違いから始まり、未知のウイルスや病原菌、微生物などがないか等、多岐にわたる調査が行われた後、議論はダンジョンの難易度設定に移っていった。ダンジョンに無謀に挑み死傷する者が後を絶たず、世界的な共通ルールの設定が求められたからだ。
ダンジョンの難易度や危険度そしてダンジョンの階層を総合的に勘案して設定されたのが、ダンジョンランクだ。
走破が容易なものからEランクと設定し、危険度が増すごとにランクは上昇していく。E、D、C、B、A、Sと六段階の設定を作ったが、その時に測定不能の危険度として設定されたのが幻の七段階目である特Sランクである。
ちなみにこの測定には、世界最初のダンジョン【ザ・ホール】から発掘されたアーティファクトを使い、
何はともあれ、そんな危険なダンジョンが日本の地方都市に誕生したからさあ大変という状況なわけだ。
「同様の内容を防衛省でも確認している。既に水瀬特尉が率いるDATに派遣命令を出したが、現着までにはしばらく時間が必要だ」
画面に映るもう一人の男、防衛省に所属する山吹だ。既に初老は通り越す年齢ではあるが、その目つきには力強さと鋭さがある。小柄な身体なのに、感じさせる存在感は大きい。
「ありがとうございます。
地元警察には現状を秘匿しながらの協力要請を行い、半径三キロ外周辺の安全確認は行っています。が、現場周辺には近づかないよう徹底させています」
「うむ。藪をつついて大蛇を起こす必要はない」
山吹が頷く。昔からある諺で喩えたその言葉が、実は今回生まれたダンジョンの主を言い得ていることを、この場の誰も知らなかった。
それはともかくとして。現状、ダンジョンからモンスターは出ないという不文律は崩れていない。しかし、いつ何をきっかけにそれが崩れるかは誰にも分からないのだ。
「しかし、特Sランクとは――」
「失礼しますッ!!」
大槻の言葉を遮るように、会議室のドアが無遠慮に開かれた。
伊達の叱責の言葉が発される前に、会議室に入ってきた職員が叫ぶ。
「さっ、先程発生したダンジョンの……ロ、
「なんだとッ!?」
同様の報告が画面の向こう側でもなされたようで、男たちの驚愕の声が会議室に響く。
「ダンジョンを走破した者がいるということか? 特Sだぞ!?」
ダンジョンは発生時に特殊な"波"を発生させる。水面に石を投げ落とすことで発生するさざ波のように、世界を超えて現れた異物が起こす波だ。それを測ることでダンジョンの発生を知ることができるが、ダンジョンはこの世界に存続し続ける限りその波を発生し続ける。ダンジョンが走破され崩壊し消滅する時に、最後の波を発生させ消えるのだ。
今回生まれたダンジョンも同様の波を出していたが、それが消失した。
「それは……分かりませんが、2122時に消滅波を計測。その後沈黙が続いています!」
「……現地映像を出せ」
「ダ、ダンジョンの【門】はカメラに映りませんが……」
職員の言葉に暫し考え込んだ伊達が指示を出す。職員が戸惑ったように声を出すが、それを視線で黙殺する伊達。その隣で冴葉がコンソールを操作すると、モニターに衛生写真のような画面が表示された。
「あれは?」
同じ映像を見ている山吹が呟く。庭の中央に豆粒のようなものが動いているのが見えた。
冴葉の手が器用にコンソールを操作すると、カメラの映像がズームアップされた。豆粒が鮮明に映る。小躍りしているのか不思議な踊りをしている青年――浩之が映っていた。
「!?」
変な踊りを止めた浩之がふと上空を見上げた。カメラ越しに浩之と視線が合う一同。
「ドローンが……見えている?」
「ま、まさか? 夜間の上空二千メートルですよ……」
乾いた笑いを絞り出した職員だが、誰もその否定に同意の声を出さなかった。この場にいる者達は、それが可能だということをよく知っているからだ。トップランカーのダンジョン
そんな会議室の当惑を外に、カメラに映る浩之は一度首を傾げてから家に入っていった。
「発生時からの映像を流せ」
即座に映像が巻き戻され、平穏そのものの住宅街が映る。
「早送りを」
冴葉の操作で映像が早送りされる。しばらくは何の変化もない映像が続く。
「ストップ!!」
現在の時間からおよそ一時間前。庭に入ってくる浩之の姿が映像に現れた。瞬間、狙ったかのように映像が乱れる。
「故障?」
「い、いえ、カメラに異常は見られませんでした」
職員の言葉を証明するかのように、乱れていた映像が鮮明に切り替わる。その画面には庭の中央で浩之が変な小躍りを舞っている姿が映っていた。ちょうど会議室に映像が流れ始めた映像に繋がったわけだ。
「ダンジョン波の発生位置はここで間違いないな?」
「は、はいっ!! 超強度のダンジョン波のため誤差が十二メートル程出ていますが、ほぼ間違いないかと」
「しかし、誰もダンジョン突入をしていないではないかっ!?」
ダンジョンの【門】はカメラに映らない。では【門】をくぐった者を撮影していた場合どうなるのか。答えは、消える、だ。【門】を通過した瞬間、肉眼でもカメラ越しでも姿は消えてしまう。
しかし、今回の場合、浩之の姿が消えることはなかった。つまり、浩之はダンジョンに突入していないことになる。その結果、誰もダンジョンに突入することなくダンジョンが消失するということになってしまった。
これは会議室の面々には分からないことだが、始祖たる神龍が施した認識阻害の影響の一つである。浩之の『ダンジョンの存在や、ダンジョンに自分が入ったことがバレたくない』という希望に応える形で行った力の行使が、この不自然な状況を生み出してしまったのだ。
「この男……何者だ?」
「探索者データベースに一致する情報はありません。
大槻の疑問にすぐさま答える冴葉。
その機能の一つに、ダンジョンでカードを取得した者を
冴葉はそのランキングから該当者がいないか確認しに行くと言っているのだ。
「ランク上位者にあの顔はいなかったがな……」
山吹が呟くが、冴葉の指示を止めるつもりはないようだ。それ以外にできることがないのは山吹自身にも分かっていた。
「伊達部長、調査員が現地に到着したようです」
指示を出すため何処かと連絡を取っていた冴葉が、伊達に耳打ちする。伊達が頷くと、モニターの映像がライブ映像に切り替わった。
調査員と思われる男の背が二つモニターに映っている。どうやら調査員に付けられた小型カメラからの映像のようだ。
薄グレー色をしたモルタルのような素材で作られた塀に備え付けられたインターフォンを押す男。
しばらく間があき、小さなノイズを載せて男の応答が聞こえた。
「夜分申し訳ありません。市役所の者ですが、少しお時間よろしいでしょうか」
インターフォンを押した男が申し訳なさそうな声を出す。
『あ、お待ちください』
少し待っているとガチャガチャと鍵が外れる音がして、ドアが開いた。
緑色のトレーナーにジャージといった部屋着を着込んだ青年――浩之が訝しげな顔をして立っていた。
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