できない、できない、できない子

J.D

できない、できない、できない子

突然ですが、私には、とても出来損ないの弟がいたのです。

私は、昔から

「亜美ちゃんは良い子だねぇ」

「綺麗で可愛いねぇ」

「よくできた子だよ」

などと言われ育ち、実際、私はその期待に応え続けることが出来るほどの秀才でありました。

上記をお読みになった皆さんは、

「なんて傲慢な女なんだ!自分を秀才なんてとんでもない」

と思われるかも知れませんが、事実なのですから、仕方がないでしょう?


話が脱線しかけましたね。

そう、私は所謂「良い子」なのです。一歳下の、弟とは違って。


私の弟は、それはそれは醜いものでした。生まれたときから額に痣があり、垢まみれのフケまみれ、ニキビが点字ブロックのようにあり、毛穴は花のように開いている。

私と同じ二重まぶたではありますが、その実腫れたような目。おまけに極度に細い体。フィクションとしか思えません。

勉強も、一切出来ません。国数英、その他全教科全て、赤点。赤点どころか、0点であることの方が多かったのです。

所謂「勉強はできないけど、機転が利く」という訳でもなく、本当の知恵遅れ。

運動も、また一切出来ませんでした。すぐに息を荒くし、瞬発力も皆無。2人でサッカーをした日など、余りの運動音痴さにサッカーをしているのか一人でヘンテコ舞を舞っているのかわからなくなりました。おまけにアレルギー体質で汗をかきすぎると途端に全身が真っ赤になる。

話もろくに出来ませんでした。彼はすぐに吃りを発症し、「あ、あ、あ」と溜める割に何を言っているのかさっぱり分かりません。


私は、そんな弟が、心底、そう心底、

可愛くて、たまらなかったのです。


彼は、私によく甘えてきてくれました。

「ね、ね、ね」

と、出来もしない算数ドリルを指さし、私に教えてとねだってきたときなど、私は余りの可愛さに、彼のかさかさでひび割れた唇にキスをしました。


なんて可愛いのでしょう?なんて愛しいのでしょう?醜くて、弱くて、私がいなければなんにも出来ない出来損ない。甘えることしか能がない汚い子。

         

しかし、両親は、そんな弟のことが嫌いだったのです。

「外戸は、なんて酷い子なんだ。あいつがいるせいで、うちは恥ずかしい」

「亜美ちゃんが面倒見てくれてるけど、そろそろあの子も17だし、どこか施設に入れたほうがいいかしらね」

施設?冗談じゃありません。彼をそんな、得体のしれないところに入れさせてたまるものですか。

外戸は、私の弟なのです。私だけの弟なのです。

私は、その話が聞こえてきた瞬間、父と母を説得しにリビングに行き、まる2時間かけて口説き落としました。

その時に、母から

「亜美ちゃんに彼氏でも出来たらどうするの?あんな子、見られたりでもしたら・・・」

と言われたときは、思わず手が出そうになりました。

彼氏?そんなもの、必要ないではないですか。彼さえいれば、他には誰もいりません。どうして、彼らにはそれがわからないのでしょう。



「がいちゃん、今日もお勉強しましょうね」

「あ、あ、あ、あ」

「ん?ああ、お菓子が食べたいの?仕方ないね。はい、お姉ちゃんの手作りだよ?がいちゃんのためだけに作ったの。いっぱいたべてね」

「あ、あり、あ・・・」

ありがとう、そう言いたいのでしょう。ああ、なんて可愛い。

「がいちゃん、『ありがとう』も言えないの?そんなことも言えないで、国語の問題を解こうとしたの?」

こう言うと、彼は決まって悲しそうな、泣きそうな顔をするのです。それがまたたまらなく可愛い。

すぐに私は、彼を私の胸に抱き寄せて、優しい声で慰めてあげます。

「ごめんね、ごめんね・・・酷いこと言ったね。大丈夫、大好きだよ。愛してる。お姉ちゃんがずっと一緒にいるからね?ちゃんと勉強しようとして偉いよ」

すると彼は安心したように、顔を埋めてきます。

ああ、愛しい。

私は、彼のためなら、この身をも捧げるつもりでした。彼が私の体を望むなら、彼がその関係を望むなら、私は喜んで捧げていました。





全て間違いだと気づいたのは、彼が18になったときでした。

突如として、彼は私の前から姿を消しました。

机には、置き手紙がありました。

『さようなら、愛しのお姉様。愛しています』

見たことのない、達筆な字。

その手紙を見て、気付きました。

私は、騙されていたのです。彼は、出来損ないなどではなかった。

本当の出来損ないは、私だったのです。私は、彼がいなければ、心が保てませんでした。自分と正反対に、落ちこぼれでなにも出来ない、そんな弟がいて、私は満たされていたのでした。

私はこれからどう生きていけばいいのでしょう?彼こそが私のすべてでした。私は、自分より優れた男性など、さして興味はありません。もっと言えば、赤の他人など、どうでもいいのです。彼だけがいいのです。なのに、なのに。

私は、できない子でした。弟の嘘を見抜けず、見限られ捨てられた。

どこで間違えたのでしょう?なにが駄目だったのでしょう?


ああ、もしも時間を戻せたら────。もしも、やり直せたら────。



 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 




私が、姉を愛していたことに、嘘偽りはありません。

姉は、醜い私とは違い、とても美しい人でした。

彼女の綺麗な瞳を見る度、姉に対して決して抱いてはならない、俗にいう恋心に近い感情を持ってしまっていました。

彼女の囁く声や、ふわりと香る彼女の香りは、私にとってはあまりに甘い毒でした。

頭の良く、運動も出来るそんな完璧な姉が、私の憧れでした。

そんな姉は、私を見下してこそいましたが、心底かわいがってくれました。

彼女といられる時間は、私の人生の何よりも幸福な時間だったと言えるでしょう。


私が、彼女の元を離れた理由は、2つあります。

一つは、馬鹿なふりをするのに疲れたからです。

私の発達が遅かったのは本当です。しかし、いくらなんでも、17にもなって小学校の問題が出来ないなんてことはありませんでした。

姉が、面倒を見てくれていたから、私は馬鹿なふりをし続けました。姉が、それを望んでいることは知っていたからです。

もう一つは、このままでは、私はとんでもない過ちを犯してしまうかもしれなかったからです。私は、このような醜い体で、憧れの、愛しい姉の体を穢したくなかったのです。

姉が、今何をしているのかは存じ上げません。しかし、私は後悔はしていません。

姉が、私がいなくても人生を謳歌できることを、切に願っています。


私の、最も愛しい姉へ、あなたの愛しの、できない子より。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

できない、できない、できない子 J.D @kuraeharunoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ