魔王の息子の世界旅行記
狂乱のなまこ
プロローグ
魔王城は赤く燃えていた。
各国から選りすぐられた精鋭によって結成された討伐隊と勇者パーティーを中心とした侵攻部隊が魔王軍を壊滅させるべく魔王城に攻め入っていた。
魔王城に住む幼い少年は隠れながらもその光景を目に焼き付けていた。
……壊されていく、何もかもが。
侵攻してきた人間たちは魔族であるなら老若男女区別なく殺して回っていた。
誰もがその瞳の内に燃える様な怒りと嗜虐性を宿していた。
少年はその光景に恐れを抱き、父親である魔王の下へ向かった。
「父上! みんなが、みんなが……」
「ルイか、どうやら連中は私たちを徹底的に潰す気らしいな。ククク、面白くなってきたじゃないか」
「面白くないよ父上。早くみんなを助けて」
城が攻め入られて魔王はおかしくなってしまったんじゃないかと少年は心配になった。
そんな少年の亜麻色の髪を魔王は優しく撫でる。
「ルイ、ここでよく見ておけ。そして決して忘れるなよ。これから何が起こるのかをな」
魔王はそう言うと目の前に現れた男と対峙した。
「魔王だな」
黒髪を肩まで伸ばした背の高い細身の男が剣を構えた。
「いかにも、そう言う貴様は勇者だろ。よくここまで来たものだ。歓迎しようじゃないか」
魔王は余裕がある様子で勇者を迎え入れた。
「お前はここで終わりだ、魔王よ。大人しく首を差し出せば楽に殺してやるぞ」
「終わらないさ、何もな。貴様では何も終わらせることは出来ないんだ勇者よ」
「ぬかせ」
そして勇者と魔王は互いにぶつかり合う。
少年は巻き込まれない場所でただ二人の戦いを見ていることしか出来なかった。
二人の戦いは壮絶の一言であり、少年には理解が出来ない領域での戦いだったが、それでも一瞬たりとも見逃してはならないと心に決めてその戦いを見守っていた。
そしてやがて決着が着く。
この夜、魔族は敗北し世界中から迫害の対象となる。
ある者は息を潜め、ある者は再起を決意し、そしてある者は何かを成すための準備を着々と進めていた。
そしてルイと呼ばれた少年もまた魔王城から姿を消す。
魔王は死に、人間たちは世界に平和が訪れたのだと喜んだ。
だがその喜びは束の間であり、新たなる悲劇が目前に迫っていることに気がついていなかったのだった。
セルレーム大陸の最北端は氷に覆われた氷結の大地であり、太古から住み着いている幾つかの少数民族以外に人はいない様な辺境の地である。
そんな辺境の氷原には少数民族たちも近づかない常に吹雪によって閉ざされた場所がある。
人は愚か魔物すらも近づくことの出来ないこの吹雪を抜けた先には一体何があるのか。
その答えを知るものは正にこの吹雪を越えた先にしかいなかった。
もしも誰かがこの吹雪の中に挑み、そして越えることが出来たとすれば、その人物はきっと予想外の風景に絶句するだろう。
何故ならば吹雪を越えた先にはこの氷上の地では絶対に存在し得ない木々に覆われた緑豊かな土地が存在しているからだ。
柔らかな木漏れ日が差し込み、小鳥が鳴いている様な美しい森の中、一件だけポツンと古びた屋敷が建っていた。
「御坊ちゃま、お茶でございます」
その屋敷の中で優雅にティータイムを楽しんでいるのはの亜麻色の髪の青年と白乳色の髪色をしたメイドだった。
「相変わらずの味だな」
「いつもの茶葉で淹れましたので」
一見すると何の変哲もない風景であるが、森の外側を見れば不自然に凄まじい吹雪がこの森の屋敷を囲っており、それはこの屋敷を守っている様にも中の者を閉じ込めている様にも見えるのだった。
「セリカよ、僕たちがここに来て何年になった」
「十年程かと」
「退屈というのも悪くないと思っていたが、ここまで極まれば流石の僕も嫌気がさしてくるというものだ」
「申し訳ありません御坊ちゃま、もう暫し我慢なさって下さい」
セリカと呼ばれたメイドが赤い花の髪飾りを揺らしながら申し訳なさそうに頭を下げると、青年は余計にその端正な顔を顰めた。
「お前にとっては僅か十年だろうが僕にとっては悠久にも思える時間だった」
この青年、ルイ・フォルティシモの父親である魔王が勇者によって討ち取られて十年が経過していた。
まだ幼かったルイは魔族軍が敗戦した後、乳母であったセリカに連れられてこの土地に逃げ延び、吹雪の結界の中で一度も外へ出ることなく子供時代を過ごした。
「そろそろ外に出なければならない、僕はそう感じているのだ」
人生の半分以上をこの吹雪によって閉ざされた土地で過ごしたのだからそう感じるのも仕方がないのかも知れないとセリカは思った。
「これを見てくれ」
ルイが右手を挙げると空間に小さな裂け目が生じてそこから一冊の本が現れた。
「僕はこの十年間何千冊という本を読んだ」
「存じております」
「その殆どが人間の書いた本だ。僕は人間が書いた本を読むことで何故魔族が負けたのかその理由を探ることにした」
「それで、何か分かったのですか?」
「はっきりとした理由は分からん。人間は魔族と比べれば肉体は脆弱で魔力も弱い。まともに戦えば人間に勝ち目などないというのが僕の持つ感覚なのだが、現実に人間は魔族に勝った。ということは人間の持つ何かが魔族を上回っていたということになる。僕はそれが何なのかを知りたいのだ」
ルイは魔王の息子として生まれたから敗北した理由を知りたいというよりは、知的好奇心を満たしたいがために外に出たいという感じであった。
幼い頃から長い間この場所に閉じ込められていたルイは時が経つに連れ同族に対する情や人間に対する憎しみが薄れていき、現在では自身の知識欲のみが行動原理となっていた。
そしてもうひとつ、父親である魔王が勇者との戦いを見せて、ルイに何を伝えたかったのか。
この度を通じてそれを知りたかった。
「御坊ちゃまもご存知の通り今はまだ魔族への風当たりも強く、外では迫害を受けている魔族もいます。外へ出るということは自らの足で茨の道を歩まれるということに他なりません。それでも行かれると言うのですか」
「お前が止めるならば力づくでも行くつもりだ」
ルイの瞳を見たセリカは諦めたようにティーポットを置いた。
彼が力づくでもと言うのなら本当にそうしてしまうだろう。
それに抗う力をセリカは持っていなかった。
魔王の子であるルイは生まれながらに凄まじい力を秘めているのだから。
「いつかはこの様な日が来ると思っておりました。御坊ちゃまが覚悟の上というのであれば止める理由は御座いません」
「うむ、それで良い。それで、お前はどうするつもりだ?」
「私は自らの命が尽きるまで御坊ちゃまの側に仕える所存で御座います」
「フン、好きにしろ。準備が出来次第さっさと出発するぞ、僕はもたもたするのが好きではないからな」
魔王討伐から十年、人と魔族の戦争によって付けられた争いの爪痕癒えようとしている中、魔王の忘形見が動き出す。
彼の存在がこの世界にどの様な影響をもたらすのか、それは彼自身も知り得ないのだった。
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