第11話 昨日の汚名を返上です!
クラウンに立ち向かう格好で杖を掲げたラブは、魔道書を詠唱する――。
「草花の囁き、旅人の外套、駿馬の吐息――」
おや?
急にエアコンの冷房がききだした思えば、室内なのに風が吹きはじめたぞ。
「――――姿を現し乱舞せよシルフィード!」
ラブの呼び声に従い、風が吹きすさぶ。
にわかに、今まで鳥のように飛んでいた教科書やノート達が1冊ずつパンッ! パンッ! と爆発しだした。
それは教室の後方からはじまり、前方に向かって伝染するかのように広がっていく。
木っ端微塵になったそれらは花吹雪のように悲しく散っていった。
「私の教科書が!」
「来週ノート提出なのにどうしてくれんだよ!」
「そのノート借りてるノートなのに!」
クレームの嵐。
爆発の連鎖がクラウンの元までやってきたが――――。
「俺には通じない」
バイオリンの弦を剣のように構えると、虚空を切り裂いた。
風は一瞬にして止んだ。
「負けちゃったぁ……」
隣のラブががっくりと肩を落とした。
クラウンのノコギリギコギコとたいしてかわらない演奏はまた再開される。
「まだまだ序の口なんだからね」
気を取り直したラブは魔道書をペラペラとめくりだした。次の呪文を探しているのだろう。
俺はラブのガチもんの魔術に感心しつつも、それをすんなり受け入れることが出来ないでいた。
なんだろうな、この言いようのない既視感は。
新たなラブの詠唱がはじまる。
「響き渡る赤子の産声、隠れる月、鍛冶屋は鉄を打ち鳴らす。さぁ火をくべろ――――燃え上がれサラマンダー!」
「火だと!?」
最悪な想像が頭にチラついた俺は叫んでしまった。
コントロール下手くそなラブに火器はアカンだろ。
火傷も嫌だし、焼き殺されたりしないだろうな。ヒヤヒヤする。
だがそんな俺の心配も杞憂で終わった。
「風がすげぇ……」
さっきと同様に風がビュービュー吹き出したんだ。
火って聞いて熱くなるかと思ったら全然で、それどころか寒かった。
火らしき火も出てこない。
これはもしや…………。
俺が抱えていたモヤモヤの謎が解けそう――――
「うがっ!」
突如、飛んできたプリントが俺の顔に張り付き、思考を邪魔される。
苛立ちながらプリントを剥がすと、プリントはあっという間にどこかに飛んでいった。風が強くなっているんだ。
発生原因であるラブは頭上で杖をくるくる回し続け、風力を高めているようだった。
さっきより威力を高めて今度こそクラウンからバイオリンを取り上げる気なんだろう。
クラウンの髪の毛は風で揉みくちゃだが、お前なんか眼中にないとばかりに演奏を続けている。
「昨日と同じにならなきゃいいんだがな」
俺がそう呟いた時だった。
「きゃっ!?」
女子生徒の悲鳴だ。
何事かとそちらを見ると、クラスで一番背の低い女子が強風に足を取られ飛ばされそうになっていた。
それを近くの友人が助けようと手を差しだし、やっと掴んだ頃には、助けた友人もろとも風に飛ばされてしまった。
焦る他の生徒達。
椅子に座ってる生徒達も、もう自分の体重だけじゃ椅子をその場にとどめておくことが出来なくなっているようで椅子ごと風に持っていかれそうになっていた。
恐怖で引きつるクラスメイト達をよそに俺は、デジャブじゃね? とゲンナリしていた。
その後、やはり俺の予感は的中し、あとは昨日と同様、強風に煽られみんな飛んでいくことになった。
何かに掴まろうと足掻く間もなく俺も突風に体をを取られてしまう。
まるで衣類乾燥機で乾かされる衣類みたいに俺達は教室内でぐるんぐるんとかき回され続けた。
何度でんぐり返しさせられただろうか。壁に激突して体のあちこちが痛む。女子のスカートがめくれてるだの騒いでる奴もいたが、体がボロボロで三半規管もやられヘロヘロ過ぎて全然興奮できねぇ。
「ラブー! 止めろー! 中止だー!」
俺は叫んでみたが、相手に聞こえているか怪しい。
ラブだけは風に飛ばされず無事で、台風の目に一人立っていた。未だ杖を回し続けている。
もはや杖が本体で、杖にラブが振り回されているように見えた。
うぷっ。
ラブを見てたら吐き気が。
そういやクラウンはどこだ。
クラウンが座っていた教壇はとうに風に飛ばされている。俺は教室を転がりながらクラウンの姿を探す。
――――見つけた。
この強風でも仮面外れないんだな。
クラウンは風に飛ばれてはいなかったが、床に張りつき、ラブに近づこうと匍匐前進でゆっくりゆっくりと這っていた。
バイオリンもしっかり抱えている。
クラウンと違い風に弄ばれている俺は、次の瞬間にはクラウンの姿を見失うことになる。
そしてまたクラウンの姿を見つけた時には、クラウンはラブのいる台風の目の中に侵入する所だった。
台風の目に入り、体の自由が効くようになったクラウンは体を起き上がらせると、すぐに、ラブの足元をバイオリンでぶん殴ったのだった。
「あぎゃっ!」
足元をやられバランスを崩したラブは、ダルマ落としのようにその場でずっこける。
「いったぁ……」と身悶えている。
武器として使われたバイオリンは吹っ飛んでいき、悲痛な音をだしながら床にバウンドした。
風の威力が弱まる。
クラウンはようやく自分のターンだとばかりに、
「俺が世界を壊そうとしているのに、何故お前が壊すのだ。俺の見せ場を奪うな!」
ごもっともです。
ヒーローとヴィランが逆転してましたからね。
「これは俺が貰う」
クラウンは、死にそうな虫のように弱々しいラブから杖をひったくった。
「だめぇ……それがないと女神っぽく見えないからぁ」
ラブは取り返す力もないようで床に倒れたままだ。
どうやら、クラウンの攻撃にやられて倒れているというより、ずっとやっていた杖回しの疲労にやられているようだった。
「お前に持たせられるか。危なっかしい」
「うぅ……。ラブは一生懸命やっただけなのにぃ……」
ラブは身を縮め嘆いている。
今なら――。
俺は吐き気を堪えながら、すかさず会話に割って入った。
「だったら、こっちは俺が貰うぞ」
床に無残に転がっていたバイオリンを俺は拾い上げる。俺はそれとなく目的の物を奪い取ったのだ。任務完了。
「ああ、構わない」
「え――」
そんな軽い返事なのかよ。
てことは、取られても困らない物。
やっぱりこれはただの飾りだったか。
その答え合わせをするように、教室内が活動を再開させたのだった。
次の更新予定
転校生の(自称)女神が、俺に謎の好意をよせてきて異世界転生させようとしてくるんだが 津山 まこと @tsuyamamakoto
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