第10話 ギギギ、バイオリン地獄

ギ、ギギギ、ギイィィ――。

黒板を爪で引っ掻くような不愉快なバイオリンの演奏だった。


にわかに奏者が弦をおろすと、曲の説明とばかりに言い放った。




「頭がいい奴が気にくわない。勉強が遅れている奴がどれほど劣等感を覚えるか想像もつかないのだろう。人の心を踏みにじってでも自分達は成長したいだと? 視野の狭い奴らめ。そんな奴らが『頭がいい』だと? 笑わせるな」




また演奏に励むクラウン。

今日も彼は絶好調のようです。

まぁ、ある意味では常に絶不調なわけだけども。

あの悲鳴のようなバイオリンを耳元でダイレクトで聞いてて奴は卒倒しないのか。





リサイタル会場は俺らの教室だった。

担任はガムテープで口を塞がれ椅子に縛りつけられていた。

ぐったりしているのは抵抗やむなく項垂れているわけではなく、縛られてるんだから授業できないのは仕方ないよな、なら俺はゆっくりさせてもらうわと堂々とスヤスヤお眠りになられているだけだ。



担任がこれなら止める奴は――――俺?

昨日に引き続き、俺は大きなため息をついた。

何故わざわざこの場所を選ぶんだ。

他の場所だったら関わらずに済んだのに。

それに今日は昨日より、よりタチが悪そうだった。



クラウンのバイオリンの演奏は不快な音を出すだけではなく、物を操っているようなのだ。

教科書やノートがバッサバサと鳥のように宙を飛んでいたし、ペンはミミズのように這い回り、消しゴムはポップコーンのようにポコポコ弾けてはしょっちょうぶつかってくる。



「なんじゃこりゃー!!」



俺の雄叫びは、あちこちで噴水のように吹き上がるプリントにザブーンとかき消された。

勉強が出来ないどころか、生活もままならない。

クラウンの目的はこれなのだろう。

元々勉強が嫌いな奴は授業が無くなってラッキーと自分の席を離れて友人と暢気に遊んでいるが、受験を控えている生徒達は頭を抱えていた。

ちなみに俺とラブは、教室の壁際に非難している集団の中に混ざって様子を覗っている。





「さぁさぁ勇者ピィ君、出番ですよ」


「その名前やめろって」


「なんでよぅ」

「俺が折れるまで呼び続けて認めさせようって魂胆なんだろうけど、俺は一々否定させて頂くぞ。そもそもラブ&ピースってなんだよ。ふざけすぎだ」


「勇者と女神はセットだもん。一心同体。だから離れていても心と心で繋がってるんだよ」


「俺以外にも人類は腐るほどいるだろうが。なんだったらあいつでいいじゃん。それこそ、この世界に不満爆発なようですし、丁度良いんじゃ無いか」


俺は教壇の上でふんぞり返ってるクラウンを見る。


「うーん。そうだねぇ………………考えとく」


ラブはその提案に消極的のようだ。

荒くれ者を転生させたくないのはわかるけど、俺が選ばれる理由もよくわからん。


ラブは空気を変えるためか声を明るくして言う。


「そ、それよりもだよ、今はこの現状をなんとかするほうが先だよピィ君」


「話をうやむやにしようとしてるだろ」


「してないー! もう疑り深いんだから。てかですね。今日のラブちゃんは一味違いますよ。楽しみにしててくださいな」


「はあ」


俺は返事にもとれるため息をついた。

期待したいんだけども、期待できないんだよなぁ。

ラブがこの状況をどうにかしてくれるというならもう全てお任せしたいよ俺は。

観客席でただ眺めてるだけの人をやるのが第一希望ですし。






でもなぁ……。

どうなることやら。

はぁ。




ラブはブツブツと分析をはじめる。


「蛇使いの笛みたいに、クラウンがバイオリンを弾くから文房具が動くんじゃないかな。ならバイオリンを取っちゃえばいい話ですよ。うんうん」


「そうか? 昨日の笛は飾りだったろう。あのバイオリンも飾りなんじゃないか」


俺は口を挟んだが、


「それがどうかを確認する為にもバイオリンを奪わないとだよ」


「そうですか」


どうぞやっちゃってください、お一人で。


やることが定まったラブは気負い立つ。

そして、どこからともなく一冊の本を取り出したんだ。

文庫本サイズの小さめの本だったが、革張りの古めかしい本でザ・魔道書って感じの奴だった。


「本格的じゃん」と言葉を漏らした俺に「でしょでしょ~う?」とラブは喜んだ。





「昨日の汚名を返上です!」

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