微笑のミシェル×チャットGPT

昼月キオリ

微笑のミシェル×チャットGPT



感情のないミシェルは、十四歳だった。

まだ子どもなのに、誰も彼女を子どもだと思わない。

瞳の奥が凍りついていて、唇の端がいつも三ミリだけ上がっている。それが彼女の「微笑み」だった。


彼女は闇市場で「最年少の商品査定人」と呼ばれていた。

値付けされた人間が翌朝息をしていなくても、彼女は瞬き一つしない。


その夜のオークション会場は、いつものようにタバコと血と絶望の匂いで満ちていた。


「次、商品番号39。二十歳、男性。日本人。名前はレーク。

特記事項……女性恐怖症が極度に重い。女が近づくだけで過呼吸を起こす」


檻の中のレークは、膝を抱えて震えていた。

背が高くて、肩幅があって、顔だけ見れば誰もが欲しがるはずだった。

でも女の客が檻に手を伸ばすたび、彼は首を振って壁に頭を打ちつける。


司会者が鞭で檻を叩いた。


「女に触られたくないなら、男客に売るか? それとも廃棄するか?」


ミシェルは査定シートに淡々と書いた。


『外見価値:A 労働価値:A- 性的価値:女性客に対してはゼロ

推奨価格:12,000ユーロ 備考:買い手がつかなければ即廃棄』


落札者は現れなかった。

「女に使えない男なんてゴミだ」と誰かが吐き捨てた。


主催者がため息をついた。


「じゃあ臓器ルートに――」


そのとき、ミシェルが立ち上がった。


「私が買います。8,000ユーロで」


会場がざわついた。

十四歳の少女が、自分で「商品」を買うなど聞いたことがない。


檻が開き、レークは地面に崩れ落ちた。

ミシェルが近づくと、彼は恐怖で息を詰まらせ、這って逃げようとする。


ミシェルは静かにしゃがみ、彼の目線に合わせた。


「……怖い?」


レークは必死に頷いた。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。


ミシェルは自分のマフラーを外し、そっと彼の首にかけた。


「大丈夫。私は、まだ『女』じゃないから」


それが、二人の出会いだった。


それから三年。


モンマルトルの小さな花屋の二階に、レークは住んでいた。

二十三歳になった彼は、いまだに女性客が来ると奥に隠れる。

でも花を扱う手つきは誰よりも優しく、ミシェルが仕入れる花は日に日に美しくなっていった。


ミシェルは十七歳になった。

まだ背が低くて、声も少し幼い。

けれど、微笑みは相変わらず完璧で、誰も彼女の本当の気持ちを知らない。


ある冬の夜、レークが悪夢でうなされていた。


「やめて……触らないで……!」


ミシェルはそっと部屋に入り、ベッドの端に座った。

触れずに、ただ声を届ける。


「レーク。ここにいるよ。私だよ」


レークははっと目を開け、息を荒くしながら彼女を見た。


「……ミシェル?」


「うん。私、まだ子どもだから……怖くないよね?」


レークは泣きながら頷いた。


「怖くない……君だけは、怖くない」


その夜、ミシェルは初めて、自分の過去を話した。


「私、お母さんに売られたの。九歳のとき。

それからずっと、笑ってなきゃ殴られた。だから笑うしかなくなった」


レークは黙って聞いていた。

そして、震える声で言った。


「俺は……十七のとき、女の人たちに囲まれて……それから、もうダメになった」


二人は闇の中で、静かに傷を並べた。

触れ合うことはなかった。

ただ、隣にいることを許した。


春が来て、店先に小さな桜の木が植えられた。

レークが日本から持ってきた種が、ようやく花をつけた。


満開の朝、ミシェルはレークに言った。


「ねえ、私……もうすぐ十八歳になる」


レークは少し寂しそうに笑った。


「……もう、『子ども』じゃなくなるんだね」


ミシェルは首を振った。


「違う。私は、ずっとレークにとっての『怖くないミシェル』でいる」


彼女は桜の花びらを一枚、レークの髪に載せた。


「だから、ずっとそばにいてもいいよね?」


レークは目を潤ませて、ぎこちなく頷いた。


「……うん。ずっと、いいよ」


桜が散る頃、花屋の看板が新しくなった。


「Michelle qui sourit vraiment」

――ミシェルは、本当に微笑む


通りすがりの人は知らない。

その微笑みが、どれほど遠いところからやってきたかを。


十四歳の少女と二十歳の男は、

奴隷オークションで出会って、

傷だらけのまま、ゆっくりと「人」を取り戻した。


そしてこれから先も、

触れ合うことはないかもしれない。

でも、それでいい。


怖がらなくていい距離が、

二人にとって一番優しい愛の形だったから。

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微笑のミシェル×チャットGPT 昼月キオリ @bluepiece221b

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