第25話 ファンナの行い④ 羽化 ―二人の覚悟―

 明くる日、目を覚ました俺は自分のやらかしてしまったことに気づく。見張り番のはずなのに、日が登るのと同時にうとうとと眠ってしまったのだ。俺はすぐにケディーのお母さんに視線を向けた。お腹あたりで何かが動いている。


「ファンナ、起きるんだ!?」


 俺はファンナの肩を大きく揺らした。ファンナは目をこすりながらも体を起こす。


「――!?」


 ファンナの目に映るは青い羽が特徴的なガの姿。俺とファンナはガから目を逸らさないように正面を向いたまま、視線だけを合わせる。


「……羽化している……」


「俺のミスだ、ごめん! 寝てしまって……いつから羽化してたのか……」


「……大丈夫、リチャーズ悪くない」


 仰向けになっているお母さんのお腹辺りには腹を食い破って出てきた蛹が十匹はいる。その蛹たちは今まさに羽化しようとしている。すでに羽化しているガは見える範囲で四匹。自身の抜け殻が仲間の羽化の妨げにならないようにと器用に足を使って払い除けている。ずいぶんと前から血が通っていないのか、破られた腹からはほとんど出血がない。


「ファンナ、いったん外に出よう! エリィとアックスを起こすんだ」


「……うん」


 俺達はヒトヤドリガの成虫が外に出ないように、細心の注意を払いながら家の外に出た。家の目の前には木の枝や葉などを使って簡単に立てた俺達のテントがある。

 エリィとアックスを起こし、二人に中の状況を伝えた。


 ケディーはまだ眠っている。俺は正直、事が終わるまでこのまま起きないでほしいと思った。だけどそれを許さないのはファンナだ。彼はケディーをゆさゆさと揺らした。寝ぼけ顔で目をこすりながらケディーは起きる。


「……どうしたの?」


 彼女はファンナに向かって言ったが俺が先に答える。


「ケディーここは危ない。すぐに離れよう!」


「違う。……リチャーズ違う。……ケディーも戦う……僕達と一緒に……」


「一緒にって……なに言ってる? ケディーはまだ子供だ!?」


「大丈夫……ケディー守る……僕が……」


「だめだ! ケディーは村まで逃がす!?」


 ファンナは意見を曲げる気はないようだ。強い視線を俺に向ける。その視線の強さに圧倒され、俺は一歩身を引いてしまう。


「おにいちゃん達、わたしは離れないよ! ……なにがあったの?」


 ケディーがそう言うとファンナはお母さんの様子を伝えた。俺は二人の覚悟に押され、止めることが出来なかった。アックスとエリィは俺に同情のような視線を向けていた。

 ケディーは必死に怖さや悲しさの入り混じった感情を抑え、ただただファンナの言葉に耳を傾ける。そしてファンナはケディーを連れて家の方へと歩みを進めた。


「ファンナ待て!? もっと話し合おう! 作戦を練るんだ」


「……時間ない。……今も羽化している……。早く、始末する……」


「そうは言ってもアックスとエリィもいるんだ。アックスは武闘家で虫相手には厳しいかもしれないが、エリィは魔法使いで遠距離にも対応できる」


「……狭い家……土魔法、扱いにくい。……三人は外で対処。……ガ、逃げる恐れあるから」


 そう言うとファンナはまた歩みを進める。


「――ファンナ待て! 俺は中に入るぞ。ポーションを持ってるからだ。そのまま渡してもいいけど使い所の判断もある。なによりもケディーに万が一があったら困るだろ? それに俺は奥の手がある。どうにも行かないときには必要なはずだ」


 ファンナは俺の目を凝視した。まるで戦力になるかどうか面接をする上官のような、そんな圧を感じる。


「……分かった。……リチャーズの奥の手……ダリルから、聞いている。……場合によっては必要……三人、中入る……」


「よしきた! エリィとアックスは家の表と裏に別れて見張りを頼む。一匹でも逃せば村の住人に被害が及ぶ」


「分かったわ」


「おう! 俺は目がいいからな。一匹も逃さないようにする」


「……ケディー……僕から離れない……何があっても守る」


「うん……離れない。おにいちゃんたち強いから大丈夫」


「……そう……僕らは強い……」


 ケディーは強い子だ。この状況で涙を見せない。ファンナが心の支えになっているんだ。だけど中に入ってお母さんの悲惨な状況を見たら、パニックを起こすかもしれない。ファンナのこの判断は正しいのだろうか……?


「ファンナ……確実なんだろうな?」


「……なにが?……」


「ケディーを連れていく、ということはガを確実に倒せるってことだろ? まさか幼い子を傷つけてもいいと思ってるんじゃないだろうな?」


「……リチャーズ……確実なんて、この世に存在しない……でも任せて。……ケディー傷つかない……僕とリチャーズ、は分からない……」


「俺は傷ついたって問題ない。無口なファンナがそこまで言うんだ。俺は信じるよ」


 ファンナは俺をじっと見つめ、軽く微笑ほほえむ。


「……ふふ……リチャーズ良いやつ……」


「お前もな……」


 彼がどういう手を持っているかは知らない。

 故郷の村ではそんな大層な魔法を唱えている所を見たことはないし、どちらかというと基礎中の基礎を確実にこなしていく、そういうタイプだ。特に威力が大きいとか繊細に魔法をコントロールできるとかそういったイメージはない。


 点数かせぎの試験は得意だけど、対戦闘になると分が悪いというのが俺が抱くこれまでのファンナのイメージだ。


 だけど、彼には自信がある。男が自信持って言っている以上はもう信用するしかない。

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