第24話 ファンナの行い③ 図鑑が暴く異常な病

 ケディーの家に帰ると都合が良かった。アックスは家の修理を終えてケディーと外で遊んでいるし、ファンナは食べ物の調達に出かけていると聞いた。


 俺達は決してお金に余裕があるわけではない。だから村の周辺に生えている食べれる野草を採取するか、小動物を見つけて捉えるかしている。ファンナは見た目とは裏腹に以外にも狩猟が得意なのか、うさぎなどを捕まえて帰って来ることが多々ある。おかげさまで俺達が食べ物の調達をするよりも断然いい食事がとれた。


 ファンナが留守の間に、俺はケディーのお母さんに手をあててスキル『図鑑』を発動させてみる。ケディーのお母さんは一週間前よりもさらにやせ細って、背中はほとんど骨と皮だけに、内臓のあるお腹回りだけは奇妙に膨らんで見えた。


 俺の手の平の光とともに頭の中に新たな『図鑑』の一ページが現れる。種族を表す『ヒト』と表記されるのかと思いきや、不思議と全く違う内容の一ページが開かれた。



◎ミツキヒトヤドリガ 〈ヒトヤドリガ科〉体長10cmの魔物。ヒトの体の中に卵を生み寄生するガ。幼虫からさなぎまでの過程をすべてヒトの体の中で行われ、羽化する時に蛹の形状のままヒトの腹部を割って成虫になる。成虫は主にヒトが寝ている間に神経毒で痺れさせて、一度に20〜300個も体内に卵を生む。ヒトの体内で育ち成虫になるまでに3年は要する。成虫は3週間の寿命。

 ・10cm ・ヒトの居住地域



「――!?」


 俺はすぐさま異様に膨れている彼女のお腹に視線を送る。奇妙にお腹の中で何かが動いているように見える。


「エリィ、この部屋から出るんだ! すぐに」


 俺はエリィの手をとって家の外へと出た。エリィは俺の動揺した姿を見てか、特に何も言わずに不安そうに両手を胸の前にえている。


「病気じゃなかった……毒でもない……」


「……それじゃあ、なんだったの?」


 エリィはそっと優しく聞いた。


「……寄生虫だ! 魔物だから寄生魔物か!? いや、そんなことはどうだっていい。ともかくガに寄生されてるんだ。お腹を見たが……動いてた。おそらくはもうお母さんは助からない。もしかしたらもう……羽化が近いのかもしれない……」


「そんな……。私達はいったいどうすればいいの……?」


「……どうすることもできない。それに俺達も危ない。このままこの家にいたら羽化したガ達が俺達に卵を産み付けるかもしれない……」


「ケディーにはなんて言うのよ……」


「……分からない。とりあえずアックスとファンナと話し合おう」


 その日の夜は外で焚き火をしようとケディーを誘って、アックスとエリィが遊び相手になった。彼女は遊び疲れるとそのまま焚き火のもとで眠った。エリィは彼女が冷えないようにと自身のマントをかけてあげる。


 俺とファンナは家の中で横並びに座ってお母さんの様子を眺めていた。ファンナには寄生されていることを昼の間に伝えてある。「分かった……このことは僕に任せてほしい……」と彼は一言だけ言った。とても動揺しているようには見えない。いずれこうなることを知っていたかのような、そんな反応に思えた。


「……」


 蝋燭ろうそくの火の明かりに照らされるファンナはとても魅力的に見える。銀髪の髪は少し青みがかっていて、おかっぱに近いその髪はほとんど目元を隠し耳も隠している。髪の隙間から時々見える瞳は青く透き通っている。滑らかな流線的な肌は白く、その色が長い手足を更に長く見せ、きめ細やかな肌は見るものをとりこにしてしまうほど美しい。


「……ファンナは初めから知ってたの?」


「……なにが?……」


「お母さんが寄生されてることを……」


「知らない……」


「じゃあ! じゃあなんでそんなに冷静でいられるんだよ!?」


「――!?」


「……あ、ご、ごめん。大きな声出して……」


 俺は気づいたら両手を大きく開いて叫んでいた。さすがのファンナも驚いた様子を見せている。俺は体制を戻して大人しく座り直した。


「……しょうがない……」


「しょうがない? なにが?……」


「……こわい……僕はこわい……」


 俺はそのままファンナの言葉を待った。


「……このまま……お母さん、助からない……それ知っている。……最初から……なんとなくだけど。ケディーにはそのままお母さんの死、受け入れてほしい……思う。……あの子強い……それは大丈夫。だけど……いずれお母さんから、虫生まれる……それ、怖い体験……ケディー、とても見せられない……」


 俺は肩を落とし視線を下げた。ファンナは続けて話す。


「……でも、しょうがない。……僕達、自然生かされている。こうなること、自然のことわり……だから、ケディーに言う……すべて。……そして虫……僕、処分する」


「――虫処分って!? それって……」


 俺はファンナを凝視する。ファンナは澄んだ瞳を俺に向けて、ほんのりと広角を上げた。


「……しょうがない、羽化する前、お母さん殺す……僕の手で。……誰の手、汚さない……安心していい。……リチャーズたちの手、汚さない……」


 俺はゾクッとした。ファンナに怖さを感じる。ファンナは決して人を傷つけない。故郷での対人試験の時に相手に攻撃できずにいるのを何度か見ている。優しすぎる。今思うとファンナはそっといつも誰かしらを気にかけ、つねに村の大人達のお手伝いをしていた。子供の時からずっとだ……そんなファンナが人を殺す?……


 俺はその場では何も言えずに黙ってしまった。

 情けない……俺はファンナの覚悟に押し負けたのだ。この場で誰よりも心が強いのはファンナだ。ダリルはそのことを知っていたのか?……それでファンナを仲間に……


 その日はそのままミツキヒトヤドリガの羽化が始まらないか、ファンナと俺とで交代で見張りをした。ファンナがお母さんを殺めるのは明日だ。ファンナがケディーに伝えてからだ。俺はこの日は横になるも一睡も出来なかった。そんな中ファンナの独り言を俺は聞いてしまった。


「……僕は……恨まれても、いい。……ケディー生きている……望み……それだけ……」


 寝たふりをしたまま、俺は薄めでファンナの表情を見る。彼は一重の目がいつもより見開き、壁の更に先、まるで透視してその先に捉えた獲物を今すぐにでも狩る気でいるような、そんな目をしている。


 俺はそんな覚悟を決めた彼の表情を見て、震えを感じ、一筋の涙を流した。悲しいとか虚しいとかそんな理由ではない。それは単純に恐怖からくる涙だった。

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