林檎と桃

課外活動のあとから、明らかに林林檎が俺に話しかけてくる頻度が増えた。

休み時間、昼休み、授業で班を組む時でさえ、真っ先に俺を指名してくる。


(マジ勘弁してくれ……)


そのせいで、俺はすっかりクラスの有名人だ。

いや、珍獣という方が正しいか。「なんで一ツ橋が?」という視線が四方八方から突き刺さる。


ただ、人気者の林檎がやることだからか、誰も表立って文句は言わない。「ぼっちの俺を救済してる」とでも思われてるんだろう。

いい迷惑だ。


親友の良吾ですら、この状況には口を出してこない。

あいつにしては珍しい。普段なら「よぉ、未来の旦那様!」なんて真っ先に茶化してくるはずなのに。

あいつなりの基準があるらしいが、こっちからすりゃいい加減な話だ。


林檎がいると調子が狂うのか、良吾とのくだらないやり取りも減った。

逆に、前よりもウザ絡みしてくるのが謙信だ。


あいつを筆頭に、林檎によく思われたい連中が、俺を踏み台にして話の輪に入ろうとしてくる。

空気でいる自由を奪われた俺は、放課後、例の手紙の差出人を突き止めるために下駄箱を監視することすらできなくなっていた。


(どっちにしても最悪だ……)


そして、この状況を最も苦々しく思っているであろう人物が、もう一人。

林檎の親友、田崎桃だ。


林檎に言い寄る男共をことごとく撃退してきた、いわば林檎の防波堤。

男嫌いで有名で、普段の天然っぽい態度とは別に、男を蹴散らす時の姿から二重人格者だなんて噂もある。

まあ、俺には関係ないことだったが……今は違う。


教室の隅からでも分かるくらい、田崎の厳しい視線が俺に突き刺さっていた。


もし林檎が拒否反応を示せば、俺の待遇は一気に地に落ち、再起不能なまでの仕打ちが待っているに違いない。


(何で俺がこんな目に……ちくしょう)


ある日、林檎が一緒に帰ろうと言ってきた。

駅前のファストフード店に行きたいというのだ、しかもおごるというスペシャル特典を用意していた。


中学生はいつでも腹ぺこだ。

行く以外の選択肢は消えた。

しかしこの好条件に聞き耳を立てていた男子はこぞって手を上げ立候補する騒動が起きた。

しかも俺の連れという立場で。一体どんな立場だよとツッコミを入れたくなる。


女子も何人か声がけしたと言うが、俺を誘ったと知って遠慮されたとか。

まだ付き合っているとか思われているのだろうか。それとも生理的に無理とか。


(ざけんなよ!)


だがさすがに女子と二人は気が引けるので、俺は良吾に声を掛けた。

良吾は一瞬ためらったが、旧友のためならと親指を立ててウィンクしてきた。


(ノリノリじゃねーか!)


謙信は最後まで懸命にアピールしていたが、林檎は苦笑いしながら断ると、悔し涙を堪えながら去って行った。

その足取りは足枷をめられた囚人のように重い。


――放課後。


校門には林檎と桃の姿があった。

桃は険しい顔つきで校門を出ていく生徒たちを睨んでいる。

俺は良吾と顔を見合わせると、肩をすくめた。思ったことは一緒のようだ。


教室を出た途端、廊下で待ち構えていた謙信たちが俺の前に壁を作った。


「よぉ、一ツ橋。どこ行くんだよ」


ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる謙信の横で、取り巻きたちが口々にはやし立てる。


「林檎ちゃんを待たせるなんて、いい度胸じゃねえか」


「お前が行かなきゃ、俺たちにチャンスが回ってくるんだよなァ」


(こいつら……本気で邪魔する気か!)


力ずくで突破するのは無理だ。

俺はわざとらしく手首の時計を見ると、大げさに叫んだ。


「やっべ! シオミーとの約束忘れてた! 遅れたら内申に響くって言われてたのに!」


担任の名前を出した途端、連中の動きが一瞬止まる。

その隙を見逃さず、俺は人混みをすり抜けて全力でダッシュした。

「おい待て!」という背後の声は無視だ。


わざと職員室の前をドタバタと走り抜けて注目を集め、まんまと謙信たちの追跡を振り切ったのである。


――数分後。


「お待たせ、遅れてゴメン。ふぅ」


膝に手を突いて何度か深呼吸して息を整える。


「ううん、じゃいこっか、汗すごいね。大丈夫」


「ちょっとしたウォーミングアップだよ、腹すかせた方が飯、旨いでしょ」


俺の渾身の言い訳に良吾は吹き出した。


「なんだよ良吾、文句あるか?」


「いいえ、何もございませんご主人様。立派なお勤め、ご苦労様でした」


「な、なんだよ急にその変な言い方……」


「良吾君って面白いよね、今日はいかがいたしましょうかご主人様。あはっ」


「ご主人様じゃないから。良吾、めろよ」


「申し訳ございません、ご主人様」


「ご主人様(ハートマーク)」


「やめい、なんのプレイだよこれ、ほら田崎さんが呆れてるよ」


「な、急に振らないでよ、ご、ごしゅじん、さま」


「田崎さんまで!?」


「桃、ナイス」


林檎がお腹を抱えて笑い、桃が口元を押さえて控えめに笑い、良吾がおどけて、それを見て俺も何となく可笑しくなった。

これが青春なのか?


そして三人は駅前に向かって元気に歩き出した。


――数十分後。駅前に向かう途中、林檎に呼びめられた。


「ミウリくん、こっちだよ」


「え? 駅前はこっちじゃない?」


そう言いつつも、俺たちは言われた道を曲がり、林檎について行く。

到着したのは個性的な外観の小さなお店だった。

看板にはアンティークショップ「SAITOH」と書かれていた。


林檎は慣れた手つきでドアを引いて振り向くと、ミウリと良吾に入るよう促す。

合点がいったのか桃はすんなりドアをくぐった。


「ほら、二人もどうぞ」


林檎は手招きしながら我が家のように、中へ案内しようとしている。

ミウリと良吾は諦めて中へ入ると、アンティークとうたいつつ古さと新しさが混在したアイテムが並んでいた。


斬新なデザインの時計やコップ、雑貨が並んでいるが店内はアンティークの色調で統一されている。

狭い店だが天井が高いせいか圧迫感は感じない。


アナログ時計の秒針が動く音。それが複雑に相まって、心地よい雰囲気を演出している。

棚に整然と並ぶアイテムの数々、可愛らしい小物が並ぶエリアには中高生と思われる若者がしゃがんで品定めしている。

女子が圧倒的に多く、今の男子は俺たちだけのようだ。


「せっかくお腹すかせてくれたのにゴメンなさい。本当はミウリくんとここに来たかったの」


林檎は両手を会わせて拝むように謝った。


「いや、別に。街にこんな素敵なお店があるなんて知らなかったよ」


がらにも無いセリフが口から出てきて自分でも驚いた。


「良吾君もゴメンね、付き合ってもらっちゃって」


林檎は続けて良吾に手を合わせる。


「僕はノープロブレムさ、二人の世界に存分に浸っちゃって下さい。桃ッチ、これなんか似合うんじゃない?」


プレイボーイはさり気なく桃を誘った。

自然すぎてなんか悔しい。


「え、私が? ……リンちゃん」


良吾の誘いに戸惑う桃。

林檎は笑顔で背中を押した。


「桃、良吾君のおすすめ、見てきたら」


「……うん、でも何かあったらすぐ声上げてね」


「わかった」


「えー、何もする気ないんですけど」


(なに、この会話。疑われてる?)


「怪しい、疑わしい」


(どんだけ信用無いの、俺)


「僕も同感」


「良吾! てめぇ」


そんなに長く話してはいないが、桃はすんなり良吾と奥の棚に向かって歩いて行った。

残された俺は、ばつが悪そうに林檎に弁解する。


「俺、絶対何もしないから。なんで誤解されてるのか意味分からんけど」


「桃は私に寄ってくる男子に警戒心強いから。私のせいでもあるんだけど」


「え?」


(俺に対してじゃなくて?)


「本当は自分でなんとかしなきゃなんだけど……ね。どうしても桃に頼っちゃう」


(ふぅん……)


「まぁ人それぞれ、得手えて不得手ってあるから、いいんじゃない?」


林檎は急にクスクスと笑った。


「そういう考え方……いいね、好きだよ」


「え?」


「なんでもない。ねぇこれ見て」


林檎は気にも止めず終始笑って棚を眺めていた。

その笑顔を見ていたら、何となく来て良かったなと思った。


合間に桃の冷たい視線を感じていたが、いつの間にか二人は棚の奥から消えていた。

店の中にはいると思うが俺への疑いは晴れたらしい。


――小一時間後。


林檎は俺に確認しながら選んだおそろいのストラップと小物入れを購入。

俺は個人的に置き時計を買った。


桃と良吾は手ぶらだったが、お互いに「ねー」と言って満足げに笑っていた。

この店に来てだいぶ仲が深まったようだ。


帰り道、さっき曲がった交差点まで戻って来た。

林檎と桃は駅のほう、俺たちは学校のほうへそれぞれ別れた。


「なあミウリ。林檎ちゃんと付き合うのか」


良吾は歩きながら、唐突に聞いてきた。

茶化さないんじゃなかったのかよ。

そう反論しようとしたが、いつになく真剣な横顔を見て、言葉を飲み込んだ。


「……お前はどうなんだよ。田崎さんと」


「ああ、そうする」


良吾は即答だった。

今日の事で、真剣に付き合いたいと思ったそうだ。


変な噂話について聞こうと思ったが、それは野暮な話だと思い直し、今の気持ちを正直に話した。


「俺は、どうしたらいいか迷ってる」


「相手は好きだって事わかってる?」


「それは……」


ついさっきのやり取りを思い返してもなんとなくその事は感じていた。

しかし下駄箱に届く手紙のことが気にかかり、良吾のように即答はできなかった。


「これは桃ッチの為でもあるんだ」


良吾は天を仰いでそう言った。

とっても大事なことであることは何となく分かった。


「……また、ちゃんと相談乗ってくれよ」


俺がそう言うと、良吾はニッと笑って俺の肩を叩いた。


「おう、任せとけ。親友だろ」


あいつと別れ、一人で家路につく。

手紙のこと、林檎の気持ち、そして良吾の決意……。

考えなければいけないことは、山積みだ。


そんなことを考えていると、駅の方からけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。

振り返るとパトカーが数台、俺の横を通過していく。


(そういえば、謙信たちが何か企んでたな……まさかあいつらじゃねえだろうな)


そんな馬鹿な、と首を振る。

だが、あいつらならやりかねない、とも思った。

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