第3話:皇帝の采配、そして…


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### 第3話:皇帝の采配、そして…


「ボールを持つ者、全て敵」事件以来、日本代表合宿の雰囲気は一変した。

若手選手たちは、KINGてつこと大門 哲(65)を恐怖と敬意が入り混じった目で見るようになった。練習中、いつ背後から味方の暴走機関車に轢かれるか分からないという極度の緊張感が、彼らの集中力を極限まで高めていた。


そして迎えた、国際試合直前の最後の練習試合。

相手は強豪大学の選抜チームだ。ヘッドコーチの鈴木は、最終メンバー選考のため、真剣な眼差しでグラウンドを見つめていた。KINGてつは、もちろんベンチウォーマー…いや、ベンチの横に腕組みをして仁王立ちしている。


前半、日本代表は苦戦を強いられた。

若さゆえの焦りか、個々のプレーは悪くないのに、チームとして全く噛み合わない。パスは乱れ、ノックオンを連発。鈴木コーチはベンチで何度も頭を抱えた。


ハーフタイム。

重苦しい雰囲気のロッカールームで、鈴木コーチが戦術ボードを手に、修正点を指示し始めた。

「いいか、後半はもっとサイドを…」


その言葉を遮り、低い声が響いた。

「…くだらん」


声の主は、KINGてつだった。

彼はゆっくりと立ち上がると、鈴木コーチの手からマジックペンをひったくり、戦術ボードに描かれた複雑なラインを、無造作に一本の線で塗りつぶした。


「おい、鈴木。後半、指揮権は俺がもらう」


「は…はぁ!?てつさん、何を言って…!」

狼狽する鈴木コーチを尻目に、てつは選手たちを睥睨した。


「いいか、若造ども。後半の作戦は一つだけだ。**『前に出ろ』**。以上だ」


選手たちがポカンとする。

「…前に出る、だけですか?」

キャプテンがおそるおそる尋ねた。


「そうだ。パスもサインもいらん。ボールを持ったら、ただ前に突っ込め。仲間が倒れたら、そのボールを拾ってまた前に突っ込め。敵が来たら轢き潰せ。それだけだ。**ラグビーの盤石な基盤とは、前進することだ。**」


あまりに原始的、あまりに無謀な作戦。

だが、その言葉には奇妙な説得力があった。複雑な戦術に縛られ、動きが硬くなっていた選手たちの心に、そのシンプルな命令は深く突き刺さった。

鈴木コーチは呆然としていたが、てつの有無を言わせぬ覇気に、何も言い返せなかった。


後半開始。

グラウンドに現れた日本代表は、まるで別のチームになっていた。

ボールを持つと、全員が狂ったように前へ突進する。サポートもクソもない、ただひたすら前へ。

強豪大学チームは、その原始的で予測不能な「猪突猛進ラグビー」に完全に面食らった。ディフェンスラインはズタズタに引き裂かれ、次々とトライを奪われていく。


ベンチ横で腕を組むKINGてつの采配は、まさに「皇帝」そのものだった。

彼はただ一言、「行け」「潰せ」と命じるだけ。だが、その声で選手たちは覚醒し、本来の力を爆発させていた。

試合は、日本代表の圧勝に終わった。


試合後、選手たちは興奮冷めやらぬ様子で、てつの周りに集まった。

「すげえ…てつさん、すげえよ…!」

「俺たち、こんなに走れたんだ…!」

もはや、そこに老害を見る者は一人もいない。誰もが、伝説の皇帝の帰還を確信していた。


そして、運命の国際試合、メンバー発表の日。

ヘッドコーチの鈴木が、神妙な面持ちで紙を読み上げる。固唾を飲んで見守る選手たち。


「…以上、23名だ」


発表が終わった。

だが、その中に「大門 哲」の名前はなかった。当然の結果だ。誰もがそう思った。

KINGてつ自身も、仏頂面で腕を組み、当然という顔をしている。


しかし、その直後、鈴木コーチは一枚の紙を付け加えるように読み上げた。

「…そして、**リザーブメンバーとして、大門 哲**」


「…………え?」


時が止まった。

選手も、コーチ陣も、報道陣も、全員が耳を疑った。65歳の練習生が、公式試合のメンバーに入るなど、前代未聞のスキャンダルだ。


KINGてつ自身も、さすがに驚いたのか、わずかに目を見開いている。


その時、解説者として合宿の視察に来ていた風間が、放送席のマイクを奪い取るようにして叫んだ。


「鈴木!お前、正気か!?」

テレビ中継のカメラが、慌てて風間を映す。


「盤石な基盤を作ったのは誰だ!?チームに魂を叩き込んだのは誰だ!?**まさかの交代劇だと!?** 冗談じゃない!ベンチに置くくらいなら、最初からスタメンで使え!」


風間の熱い叫びに、スタジオの司会者が慌ててCMを要求する。

しかし、グラウンドで鈴木コーチと対峙していたKINGてつは、静かに首を横に振った。


「…いや、俺じゃない」


彼はゆっくりと、自分を指さした。

いや、指さしたのは、自分自身ではなかった。

彼の指の先には、練習でボロボロになり、何度倒れても立ち上がり続けた若きロックの選手がいた。


「この試合で、本当に『交代』すべきは…」


KINGてつは、隣にいた風間に向かって、ニヤリと笑った。

その目は、こう語っていた。

「お前が解説する番だ」と。


そして、風間は全てを悟った。

マイクに向かって、彼はもう一度、今度は違う意味を込めて絶叫した。

あの日のテレビ番組のように。


「**お前だよ!お前!** てつさん、あんたがベンチにいることで、あいつらは100倍強くなるんだ!そうだろ!?」


KINGてつの爆誕は、グラウンドに立つことではなかった。

皇帝がベンチに君臨することで、若き獅子たちの魂に火をつけ、伝説を未来へ継承させること。

それこそが、65歳の皇帝に与えられた、最後の、そして最大の使命だったのだ。

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