短編小説|魔導板革命

 私は魔族である。

 正確には、魔王直属の観察官。


 かつては人間など、森の端で騒ぐ虫に等しかった。

 だが近年、彼らは急激に力をつけ始めた。

 魔法の扱い、戦術、道具の進化。そして何より、文明の発達。


 我ら魔族の中でも、警戒の声が上がった。

「再評価すべきではないか」と。


 だから私はやってきた。

 力で屈服させるのではなく、まずは観察する。

 彼らがどれほど“滑稽に”進化しているのかを見極めるために。

 それを記録し、魔王様に報告することが私の使命。


 そのために、私は人間の名を名乗った。

 アリス──人間っぽく聞こえたので、それでいいことにした。


 そして今、私は“冒険者ギルド”なる施設にいる。

 人間社会を観察する拠点として、まずはここで登録を、と思っていたのだが。


「初登録ですね! じゃあ、こちらの登録用魔法陣を読み取ってください♪」


 受付嬢がにこやかにカウンターを指差す。

 そこには、小さな光る魔法陣が淡く回転して浮かんでいた。


 私はそれをじっと見つめた。

「読み取るとは?」

「えっ?魔導板を使うんですよ! 読み込むだけで、自動でステータスとか身分証とかが反映されるんですけど……持ってないんですか?」

「まどうばん?」


 聞いたことのない単語だった。

 儀式用の道具だろうか。あるいは鍛冶用の板の一種か?

「板で、魔法陣を、読む……?」

 私は魔法陣を見つめた。


「もしかして本当に持ってないんですか?」

「いえ、板なら家にたくさん……」

「いや、違います違います。“魔導板”っていうアイテムがあるんです。

 今どき、それがないと登録できなくて」


 受付嬢が首をかしげる。

 驚いているというより、なんだかちょっと気まずそうな雰囲気だった。


「身分証、スキル管理、依頼確認、位置情報、詠唱補助、SNS投稿……

 全部これ一つでできる時代ですから!」

「……すべてを板で!?」

「はい」

「そんな魔法みたいな!」


 受付前で立ち尽くしていると、背後から軽快な声が飛んできた。

「おーい、そこの新人さん。もしかして……魔導板、持ってないの?」


 振り返ると、日に焼けた肌と、腰の剣が目を引く男が立っていた。

 ベルトには“魔導板”らしき板を提げている。


「あなたは?」

「俺はグレン。ギルド所属の冒険者だ。

 なんだか不安そうな顔してたから、つい声かけた」

「……それは助かります」

「まあな。魔導板のこと、何も知らない感じだったろ?

 今どき、持ってないやつ見るのは珍しいからな」


 そう言いながら、グレンはその板をひょいと持ち上げた。

 カウンターの上にちょこんと座っていた小型の遣い魔に、それをかざす。


 ピコッ。


 板の表面が淡く発光し、通知が表示される。

《危険度:☆1》

《レビュー:つつくと鳴く/癒やし系/写真映え△》


「……これは?」

「こうして魔物や使い魔にかざすと、登録データが表示されるんだ。

 種類によってはユーザーのレビューもついててさ、“癒やし度”とか“モフ感”とか」

「……レビュー? 生き物に?」

 私は言葉の意味を理解しかけて、思わず眉をひそめた。

 まるで商品を評価するようなその仕組みに、違和感を覚えた。


「人気の遣い魔ランキングとか、討伐映えランキングとかもあるぞ」

「尊厳はどこ!?」

 私は額に手を当てた。


「お次は“詠唱ナビ”だな」

 グレンが魔導板を操作しながら、カウンター横の空きスペースに立った。

 手のひらを上に向けたその動作は妙に整っていて、呼吸と姿勢に一定のリズムすら感じられる。


「見ててくれよ」

 そう言うと、彼は軽く息を吸い、魔法の詠唱を始めた。

「インフェルノ・ブレイズ!」


 空中に小さな火球が現れたのと同時に、魔導板がピコッと音を鳴らす。

《詠唱評価:62点》

《レビュー:声量△/表情△/情熱不足》


「……62点?」

「これは“詠唱ナビ”って機能で、発声や感情の込め方を自動で採点してくれるんだ。平均点は大体50〜70くらいで、俺もまだまだって感じかな」


 私は言葉を失った。


「ちなみに、“表情”とか“目線”も重要ポイントらしいぞ。

 魔法って“気持ち”がこもってないと、見てる人が共感しないんだって」

「……“見ている人”?」

「配信するなら大事だろ? 最近は“踊って詠唱”っていうスタイルも人気でさ。音楽に合わせてステップ踏みながら魔法撃つんだよ」


 グレンは楽しげに魔導板をいじりながら、人気の詠唱動画を見せてきた。

《#踊って詠唱してみた》《#インフェルノチャレンジ》《#kawaii魔法》


 若い冒険者たちが笑顔で火球を放ち、背景にはカラフルなエフェクトと音楽が踊る。


 私はしばらく画面を見つめたあと、小さくつぶやいた。

「もはや戦いというより、ショーでは?」

「でもバズるとファンもつくし!」とグレン。


「……ばずる?」

「“人気になる”ってこと。“話題になって広がる”感じだな。再生数や“いいね”が一気に跳ねるやつだ」

「……いいね?」

「こうやって気に入ったら押すんだよ。いいねが多いほど注目されてるってこと」

 グレンは板に並ぶハートマークを示した。


 グレンは得意げに続ける。

「今は“魅せる詠唱”が主流だからな。失敗しても“かわいかった”で済むし、褒められたほうが伸びるし?」

「……魔法って、もっと神聖なものだったはずじゃ?」


 グレンは苦笑いしながら肩をすくめた。

「でもまあ、こっちのほうが楽しいだろ?」


 私は何も言わず、そっと魔導板に視線を落とした。

 そこに映る笑顔の詠唱者たちは、まるで魔法そのものより、“観られること”に魔力を込めているように見えた。


 そういえば、無詠唱の魔法を最近見かけない。あれは速攻性があり、魔物にとっては最も厄介な技術のはずだ。だが、画面映えはしない。

 ゆえに人間たちは、あえて危険を背負い、長々と詠唱する道を選んでいるのだろう。


 一通りの機能を体験した後、グレンに連れられてギルドの掲示スペースへと向かった。


「これが、最新式の依頼スクリーンだ」


 ギルドの壁一面を覆う巨大な魔導スクリーンが、きらびやかな光を放っている。

 依頼内容が次々に切り替わり、絵付きの見出しが大きく映し出されていた。


《バズ討伐:火山ドラゴンとの“最後の約束”チャレンジ!》

《感動護衛:花咲く森で告白イベントを見守って》

《孤児の医療費補助 → 人気低迷中》


「……これは?」

「依頼一覧だよ。最近は映える依頼じゃないと見向きもされないから、サムネ重視なんだ」

「サムネ?」

「依頼の“第一印象”を決める画像。報酬もクリック数に連動して変わるから、内容よりも“タイトルとサムネ”の勝負だな」


 私はスクリーンをしばらく眺めていたが、そこに映っていたのは“依頼”ではなく、もはや宣伝コンテンツだった。


「“バズ討伐”……“感動護衛”……」

「それがトレンド。やっぱり見栄えが良くて物語性があると再生数が跳ねやすいんだ」


 私は無言で顔を覆った。


 受付カウンターから、別の職員の声が聞こえてきた。

「すみません、この依頼、先週バズらなかったので取り下げになります〜」

「そ、そんな……! 孤児達が……!」

 依頼人の肩が震えていた。

 だが、スクリーンの前に表示されたのは冷淡なメッセージだった。

《“孤児の医療費補助”は話題性不足のためキャンセル処理されました》


 ──人類は、数値に魂を縛られているのか。

 私は胸の奥でつぶやいた。

 そして数秒後、耐えきれず真顔で口を開く。


「すべてが数値化される社会に、“魂”はあるのですか?」

「……あれ? 今の、めっちゃ深くね?」


 ピコッ。


《あなたの発言:「すべてが数値化される社会に、“魂”はあるのですか?」》

 \トレンド入り中!/

【#名言】【#感動】【#討伐女子】

「深すぎて震えた」「誰かこの人にチャンネル作らせて」「これ、泣くやつ」


 通知が鳴った瞬間、周囲の冒険者や受付嬢たちが一斉に魔導板を取り出し、

 無心で「いいね」を連打し始めた。

 まるで“呪文”のように「ポチッ、ポチッ」と小気味よい音が響く。


「すごいぞ!魔導板に宿る精霊が、今の発言を“バズりそう”って判断して自動投稿したみたいだ。バズれば報酬も跳ね上がるぞ!」

 グレンは得意げに胸を張った。


 私は顔を曇らせた。先ほどの依頼取り消しが頭をよぎる。

「……孤児院すら、バズらないと救えないんですか」


 だが次の瞬間。


 ピコッ。


《あなたの発言:「……孤児院すら、バズらないと救えないんですか」》

 \共感ランキング急上昇中!/

【#名言】【#確かに】【#永久保存】

「皮肉センス高すぎ」「切り抜き希望」「スタンプ化まだ?」


「おめでとう! 今のセリフ、スタンプ化候補だってさ!」

 グレンが嬉しそうに報告する。


 私は深いため息をついた。

「……人間界は、大丈夫なのでしょうか」


 またもやピコッ。


《あなたの発言:「人間界は、大丈夫なのでしょうか」》

 \哲学トレンド入り!/

【#深すぎ】【#アリスに学べ】【#この一言で目が覚めた】


 周囲の冒険者たちが一斉に「いいね」を繰り返す姿は、両手を掲げて踊る奇祭のようで、魔族にとっては信仰儀式にしか見えなかった。


 私は深く息を吐いた。

 ──魔王様、人間界は数値に支配されています。


 さらにピコッ。


《あなたの念話:「魔王様、人間界は数値に支配されています」》

 \魔界でもトレンド入り!?/

【#魔界にも届け】【#魔王様見てる〜】【#魔王よこれが人類だ】


「魔界まで巻き込まないでください!!!!」


 その後、ヘトヘトになった私は、魔王様への報告書にこう書き添えた。

 ──「人間界、関与不要」。

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