短編小説|転生庁

 目を覚ますと、男は川のほとりに立っていた。

 白く霞んだ空。足元の石畳はじっとり濡れて冷たい。


 川の中央には苔むした小舟が一艘。

 無表情の渡し守が、機械のように櫂を動かしている。


「……これが三途の川ってやつか」


 男は自分が死んだことを悟った。

 驚きよりも、あまりに“イメージ通り”で拍子抜けした。


 しんみりとつぶやいたその瞬間だった。

「渡る人は列を守ってくださーい! 押さないように!」

 袈裟姿の役人がメガホンで叫んだ。


 風景は古風なのに、その響き渡る口調や姿は場違いなほど現代的だった。

 どこかに違和感を覚えつつ、男は列に並び、舟に乗る。


 舟は静かに川を滑り、反対岸へ。

 対岸には巨大な門。

 鳥居にも牢獄の門にも見えるそれを、群衆に押されるまま男はくぐった。


 ……そして景色は一変した。


 およそあの世には似つかわしくない、巨大なオフィスビルがそびえていた。

 蛍光灯のような白い光、ガラス張りの自動ドア、番号札を吐き出す機械、ずらりと並ぶ窓口。まるで市役所だ。


「……はい?」

 あまりの落差に、男は立ち尽くした。


「次の方〜! 番号札をお持ちください!」

 スーツ姿の係員が笑顔で呼びかける。

 おそるおそる窓口に進むと、係員がにこやかに話しかけてきた。


「お疲れさまでした。舟旅はいかがでしたか?」

「いかが……って、あれは……?」

「ああ、三途の川ですね。あそこは文化財保護区域なんです」

「文化財……?」

「はい。死後の伝統的景観として保存されてるんですよ。渡し守も文化財スタッフです」


 男は口をあんぐりと開けた。

 番号札を握りしめたまま、説明が続く。


「さて、あなたの今後についてですが。いわゆる“天国か地獄か”の二択……」

「やっぱりあるんですね、そういうの」

「……と行きたいところですが、その制度は廃止されました」

「はあ!?」


 係員は淡々と続ける。

「上下関係をつくるのはよくない、という声がありましてね。人類みな平等という理念のもと、“転生希望制度”が導入されました」


 タブレットが差し出されると、転生先候補がズラリと並んだ。


〈転生先 申込状況)

 日本人  希望数:1,248名

 異世界人 希望数:6,521名

 宇宙人  希望数:2,443名

 動物   希望数:778名

 その他  希望数:〜数百


「異世界人はここ最近大盛況ですね。いわゆる剣と魔法の欧風ファンタジー世界ですが……今は異世界転生がブームですので」

 男はごくりと唾を飲み込む。


「日本人はアニメと食文化で人気です。ただし“普通の生活”枠は埋まりました。残っているのは“ブラック労働枠”のみです」

「そんな外れガチャみたいな枠が!」


「動物も意外と人気ですよ。“人間は疲れた”とか“イヌやネコになって愛されたい”層が多いんです。もっとも、今空いてるのは豚か牛の家畜枠ですが」

「いや、それも遠慮したい……」


 男はしばらく考え込み、震える声で言った。

「じゃあ……異世界人にします」


「かしこまりました。では次に、ご希望のご職業をお選びください」

 係員はタブレットをくるりと回して差し出した。


〈希望職種別 申込状況〉

 勇者   希望者:2,534名

 魔法使い 希望者:1,802名

 僧侶   希望者:984名

 戦士   希望者:1,120名

 村人   希望者:81名

 魔王   受付終了


 係員はにこやかに説明を続ける。

「人気職は勇者と魔法使いですね。希望者多数のため、条件によっては数十年単位でお待ちいただく場合もあれば、逆に即日ご案内となる場合もございます。なお、魔王職につきましては、定員に達したため受付を終了いたしました」

 男は思わず口をあけたまま固まる。


「ちなみに村人は空きが多く、即日ご案内可能です」

「いや村人は……ただのモブじゃん!」


 係員は一切動じず、表情も変えずに説明を続ける。

「なお、村人枠には“クワを振るうだけの人生”と“勇者に絡むだけの人生”がございます」

「説明が追い打ちすぎるだろ!」


 男はしばらく唸ったあと、観念したように言った。

「……勇者で」


 係員が眉をひそめる。

「ずいぶん無謀ですね」

 男は苦笑いを浮かべて答えた。

「どうせ選ぶなら勇者になってみたいので」


「承知しました」

 係員がにっこり笑い、カウンター横の端末から番号札をプリントアウトする。


 <勇者志望 2,535番>


 男は深いため息をつき、札を見つめた。

 周囲では番号を呼ばれるたび、落胆の声や小さな歓声があがっている。


 頭上には「公平な社会をめざして」のスローガン。

 その隣には、やや斜めを向いて笑みを浮かべるスーツ姿の厳つい男性の肖像画。

 額縁の下には、小さく「プレジデント閻魔」と刻まれていた。


 係員はにこやかに続ける。

「勇者をご希望でしたら、まず申請手続きが必要です。その後、適性検査と面接、さらに実技試験を経て――」


「完全に公務員試験のノリじゃん!」

 なんかこう、嫌な予感が背筋を走った。

 こういうときの予感は大抵当たる。

 そしてそこから、地獄のたらい回しが始まった。


 ――《スキル申請課》

「え、無敵になりたいと?それにはまず《倫理審査課》の審査をお願いします」


 ――《倫理審査課》

「以前、魔物を全滅させた勇者がいた事例がありまして、強力すぎると世界が持たないんです。《生態系維持課》にどうぞ」


 ――《生態系維持課》

「スライムは自然界のゴミ処理システムです。討伐されると困ります。《魔物労働組合》で承認を」


 ――《魔物労働組合》

「最近は待遇改善が進んでまして。勇者が討伐できるのは労使協定に基づいて“週三体”までです」

「週三体!?」

「超えると残業申請が発生しますので、《労働時間調整課》へ」

 書類を抱え、男はよろめきながら窓口を回る。


 ――《労働時間調整課》

「残業代算定は《財務課》に」


 ――《財務課》

「討伐証明は《魔物会計課》で」


 ――《魔物会計課》

「協同組合の押印付きでなければ受理できません」


「……」


 男は机に突っ伏したくなる衝動をこらえ、かすれ声でつぶやいた。

「どうして、こんなに課があるんだ……!」


 最初の受付の職員が、どこからともなく現れ、にこやかに言う。

「昔はこちらの裁量で決めてたんですが、クレームが増えまして。現在は“説明責任”や“透明性”が求められる時代なんです」


 壁にはずらりと案内板が掲げられている。

《異世界社会における男女共同参画推進室》

《剣と魔法の適正使用および安全対策委員会》

《転生者差別撤廃・機会均等化対策本部》

《冒険者行動規範遵守及びセクハラ根絶推進課》


「読むだけで疲れるわ!!」

 男は頭を抱えて天井を仰いだ。


 係員は相変わらずにこやかにうなずく。

「こうして部署が細かくなるのも、みなさんの権利意識が高まったおかげですよ」


 男はぐったり肩を落とし、しぼんだ声でつぶやいた。

「もう転生する前に成仏しそうだ……」


 その後、書類の記入漏れを三度も指摘され、同じ用紙を書き直す羽目になり、ようやく最終窓口へとたどり着いた。


 目の前では、同じように疲れ果てた転生希望者たちが、無言で長蛇の列を作っている。


 隣の列では「魔法少女希望」と書いた中年男性が、志望動機の“不適切さ”を理由に却下され、涙目で帰っていった。


 男は震える声を振り絞った。

「これで……勇者に……!」


 職員は分厚い書類をめくり、にっこり告げる。

「残念ですが、本日の勇者枠はすでに埋まりました。残りは《村人C》か《ダンゴムシ》です」


「ダンゴムシ……」

「好きに選べるだけ、昔よりずっと自由なんですよ」


 背後の掲示板がチカチカと点灯する。


《今月のおすすめ転生先》

 雑草──環境にやさしく、とってもエコ!

 持続可能な輪廻社会を目指して……

【転生庁はSDGsを推進しています】


 男はその場に崩れ落ちた。

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