〆. いつもの気まぐれよ
「起きて。ねえ、起きてってば」
身体を揺さぶられて紅白の髪の少年はようやく目を覚ました。
「んあ?」
ゆっくりと上体を起こした少年は、寝ぼけ眼で首を振った。まだ自分がどこにいるのかも分かっていない。そんな少年の姿に同じ髪の色をした少女は呆れてため息をついた。
「はあ……せっかく迎えに来てあげたのに。しっかりしてよ、ねっ!」
「いでっ!?」
背中を思い切り引っ叩かれて、ようやく少年は少女のことを認識する。
「ヒサ……?」
「何よそんなに驚いて。いつまでも寝ぼけて——」
「ヒサッ‼︎」
少年は話も聞かずに少女に抱きついた。
「本当にヒサだよな!? 死んでないよな!?」
「く……苦しい……」
力をこめすぎていると気付いた少年は少女を放した。
二人は膝立ちになってお互いの姿をまじまじと見つめた。少年は服こそボロボロだったが、身体にできた傷は塞がっており血色も良好だった。
「ちょっとは落ち着いた?」
「あ、ああ。まだ全然何も分かってねーけど……」
少年はそう言って今度は少女の肩をぽんぽんと叩く。
「生きてる、で合ってるよな?」
「当然でしょ。おばけだと思った?」
「いや……。でもオレ、シラセたちとお前を埋めたし……」
少年は少女を埋葬した日のことを思い出した。降りしきる雨の冷たさと、石だらけで掘り進まない墓穴。体の裡から溢れる後悔に押しつぶされそうになったこと。
その少女が目の前にいることを少年はまだ信じられなかった。
「もしかしてここがあの世ってやつか?」
少年は再び周囲の様子を伺う。
「ここ、オレが死んだハリアじゃねえか」
少年の脳裏に死に際の光景が浮かび上がる。
仲間を逃して龍と対峙した時だ。戦いの途中で感傷に浸るなんて普段の自分らしくなかったと、今更になって少年は後悔した。木刀を右手ごと失ったと気付いた時には、胸を貫かれて崩れ落ち、竜の牙が体にめり込んでいた。
「あいつ!」
「落ち着いて。別にあの世でもないから」
自らを裏切った女への怒りで飛び出そうとする少年を少女が止める。
「というか、まだ記憶が戻ってないの?」
「は? 記憶? オレに忘れた記憶なんてなくね?」
「あーはいはい。じゃあちょっと大人しくしてね」
話を聞き流しながら少女は指をとんと少年の額に当てた。
「おいヒサ、何すん——」
「ちょっと黙って……神の名において命ずる。レヴラ・ルス・マイオム」
少女の呪文により集まった光が少年の額を照らす。少年は目を閉じてその光に身を委ねる。
光が消えると少女は指を少年の額から放した。
「はい終わり。思い出した?」
少女の質問に少年はゆっくりと目を開けて答える。
「ああ、思い出したよ。全部な」
少年はそのまま上体を伸ばして空を見上げた。
「全く、神公も面倒事を押し付けてくれたもんだよ」
少年の脳裏に忘れていた記憶が蘇ってくる。それはこれまでの仲間との旅とは違う、少年が持っていた本来の記憶だ。
「地上に生まれ直してこの世界に来る〝不死〟を導けだなんてな。ご丁寧に記憶まで消しやがって。オレたちが気付かなかったらどーするつもりだったんだ」
「そこはほら、ちゃんと調整したんじゃない? ご自身も地上に降りられていたみたいだし」
「あー、あのじーさんはそういうことか」
少年は自分を育ててくれた同族の老人のことを思い出した。戦禍で死に別れたあの老人は、きっとその後のこともお見通しだったのだろう。
「ヒサはいつ記憶が戻ったんだ?」
「死んだ後よ。気付いたらクロセドにいたの。あたしも生き返ったのはつい先日だけど」
「そーすると役目も終わりってことか」
少年と少女が神から与えられていた役割は、〝不死〟の迷人であるシラセとシズカ、それにリオルトの三人を導くというものだった。その三人がこの世界から開放されたのであれば、自分たちが復活したことも頷ける。
「でもなんでまだこの姿なんだ? それにお前も」
少年は自分と少女の体を眺めた。二人とも死んだ時と同じ咎人の姿のままだった。
「それがね……」
少女は肩をすくめる。
「もう一回やるんだってさ。なんか予定してた終わり方じゃなかったらしいよ。だからシラセさんもリオさんもまたこっちに戻ってきちゃったみたい」
「へー、シズさんは?」
「シズ姉は生きてるよ。〝不死〟は無くなったみたいだけど。でもそれが予定外だったってさ」
「自分からこっちに呼んどいて何言ってんだあの神公。ならあいつらまた殺し合うわけか? 二人帰しときゃ十分じゃんか」
「そこまで考えてないんじゃない? いつもの気まぐれよ、たぶんね」
「あー確かに。シラセたちも大変だなー」
呑気そうな少年を少女が睨む。
「他人事みたいに言わないで。これから大変なんだからね。あたし達が生きてることの説明もしなくちゃいけないし」
「分かってるって。またガキの頃から始めなくていいんだから気楽に行こうぜ」
会話も終わりとばかりに少年は立ち上がった。少女もやれやれといった面持ちで腰を上げる。
周囲には荒廃した街が広がっている。それは少年と少女が偽りの記憶を持って旅を始めた時の光景と同じだった。あの時とは年齢も、そして積み重ねた記憶も異なっているが、二人の関係は変わっていない。
「そんじゃまたオレの妹ってことで。よろしく頼むぜ、サンサ——」
「その名前で呼ばないで、リンネ」
真名を口にしかけた少年を少女がぴしゃりと遮った。
「お前だって……まーいいや。これからもよろしくな、ヒサラ」
「うん、よろしく。カイ」
神の使者たる兄妹は、神を裏切った咎人の姿をして、再び迷人を導く旅に出る。
***
「三ヶ月ぶりか」
アイツォルク領の主、フューシー・レ・ウォル・アイツォルクは自身の執務室に入ってきた女を見て言った。
「お前から届いた手紙を読んだ時、正直に言えば目を疑った。これまでの経緯を考えればそのまま故郷に留まるものと思っていたからだ」
領主は女の反応も待たずに続ける。
「光の門で何があったかは聞くまい。重要なのはお前が戻ってきたという事実のみ」
女には大きな目的があった。それはかつて女が情報院で見た古の記憶。女と、女が二つの世界で愛した人の運命を弄んだ黒幕への復讐。
傲慢な神への復讐だ。
「シズカ・ウォル・ロフェル、お前を第五小隊長に任命する。力を貸して欲しい」
「……仰せのままに、アイツォルク卿」
***
甘ったるい香りが鼻をついた。
「……あ?」
口から漏れた素っ頓狂な声は、どこからか聞こえてくる鳥のさえずりや、風に揺れる木々のざわめきにかき消された。
鳥に、森?
俺は確か、死んだはずだ。シズを助けるために、リオを殺して、自分の喉を切り裂いて……。
まるで動画のように急激な場面転換に、強烈な既視感を覚えた。森と、自分の格好と陽光。甘ったるい、花の香り。
だから、目の前に広がる黒い花園に一人の女性がいることに、俺はすぐに気付いた。
「あの」
微かな期待を胸に声をかけた。ゆっくりと女性が立ち上がり、こちらを振り向く。
その顔を見て、その声を聞いて、期待は大きな疑問に塗り潰される。
陽光に照らされて、銀の耳飾りが煌めく。
「……どちら様?」
怪訝な顔をした
メモリリウム・リインカーネーション 高橋玲 @rona_r
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