6-2. なんかおかしくない?
「出る!? 今から!? メシは!? 風呂は!?」
任務の話を聞いたカイは予想どおりの反応を見せた。
宿に着いた俺達は、しばらく経ってから帰ってきたカイとヒサラに任務のことを説明した。二人とも王都を観光していたようで、その手には露店で買ったであろう食べ物が握られている。カイが分けたのかヒサラの方が持つ量が多いのもいつもどおりだ。
「何かしらの要求はしてくると思ってたし、無茶な内容じゃなかっただけマシね。それよりも二人の祝福がそのクソ貴族にバレた方が厄介だわ」
りんご飴に口をつけながらヒサラは淡々と言う。
「もしかしたら本当に売られちゃうかもね、二人とも」
「そ、そんな……」
「本気にしないでよシズ姉。不問にしてもらえるかはともかく、さっさとそのエサンとやらに向かいましょう」
「オレのメシ……オレの風呂……」
「安心しろ。任務が終わったらまた王都に戻ることになるはずだから」
「そーなのか!? じゃー任務なんてとっとと終わらせねーとな!」
「カイくん、途端に元気になりましたね……」
もちろん王都に戻らずにそのまま次の任務につく可能性はあるが、それを言うとますますカイが落ち込むだろうから黙っておいた。
王都を出発した俺達はできる限り急いだが、それでも長距離移動は大変だった。道のりは平坦なものの、さすが王都と言うべきか街道が分岐するたびに地図を確認する必要があったし、そもそも旅道具を担いでいるので足への負担が大きい。獣車を使えるならいざ知らず、半ば行軍のような形で移動しなければならないのは辛い。
「シズさんの風術でなんとかならねーのかな。こう、ビューンって」
「浮かせるくらいだったら出来ますけど、安定して人や物を移動させるのは難しいですね……」
「シラセならいけるんじゃね? 祝福で死なねーんだし」
「あんたは鬼か」
冗談ともつかない会話をしながら足を動かし続けて二日。目的地であるエサン近くの拠点に到着したのは、任務開始時刻のぎりぎりのことだった。
俺達は到着するなりすぐに指揮官に挨拶に向かった。指揮官の取り巻きは俺達のことを不審な目で見ていたが、任務を開始するからか特に何か言ってくることは無かった。
「話は領主殿から聞いとるぞぉ! なんでも相当なやり手だそうだな! ガッハッハ‼︎」
シズと握手を交わした指揮官は髪を短く切り揃えたおっさんで、豪胆なその態度は取り巻きと違って俺達の素性を気にしていないようだった。聞けば遊撃隊が参戦するのは以前から決まっていたらしい。あの領主サマ、最初から織り込み済みだったわけか。
俺達の持ち場は右翼に決まった。集落は山肌に面しているため、平場にいる魔物を狩りながら徐々に林野部まで包囲していく形となる。集落の住民はすでに避難しているとのことだったが、なるべく家屋や農地には損害を出さないようにとの注意があった。
不安があるとすれば部隊の人数だ。拠点にはざっと見る限り五十名ほどしかいない。集落はロフェルと同じぐらいの規模らしいが、魔物の数によっては劣勢となることも考えられる。
右翼に到着すると、ろくに挨拶する暇も無く出撃の号砲が鳴り響いた。
武器を持った隊員達が集落へと殺到していく。情報が共有されていないのか遊撃隊に関わらないようにしているのか、俺達のことを気にする人間は誰もいない。いずれにせよこちらとしても自由に動けそうなので好都合ではある。
「オレ達も行くぜッ!」
木刀を手にしたカイが突っ走っていく。その先には魔物と交戦を始めた隊員の姿が見えた。
「数が多い……!」
案の定、隊員に比べて魔物の数が上回っている。一人で二体以上相手にしなくてはならず、魔物の種類も違うので対処に苦戦している様子だ。
「カイ! 離れないで!」
「分かってるっつーの!」
「劣勢の方達を助けながら進みましょう! ヒサちゃんは治療を!」
シズが風術で上空の魔物と、カイが木刀で地上の魔物と応戦する。俺はヒサラと共に味方の救援に向かった。最初は戸惑っていたがそこは領主部隊、即座に状況を把握して動きを合わせてくる。むしろ手練れの隊員が苦戦する理由の方が気になる。
「くそっ!」
直接戦ってみて感じる、今までとは違う魔物の手強さ。多数で襲ってくるせいでターゲットを絞れず攻撃のタイミングも絶妙だ。これはまさか……。
「気付いたかシラセ」
カイが背中合わせに言う。
「なんか妙だと思ったら、こいつら連携して攻めてきやがる。フツーはこんなことしねーのに」
「操られているのか?」
「それにしちゃ動きが読めねー。魔物のくせにちゃんと考えて動いてるな……っと!」
建物の陰から飛んできた棘をカイが木刀で弾いた。そのまま切り込もうとするも、すでに棘を放った魔物の姿は消えている。
「後ろだ!」
代わりに後方から突っ込んできた猪型の魔物を受け止め、そのままメイスで鼻面を殴打する。
「カイ! 止めを頼む!」
「わりーちょい待て! うおっ!?」
見ればカイは頭上に出現した魔物の対応に追われていた。孔雀のような魔物が三体、上空から火焔を吐き出してカイを焼こうとする。
「家の屋根を使え!」
「燃えんだろーがバカ! できるならとっくにやってるっての!」
「誰がバっ……」
カイに気を取られたせいで抑えていた魔物が暴れ出す。まずい、膂力ではこっちが不利だ。
「ケリト・エ・ギルト!」
突如、組み合っていた猪型の魔物の体が勢いよく浮いた。その腹には地面から伸びる鋭く尖った水晶が深々と突き刺さっている。
「ご無事ですかシラセさん!」
「シズ! 悪い助かった!」
少し離れたところに晶術を行使したシズの姿が見える。隣にはヒサラもいて杖を上空に向けて呪文を詠唱している。
「——エ・ホルスピカ!」
「助かったぜヒサ! 食らえ……ッ!」
呪文の詠唱完了と共に孔雀型の魔物の翼に光の矢が突き刺さり、たまらず墜落する魔物に向かってカイが豪快に斬り上げた。斬り刻まれた三体の魔物は羽を撒き散らしながら息絶える。
「最初の敵は……ダメだ、見当たらねー」
「取り逃したの?」
「待ち伏せしてやがったんだ。そのまま別な魔物が襲ってきたせいで見失っちまった。気ィ付けろよヒサ、なんか今までのやつらと様子がちげーから」
「さっき助けた人もそう言ってたわね。カイ、単独行動はしちゃ駄目よ」
「わーってるよ。オレたちの方が魔物より連携下手とか笑えねーし」
「中央と左翼はなんとか押し込めているようです。私達も先に進みましょう」
カイを先頭に魔物を討伐しながら奥へと進んでいく。普段ならすぐに掃討できる魔物も、連携を取ってくるせいで厄介さを増している。ただそれに手をこまねいている俺達ではない。
「シラセさん左!」
「ああ!」
「カイくん上から二体!」
「りょーかい!」
「シズ! 焔術を!」
「はいっ!」
「カイの馬鹿! 下も注意なさい!」
「ああ!?」
お互いの死角を声で補いながらつきつ離れつ攻撃と防御を繰り返す。出会って半年も経っていない四人が息を合わせられるのは、これまで共に無茶な経験をしてきたからだ。
奥に行くにつれて起伏が増えるせいで戦い辛くなるが、中央や左翼の部隊とも交戦範囲が近付いてくるので形勢は有利だ。中山間地域特有の家々の距離が大きく離れた立地は俺の世界の原風景そのままで、そういえば親父の実家がこんな感じだったなと不意に思い出す。
だからだろう、遠くにポツンと見える一軒家、その屋根の影に子どもの姿を発見したのは。
「な……!?」
子どもの姿はすぐに隠れてしまった。それもそのはず、一軒家の周りには何体もの魔物が集まっている。逃げ遅れた子どもを引きずり下ろそうとしているのか。
「シズ! 子どもだ!」
咄嗟にシズを呼び一軒家の方向を指し示す。シズはすぐにその意味を理解して中央本隊で指示を出している指揮官に知らせに行く。
「そりゃ大変なこっちゃ! ほんならお前ら助けに行ってくれんか!」
指揮官はよく響く声で俺達に指示を投げると、そのまま駆け寄ってきた別の隊員の話を聞き始めた。助けに行ってくれ、指図するつもりはない、そういう意味だと受け取った。
「——っちはいい! 森の奥はカヤベに任せ——」
「え?」
別の隊員と話す指揮官の言葉に振り向いたものの、その声は戦いの音に紛れてはっきりと聞き取ることができない。そうこうしている間にシズが戻ってくる。
「行きましょう!」
シズは一軒家に続く道へと駆け出した。その道は細く草が生い茂っており、とても普段から整備されているとは言えない。よくよく見れば一軒家も周囲から隔絶されるように木々や大きな溝に囲まれていた。
「せめーし草もうぜーな」
「もう少し真剣になさい馬鹿。また見失ってもいいの?」
「うぐ……ヒサ、痛いとこ突くじゃねーか」
後ろから追いかけてくるヒサラとカイの声を聞きながら、腰まで伸びる雑草をかき分けてシズの背中を追いかける。
「シズ、あまり俺達から離れるな」
「分かっています。アイザの時のようなことはしません。ただ……」
足を止め、振り向いたシズは逸る気持ちを抑え切れない様子だ。その気持ちは俺にも分かる。子どもの姿を目にした時、ロフェルのガキンチョ達の顔が頭に浮かんだ。
幸いにも茂みから襲ってくる魔物はいなかった。俺達は一軒家を囲む木々の影に隠れて様子を伺うことにした。
「飛んでる奴らが厄介だな。シズさん、あれ頼めるか?」
追いついたカイが身を伏せながら言う。
「大丈夫です。ならカイくんは私と一緒に。シラセさんとヒサちゃんは裏手に回って下さい」
「了解。子どもの救助が最優先だが何かあったらすぐに叫んでくれ」
「助けておにいちゃーんってな、にひひ」
「シラセさん、馬鹿は放っといて行こ」
ヒサラと共に木々の間を縫って家の裏手に移動する。
二階建ての家は壁や屋根がところどころ壊れかけており、その周りには数体の魔物が徘徊していた。上空には鳶に似た魔物が円を描いている。幸いにも家の扉は閉め切っているようで、魔物が壁を壊そうとする様子も確認できない。子どもの姿が見えないのが気掛かりだが、中で隠れていることを祈るしかない。
裏口の見える場所に陣取り、家を挟んで反対に待機するシズとカイに合図を送る。
「……シラセさん、なんかおかしくない?」
合図をシズ達が受け取るのと同時に、ヒサラが家の周りにいる魔物を見ながらささやいた。
「……おかしいって何がだ?」
「……よく分からないんだけど、あそこにいる魔物、なんか家に入ろうとしてるっていうより、家を守ろうとしてる気が——」
ヒサラが言い終わるよりも先に風鳴りが空に響く。鳶型の魔物が一体、錐揉み回転しながら墜落してくる。
「シズの魔術か!」
「っ……ロイ・ウォル・ホルスピカ!」
シズが放った風術に呼応するようにヒサラも神聖術の呪文を詠唱する。すぐに残っているもう一体の魔物の周囲に小さな光輪が出現し、そこから鋭い光の槍が射出された。空中で四方から串刺しにされた魔物は光槍が消えるとそのまま力なく落下する。
「よくやったヒサラ! 次はあいつだ!」
俺は軒下にうずくまる魔物を指した。その魔物は他と違って警戒心を強めておらず動こうともしない。すぐにヒサラの神聖術が炸裂し、魔物は断末魔の叫びも上げずその場に倒れた。
「……?」
体勢が変わり露になった魔物の腹に奇妙なものが見える。
「あれは……包帯か?」
「俄には信じられないわね。魔物が包帯を巻いてるなんて」
「気になるが今は子どもを助けるのが優先だ。次は——」
「そっちよシラセさん!」
ヒサラの声で俺達に向かってくる猪型の魔物に気付く。
「バレたか! 俺が出る!」
茂みから身を乗り出して走ってくる魔物を待ち構える。腰を落としてメイスを両手に持つ。
「おおッ‼︎」
衝突の瞬間に体を前に出したことで魔物が一瞬怯む。その隙を見逃さずメイスで魔物の鼻先を思い切りぶん殴る。さらに数回殴打したところで魔物の抵抗が止んだ。
「シラセさん! カイとシズ姉の方に魔物が!」
ヒサラに言われて正面側を見れば確かに魔物が集まっている。すでに二人の姿は敵に見つかったらしく、カイが前線で出張っている状態だ。
「風術の出所がバレたか!? でもこの短時間でこんなに魔物が偏るなんて……」
「詮索は後よ! シラセさんは裏口から中に入って! あたしはカイとシズ姉を助けるわ!」
ヒサラはそのまま反対方向へと回り込んでいった。
後に残った俺は建物の裏口から家に侵入する。不思議なことに裏口の扉には鍵がかかっていなかったし、バリケードも作られていない。
「なんだ、この臭い……」
家に入った瞬間、強烈な刺激臭が鼻をついた。その臭いは気分を害するには十分すぎるほどで、一度外に出て新鮮な空気を吸い込まなければそのまま吐いてしまいそうだった。
もう一度、今度は鼻と口を布で覆いながら家に足を踏み入れる。明かりがついていないため薄暗く、物陰から魔物が襲ってくる可能性も十分にあり得る。ただ、魔物よりもさっきから家の中を飛び回る蝿の音が煩い。
「……!?」
ひときわ蠅のたかる物体を目にして思わず顔を顰めた。
それは壁際に備え付けのベッドだった。中央が盛り上がっているものの中は確認できない。この腐敗臭と飛び回る蠅を考えれば、中に何があるのかは十分に想像がついた。
一階に子どもの姿は無い。二階に続く階段はガタが来ているようで、ゆっくり足を乗せても大きな軋む音がした。
階段を上り終わると二つの部屋が並んでいた。どちらもドアが閉められているため様子を伺うことはできない。俺は少し迷ってから左のドアをゆっくりと開いた。
そこにいたのは先ほど見かけた子どもだった。十歳ぐらいの男の子で、小柄な背中を壁につけて座り込んでいる。顔は怯えて青ざめ、その目はまるで俺のことを化け物だと言わんばかりに見開いている。
「だ、大丈夫かい? 助けに来たよ」
ゆっくりと近付こうとした俺を見て男の子がさらに顔を引き攣らせる。もう壁際いっぱいにいるのに、さらに後ろに下がろうと手足がもがくように動く。
「安心して、悪い魔物はもう退治したから。怖がらなくても大丈夫」
男の子の方から寄ってきてくれるのを待つものの、いくら話しかけても怯えたままだ。魔物に囲まれていたとはいえ何か様子がおかしい。
「ガ……」
ふと、それまで何も言わなかった男の子が口を開いた。
「どうしたの? 言ってくれれば——」
「ガウガガウッ! グルガウルル‼︎」
「え!?」
男の子の口から飛び出たのは人間のものとは思えない声だ。まるで獣のようなその声には微かに高周波の音が混じっている。
刹那、違和感の正体に気付く。この集落に魔物が集まっていた理由。ヒサラが仕留めた魔物に巻き付いていた包帯。そして少年の怯えた顔。
得体の知れない気配を床の振動から感じ取って咄嗟に右側の壁に体を向ける。
「ぐあっ‼︎」
直後、古くなった板張りの壁が勢いよく破壊された。
雄叫びを上げて壁をぶち破ったのは真っ白な体毛に覆われた熊型の魔物だった。後脚で立てば天井に頭が届きそうなほどの巨体は、その体色と相まってどこか美しささえ感じさせる。
衝撃で吹き飛んだ俺は背中を壁に打ち付けて思うように身動きが取れず、辛うじてメイスを手に応戦姿勢を取るのが精一杯だった。
マズい、絶対にヤバい。こんな状況で攻撃されたら……。
「ガゥ」
しかし男の子が魔物に向かって鳴き声を発すると、魔物は俺のことなどお構いなしに男の子を背に乗せて部屋から出て行ってしまった。
「ぐ……待て!」
衝撃による体の硬直から回復してすぐ男の子と魔物を追って一階に降りる。玄関の扉が開いているのが見える。
「シラセさん!?」
外に出た途端にヒサラの声が聞こえてくる。見ればまだヒサラ達は魔物と交戦中だった。ガーゴイルのような翼の生えた人獣型の魔物とカイが鍔迫り合っている。
「カイ! 手伝うぞ!」
「いらねーよ! それよりガキが森ん中に入ってった!」
カイが顎で差した先は深い森が続いており、木々の間にはうっすらと獣道が残っていた。
「こいつの相手すっから先行け……おらァッ!」
ガーゴイルの攻撃を木刀で受け止めながらカイが言う。詠唱中のシズも俺に向かって頷く。
「分かった! 死ぬなよみんな!」
「ああ!? てめーオレを誰だと……」
「集中しなさい馬鹿!」
ヒサラの叱咤を背中で聞きながら、俺は獣道に駆け入った。
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