お姉ちゃんが居ない世界に現れた彩

お姉ちゃんが居ない世界に現れた彩

お姉ちゃんが死んだ。

雨宮風音は、それがわからない年頃の子供だった。

両親が泣いているのも、兄が涙を堪えて風音の手を強く握るのも、何もわからなかった。ただ、どうしてお姉ちゃんが此処に居ないんだろう。何処に行ったんだろう。そんな疑問を抱いていた。


風音はいつもお姉ちゃんやお兄ちゃんと一緒に遊んでいた公園のブランコを1人で漕いでいた。何処を探しても居ないお姉ちゃんが、此処に居れば迎えに来てくれるかもしれないから。最近自分によく構うようになったお兄ちゃんが先に迎えに来るかもしれないけど。でも、もしかしたら、そう思って、お姉ちゃんに迎えに来て欲しかった。


ぎぃー…ぎぃー…とゆっくりぶらぶらブランコを漕いでいた。いつもなら、お姉ちゃんは背中を押してくれた。そうすれば風音が笑う事をお姉ちゃんは知っているから。

でも、今は押してくれる人は誰も居なかった。ずっと待っていた。空が青からオレンジに変わる。オレンジももうすぐ、黒になりそう。待てどお姉ちゃんは来なかった。空が黒くなったら帰れなくなってしまうから、風音はブランコから降りて帰ろうとした。


「ねえ、君、この辺りの子?」


女の子の声がした。もしかしてお姉ちゃんなのではと期待して、風音は声がした方を振り向いた。

そこに居たのは、知らない女の子だった。でもこの辺りで見掛けたような気もする。公園でお姉ちゃんやお兄ちゃんと遊んでいた時に少し見掛けたような、そうでもないような。


「何をしてるの?」

「お姉ちゃんを待っていたの。迎えに来てくれるかと思って」

「そうなんだ。私ね、理緒って言うの。君は?」

「僕はー…風音」

「ふうん、風音。私最近此処に引っ越してきたんだ。まだこの辺りの事よくわからないんだ。だからね、一緒にお友達欲しいの。良かったら、」


お友達になってください。

そんな風に理緒が笑った。風音の許にお姉ちゃんが帰って来る気配は無かった。今日もお姉ちゃんに会えないかも。だから、じゃないけど、風音は理緒を観た。お友達。


「うん、いいよ」


次の日から、風音は理緒と一緒に遊んだ。

ブランコを漕ぐ風音を、理緒が背中を押してくれた。理緒がブランコに乗る時は風音が理緒の背中を押した。お姉ちゃんは帰ってこないのが寂しいけど、理緒が笑うと嬉しかった。

ブランコ以外の遊びも理緒と一緒にやった。砂場で家を作ったり、ジャングルジムに登ったり、鉄棒は2人でどうやって回るの、と上手く出来なくて笑ったりした。

理緒と遊んでいくうちに、過ごしていくうちに、年を重ね風音はゆっくりと【死】を理解した。ああ、お姉ちゃんは帰ってこないんだ。帰りたくても帰れないんだ。理緒にお姉ちゃんを教えたかった。会わせたら、理緒もお姉ちゃんもきっと直ぐに仲良くなっただろう。お兄ちゃんとお姉ちゃんと僕と理緒で遊んだら、きっともっと楽しかっただろうな……。






それから風音と理緒が成長して、高校に入った頃だった。

風音は、気が付いたら理緒を異性として観ていた。お友達、と言う感情だけで彼女と共に居なかった。ただ、姉が消えた世界に、入れ替わるように入り込んで来た彼女が、もしも居なかったらと思うと、もっと一緒に居たいと思ったから。

だから、子供の頃よく遊んだ公園、月日を経てもう寂れて、子供も見掛けない公園に彼女を呼び出して、風音は俺と付き合って欲しいと告げた。

俺の恋人になってください。

彼女が自分に、お友達になってください。と昔笑いかけてくれたように、なるべく笑顔で告げた。

理緒は、私が先にそうおねだりするつもりだったのになと笑った。そう聞いて、そうなんだ。そんな事をするつもりだったなんて、俺はまだ理緒を知らなかった。幼馴染として理緒と一緒に歩んで来たけど、俺は彼女のすべてを知らない。


「あのね、私は初めて観た時から、何にも知らない時から、風音と仲良くなりたかったの。あの時、風音のお姉さんが亡くなったばっかりってのも本当に知らなかった。ただ、風音に触れてみたかった」

「どうして?」

「あの日、お友達よりも……恋人になってくださいって言うのが、正しかったんだ。何も知らず、考えないで、私は無邪気に初恋に手を伸ばしたの」

「それは……初めて知ったよ、理緒の事。それで、更に好きになったかな」


風音は理緒の頭を撫でた。友達がするみたいなのじゃなく、好きな女の子にするように、優しく。ずっと一緒に居たけど、俺が君の初恋だったなんて、俺は君の事をまだ知らないから、もっと深く知りたい。君は俺の昔から大切な女の子で、昔から生きていてくれる大事な子だから。

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お姉ちゃんが居ない世界に現れた彩 @miller826

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