第7話 殺害予告
そのことを言いだしたのは、川崎会長本人だった。
実は、川崎会長宛てに、会社に来ていたのだが、実際の会長は別荘にいるので、最初に発見した社長が、奥さんと相談し、それを、
「社長には見せない」
ということで落着していた。
もちろん、会長の警備を万全にするため、別荘近くで会長の警備に関しては、怠ることはなかったのだが、
「会長に余計な心配はかけられない」
という社長と会長の奥さんの相談で、
「このことは、オフレコに」
ということにしたのだ。
脅迫状といっても、別に、
「殺す」
という文字があったわけでもなく、金銭の要求があったわけでもない。ただ、
「お前を恨んでいる人はたくさんいるから、せいぜい用心するんだな」
という程度のものであった。
確かに、これくらいであれば、警察に通報するといっても、考えてしまうほどで、
「逆に慌てると、相手の思うつぼだ」
と思ったことだろう。
会長は、普段は、堂々としているが、たまに何かのスイッチが入ると、急に怒りだすことがあったので、誰もが、
「会長に知らせず、我々で処理をしよう」
ということになったのだった。
ただ、今回、会長が奇しくも発見することになった死体という事件があったことで、さすがに、社長や奥さんも黙っていられないと思い、会長にその成り行きを話した。
「うーん、これを殺害予告として見るには、微妙だね。確かに私は、会長という立場上、今までのことを思えば、狙われたり、脅迫を受けることもないとも限らない。ただ、殺されるというような思いはないからな」
ということであった。
「とにかく、これは警察に話しておいた方がいい。何しろ、別件とはいえ、私が偶然にも死体を発見したわけだからね」
と会長は言ったが、
「とはいえ、本当に偶然なのだろうか?」
といいながら、会長はそう感じていたし、聞いていた社長や奥さんも、さらに、
「これは偶然ではないだろう」
ということで、この脅迫状めいたものを軽く見ていたことを、後悔したくらいだった。
だから、会長が、
「警察に話をしよう」
といった時、反対することはなかった。
本当に、
「ただのいたずらの可能性が大きい」
と思うのであれば、
「川崎グループとして、世間的な対面を考えると」
ということで、まず、警察にいうことを反対したことだろう。
「どうせ、ただのいたずらですよ」
ということで、片が付いていたからである。
いや、本当にそうだと思っていれば、会長が死体を発見したということと結びつけるようなことはしないだろう。
何か気になることがあるから、会長に進言したのであり、会長も、それに従ったといってもいいだろう。
警察は、その話を聞いて、
「会長が死体を発見したというのは、こうなってくると、ただの偶然ではないのかも知れないな」
と捜査本部の、桜井警部補が言った。
それを聞いた秋元刑事は、
「そうですね、ただ一つ気になるのは、どうして、今になって、会長が警察に脅迫状のことを言ってきたんでしょうね?」
というと、
「それは、川崎グループの事情というものがあるんじゃないか? 大企業成りのメンツや立場のようなものがあるからな」
と、当たり前のことを言っていると自分でも感じながら、桜井警部補は言った。
「確かにそうですよね。でも、文章の感じから、相手を殺すというほどの切羽詰まったものでもないし、もし、本当に何かをするということであれば、もうとっくに行動していてもいいでしょうからね」
と秋元刑事がいうと、
「まさかとは思うが、被害者は、間違って殺されたのではないか?」
というのだった。
「間違ってですか? だとすれば、やけに偽装工作をしていませんか?」
と秋元刑事が聞くと、
「いやいや、間違えたからこそ、その善後策に苦慮して、バレそうなことをしたりしたのではないか?」
という桜井警部補に、
「それは、毒殺の後に、ナイフで刺殺をしたり、被害者の死体を動かしたりなどということでしょうか?」
と、秋元刑事が、逆に聞くと、
「ああ、そうなんだ。でも、犯罪の隠蔽であったり、カモフラージュを行うなどということであれば、この状況はすぐに警察に看破されたということで、突発的なことが起こって、頭が混乱した中で、考えられるカモフラージュをしたのかも知れない」
と桜井警部補がいうと、
「それはいえるかも知れないですね。でも、そうだとすると、このカモフラージュは、実際に殺そうとしている相手に対して使おうと思っていたことかも知れないですね。ということは、今回の犯人は、周到な計画をしていたということになるのでしょうが、それなのに、肝心な相手を間違えるというのは、あまりにも、お粗末ではないですかね?」
と秋元刑事は言った。
「だが、最初は毒殺ということなので、相手に毒を飲ませようとして、間違って違う人が飲んでしまったというのは、普通にあることかも知れない。それこそ、偶然ということなのかも知れない」
と桜井警部補は言いながら、それでも考え込んでいた。
「この殺人は、間違いというわけではなく、逆に事件を混乱させるための、ただの前兆に過ぎない」
とも考えていたからだ。
しかし、実際に殺人が行われているところで、
「前兆」
であったり、
「カモフラージュ」
などというと、不謹慎でしかない。
ただ、もしそれが本当だということになると、もっと恐ろしい発想が出てくるということになる。
だから、秋元刑事は、黙っているわけにはいかなくなり、
「この事件が、警察に対しての何かの挑戦のようなものだとすれば、この事件は、これで終わりということではないですよね。本来の目的たるものが、この後に起こるという可能性もあるわけだ」
というと、
「ということは、あの脅迫状の意味を考えると、狙われるのは、川崎会長だということになるのか?」
と桜井警部補は言った。
それを聞いた秋元刑事は、無言で頷いたが、それは、言葉にするのが怖いというよりも、
「警察に対しての挑戦」
ということに対し、武者震いを感じていた。
しかし、どうしても、
「不謹慎」
という感情があるからなのか、なるべく、
「震えを抑える」
という態度を取ったが、もし、その場に他の人がいれば、秋元刑事を見て、
「刑事も案外臆病なのではないか?」
と思われるほど、肩をすくめていたが、その本心は、
「相手に不謹慎だ」
という思いが強いからであろう。
そもそも、秋元刑事は、普段から、
「犯罪捜査と称して、捜査に対して、一般庶民にひどい対応をしている」
ということが、気に食わなかった。
本当は、
「プライバシーの侵害」
ともなりえるようなことを、
「これは殺人事件の捜査」
ということで、あたかも、
「警察の権威」
というものをひけらかしているのが、いやだったのだ。
しかも、そんな連中に限って。
「警察という国家権力を振りかざさないと、何もできない」
という、一種の、
「能無し刑事」
というものに多いと考えていたのだった。
だから、普段から、必要以上に、庶民に対して、
「不謹慎なことがないように」
と心がけているといってもいいだろう。
今回の事件で、新たに出てきた、
「殺害予告」
とも見える脅迫状の存在が、
「この事件にいかなる問題を提起するというのか?」
と考えさせられるということになるだろう。
ここでの話として、一つ考えられることとして、
「間違えられたのではないか?」
ということであったが、そう考えたとすれば、
「合点がいかないところも若干ある」
ということだ。
しかし、その事件の第一発見者である会社会長に、
「脅迫状」
なるものが届いていたというのは、偶然であろうか?
途中で、秋元刑事が、
「脅迫状自体が人違いということは?」
ということであった。
というのも、その脅迫状の内容を見れば、その内容に、
「川崎会長」
の名前が一切なかった。
しかも、それは郵便で届けられたわけではなく、直接家のポストに入っていたということだったので、宛名も書かれていなかったのだ。
それを考えると、
「誰にたいしての脅迫状であっても、いいように書かれている」
ということである。
だからこそ、
「いたずらではないか?」
ということで、他の人なら、まず相手にしないかも知れないが、川崎会長は、
「地位も名誉も、そして金もある」
ということから、
「万が一」
ということもあるわけで、そうなると、
「このまま黙っておく」
ということもできないというものであった。
だが、実際には、その会長が死体を発見するということになったのだ。それを、
「ただの偶然で片付ける」
というのも、おかしなものだ。
そこで、秋元刑事は、一つの考えがあった。
「これを偶然ではない」
と考えた時、
「死体を動かした」
ということであったけど、それこそ、この発見が偶然ではないということを証明しているのではないだろうか?
という説を持っていたのであった。
それを、桜井警部補に告げると、
「確かにそうかも知れないな。もし、犯人の本当の目的が会長殺害だと考えた時、容疑者が誰なのかということを探ってみよう」
と、秋元刑事に命じた。
「それと、今回の一見関係ないように見える今村記者と、第一発見者である川崎会長のつながりについても調査する必要はあるでしょうね。直接に関係がないかも知れないけど、どこかでつながりがあるのかも知れない」
と秋元刑事は、考えていた。
「そうだな、それも一つの捜査だな。私には、二人の関係が、そう簡単に見つかるような気はしないんだけどな」
と桜井警部補がいうと、秋元刑事は、またしても、無言で頷いた。
秋元刑事が、桜井警部補に、
「無言で頷く」
という態度を取った時、その時は納得しているということの証明のようなものだったのだ。
実際に事件は、その後、進展があった。
「いい展開」
というわけではなく、逆に、
「恐れていたことが起こってしまった」
ということであり、いわゆる、
「脅迫状の効果」
というものが現れたということになる、
「川崎会長が行方不明」
ということが、川崎社長から、警察に届けられたからだった。
警察の方も、
「川崎会長を見張る」
ということは行っていた。
というのは、脅迫状というものを信じての、身辺警護というのも、若干はあったが、それよりも、まったく逆の捜査ということで、
「今村記者の事件捜査」
ということで、
「容疑者がいなくなってしまった」
ということから、膠着状態に陥ったが、それでも、一縷の望みとして、
「第一発見者を疑え」
ということで、川崎会長を見張っていたのだった。
しかし、
「会長という立場上、いろいろなところに姿を見せる」
ということでの、
「遊説」
などがあるのではないかということで、
「2,3日見ない」
くらいは、そこまで気にはしていなかった。
だが、それが間違いだったようで、桜井警部補も、秋元刑事も、
「自分たちが主導でやっていれば、こんなことにはならなかったのに」
と感じていたのだった。
「被害者側から、行方不明を宣告される」
というほど、警察としての失態はないだろう。
もっとも、秘密裏の捜査ということなので、本当のところは誰にも知られることがないのは、功を奏したといってもいいだろう。
「脅迫状も、犯人からの連絡も入っていない」
ということで、本当に誘拐されたのかどうか分からない状態であったが、
「以前に、脅迫状があった」
ということ、
「会長が偶然にも、死体を発見することになった」
ということ、
そして、
「立場的に、誰かに恨まれている」
という可能性も十分に考えられるということを、社長も奥さんも明かすことで、
「事件性が高い失踪」
ということで、捜査が続けられることになった。
実際に捜査をしてみると、
「会社内で、会長に恨みを持っていると思われる人物が、奇しくも社長が行方不明になる数日前に辞職している」
ということで、がぜんクローズアップされることになった。
その人物というのは、
「彼女が、社内にいたのだが、彼女が会長の毒牙に掛かり、辱めを受けたことで、自殺した」
ということが、一年前に起こっていた。
そして、そのことを、
「社長の奥さんが気にしていた」
という噂もあったのだ。
社長と会長は、面白くない。
元々、
「会長の悪い癖」
というものが招いたことであるが、会長とすれば、
「英雄色を好む」
ということで、
「別に悪いことをしたわけではない」
と思っていたのだ。
社長の奥さんは、そのことを知っていただけに、実に怒りがこみあげてきたということであった。
「まったく悪気がない」
ということに、残虐性というものを感じ、さらに、
「自分の夫が、そんな父親の血を受け継いでいる」
ということが怖かったのだ。
奥さんは、まだ、子供がいない。
実際には、子供を作ってもいいのだろうが、
「父親の血」
というものを考えると、恐ろしくて子供を作ることができないのだった。
となると、
「妾が子供を作る」
ということになるだろう。
それでも、
「自分の産んだ子ではない」
ということが救いだと思っていた。
次第に最近では、
「川崎家なんか、どうなってもいいんだ」
と思うようになり、本来であれば、
「離婚してこの家から出ていきたい」
と思うようになっていたのだが、事情がそうもいかなかった。
実母が、病気に罹り、川崎家のお金によって、今は安定しているということであった。
ただ、病気のせいもあり、
「一生、病気と向き合っていかなければいけない」
ということで、
「簡単に、川崎家を飛び出す」
というわけにはいかなかった。
そういう意味では、今のところ、川崎家、特に、会長や社長に、
「殺意」
というものが一番あるとすれば、
「社長の奥さん」
ということになるだろう。
そういう意味では、
「奥さんにも、犯行の動機は十分だ」
ということになる。
そして、もう一人、
「動機を持った人物」
というのがいた。
その人物は、
「妾の子」
というもので、会社で、管理部長という立場には収まっているが、実際には、
「本妻の子」
である社長に頭が上がらない。
社長も、
「妾の子」
ということで、そもそもの、
「英才教育」
というものの中で、
「妾の子というのは、まるで自分の奴隷だ」
という考え方で育っていて、実際の、営業部長も、
「俺は妾の子なんだから仕方がない」
ということで、最初の頃は、
「あきらめの境地」
だったようだ。
しかし、会長の奥さんが亡くなったことで、営業部長は、
「自分の辛さが分かった」
のであった。
というのは、
「会長の正妻である亡くなった奥さん」
から、これまでの厳しい生い立ちを、謝られたのだった。
奥さんとすれば、
「川﨑グループ会長の奥さん」
ということで、対面上、
「妾の子に対しての対応」
ということでつらく当たってきたが、本来は、
「気の毒な子」
と思っていたようだ。
死期が近づき、自分の悪行を悔い改めるということで、
「最後には極楽に」
とでも思ったのか、最後に枕元に呼んで、自分の罪と、彼に、
「何も卑屈になることはない」
ということを告げたのだった。
これは、ひょっとすると、奥さんによる会長に対しての、
「最後の復讐だった」
ということなのかも知れないが、結果的にそれによって、彼は、
「川崎家」
というものに対して、
「極度な恨みを抱く」
ということになったのだ。
それらの恨みが交差した状態が、今の、川崎グループにはあるということで、
「川崎会長の功績は、いうまでもない」
ということであるが、その裏でやってきたことが、
「他の成功者と変わらない」
というところが、実に残念でならないということになるであろう。
実は、今村記者というのは、極秘に、
「川崎グループ」
というのを見張っていた。
元々、社会派記者ということでもないし、
「ゴシップ」
というものを狙った
「特ダネ至上主義」
というような記者ではないということで、
「川崎グループとのつながり」
というものがまったく見えていなかったが、
「今村が殺された」
ということで、実は、その秘密を恋人の
「坂巻記者」
が持っていたのだ。
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