小説に直せない夢の話
かつらな
第1話
泣いていたらしい。
夢に出てきたのは、去年亡くなった祖父だった。
祖父は私が生まれた時にはすでに認知症を患っていて、
生涯一度も、私の名前を呼んだことはなかった。
祖父との確かな思い出は、ひとつだけしかない。
あれは私が小学生の頃、熱を出して学校を休んだ日のことだ。
祖母も両親も仕事で家を空け、弟は保育園。
家には、私と祖父の二人きりだった。
「じいじ、おそと行かないでね。」
何度もそう言った。ひとりになるのが怖かったから。
でも祖父から返ってきたのは、
「そうだね、えみ。」
“えみ”は祖父の娘――私の叔母の名前だった。
外に出てしまう祖父を引き止めたくて、
高熱でふらふらなのに、必死で起きていようとした。
でも気づけば眠ってしまっていて、
しまったと飛び起きたときには、祖父の姿はなかった。
熱で頭が割れそうなのに、私は裸足で外に飛び出した。
「じいじ!」
何度も、何度も叫んだ。
泣きながら、私は一人きりの庭に立っていた。
やがて祖父は、いつもの穏やかな笑顔で歩いてきた。
「えみ、どうした?」
その一言が、すこし怖かった。
どうして私の名前を呼んでくれないのだろうと、子どもながらに思った。
祖父はその後、胃がんで亡くなった。
けれど私はいまだに、祖母が殺したんじゃないかと疑っている。
その話は――またいつか。
今日見た夢は、中学生の頃の私だった。
吹奏楽部の発表会。
現実では一度も祖父は見に来てくれなかったけれど、
夢の中の客席には祖父がいた。
そして祖父は、初めて私を見てこう言った。
「かつらな、頑張って。」
名前を呼ばれただけなのに、
胸が痛いほど嬉しくて、
目が覚めたら涙が出ていた。
小説に直せない夢の話 かつらな @Katura_na
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