第43話 灰色の空
「ちょっといいか」
昼休み。
圭太と良司の後から
教室を出ようとした僕は
九に呼び止められた。
そして。
促されるままベランダに出た。
朝から降り続いていた雨が
小降りになっていた。
「まだお礼を言ってなかったね。
昨日はありがとう」
僕は改めて頭を下げた。
「別に。
そんなことより。
この間スマホを見せろって言ってたろ?
あれは何だったんだ?」
「あ・・あれは・・。
そ、その・・もういいんだ」
九が僅かに眉をひそめた。
「そうか。
なら俺から1ついいか?」
次の瞬間。
九の眼光が鋭さを増した。
僕はそっと息を吸って身構えた。
「う、うん・・?」
「お前。
妻鳥と付き合ってたのか?」
「えっ!」
思いがけない質問に僕は呆気にとられた。
「そ、それは・・」
そして僕は九の視線から逃れるように
力なく首を振った。
「へぇ。
珍しい組み合わせだな」
その時。
ベランダの戸が開いて、
剣野麻衣が顔を出した。
「いつからそんなに
仲が良くなったんだ?」
思わぬ珍客に
僕はホッと胸を撫で下ろした。
一方。
九は苦虫を噛み潰したような表情を
浮かべていた。
「貴様ら。
昨日、稲置で男を捕まえたそうだな?」
剣野は仁王立ちになって腕を組んだ。
その姿はまるで古の剣豪のようだった。
女子のスカートの丈については
校則では特に決まりがない。
比較的短い丈の生徒が多い中で、
剣野だけは袴のような
長いスカートを履いていた。
目の前に立つ彼女を
僕はほんの少しだけ見上げた。
「チッ。
親父さんに聞いたのか。
管轄外だろ?
それに。
そんな情報を
娘にペラペラと喋っていいのか」
九が面倒臭そうに五分刈りの頭を撫でた。
「男の居住地が宿禰だから
中央署に連絡がきたんだ。
それよりも。
どこかのバカがやり過ぎたせいで
男は現在入院中だ。
重度の頸椎捻挫。
肋骨の粉砕骨折。
すぐに取り調べができなくて
困ってるらしいぞ」
「あ・・いや・・。
九は僕達を助けるために・・」
僕が九を庇おうと口を開いた途端、
剣野の研ぎ澄まされた刃のような視線が
容赦なく僕を貫いた。
僕は思わず肩を竦めた。
「此奴のとった行動は過剰防衛だ。
本来なら。
問題になってもおかしくないんだ。
少しは感謝しろ、
このバカ」
そして剣野は僕から視線を外して
九を睨み付けた。
「チッ。
相手は凶器を所持したヤク中だ。
感謝状でも寄こせって
親父さんに伝えとけ。
「反省してないな、このハゲ」
「何だと、暴力女」
「ま、まぁまぁ・・2人共落ち着いてよ」
ヒートアップする2人の間に
僕は慌てて割って入った。
「オレは至って冷静だ。
このハゲが絡んできたんだ」
「チッ。
てめえに構ってるほど暇じゃねえんだ。
用がなけりゃあっちに行け」
「生憎。
オレだって貴様には用がないんだよ。
オレが探してたのはそっち」
そう言って剣野は僕の方を顎で指した。
「ぼ・・僕?」
剣野が頷いた。
「貴様、
あの男が猫殺しの犯人だと
言ったそうだな?」
「えっ・・あ・・う、うん・・」
「警察でも手掛かりが
掴めていなかったのに
どうして貴様にはわかったんだ?」
2人の視線が僕に向けられた。
「そ、それは・・」
僕は言葉に詰まった。
パラパラとした雨音が僕達を
包み込んでいた。
「まあ俺には関係のないことだ」
九の言葉が沈黙を破った。
九は五分刈りの頭を撫でると
改めて僕の方を見た。
「あいつはなぜ死を選んだんだ?」
そして九は教室へと戻っていった。
剣野が不思議そうに首を捻っていた。
午後、1番目の授業は数学だった。
この春から
『聖イノセンツ学園』
に赴任してきた数学教師の
石井由加(いしい ゆか)
がホワイトボードに
連立方程式の解法を板書していた。
26歳。
肩に触れるほどの明るい髪には
緩やかなパーマがかけられ、
前髪もまた丁寧にくるんと巻かれていた。
細く引かれた眉の下には
横長の二重の目。
小さい鼻にやや大きめの口。
その唇には真っ赤な紅が引かれていた。
教師にしては短い丈のスカート。
ジャケットの下のシャツは
いつも胸元が大きく開かれていて、
思春期の男子生徒には
やや刺激が強かった。
僕はぼんやりと窓の外に目を向けた。
いつの間にか雨が止んで
灰色の空が広がっていた。
僕は幻夜の向こう隣の席の
九へ視線を移した。
九は頬杖をついて気怠そうに
教科書に目を落としていた。
「何ぼーっとしてるのよ?」
幻夜が僕の方を横目で見ていた。
「べ、別に・・」
僕は頭を振った。
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