第38話 男と女

「・・なるほどね」

僕の話を聞き終えた幻夜が

溜息を吐きながらベッドボードの上に

空になったコップを置いた。

「・・それで。

 冬至は馬鹿みたいに

 その5人を刺激したのね」

「は、はぁぁぁ?」

てっきり褒められるとばかり

思っていた僕は

幻夜の反応に完全に肩透かしを食った。


この日。

僕はさり気なく

『ミモザ』と思しき5人の容疑者達に

スマホの件で探りを入れた。

その結果。

圭太と二ノ宮のスマホには

怪しげなデータは入っていなかった。

一方。

安心院はスマホは所有しているが、

学校で禁止されているため、

普段は家に置いているとのことだった。

小林は6月に入ってすぐ

スマホを壊してしまい、

現在修理か買い換えるかで

両親と揉めているとのことだった。

そして。

九にも一応頼んではみたものの、

スマホを見せることに関しては

拒否された。

つまり。

単純に考えるのであれば、

小林と九のどちらかが

『ミモザ』であると。

それが僕の出した結論だったのだが・・。


「浅はかね。

 いかにも冬至らしい短絡的な発想だわ」

そう言うと幻夜は

「はぁ」

ともう一度大袈裟に溜息を吐いた。

「で、でも・・

 圭太と二ノ宮のスマホに盗撮のデータが

 入ってなかったのは事実だろ?」

「馬鹿ね。

 そんな危険なデータを入れたまま

 持ち歩いてるわけないでしょ?

 それに。

 どうして『ミモザ』が男子だって

 言い切れるのよ?」

「え、え・・えええっ!」

その発言があまりにも予想外だったので

僕は言葉を失った。

「たしかにあの画像が性的嗜好から

 撮られたモノであれば、

 撮ったのは男子の可能性が高いわ。

 でも。

 あれが単に妻鳥小絵を

 陥れるためだけの目的で

 撮られたのだとしたら?

 女子にだって十分可能性はあるのよ」

そして幻夜は足を組んだ。

今夜も幻夜は

桃花色の短パンを履いていた。

そこから覗く白く健康的な太ももを

僕は憎々しげに睨み付けた。

「・・へんたい」

幻夜が蔑むような目を僕に向けていた。

「な、何だよ!

 ぐ、偶然視界に入っただけだろ!

 そ、それに!

 そんな恰好をしてる

 自分が悪いんだろ!」

「性犯罪者の常套句ね」

「うっ・・」

僕は反論する代わりに

机の上のコップを手に取って

アイスコーヒーを一気に流し込んだ。

その時。

カタンッ!

と部屋の外で物音がした。

「何?

 今の音。

 誰かいるの?」

「えっ!

 い、いや・・気のせいだよ」

「そんなわけないでしょ。

 はっきりと聞こえたわよ」

幻夜は立ち上がると

僕の静止を振り切ってドアを開けた。

僕は慌てて幻夜の後を追って廊下に出た。

薄暗い廊下は静まり返っていた。

「ほ、ほら?

 気のせいだろ?

 それよりさ。

 話の続きをしようよ」

幻夜はまだ首を傾げていた。

「ねぇ。

 その部屋は家出中の白露さんの

 部屋でしょ?」

「う、うん・・」

「もしかして。

 帰ってきたんじゃないの?」

「そ、そんなわけないだろ!

 もう5年も行方不明なんだよ?

 今更帰ってくるわけないよ」

「でも。

 物音は確実に

 その部屋から聞こえたわよ」

そう言うや否や

幻夜は向かいの部屋のドアを開けた。


真っ暗なその部屋の内装は

僕の部屋とほとんど同じだった。

机とベッドがあって

机の上にはパソコンがあった。

そのパソコンの電源は落ちていた。

「な、なっ?

 誰もいないだろ?

 ほらっ、早く部屋に戻ろうよ」

幻夜は一通り部屋を見回すと

眉をひそめつつも僕の言葉に従った。


僕は新しいコップに

トマトジュースを注いで部屋に戻った。

「それで?

 リビングにも誰もいなかったのね?」

ドアを開けると

ベッドに腰掛けていた幻夜が

訝しげな視線を僕に向けた。

「あ、当たり前だろ」

僕は彼女にコップを手渡すと、

その視線から逃れるように

机へ腰を下ろした。


時計の針が

コチコチコチと時を刻んでいた。


幻夜はトマトジュースを一口飲むと

ベッドボードにコップを置いて

腕を組んだ。

それから眉間に皺を寄せて

大きな溜息を吐くと天井を見上げた。

「・・今夜は機嫌が悪いな。

 そういえば。

 学校でもずっと1人だったろ?」

無言の時間に息苦しさを覚えた僕は

そう言って幻夜の顔色を窺った。

それから机の上のコップに

手を伸ばしたところで、

中身が空になっていることに気付いた。

「私にだって色々と事情があるのよ」

「へぇ。

 悩みなら聞いてあげてもいいけど?」

僕は背筋を伸ばして姿勢を正した。

「別にいいわよ。

 冬至に話したって解決しないから」

「そんなのわからないだろ?

 ある程度の悩みは

 人に話すことで軽くなるって

 とある偉い人が言ってたぞ」

そして僕は前にスガワラさんが

口にしていた言葉を引用した。

「血が不足してるのよ」

「へっ?」

「ほらね。

 話したって無駄でしょ?」

幻夜は改めて溜息を吐いた。

「あっ・・」

「思春期の女の子には色々あるから

 不用意に親切心を出さないことね」

「ご、ごめん・・」

僕は気まずさを誤魔化すように

空になったコップに口をつけて

飲むふりをした。

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