第29話 探偵
夕食を終えて部屋に戻った僕は
ベッドに寝転んで目を閉じた。
そして。
スガワラさんとのやり取りを思い返した。
幻夜にしてもスガワラさんにしても
警察という組織を
信用していないという点では同じだった。
偏見に満ちた幻夜はさておき、
スガワラさんがそう考えることは
僕にも十分すぎるほど理解できた。
そして。
それは同情すべきことでもあった。
なぜなら。
スガワラさんは
『宿禰市本所町母子殺害事件』
の被害者遺族だからだ。
スガワラさんは
悲劇の舞台となったあの家で
今も妻子との思い出の中にいる。
しかし。
世間の目は冷たく残酷だ。
事件の後。
近所では
「あの家から女性の悲鳴が聞こえた」
「夜中に赤子の泣き声がした」
「殺人犯らしき人影が家の中を
うろついてるのを見た」
などという怪しげな噂話が広まり、
いつからか
「お化け屋敷」
と呼ばれるようになっていた。
「リーリー。リーンリーン」
ふいにドアホンが鳴った。
僕は慌てて部屋を飛び出した。
ベッドに座って足を組んでいる幻夜に
トマトジュースの入ったコップを渡すと、
彼女はそれを一気に飲み干した。
「仕事の後の一杯は最高っ!」
そして草臥れたサラリーマンのような
台詞を吐いてから満面の笑みを浮かべた。
彼女は今夜も
桃花色の短パンを穿いていた。
そして。
白い小さなTシャツが
体にぴたりと張り付いて
彼女の艶めかしいボディラインを
惜しみなく強調していた。
僕は先ほどの反省から
すぐに目をそらして部屋の時計を見た。
時刻は20時20分になっていた。
「それで。
話って何だよ?」
幻夜は僕の質問には答えずに
空になったコップを
ベッドボードに置くと、
両手を上にあげて背を伸ばした。
それから。
「ふわぁぁ」と大きな欠伸をしてから
潤んだ瞳を僕の方へ向けた。
「こんなに可愛い子が
訪ねてきたのに嬉しくないの?」
僕は慌てて目をそらした。
「あ、あのね。
僕は忙しいんだ。
話がなければ帰ってくれないかな」
僕がそう言うと幻夜は頬を膨らませた。
「ふんっ。
冬至って本当に退屈な男ね。
じゃあ本題だけど。
妻鳥小絵が
イジメられてなかったのだとしたら。
彼女が自殺した原因は
他にあるわけよね?
心当たりはないの?」
僕はコホンと小さく咳払いをした。
「・・1つ聞くけどさ。
どうして妻鳥の件に
そんなに興味を持つんだよ?
単なる好奇心なら。
あまりいい趣味とは思えないけどね」
「はぁ」
幻夜が面倒くさそうに
溜息を吐いた。
「仕方がないわね。
これから話すことは
誰にも言わないって約束できる?」
そしていつになく真面目な表情になった。
僕はごくりと唾を飲み込んでから
大きく頷いた。
「・・実は私、探偵なの」
時計の針が
コチコチコチと時を刻んでいた。
「ぷっ!
た、探偵だって?
冗談はやめてくれよ!
あっははは」
僕は笑いを堪えることができずに
噴き出した。
「ま。
信じなくてもいいけど。
冬至がどう思おうと
私の探偵としての勘が告げてるの。
妻鳥小絵の死には何かあるって」
幻夜の冷めた目が僕を捉えていた。
その氷のように冷ややかな視線に
僕は文字通り震え上がって
慌てて両手で口を押えた。
それからゴホンと大きく咳払いをした。
「え、あ・・いや・・探偵というのは、
そ、その・・冗談じゃないんだ・・」
「その冗談、何が面白いの?
ま、冬至にとっては
面白かったのかもしれないけど」
幻夜が真顔で嫌味を言った。
「正確に言うと。
元々は
お母さんが探偵業を営んでいたの。
今はもう店は閉めてるんだけど
私はそこで探偵助手として
仕事を手伝っていたの」
「え、えええっ!
夜也さんって探偵だったの?」
「もっとも。
本人は探偵とは名乗ってなかったけど」
幻夜はそう言うと腕を組んだ。
僕の視線は自然とその強調された胸元に
釘付けになっていた。
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