14歳に戻るとか考えてなかった

ケストドン

第1話

 汗臭い男共が密集するバスから降りた。解放されたようだが外は雨、ずっと外を見ていたから知っていたが雨に打たれると余計に苛立った。

 面倒な仕事を押し付けらた上に上司から小言を言われて4時間残業をして、汗臭い男共と一緒にバスに揺られ外へ出てようやく帰れると思ったら雨に打たれて傘は無い。苛立ちは限界点に達している。

「しょうがない。今日は帰ったらアレをしよう」彼は心に決めて雨に打たれながら自宅へ帰った。



 家に着いて玄関ドアのハンドルレバー上にカードキーをかざすとピーと安っぽい機械音が鳴った。レバーを下げてドアを開けて玄関に入ると、アロマのような香りの芳香剤が幾分か気分を落ち着かせてくれた。

 靴を脱いで廊下を渡ると妻がリビングからどこか引き攣った笑顔で私を迎えた。何かを察したような表情で娘の手を引いている。

「すまん。遅くなった」

 何故、謝っているのだろう。こいつらを食わせるために働いているのに。4時間も残業させられたのに。

 彼女の表情は緊張したままだ。

「ええ、いいのよ。気にしないで。あ、タオル使う?ごはんはどうする?私たちは先に食べたし、お風呂も入ったから。あなたが帰ってきたのを確認して寝ようと思ってたんだけど」

 差し出されたタオルを受けとると、娘は大きく欠伸をした。白色の大きめのパジャマの袖がふわりと揺れる。

「ああ、あとで食べるよ」

「花ちゃんも眠そうだし、じゃあ、おやすみ」そう言って私を軽く睨んでから娘の部屋に入った。お前が早く帰ってこないから娘を寝かし付けられなかっただろうが。とか、言いたいのだろうか。お前は実質無職だろ、調子に乗るなよ。拳を握り締めて6秒待った。

 怒りが落ち着いたとき、遠くで雷が鳴った。


 2階の自室に移動して鍵をかけた。

 アレには準備が必要だった。ストロングゼロとMDMA(メチレンジオキシメタンフェタミン)を用意して部屋にお香を焚く。今日は南国系のお香を選んだ。バナナやマンゴーのようなトロピカルな匂いに包まれて、気分が穏やかになる。最初はこれだけでストレスは解消できていた。なのに、どうしてだろう。娘ができてから、私は嫌な記憶を思い出す。同級生の女。私には他殺としか見えなかったのに事故死で処理されてしまった、あの女を。

 娘にあの女の面影を見るようになってしまっている。そうだ、いつも眠そうにしていて、最後は_。

 駄目だ、鳥肌が立ってきた。深呼吸して、良い景色を想像する。行ったことの無い、ハワイの夕焼けを脳裏に浮かべて、MDMAを1錠飲み込んだ。

 脳がとろけるような感覚、ハワイの夕焼けを見ながらヨットを漕いでいる自分を想像する。すると、この部屋にあるものは全てハワイに有りそうな人形やおもちゃに変化していく。人形は私のヨットに乗って一緒に夕焼けを見る。

 スマホを取り出して好きな洋楽を流した。ああ、今日こそは上手くキマりそうだ。気持ちいい。ヨットを漕いでいくと、手元の人形の1体が不意に動き出した。土偶のような形から人間の形に変わる。それも頭から足へと順に変化している。ヨットが揺れるが、どうにかバランスを保つ。不快な変身が終わるとそれは、人間の女になっていた、肩に掛かるくらいの髪。綺麗な栗色の髪は濡れて艶やかだった。制服が地面と擦れてボロボロになっていて、スポーツブラが半分ほど露出し口から血を流している。スカートも破れている。

 何よりの特徴は、右半身に強い衝撃を受けて変形している、あいつだ。空は真っ暗になった。きれいな夕焼けは消えて、あの日の光景に戻る。気付けば過呼吸になっている。人形たちは人間の大きさになり、私を見る。何かを断罪するように。

「ぐああああ!」

 そこからは記憶が一部欠損した。フィギュア、PCのマウス、液晶モニター、スマホを投げたようだ。

 その惨状を見て理解する。極楽のような、地獄ような世界から戻ったのだ。また、駄目だった。BADに入ってしまうと、幻覚が消えても気分は鬱屈なままだ。仕方がないからアルコールで誤魔化す。500mmのストロングゼロを一気に飲み干ほすと、急に気分が悪くなった。

 ロープを探すことにした。自室から出て家中探そうと思ったが、妻と娘が泣いていそうで、それは見たくなかったため自室だけ探した。

 ベッドの下の引き出しを漁ると、キャンプで使っていた黒色のロープがあった。60kgなら平気で吊れそうだ。すぐに結び方を調べて、首吊りロープを完成させた。

 それをスーツ用のフックに引っ掛けた後、不意に娘の笑顔が浮かんだ。何故か分からないが一筋の涙が頬を伝う。ここまで壊れてしまったのに、今さら何だというのか。

 作業を一時中断して、遺書を書いた。「今日のごはん食べられなくてごめんなさい。銀行口座のキャッシュカードと暗証番号:XXXX。遺産は全て、妻と娘に渡します」妻にはこれだけで良い。娘には、「貴女の成長を見届けられないみたいです。あと15年くらいは見たかったですが、致し方ありません。これ以上一緒に居ると貴女も貴女のお母さんも辛くしてしまいます。私の勝手を許してください」涙が止まらないので、これでいい。諦めた。

 あとは、友人と両親。中学時代からの友人に「ほな!また!」と4枚書いた。両親も考えたが、面倒になってやめた。その後、遺書6枚を封筒に入れて自室のドアの外側にセロハンテープで貼りつけた。

 遺体の処理は早いほうが良いことと、首を吊ると糞尿が垂れ流しになるため、念のためにトイレに行って用を足し、成人用のオムツを履いた。祖父の介護で送るオムツが余っていたため、助かった。



 



 準備を終えて先ほど作ったロープの輪に首を通し体重を掛けた。28年生きてきて分かったことは、自分はノリで死ねる人間だったということだ。















 チャイムが鳴り響いた。驚いて体を起こすと、そこは学校だった。思わず唖然とすると、冷や汗がべったりと体に纏わりついており、記憶を思い出して首を触った。生きている。ここは?周りを見渡す。

 黒板と時計の間に大きな長方形の貼り紙がある。そこに、2年1組学級目標「十人十色」と達筆な字で書かれており、時計は11時10分を指している。記憶が正しければ今は休み時間だ。

「エアコン弱いから、窓空けてええ?」

「ちょっとー、今つけたばっかやんか」

「ええー、風強そうやで?」

 知っている声。窓を空けたいのが沼田で反対しているのが前川か。顔ぶれを見るとクラスメートもあの頃と変わってない。どうやら戻ってきたらしい。あの事件が起きる1年ほど前の中学校に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

14歳に戻るとか考えてなかった ケストドン @WANCHEN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画