第2話 夢じゃなかった日

 深夜に神の爺さんが夢に現れたその日の朝。

 自宅のアパートで目を覚ました俺は、あまりにも現実感の無い荒唐無稽な話に苦笑いしていた。


 しかしあれがただの夢ではないことを、俺の魂が自然と理解している。

 きっと起きた時にパニックになったり、夢や妄想だと思われて忘れ去られないよう、神の爺さんがそうなるように認識を調整していたのだろう。


 現実を再認識するためにも、最低限会社に勤めているかどうかの最終確認くらいはしておくかとカバンを漁る。


 すると普段なら常備しているはずの社員証などがきれいさっぱり消えていた。

 ノートパソコンを開いてもデータには仕事に関する履歴が一切なく、あの夢が実際に現実であったことを理解させられる。


「まあ、別に会社に思い入れがあるわけでもないしな」


 それに銀行には今までの貯金もある。

 夢が本当なら稼ぐ手段なんて星の数ほど存在するし、特に困らないな。


 そこまで考えた俺は現状確認のチェックを切り上げ、次は神の爺さんから与えられた能力の確認に移ることにした。


 たしか能力は大枠で三つ。

 転移能力と、能力を個人に与奪する力と、物質に対する改変能力だ。

 俺が行使できる世界への干渉としてはこんなところだろう。


 また、この中でも転移能力に関してだけは人間のスケールを大きく逸脱していて、神の爺さんからの依頼を全うするための特別製といってもいい。

 試してはいないが、たぶん異世界を渡るだけではなく、同じ世界上でも制限なく自由に転移ができるのだろう。


 移動の制限があっては、いつまでたっても世界を面白くする体験の収集が終わらないからな。

 あとで実際に検証はするが、その辺は信用している。


 そして個人への能力や物質を創造する能力だが、どこまでのパワーがあるのか俺は全く理解していない。

 一撃で星を破壊する力とか、そういう明らかに人間一人では無理だろという能力は創造できないと分かっているものの、じゃあどこまでが可能なのかと言われれば、首を傾げざるを得ない。


 なので実際に試してみることにした。

 一先ず冷蔵庫にあるスポーツドリンクを、飲んだら理論上最もベストなコンディション維持するポーションとして、情報を上書きし改変する。


「うん。別に味は変わってないな? ……お? お、お、おお!? うおおおおおおおおお!?」


 味が変わってないな、とか間抜けなコメントをしている場合ではなかった。

 健康になるポーションくらいに思っていたスポドリを飲み終わった瞬間、弛んでいた俺の身体はまるでアスリートのような引き締まった肉体にフォルムチェンジしたのだ。


 本人すらも知らなかった体の歪みや僅かな体調不良、細かいところだとちょっとした寝不足など。

 そういったもの全てが理論上最もベストなコンディションとなり、洗面台の鏡を見ると三十代から二十代前半の肉体に若返っていたのである。


 おそらくこの状態が俺の全盛期というやつのだろう。

 しかもベストコンディションを”維持”する条件で現実改変を行った結果、恐らく俺は不老になってしまったのだと推察できる。

 ベストコンディション、恐るべし。


 まあ、首を刎ねられたらベストコンディションのまま普通に死ぬだろうけど。

 全盛期を維持する効果と不死身はまた別の能力だからだ。


「これ健康とか回復とかそういう次元じゃないぞ」


 現実改変の力、恐るべし。

 しかしこれができるならば、他にもいろいろとできることもあるだろう。

 ある程度の無茶な能力行使が可能であり、個人にだけではなく物質に能力を付与することもできると理解した。

 やろうと思えば俺は世界征服すら片手間に可能かもしれないな。


 ……といっても、これを悪用する気は全くない。

 なにせこの力は世界を管理運営する神の爺さんの仕事が、毎日楽しくなるようにとお願いされて得た力だからだ。


 それを邪悪な用途に使ってしまっては、俺に期待を寄せている神の爺さんもガッカリしてしまうだろう。

 期待外れだと能力を取り上げるだけならいいが、それで神の爺さんが仕事に萎えてしまうのは、恩を仇で返すようでなんとなく嫌だった。

 なぜなら、それはものすごく”つまらない結果”だからだ。


 俺は特に秀でた能力もない普通のおっさんだが、おっさんにはおっさんなりの誇りがあるのである。


「さて、能力の検証はこの辺でいいだろう。あとは地球を面白くするために出張する異世界の選定だが……」


 数多ある異世界の中から、俺はいくつか候補を出す。


 一つは科学文明の発達したSF世界。

 人間は銀河を自由に飛び回り、宇宙にはコロニーや船のステーションが存在し、巨大戦艦や人型ロボットによる宇宙戦争もちょこちょこある、そんな世界。


 この異世界にメリットがあるとすれば、地球文明との相性が良いところだ。

 スキルや魔法なんていう超能力に頼らずに科学で文明が発達しているため、地球には違和感なく溶け込むことができるだろう。

 SF世界の科学力は、自然な形で地球に貢献してくれるに違いない。


 デメリットがあるとすれば、発達した文明にありがちな身分証やセキュリティ関連のハードルである。

 まだ異世界初心者の俺には、突如コロニーなどに現れた身元不明の不審人物の認識を誤魔化せる手段が少なく、どこかしらでボロが出そうなところだ。


 もうちょっと作戦を立て、異世界に慣れ、スキルや魔法を充実させ現実改変の力に慣れてから行動した方がいいだろう。

 もし最初にこの世界を選ぶなら、トラブルは覚悟した上で転移するべきだ。


 そして、次の候補。

 オーソドックスに剣と魔法のファンタジー世界だ。


 この世界のメリットはSF世界とは真逆で、俺という不審人物が突然現れても誤魔化しようがいくらでもあるところだ。

 そしてスキルや魔法といった現実改変の能力とも相性が良く、現在の俺のスペックを十全に生かせるところだろう。


 デメリットとしては間違いなく治安が悪く、宇宙にも出ていない未開文明であるということは、倫理観もそれなりに野蛮であるということだ。

 ちょっとしたことで殺し合いになったり、街の外を散歩してるだけで魔物に遭遇するなんて日常茶飯事だろう。


 この世界に転移する優先度は高いが、もし行くのなら事前に護身用の能力を現実改変で手にしてから向かうべきだな。


「まあ、ざっとこんなところか……。うーん、どちらも捨てがたいな」


 第三候補として現代の地球に近い文明世界で、異能力バトルが存在する異世界なんてのも捨てがたいが、地球文明と近い分だけ刺激は少ないだろう。

 地球を面白くするアイデアのブラッシュアップや調整、比較には使えるかもしれないが、最初から第三候補に転移してしまってはその世界のモノマネの域を出なくなってしまう。

 それはダメだ。


 なのでオススメはSFかファンタジーのどちらかになるのだが、さて……。


「まあ、無理することはないな。最初はハードル低めの異世界で」


 ということで、方針は決まった。

 準備期間はおよそ一週間を目標に、現実改変の力で異世界行きの準備を進めるのであった。


「そうだな……。まずはファンタジー世界でも通用する武器がないとダメか? ……ホビーショップでオモチャの剣でも探してくるか」


 なぜオモチャの剣なのかって?

 そりゃ当然、現実改変で全部本物に変えるからだよ。

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