現実改変能力を持ったおっさん、異世界を渡り歩く

たまごかけキャンディー

第1話 神と邂逅した日


 俺は長谷川はせがわ天気てんきという、しがない三十路のおっさんだ。

 特に若くもなく、年老いてもいない。

 そんな微妙に煮え切らない会社務めの中年。


 そんな中年の俺にとって貴重な休日である日曜の深夜。

 なんだか今日はやけに夢がくっきりはっきりしているなと思っていたら、明晰夢を見ているような感覚で目の前の爺さんから意味不明な相談を受けていた。


 なんでもこの爺さんはこの宇宙を管理する神とやらで、ここ百万年ほど世界の維持ばかりしていて仕事に飽きたのだという。


「のう、もうちょっとこう、なんていうの? 世の中とか面白くならんかのう?」

「ふむ。……と、いいますと?」


 具体的にどう面白くしたいのかが分からなければ、答えようがない。

 もうこの爺さんが神であることは魂が自然と理解しているので疑う事はないが、だからといってこんな特に秀でた能力もないおっさんに相談したところで、革新的なアイデアが生まれるわけもないのだ。


 だって俺はただのおっさんであり、一般人なんだもの。

 神にこんな世界レベルの課題を相談されても困る。


 どうにか面白くする方向性だけでも聞き出せないものか。


「え? それが分かったら苦労せんけど?」

「ふむ……」


 まあ、さもありなん。

 この爺さんは何度も言うが神なのだ。

 神がその気になれば現実世界をイメージ通りに調整することなど思いのままだろう。


 要するに面白くするためのアイデアがあれば全て解決するのだ。

 実現するための能力が足りていないのではない以上、方向性が決まっていればそもそも俺に相談することもなかっただろうから、爺さんのこの反応は分かる。


 別に俺は信心深いわけでも心優しい聖人でもなんでもないが、しかしこの世界を維持管理するという大役を全うしてきた神に対し、なんの助力もせず放り出すほど愚かではない。


 だからこの爺さんが今後も神の仕事を楽しめるくらいには、少しくらい力になってやりたいのだ。

 これでも俺は人間だからな。

 実物の神が目の前に居ればそこそこ敬うし、この世界を維持している相手に恩義くらいは感じている。


「では、こういうのはどうでしょう……」


 だがしかし。

 いくら神の爺さんが偉大な存在であるとしても、俺が相談の責任を背負えるかというとそうはならない。

 それとこれとは話が別なのだ。


 故に俺は息を吸うように責任を別方向に丸投げした。

 ”それなら、別の世界を参考にすれば良い”のではと。


 スキルに魔法、ダンジョンや宇宙世紀。

 神の爺さんが世界の管理につきっきりでどこまで把握しているかは分からないが、おそらくこの宇宙の物理法則とは違う宇宙というのもどこかに存在しているはずだ。


 だから、きっと色々な別世界、異世界、そういったものを調査すれば面白い発想が生まれるのではないかと、テキトーに話を合わせて返答しておいた。

 俺くらいのおっさんになると、こういう時は難しいことなど考えない。

 自分にできない仕事は、できる世界やつに丸投げすればいいのである。


「ほう? 別の世界とな……? どれどれ。ほう……、ほう? ほう! おほほーーーーー!!」


 すると、おそらくアドバイス通りに別世界を覗いている神の爺さんがいきなり咆哮をあげた。

 どうやらちょっと新しい世界を知ったことで、テンションがぶちあがったらしい。


 というか喜び過ぎて顔真っ赤だけど大丈夫?

 脳卒中とかならない?

 いやまあ、神だから大丈夫か……。


 しかしこれで俺の役目も終わったかなと、そんな暢気に構えていたところ、オホーとかウヒーとか叫んで喜んでいた神の爺さんが唐突に冷静になり、スン、って感じで真顔になった。


 一体どうしたというんだ。


「うむ。長谷川天気よ」

「はい。なんでしょう」

「お前の言っていた別世界とやらの助言、まことに有意義であった。褒めて遣わす」

「それはようございました」


 どうやら助言は爺さんのお眼鏡に叶ったようだ。

 異世界とか本当にあるのかってちょっと不安だったけど、日本のオタク文化も捨てたものではないな。

 めでたしめでたしだ。


「して、これほどの功労者には何か褒美を与えねばならんな……」

「といいますと?」


 おお、スン、ってなってたのはこのためか。

 褒美をくれるというなら有難く貰うぞ。

 貰えるものは貰う、それがおっさんクオリティである。


「ふむ? そうじゃな。この神に的確な助言を与える機転と知恵、実に素晴らしい。このまま人間にしておくには惜しいほどだ。故に……」

「え? あの、ちょ」


 人間卒業はちょっと待ってくれませんかね。

 人外ってことは下手したらエイリアンのようになるかもしれないし、ちょっと……。


 そう言おうとしたが、俺が何かを言う前に神の爺さんは言葉を続けた。


「故に、貴様には今後数多の異世界に赴いてもらい、そこで得た体験からこの世界を徐々に改変し面白くしていってもらおうと思うが、どうだ? 当然、そのために必要な力は授けよう」

「……ふぁ?」


 どうやら突然の人間卒業コースというわけではなかったらしい。

 いや、状況的には地球人類の成せることとは程遠いが。


 しかしどうして俺がわざわざ動く必要があるのだろうか。

 そこを疑問に思っていると、内心を察した神の爺さんが返答する。


 なんでも、神の力をもってすれば世界を思うがままに改変するのは容易いが、全知全能ともいえる神が人間達の世界に過干渉しまっては興ざめなのだという。


 それは人間が自らの意思で作り上げてきた文化や文明、価値のある営みを台無しにする行為であり、神による無配慮の世界上書きだ。

 そこには何の積み重ねもない。


 そうならないようにするためにも、現実改変によるスケールを人間レベルにまでに落として、俺という見どころのある人間個人に世界を渡らせ、そこで得た知啓を以て少しずつ世界を面白くしていけということらしい。


 なんとも御大層な役目を仰せつかってしまったものだ。

 授かる能力は数多の異世界を渡る能力と、個人に能力を付与する能力、そして物質や世界に干渉する能力だ。


 全知全能の能力が欲しいとか、星を破壊する能力が欲しいとか、そのようになんでもは無理だが、人間の身に収まる範囲でならある程度自由に能力を与えたり消したりできるらしい。

 これも世界に干渉する能力の一部なんだとか。


 神の爺さんは人間のスケールに落としたとは言っているが、これはとんでもない能力である。

 もはや小規模の神といっていい。


 そんなこんなで、責任を他の世界やつに丸投げしたつもりが、最後には責任を丸投げされたのであった。


 ちなみに、神の爺さん曰く。

 旅に出るなら社会の歯車に収まっている場合ではなかろうとか言い出して、俺のキャリアをゴッドパワー消し去っていた。


 なんでも、会社には勤めていなかったことにしたらしい。

 いままで稼いだ金や家族とのつながりに変化はないあたり、ゴッドパワーの理不尽さに呆れる他ない。


 確かにこりゃ、神の爺さんがちょっと世界を面白くしてやろうなんて言い出してゴッドパワーを放出したら、もはや人間の営みも何もないな。

 身に染みて理解した。


 なにより。

 こうして俺は無職になったのであった。

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