第13話 美少女教授のパンツが「おばあちゃん(デカパン)」だった件
錬金室に戻ったのは深夜だった。
扉の封印テープは剥がされていた。
中に入る。
出迎えたのは積年の埃の臭いと、散乱した実験器具の残骸だった。
「……ここ、人の住む場所か?」
「す、住めるよ……」
テレサは首をすくめ、床に転がるフラスコを避けて歩いた。
「ちょっと片付ければ……たぶん……」
「御託はいい、動くぞ」
俺はバラの詰まった麻袋を作業台に放り投げ、部屋の隅にあるボロ布で仕切られた一角を指差した。
「お前はあそこで着替えてこい。その泥と闇市の臭いが染み付いたローブじゃ、俺の大事な原材料が汚染される」
「うん……」
テレサは素直に頷いた。彼女はあの安物の服を受け取り、それを抱えてボロ布のカーテンの向こうへと消えた。
俺はため息をつき、寝床の確保に取り掛かった。俺は多少不潔でも平気だが、ここは村の牢屋並みに汚い。掃除しないと明日の朝には肺がやられそうだ。
カーテンの向こうから、衣擦れの音が聞こえてくる。
「あのね……レン……」
蚊の鳴くような声。
「今度は何だ?」
俺は振り返らずに机を拭き続けた。
「このボタン……難しい……」
「それにこのズボン……紐がない……」
「お前は三歳児か!?」
俺は思わずツッコミを入れた。
「紐(ひも)があるだろ! 強く縛ればいいんだよ!」
「うん……やってみる……」
ガサゴソと布が擦れる音。何かに足が引っかかる音。
「あ! 待って! 足が絡まって……きゃあ!」
ビリッ!!
布が裂ける景気のいい音と共に、ただでさえ危うかったボロ布のカーテンが、その寿命を全うして落下した。
「いったぁ……」
埃が舞う。
「おい、大丈夫……か……」
俺の声は喉の奥で詰まった。
窓から差し込む月明かりが、その惨状を照らし出した。
テレサは極めて不格好な体勢で尻餅をついていた。汚れたローブは腰までずり落ち、上半身にはサイズの合わない男物のシャツが中途半端に引っかかり、雪のように白い肌が露わになっている。
だが。
そんなことはどうでもよかった。
問題は彼女の下半身だ。
その華奢で、繊細で、まるでガラス細工のような美しい太ももの上に鎮座しているもの。
重要な部分を包み込んでいるのは、俺が想像していたような少女らしいレースのパンツでもなければ、可愛いキャラクター柄でもなく、ましてや清楚な白コットンでもなかった。
それは……
ベージュ色の。
股上がやたらと深い。
ゴムが緩んでヨレヨレの。
まるで、あの歯抜けババアの露店から量り売りで買ってきたかのような……
『おばあちゃんのパンツ(デカパン)』だった。
その独特のフォルム。美学の欠片もない色合い。羞恥心や尊厳を全て投げ捨て、ひたすら「楽であること」のみを追求した究極の実用主義デザイン。
俺の田舎のばあちゃんのタンスの中にさえ、これほど絶望的なデザインのものは入っていない自信がある。
その瞬間。
俺の中にあった「美少女」という言葉に対する全ての幻想が、あのカーテンのように音を立てて崩れ落ちた。
「……」
俺はそのベージュ色の巨大な布を見つめ、沈黙した。
「きゃああああああああ!!!」
深夜の静寂を引き裂く悲鳴。
テレサの顔が、一瞬で完熟トマトのように赤く染まる。
俺の知る彼女(まだ数日の付き合いだが)なら、ここで腰に手を当てて「何見てんだ、美女を見るのは初めてか」くらい言いそうなものだが。
「見ないで!!」
彼女は可愛らしい悲鳴を上げ、ダンゴムシのように丸まった。
「変態! エッチ! ううう……お嫁にいけない……汚された……」
彼女は膝に顔を埋め、小刻みに震えている。
「……」
俺は床に落ちていた雑巾を拾い、無表情で背を向け、机拭きを再開した。
「安心しろ、テレサさん」
「俺は健全な成人男性として、女性の下着にはそれなりの夢と希望を抱いているが……」
「さすがにそのデザインの前では、いかなる世俗的な欲望も湧いてこない」
「むしろ、そっと腹巻きでも掛けてやりたい気分だ……」
「ううう! うるさい! 黙れぇ!」
俺は机を拭きながら、強烈な違和感を覚えていた。
格好はお婆ちゃんだが……この反応……。
いつものあのふてぶてしいテレサはどこへ行った?
この「下着を見られたらお嫁に行けない」みたいな、化石レベルの少女漫画設定は一体何なんだ?
意外と、普通の純情な女の子みたいじゃないか?
「おい、いつまでそこで蹲(うずくま)ってる」
俺は少し呆れたように声をかけた。
「さっさと服を着ろ。これから徹夜で仕込みだぞ」
「……もう無理」
背後から、毛布に包まったテレサのくぐもった声がした。
「穴掘って埋まりたい……」
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