第12話 ゴミを買う男
俺はこの巨大なコアラを引きずり、路地裏にある一軒の花屋――正確には、売れ残りの花を廃棄するゴミ捨て場のような店にたどり着いた。
「バアさん」
俺は店先に積まれた、枯れて変色し、花弁が落ちかけたバラの山を指差した。
「このゴミ、全部もらう」
「あぁ? ゴミだと?」
店主は前歯の欠けた老婆だった。
「こいつはまだ……」
「銀貨二枚」
俺は交渉を省略した。
「売らなきゃ隣で拾うだけだ。どうせ豚の餌にしかならねぇんだろ」
「……持ってきな」
ババアはシッシッと手を振った。
よし。
香水の原料は確保した。枯れかけとはいえ、芳香成分(テルペン類)が完全に分解していなければ十分使える。
どうせこいつらは本物の「ローズオイル」なんて見たこともないんだ。香れば正義だ。
次はメインディッシュだ。
俺はテレサを引きずり、さらに奥まった場所にある酒屋へ向かった。
店に入る前から、強烈な酸っぱい臭いが鼻をつく。ここで売っているのは嗜好品としての酒ではない。底辺労働者が憂さ晴らしに飲むための、あるいは防腐剤代わりに使われるような劣悪なアルコール飲料だ。
「これ、十樽」
俺は店の隅に積まれた、埃まみれのオーク樽を指差した。
「全部くれ」
ずっと背中に隠れていたテレサが、突然ピクリと反応した。
彼女は俺の背中から顔を出し、その汚い酒樽を凝視した。
「……酒」
彼女はうわ言のように呟いた。
そして、恐る恐る手を伸ばし、俺の袖をクイっと引いた。
「あのね……レン……」
彼女は見上げ、濡れた瞳で俺を見つめた。
「一口だけ……残してくれないかな……」
「一口でいいの……頭が痛くて……手も震えて……」
その捨てられた子犬のような目を見て、正直、俺も一瞬心が揺らいだ。
離脱症状が苦しいのは知っている。
だが、俺たちが一週間以内に三百枚稼げなければ、待っているのは首輪付きの鉱山生活だ。
この酒は原料だ。俺たちの命綱だ。
それに……ここまで依存しているなら、いっそ断ち切ったほうがいい。
「ダメだ」
俺は心を鬼にして拒否した。
「これは錬金用だ。一滴たりともやらん」
「うぅ……」
彼女は唇を噛み締め、涙を溜めた。
反論もせず、暴れもしない。
ただ、大人しく俯き、俺の服の裾をいじりながら、小さな声で言った。
「……うん。わかった」
「……?」
俺は少し驚いた。
おいおい……本当にお前、あの眼鏡男が現れてからどうしちゃったんだ? あいつがそんなに怖いのか?
まあいい、大人しくしてくれているなら仕事が捗る。
「親父! 積んでくれ! 王立学院までだ」
人足たちが酒樽を馬車に積み込む。
テレサは、ドナドナされていく酒樽を悲しげな目で見送っていた。
俺は彼女の背中を見ながら、強烈な違和感を感じていた。
こいつ……素面(しらふ)の時は、こんな性格なのか?
弱気で、従順で、ちょっと……可愛い?
いやいやいや。騙されるな俺。これはアル中の演技だ。俺を油断させて、夜中にこっそり酒を盗み飲みするための高等戦術に違いない。そうに決まってる。
「行くぞ、テレサ」
俺は声をかけた。
「……うん」
彼女は鼻をすすり、小走りで近寄ってきて、再び俺の背後に隠れ、いつもの定位置(服の裾)を掴んだ。
「あのね……レン」
「何だ?」
「お腹すいた……」
「……」
俺はお前のパパか。
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