まだまだ寒い

アパートの外の階段を登りながら、みなとさんが口を開く。

「そういえば、新しいスリッパ買っといたよ」

「スリッパ?」

「あんま履いてなかったでしょ、寒いの苦手なのに」

かつん、かつん。

冬らしくて憎らしい冷たい空気に、これまた冷たい金属音が2人分。

「なんか、慣れなくて」

強い風に身を縮める。

たぶんもう私の顔の半分はマフラーで見えないと思う。

前を歩く人と同じ、黄色のチェック。

「冬用のあったかいやつにしてみた」

「好きになっちゃう」

「どんどんなってくれ」

わざわざ振り返って、目元だけでわかるくらいに、嬉しそうに笑った。

狭い玄関に入るだけで、かなり寒さは和らいだ。

いそいそと靴を脱ぐ彼に続く。

最近お気に入りの厚底のマニッシュシューズ。

ちゃんと揃えて置いてから振り向くと、白いふわふわを差し出される。

「これですか?」

「そうだよ」

毛足の長いファーのスリッパ。

甲の部分には、小さく、ピンク色の猫のようなマスコットが刺繍されている。

なんとなくひっくり返してみれば、同じ柔らかいピンク色で肉球の刺繍。

この人、わたしのこと好きすぎる。

たぶん、本当にかわいいと思われてる。

もちゅーっと、あまりもちもちしていないほっぺに唇を押し付けておいた。

「ど、え、かわっ」

「なんか乾燥してますよ、ちゃんと保湿しなきゃ」

「え、はい…?」

頰に手を当てて、なぜか立ち竦んだお兄さんの横を抜ける。

今日はかわいい服を着てきてよかった。

お気に入りの、バーガンディのワンピース。

「お湯沸かしますね。何飲みます?」

「あ、コーヒー…?」

「はあい」

水道水の温度には毎年驚いている気がする。

蛇口を捻って、ポットで受け止めた。

早く沸くように、お湯は入れすぎないこと。

2人分、どうせ牛乳を入れるから500ミリくらい。

「あ、アイス食べよ、ハーゲンダッツのいちごあるよ」

「なんで?いいんですか?」

「うん、食べてほしい」

「やったー」

「ポテチとかもあるよ、のり塩」

「宴だ」

「あとラングドシャと、冷凍のカヌレと、あと」

「あの、落ち着いてミナトさん」

「かわいい…」

「そうですか?」

「うん」

手触りいいでしょう?

やっぱり今日はこの服でよかった。

冬らしくてかわいい、ベルベットのワンピース。

体の震えが伝わったのか、抱擁が少し強くなった。

大丈夫だよ、寒くないですよ。

ちょっと笑っちゃっただけだから。

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ブラウニーとベルベット アキ @arakita-aki

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