オネエ神官と守銭奴竜人1~榎の物語~

@usagi_racer

第1話 オカマの仮面をかぶろう

 青い空、白い雲、見渡す限りの大草原。

 地平線が見えるこの平坦な地形は、俺の故郷――海なし県にある山ばかりの土地では望むべくもない。

 少なくとも県外だろう。しかし移動した記憶がない。俺はいったい、いつの間に、なぜここへ? そもそも――


「……どこだ、ここ?」


 つぶやいてから、思わず口元に手をやった。

 声がおかしい。

 明らかに俺の声ではない。

 だが聞き覚えがある声だ。


「榎……?」


 女木夏雄――本名のまんなかを取ってつけた名前だ。

 10年あそんだゲームのキャラクター。

 神官にして、怪力のメイス使い。

 そしてオカマ――本名に女と男の字が入るから、と選んだ。

 ツヤツヤのセミロングをなびかせる、筋骨隆々の肉体に精悍な顔。


「……そう。いわゆる異世界転生ってやつね」


 ポリコレにやられて無難をひた走った結果、話題性がなくて埋もれたマイナーゲームの、その主人公として選べるキャラクターのひとりだ。

 その榎に、今、俺がなっている。


「いいわ。やってやろうじゃないの」


 髪の一部をヘアゴムの代わりに使い、残りの髪を束ねて縛る。

 俺は性自認も肉体も男で、女装するのは嫌いだけど、オカマって便利だなと思うことが多くて、オネエ言葉をよく使う。人に何かを伝えるとき、オネエ言葉だとカドが立ちにくいし、言いにくいこともオネエ言葉だと言いやすい。

 なにより、オカマってのは勇気が湧くのだ。


「さあできた。それじゃあ――」


 男は度胸、女は愛嬌……なんていうけど。

 度胸は怖いときに出すもので、愛嬌は嫌なときに振りまくものだ。

 怖くないときは度胸がなくても動けるし、好きな相手には自然と笑顔になるのだから。


「――ゲーム開始ね」


 男は度胸、女は愛嬌――

 こんな状況で両方やらなくっちゃあならないってのが、オカマのつらいところよね。

 けど……その方が面白そう!

 ――オカマは最強よ。


「この状況ったら、アレよね。能力も使えるって感じ?」


 でも、どうやって?

 ゲームなら、対応するキーを押せばよかった。

 でも今は、キーボードとマウスで動くわけじゃない。


「……あら?」


 どうしたものかと思っていると、体から白い光があふれて、周囲に広がった。

 そして視界に、女の人らしきシルエットが強調表示された。

 これは……パッシブスキルのひとつ、ディテクトエビル。敵探知のスキルね。

 女の人「らしき」というのは、頭に妙なトンガリ部分があるから。

 角でも生えてるってのかしら? 近寄って、直接見てみましょうか。


「……わーお。本当に角が生えてるじゃあないの。

 きれいな角ねぇ……まるでサンゴだわ」


 プラチナブロンドのロングヘアをなびかせた色白の美女。しかもおっぱい大きいわね。でも何と言っても、頭の角が特徴的だわ。ただの飾りにしては大きいし、生えてるのよね? どういう種族なのかしら?

 そして、どういうわけか、しょんぼりしている。

 その足元には、なんともスプラッターな状態の真っ赤なナニカ。落としたトマトをうっかり踏んづけたような有り様ね。


「……なんだ、人間か。

 ……はぁ……」


 女はちらっとアタシを見て、興味なさそうにため息をついた。

 その視線の先には、うっかりトマト。


「何を落ち込んでるのよぅ? その潰れたトマトがどうかしたの? 星の数ほどいる生き物のなかで、アタシとあんたが出会ったこの記念すべき運命的なときに、つまんない顔してんじゃあないわよ。人生もっと楽しみなさいな」


「一期一会というやつか? 元気いっぱいだな、人間。

 そんなに運命的な出会いなら、お前はこの死体を生前のようにきれいに戻せるか?」


「死体を? さあ……ちょっと試してみようかしら。

 傷の回復といったら、まずはこれね。フルヒール」


 単体回復魔法の最強格。最大HPの100%を回復する。

 死んだ相手には効果がない仕様だったけど、現実になった今はどうかしら?

 回復魔法ってどういう仕組みで治るのかしらね? 瀕死の重傷(HPが残り1)からでも数秒で完全回復するんだから不思議だわ。もし自然治癒力を強化するんだったら、死体にも効果があって然るべきなのよ。

 死体って、死んでから少しの間は髪や爪が伸び続けるの。それすらなくなる「生命活動の完全停止」よりも前に回復魔法を使えば、傷は「治る」ってことじゃあないかしら?

 もちろん心肺停止や脳死の状態から「蘇生する」って意味じゃあないわ。傷は治っても死体は死体のまま。蘇生魔法はまた別にあるしね。


「あら、一発成功じゃない。やるわね、アタシ」


 逆再生みたいに血肉が集まって、緑色のドラゴンが現れた。

 ゾウの数倍は大きい。まるでクジラね。大迫力だわ。

 そして死体への回復効果――ゲームと違うスキルの効果。

 どうやら「ゲームの中の世界」ってわけじゃあないみたいね。摂理が違うってことは、世界が違うってことだわ。


「おお! 素晴らしい! まさか本当に戻るとは!」


 女は大はしゃぎでドラゴンをぐるりと周りながら、ペタペタ触っていた。

 そして1周まわると、アタシを振り向いて、ニコニコ顔で興奮していた。


「私はマックス! お前は?」


「榎よ」


「エノキか! 私とパーティーを組もう!」


「パーティー? 冒険者のチームみたいな、あれのことかしら?」


「その通りだ! エノキは冒険者ではないのか?」


「違うわよ。ただの迷子の旅人で、ホームレスのニートだわ。家がないから引きこもりたくても引きこもれないわね。あっはっはっ!

 で、冒険者って儲かるのかしら?」


「もちろん! 私と組めば大儲け間違いなしだ!

 恥を晒すようだが、私は探知と殲滅こそ得意なものの、綺麗に倒すのは苦手なんだ。そのせいで、いつも買取価格が低くなってしまってな。

 しかしお前が綺麗にしてくれるなら、高く売れる! これからは人生バラ色だぞ!」


 女――マックスは、アタシに抱きついて喜んだ。

 ほどほどにハグを返して背中をたたき――押し付けられたおっぱいの感触を楽しみたいところだけど、ここは紳士として我慢ね――彼女を引き剥がしたわ。


「なら、よろしくお願いしたいわね。

 アタシって、帰る方法も方角も分からないのよね。何なら帰りたいとも思ってないし、末永くよろしくねん」


 パッシブスキルの光が漏れた。アタシと、マックスの体から。

 アタシのパッシブスキルはパーティー全体に効果を発揮する。

 つまりスキル的にも「パーティーを組んだ状態」になったみたいね。


「そ・れ・と! アタシってこんな喋り方だけど、ちゃんと男だから。あんまりくっつくと勘違いして食べちゃうわよ?」


「お、おお……そうか……すまん」


 なんか急に恥ずかしくなったみたいで、マックスは体を隠すようにして後ずさった。


「まあ、喋り方のことを言ったら、あんただってアレよね。

 冒険者って男社会なの? 女が男勝りな態度になるときって、たいていソレよね。せっかく美人なのに……ちょっともったいないような気がするわ。女であることって、すごく強みなのに。

 まあ、アタシとしては話しやすくて助かるけどね」


「女が強み? ……そんなふうに考えたことは無かったな。

 どういうことだ?」


「あらあら……じゃあ今、気づけて良かったわね。

 いい? 女であることの強みっていうのは、男より遥かに幅があるのよ。それはいろんな場面で戦略的な選択肢が多いってこと。たとえば――」


 そのあと、なんか人生相談みたいになって仲良くなったわ。

 いい相棒ができたわね。

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