第24話 卑怯な防御

 平均速度S5。それはつまり、私の世界でトップクラスのタイパー(この世界ではタイピストと呼ぶらしいが、私の趣味の界隈ではそう呼ばれていた)と同じぐらいの速さ、ということだ。それだけで気圧されそうになる。先攻は相手に決まり、私は防御のための構えを取った。以前は物理キーボードが好きだったが……最近は非物理キーボードを、左右に分けて顕現させるのが好きだ。形に融通がきくし、肩がこらないので。


「不思議な構えだね、いくよ」


 大丈夫、向こうが早くても私は負けない。ただし、早いということは、私が出遅れてはいけないということだ。防御の呪文書を<短文>にセットしつつ、覚えた基礎魔法で風の壁を作る。風は相手へ向かい、直接的な攻撃にはならないが、シンプルに向かい風や土埃が鬱陶しくて打ちづらくなる。これを編み出した時、アマリから「いいぞーソメヤ! 卑怯だぞー!」とお褒めに預かったものだ。これは、人を傷つけたくないという弱さが作り出したものだけど、試合向きだとバルにも褒めてもらえた。


 向こうは浮遊魔法を使用し、私の風から逃れようとする。


「舐めんな」


 私はつぶやいて呪文を連続で打ち込んだ。浮遊魔法は風魔法の応用だ。攻撃はアウトだが、妨害は防御の一つである。しかし向こうのバランスを崩そうと試みても、彼女はどうやら崩れない。


「ジムの経営者としてこのまま負けるのは……ちょっとダサいから」


 ルースは余裕ぶったふうにかたかたと長文を打っている様子だ。私は防御を自分に纏うように短文で強化を重ねつつ、物理的にも彼女の攻撃を避けられるよう、体勢を整える。瞬間、ガン、と頭が殴られたような衝撃が脳内をつんざいた……これは物理攻撃ではない! キンキンと響く脳内、そして目眩がすること……どうやら私は鼓膜に近い場所で、音魔法を使われたようだ。めまいがすれば物理的に動くのは難しくなる。うちのジムにはいない戦い方だから、想像さえしたことがなかった。しかし、これはいい刺激だ……負け惜しみではなく、心から。


「はぁ〜……やるね。じゃあいいよ」


 私は開き直って、その場に寝転がる。一瞬ルースは、私が倒れたかと勘違いして、勝ち誇ったような顔をしたが、審判が動かないことに気づき、すぐ怪訝な顔をした。


「目がまともに使えないなら……これを使えばいいもんね」


 私は目を瞑って、平静を装い、私にだけ許された呪文を打った──<固有魔法:リーダビリティ>。我に見せよ、あなたの姿を!


 ルースの魔力が震えているのが見える……。興奮か緊張か、恐れか……最初は私に勝てるという興奮だった。しかし、今は恐れへ転じている……なぜなら、私の取る行動が、異常すぎるからだ。私は今、試合中だというにも関わらず地面へ大の字に寝転がり、目を閉じて静かに呼吸している。彼女は困惑し、それを誤魔化すように、叫んだ。


「あああああっ!」


 ターン終了が近づいている中、彼女はあらん限りの攻撃を仕掛けてくる。しかし、私は動じなかった……彼女の魔力は、私の扱える魔力に比べたら、あまりに矮小だったから。ただ防御魔法を使うだけで、私の体は守られる。


<ターン終了:10秒以内に攻守交代してください>


 アナウンスが響き渡ると、私はむくりと起き上がった。眩暈もだいぶ落ち着いている。彼女は怯えている……あれだけやって、無傷だったの? と。


──我に見せよ、あなたのステータスを。


 見えたものの中から、必要な事項を確認する。この人はルース・イグール。天才型で……まだ21。若い彗星……全能感で全てをこなしてきたが、だからこそ、完全なる予想外には弱い。得意なのは発散魔法……それが全て防がれたことで、今の彼女の地盤は揺らいでいる。魔力もそこそこだけれど、速度と体術で補っている部分が大きい。


 そして、天啓は……<固有魔法:プレッシャー>。重圧を感じれば感じるほど、魔力効率が高まる。しかし、メンタルまで鍛えられるわけではないし、メンタルを鍛えすぎてプレッシャーを感じなくなると、天啓は失われてしまう。彼女はこの固有魔法をよく思っていないようだ……が、私としては要注意と感じた。彼女はこの試合中、プレッシャーを感じているようには全く見えなかった……天啓を使いこなすどころか、封じ込めているようにさえ見える。それなのにS5、かつ、当然プロなので魔力の扱いも上手く、安定している……闇雲に力強く風を起こすだけでは、宙に浮かぶ彼女をびくともさせられなかったように。


 だとすると、彼女は今が一番強い。もし恐怖を感じながらも立ち向かう勇気を手に入れたら、彼女は恐ろしく強くなる。窮鼠猫を噛む、そんな諺通りになる……一方私は試合慣れしていない。必ず勝てるとは、言い難い。


「だいたいわかった。次は私ね」


 噛まれる前に、対処しなければ。

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