此処にいる
穏世見
第1話 衝動
午前0時。僕はベッドから起き上がった。
騒ついた心に押されてジーンズを履き、目に付いたシャツと上着を羽織って、もう使い古されたバッグをクローゼットから引っ張り出した。
頭の中は記憶と思考のピースが混ざり合い、鳴り止むこことは無い。『頭の中が沸騰している』という言葉をよく聞くが、それに近いものなのかもしれない。
机の引き出しから財布を取り出し、バッグに投げ入れた。両親は向かいの部屋で寝静まっているが、今の僕にそこまで気を回す余裕も無かった。
バタバタと階段を降りて、キッチンの冷蔵庫からペットボトルのお茶と朝ご飯の菓子パンをバッグに詰め込む。玄関から自転車の鍵を取り、扉の鍵を開けた瞬間、両親の声が頭を過ぎった。
“何処へ行くの?”
“こんな時間に出てはダメだ”
“何かあったの?話してみて”
両親の言葉が、心配する声が、幾度も湧き上がる。扉の鍵に手を掛けたまま、僕は止まってしまっていた。
胸の奥から罪悪感が滲み出る。僕は両親に迷惑をかけようとしている。やってはいけないというのも分かってる。でも、
両親の声は再び記憶のピースに掻き消される。騒つく心が、背中を駆り立てようとしている。
嫌だ、嫌だ。
鍵に掛けていた手がドアノブに移り、僕は外に出た。自転車に駆け込み、チェーンを外す。方角なんて考えもせず、僕は自転車を走らせた。ただ、ただ、走らせた。無心でペダルを漕ぐ。何かを引きちぎる様に、逃げるように。心の中で何度も言った。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
誰に対してなのか、わからないままに。許してもらえると思わないと、潰れそうだったから。そうでもしないと、止まってしまいそうだったから。衝動に任せて、息を切らしながら、漕ぎ続けた。
両親が嫌というわけではなかった。ただ、ただ、
ただ、ここにいたくなかった。
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