ルーンコード

「ふわぁ……よく眠った」


 毒だったらしい果物を食べ、意識を失った後。僕は気持ちいい朝を再び迎えていた。


「この太陽の位置は間違いなく朝だね」


 窓の外から見れる太陽の位置は間違いなく朝のものだ。

 ベッドの上から外を眺めるだけの生を送ってきた前世があるからわかる。

 過去を、思い出しながら僕は閉じられた窓をぼーっと眺める。


「どうしたの?」


 その最中、風のない部屋で揺れるはずのないカーテンが揺れるさまを見て口を開く。


「失礼します」


 僕の部屋に音もなく現れたのは一人の美しい少女だった。

 窓の前で朝日を浴びるその少女は、ただそこにいるだけで世界の色を変えてしまうようだった。

 白い肌は光を吸い、腰にまで伸びる淡い金の髪は、朝日をほのかに反射させて静かな空気に柔らかな輝きを落とす。

 その瞳は深い湖面のように澄んだ青緑だった。


「……眩しいね」


 窓を、前世の時と同じように見えているだけだ。

 でも、今の僕の前に広がっているのはあの、灰色ではなかった。


「ウィアド様?」


「いや、何でもないよ。ベルカナ」


 ちょうど、過去を思い出していた時だったからか、妙に感傷的になってしまった。

 心配そうにこちらを見つめている彼女の視線に僕は首を振って答える。


「それで?今日は何の用かな?」


 ベルカナ。

 彼女は僕が五歳の頃、森にいた黒いヘドロの奇怪な生物を追いかけていた時に拾った少女だ。行き場所がなかったようだったので、『ベルカナ』という名前を上げてその身柄を保護したのだ。

 まぁ、身柄を保護したと言っても僕が元々作っていた森の隠れ家に彼女を住まわせてあげていただけなんだけど。


「ルーンコードに関しては、また進捗がありましたのでその報告を」


「ほう?」


 ルーンコードはその、僕が拾った子たちを集めて作った組織だ。

 あの森、結構子供を拾うんだよね。何でだか知らないんだけど。ベルカナを拾った後もけっこう色々な子を拾って、何か秘密組織を名乗れそうなくらい人が増えたので『ルーンコード』という組織名までつけてしまったのだ。

 その、組織名を付けた後、僕の想定外の方向にまで組織が走り出してしまっているんだけど。


「……また、新しき子を我々で保護いたしました」


「そう?」


 僕が拾ったのはたった五人だけだ。

 だというのに、何かベルカナたちが森に捨てられている子供を見つけてどんどん増やしていくのだ。

 僕が作っていた秘密基地は森で五人くらいを拾った段階でパンパンだというのに、収容人数なんて考えずアホみたいに増やしてしまうのだ。


 僕の秘密基地はベルカナたちの手によって勝手に増設していた。

 なんかもう既に僕の手から離れてしまっている。

 でも、面白そうだから許している。いつか、ちゃんと秘密組織ごっこしたいな。


「名を」


「そうだね。ソーン、かな?……今度、顔を見せに行こう」


「有難き幸せ……あの子もきっと喜ぶでしょう」


 ちなみに名前のモチーフはルーン文字だ。ベルカナもそうだ。

 ルーンコードに入ってくる子たちはみんな新しい名前を求めてくるので、僕が何となくでルーン文字を名前として与えている。

 そろそろルーン文字の二十五種を使い切ってしまうので密かに頭を抱えている。


「ウィアド様。それとまた別の報告も。組織の尻尾も掴みました」


 僕のコードネームはウィアドだ。

 何も記されていないブランクムーンは、「運命」を表し、これから訪れることは人知のおよばない領域にある暗示しているのだ……!


「あの森を捨て場として利用している裏組織は全部で三つございました。まず一つ目として───」


 僕はこれから大いなる運命に飲まれ、波乱万丈な人生を歩むのだ!

 まぁ、実際にそんな運命なんて都合のいいことはないだろうけど。この世界はただ願うだけでそうなってくれるほどやさしくない。

 だったら、僕はまず前世の段階で元気になれているはずだからね。


「……世界に、手を」


 故にこそ、求めるのであれば、自分から動くしかない。

 前世の僕は何も出来なかった。

 何者にもなれず、楽しさも何も知らずただ死を待つだけの人形だった。


 だからこそ、今世は自分の好きなように生きたい。

 好きなように、楽しく生きたい。謳歌出来なかった生を、僕は謳歌したい。


「……ウィアド様?」


「世界を動かすのは我々だ」


 色々とやりたいことはたくさんある。

 様々な、面白そうなことはスマホで見てきたからね。今度は、僕がスマホで見てきた世界の住人のように幸せを掴むのだ。


「もちろんでございます!……貴方の覇道、必ずや私たちがお傍に」

 

「うむ」


 良いね。僕の中二病教育の結果、ベルカナも順調に中二病になってくれている。

 これならいつか、一緒に秘密組織ごっこを楽しんでくれるだろう。


「そろそろ……お姉さま方がウィアド様の起床に気づく頃でしょう。私がここで失礼します」


「うむ」


 ベルカナは一礼した後、僕の前から消える。


「ゼノン!起きたのね!」


 その次の瞬間、リーノねぇが僕の部屋の中へと転がり込んでくる。


「うん。おはよー」


「おはよー!じゃないわよ!何を呑気に!」


「アハハ!」


 改めて起きれて良かったね!

 別にあそこで死んでもそう悔いはないけど、まだやりたいことはある。

 生きられるなら生きたかった。


「楽しかった!」


「もー!ほんと呑気!?こっちの身になってよぉっ!」


 あぁ、もっと楽しいことを。

 かつてとは違う。刺激的で、楽しい生を───あぁ、僕を満たしてくれ。この世界よ。



 ■■■■■

 


 ゼノン───否、ただ病室で眠っていただけの少年の世界は窓の外から見える僅かな景色と、小さなスマホの世界だけであった。

 彼が求めるのはスマホの中の、つまりは現実にありえない空想のもの。彼が見て、求めているのはアニメの世界。

 

 現実は、アニメのようにはいかない。

 

 だが、何も知らずに死んだ少年はアニメの世界を求める。

 その歪みをゼノンは知らなかった。



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