転生
僕は転生した。
それも、健康体で。
地面に足をつけて動き回っても息切れ、そのままへたりこんでしまうような虚弱体質ではない。ただ眠っただけのつもりでそのままぽっくり行ってしまうような人間ではない。
自分の足で歩き、生を謳歌出来る身となれたのだ。
思いがけず最高の生を手に入れてしまったのだ。
「ふんふんふーん」
この素晴らしき生には飽きがやってくる気配がない。
十歳となった今でもこの高揚感と全能感が尽きることはない。鼻歌を歌って楽しく外を練り歩く。
「おはよーございます!今日も元気に行きましょう!」
「お、お、お、おはよぅございまぁすぅ」
「うんうん」
朝日を浴び、気持ちの良い朝。
今日も元気に生きていられることに神への感謝を捧げながら気分よく街中を歩く。
「ぜ、ゼノンっ!」
そんな僕の背後から焦ったような声が飛んでくる。
それで視線を後ろに向ければ、一人の少女がこちらの方へと近づいてきていた。
「……リーノねぇか」
その少女は腰にまで伸びた僕と同じ黒髪と、紫色の瞳を持った子で、僕のよく知ったる子だった。
彼女はリーノ・フリューゲル。僕の生まれたフリューゲル伯爵家の次女で、まぁ、つまりは僕のお姉ちゃんだった。
「勝手に外へと出歩いちゃ駄目じゃない!」
「むぅ」
些細なことではあるが、僕が転生したのは中世ヨーロッパぐらいの文明レベルで、魔力だったり、魔物だったりがあるファンタジー世界だった。
これだけでも十分なファンタジー世界だが、その上で僕が転生したのは男女比1:100の貞操観念逆転世界。
女が数少ない男へと襲い掛かってくるような世界だった。
現に今も僕の周りにいる街ゆく人たちがこちらへと獣のような視線を向けてきている。
「外は貴方のことを襲おうとしているケモノばかりなのよ!危険ったらありゃしないわ!」
「それくらいに負けたりしない」
朝の散歩は五歳くらいからやっている日課だ。
その間、襲われた回数は両手の指を超えている。それでもなお、全部を返り討ちにしてきたのが僕だ。
ただ体を動かせるのが嬉しくて、鍛えられるのが嬉しくて、ずっと鍛えていたら結構強くなってしまった。
「それがずっと続くとは限らないのよ……!」
「はぁー」
僕が男だからか、家族はみんな過保護で困る。
ただ僕が日課にしている朝の散歩をしているだけでそんな大慌てでどうした、というのか。
「ため息なんてしないで!早く帰るのよ!」
ため息を吐いている僕へと、リーノねぇは手を伸ばしてくる。
「ふわっはっはっはっは!その程度で僕が止まると思ったら大違いだァァァァアアアアアアアアアアアア!」
「は?」
その手をふわりと避けた僕はそのまま街の中を疾走。
リーノねぇから逃げていく。
「また逃げた!またよっ!ほら、私が時間稼ぎしたのよ!確保ーっ!」
この世界には魔力がある。
身体を強化したり、傷を回復したり、放出系の技にしたり、多種多様な使い道のある万能な力だ。
それを、全身に流していく。体が軽くなり、力が溢れる。
「よっと」
街の中に潜んでいた母上の部下たちが一斉にこちらへと突っ込んでくるその瞬間、僕は一息でその場を跳躍する。
「……は?」
「ま、また身体能力があがったのですか!?ゼノン様ッ!」
その跳躍は軽く部下の人たちを飛び越えた。
「まぁねー!」
リミット化でもこれくらいの身体能力が発揮されるくらいには素の身体能力が上がってきた。
肉体の成長に伴って順調に体の出力が上がってきた。
「びゅーんっ!」
あぁ、楽しい。
やっぱり体を動かすってのは最高だ。
「ヒャッハァァァァアアアアアアアア!」
僕はテンション高く叫び声をあげながら街を駆け抜け、そのまま街近くの森に向かって突撃していった。
「はーい!そこまでぇ!」
「はぎゅっ!?」
のだが、僕は森に入ってすぐ捕まってしまっていた。
「あーれぇー」
鬱蒼とした木々の生えそろう森。
そこでひときわ輝く何故か落ちている巨大な宝石。それに目を惹かれ、近づいたせいで仕掛けられていた罠に引っかかってしまったのだ。
木からぶら下がる縄に囚われた僕は体を揺らす。
「まったく。わんぱくなのよ」
そんな僕の前に姿を現すのは肩の長さに揃えられた黒髪と紫色の瞳を持った少女。黒髪紫目。これでわかる僕と同じ血筋の者。
フリューゲル家の長女、アスカ・フリューゲルだ。
「そこにいたんだー、匂いでいるのはわかっていたんだけど」
「に、匂い!?……く、臭いかしら。私」
「アスカねぇはいい匂いだから気にする必要はないよ?」
「はぅっ!?……くっ、婿を取れなくなるぅ」
「はっはっは!」
それにしても、この罠、楽しいな。
ブランコみたいだ。ブランコ。そう、ブランコだ。僕、公園で遊んでみたかったんだよな。この世界、公園ないのか?
「お姉さま。捕らえてくださったのね!」
「もちろん。私に任せて頂戴!」
「よっこいしょ」
なかったら作るほかないか。
魔力で剣を作り、サクッと罠を解いた僕は地面に着地する。
「待ちなさい!」
「ちょちょ!?」
公園づくりの為の第一歩を踏み出そうとしたところで、お姉ちゃんたち二人から止められる。
「何?僕は今、使命が出来たんだけど」
「そんなの許されないわよ!」
「お、お願いだから私の心臓が痛くなりそうなことはしないでっ!」
そんな、三歳の頃から夜な夜な来ているここが今さら危険だと言われましても。
「いいから、帰りましょ……!」
「くっ、抵抗が強い……ッ!」
引きずってでも帰ろうとするお姉ちゃんたち二人に屈するわけにもいかない。
僕はその場でとどまり続ける。
「……果実だ」
そんな折、視界にちらりと目に入った毒々しい色の果実へと手を伸ばし、そのまま口へと含む。
「げぇぇぇぇぇぇええええええええ!?マッズ!?」
口でその果実を噛み下した瞬間、舌に不愉快な味が一斉に広がり、体が拒絶感を覚えて震え始める。
「何をしているのっ!?ちょっ!?吐いて、毒……毒かしら!?医務官を!早く医務官を!」
「いやぁぁああああ!?」
そして、そのまま僕は全身に力が入らなくなってその場に崩れ落ちてしまう。
「ふふふ……」
これが毒の果実を食べた感触か……中々に酷い感触だこと。
一度渡った三途の川が見えそう。いやはや、中々良き経験ではないか。
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