聖女だと偽る魔女ですが、隣国の王様にはバレバレみたいです

桜枕

第1話 死に戻りの魔女

 我が物となった王城の聖火台ではメラメラと黒炎が揺れている。


 聖火とは聖女がともすことで希望と勇気の象徴として民を支えるものであるべきだ。

 しかし、当代の聖女を名乗るのは魔女。


 魔女によってともされた邪悪な火は全世界の人々に絶望と恐怖を植え付けた。

 そのあまりにも禍々しい邪火を背に、膨大な魔力と権力を振りかざして世界を支配した"悪逆女帝"ユイマリール・アグナムートの名は広く知れ渡ることになった。


「いました! ユイマリール様……いいえ、ユイマリール!」


 追ってきた真の聖女を振り向くのは、特徴的なワインレッドの髪を持つ太った魔女――ユイマリールだ。


「遅かったわね。王妃の座も、この国も、世界もわたしのものよ。誰であろうとわたしを止められるものか」

「いいえ、真の聖女である私なら! 私が止めないといけないの!」


 放たれた聖なる鎖がユイマリールの体を縛り上げる。

 しかし、ユイマリール自身ですら制御できない魔力によって断ち切られた。


「愛することは、焼き尽くすこと」


 亡者のように虚な瞳で、ゆらりと立ち尽くすユイマリールがつぶやいた。


「わたしはこの国を愛する王妃。あなたのことも焼いてあげるから。わたしに抱かれなさい」


 両手を広げたユイマリールに笑みはない。

 一歩近づくと聖女は一歩下がり、2人の距離は一向に縮まらなかった。


「聖女殿、どいてくれ。俺がやる」

「いけません、ハウラキエス陛下! そのお体で力を使うとまた倒れてしまいます!」


 聖女を庇うように現れたのは、黒髪にアイスブルーの瞳が麗しい美丈夫。

 熱さに弱いのか、はたまた体調が悪いのか、額には玉の汗をかいていた。


「この者を氷の魔法で封印する」

「そんな……っ!」


 聖女と隣国の王が魔女の前に立ちはだかる。

 物語はクライマックスを迎えようとしていた。


「私が陛下の呪いを解けていれば……っ」


 そう言って涙を流す聖女の姿は美しく、物語の主人公然としている。

 そんな彼女の震える肩に手を置き、首を振ったハウラキエス王が遠い空を見上げながらつぶやく。


「王家の呪いに感謝したのは今日が初めてだ」


 そして、ユイマリールへと近づいた。


「貴様は我が母国を焼き、海に沈めた。全国民の恨みを胸に、この命を賭して貴様を討つ!」

「隣国の氷王か。やれるものなら、やってみろ!」


 ユイマリールの放った灼熱業火の魔法とハウラキエスの放った絶対零度の魔法がぶつかり合い、爆発の後に黒煙が立った。


 視界を奪われる煙の中で、ゴツゴツとした大きな手が伸びてくる。

 一瞬、気づくのが遅れたユイマリールは手首を掴まれ、そのままハウラキエスに抱き締められた。


 愛の抱擁なんてロマンティックなものではない。それはただの拘束だった。


 実際にユイマリールはハウラキエスの背に手を回すことを許されず、できる抵抗といえばすねを蹴ることくらいだった。


 ハウラキエスの瞳は澄んだアイスブルー。その凍てつく瞳とユイマリールの灼眼が交差する。

 吐息がかかる距離にある氷の国王を睨みつけた。


か」


 低くて、耳障りの良い声。

 場面が違えば腰砕けになっていてもおかしくない。


 想像以上にキツく抱き締められ、いよいよユイマリールの呼吸が苦しくなる。

 全身の骨がきしみ、悲鳴を上げているようだった。


「魔力の暴走を必死に制御しようとする意思を感じるな。まさか……俺の国を沈めたのは故意ではなかったのか? いや、考えるのはよそう」


 無口だと思っていた敵が耳元でよくしゃべるものだから、くすぐったくて仕方ない。

 ユイマリールはさらに抵抗を強めるが、接触している胸から底冷えする感覚が迫ってきていることに気づいた。


「なんだっ!?」

「氷結の魔法だ。俺と心中してもらうぞ」


 胸だけではない、腕も、腰も、首も。ハウラキエスと触れている箇所が凍り始めていた。だが、すぐに凍りつくわけではなく、凍っては溶けてを繰り返していた。


 ユイマリールとは反対にハウラキエスはこれまでの人生で知らなかった熱さを知った。


(凍えていた心が溶かされるようだ。死を目前にして心地良さを感じるとはな)


(あんなにも暑苦しかった心が冷えて……気持ちいい)


 互いに魔力が消えかけ、命のやり取りをしている者同士とは思えないことを考えていた。


聖女あの人では、お前を止められない。こんな熱を目の前にして耐えられるはずがないからな。だから、俺がお前を救ってやる」

「……う゛ぅっ!」


 ひどい頭痛に襲われ、頭を殴りたくなるが拘束されていては叶わない。


「案外、俺の呪いを解けるのは聖女あの人ではなく、魔女お前だったのかもしれないな」


 この期に及んで何てことを言い出すんだ。


 そんなはずがない。わたしは魔女になったんだ。

 憎き本物の聖女を隣国へ追い出すこと。そして王太子妃となり、王妃となり、国を支配して実家を復権させること。

 それがわたしに与えられた使命だ!


 ユイマリールは拒絶したくて、ハウラキエスの鼓膜を破るつもりで声にならない声で絶叫した。

 それでも、ハウラキエスは離さない。


 あっという間に2人は氷の塊となり、内側からの熱気を放つユイマリールの最期の悪あがきによってヒビが入った。



 パキ……ピキキッ!!



「同じ境遇の女性ヒトと心中できるなら本望だ。願わくば、次は異なる出会い方を――」


 掠れた声が耳に届く。

 その表情は儚くて、切なくて、胸が締め付けられた。


 ユイマリールの瞳にも涙が浮かぶ。

 しかし、それもすぐに氷の結晶となって頬に張り付いた。


 いけない、思い出さないで――そう願っても止まらなかった。


 あの時、聖女だと認められていれば魔女にはされなかったかもしれない。

 魔女にされてからも、本気で側に居てくれる人がいれば未来は変わったのかも。少なくともこんなに醜く太ってはいなかったはずだ。

 あるいは聖女でも魔女でもなくて、ただの令嬢であり続けられれば、貴族令息と恋をして、普通の女の子として暮らせていただろう。


(わたしを止めてくれた人の悲しむ顔なんて見たくないのに)


 次があれば。次さえあれば、魔女になったとして"悪逆女帝"なんて呼ばれないようにするのに。




◇◆◇◆◇◆




「ユイマリール。お前は魔女になったのだ。聖女を偽り、王太子妃を目指せ。忘れるな。愛することは、焼き尽くすことだ」


 頭の上に置かれていた大きな手が力なく地に落ちた。


(なぜ、死んだお父様が……)


 その言葉を最期に焼け野原となったアグナムート領にある公爵邸の残骸の前で父は息を引き取った。


 まるでリアルな夢を見ているような。

 足が地につかないような。


 見覚えのある光景が夢か現実なのか確かめるために頬をつねってみる。

 ついさっきまでハウラキエスに拘束されていたのに、すんなりと手が動いた。


 すべすべで、ぷにぷにしていて。まるで幼子みたいな頬を摘まむと「いひゃい」と声が出た。


「……嘘……でしょ」


 ユイマリールはこの地獄を知っている。

 むしろ、地獄のような景色を作り上げた張本人なのだから知っていて当然だった。


 燃えている街路樹。

 焼けて鉄骨が剥き出しになった建物。

 我先にと逃げ惑う者や消火活動に勤しむ者。そして泣き叫ぶ子供たち。


(なにこれ、夢?)


 力なく公爵邸にある噴水に歩み寄る。

 澄んでいたはずの水には灰が浮かび、薄く黒ずんでいる水面に顔を覗かせた。


(どうして、わたしが若返って!? いや、違う……時間が巻き戻っているの!?)


 ワインレッドの髪をひとまとめにした女の子が、小さな手で口を押え、瞳を見開いている姿が水面に映っていた。


 そっと胸に手を当ててみる。

 太る前は男を魅了するには十分だった胸の膨らみは無くなっている。

 そして、身体の奥で燃える魔力の外側にほんのりと涼やかな冷気を感じた。


「ハウラキエス・コラウディア。これは、あなたの仕業なの?」


 死に戻りの魔女――ユイマリールは遥か彼方の隣国の方角を向き、未来の心中相手に聞こえるはずのない質問を投げかけるのだった。






――――――――――――

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