第11話

​目が覚めた時、最初に感じたのは、いつものダルさではなく、清潔すぎる空気だった。

​視線を巡らせると、そこはいつもの段ボールハウスではない。天井があり、壁がある。そして何よりも、タバコの煙の匂いが全くしない。

​「……ここは、どこだ」

​俺の目の前には、小型の加湿器が規則的な音を立てていた。そして、見慣れたアバターではなく、本物の制服姿の花咲可憐が、俺の枕元で優雅に椅子に座っている。

​「師匠! 目覚めましたッスね!」

​可憐は、その美貌に安堵の表情を浮かべ、椅子から立ち上がった。その手には、栄養ドリンクと、手書きの**『師匠専用・非効率な栄養管理表』**が握られている。

​「ここは、底辺維持基金で賃貸した、**『緊急時用・隔離聖域(アサイラム)』**ッス。配信が強制終了した後、レイさんがデータに基づき、マネージャーの橘さんを説得して、ここに避難させたッス」

​俺は、自分の体を見て、さらに驚愕した。パジャマに着替えさせられ、腕には点滴の跡。そして、胸には、昨日と同じ心拍数計測用の小型センサーが貼られている。

​「チッ……俺の体が、勝手に管理されてるのか」

​「師匠、ご心配なくッス。この聖域は、師匠が求めた**『誰にも邪魔されない、静かに一人でいる時間』**を確保するために、周囲の騒音レベルをデータ化し、完璧に設計されていますッス!」

​可憐は満面の笑みで言った。彼女の愛は、俺の孤独を、もはや**「管理すべき芸術作品」**として扱っているのだ。

​2. レイの論理とバグの記録

​その時、隔離聖域のドアが開き、レイ(影山零)がタブレットを抱えて入ってきた。彼の顔には疲労の色が濃いが、その眼光は鋭い。

​「師匠。ご無事で何よりです。あなたの**『自滅の領域(Doomed Zone)』への突入は、プロトコルの想定内でしたが、花咲様の『愛のバグ(Love-Bug)』**による強制終了は、完全に想定外でした」

​レイは、タブレットを俺の目の前に差し出した。そこには、配信が強制終了した瞬間のデータが表示されていた。

​『感情移入率(ER):計測不能。心拍数(HR):220bpm(致死量)。可憐様の発言によるデータ・スパイク。結論:底辺哲学の自己破壊欲求は、純粋な愛の介入により、論理的に破綻することが証明されました』

​「つまり、俺は、お前らの愛で助けられたってわけか」

​「その通りです。そして、その『愛のバグ』こそが、ライバルである黒羽烈氏に対する、最強の反撃データになります」

​レイは、冷静に語る。

​「黒羽烈氏は、あなたの哲学を『弱さの美化』と断じました。しかし、視聴者は、あなたの『自滅的な弱さ』を救おうとする、花咲様の**『非効率な愛』に熱狂しました。あなたの弱さは、もはや『愛を呼び起こす最強のコンテンツ』**として再定義されます」

​俺の最も神聖な**「孤独なクズ」としての存在が、レイの冷徹な論理と、可憐の純粋な献身によって、完全に「バズるためのシステム」**として組み込まれていた。

​3. 炎上王の勝利宣言

​レイは、タブレットを操作し、配信が中断した後、ライバルたちがどう動いたかを見せた。

​真っ先に映し出されたのは、炎に包まれた黒羽烈の配信画面だ。彼は、俺の配信が途切れた瞬間を、**「底辺の自滅」**として叩きつけていた。

​『見たか、テメェら! 命を懸けることもできねぇ、中途半端な哲学の末路だ! 結局、愛とかデータとか、そんな甘っちょろいもんのお守りがないと、テメェは生きられねぇんだ! 俺の勝利だ!』

​烈火レツは、俺の強制終了を「哲学の敗北」だと断じた。彼の主張は、常にブレない。「弱さは、コンテンツではない」。

​その次には、白雪凛の切り抜きが映し出された。凛は、穏やかな笑顔で、ただ一言、コメントを残していた。

​『彼は、彼の孤独を愛する人たちによって、檻から強制連行されましたね。その愛が、彼の次なる品格となるでしょう』

​凛は、俺の状況を「強制連行」と表現し、この事件が俺の哲学を次の段階へ進ませることを予言していた。

​4. クズの尊厳と次の大博打

​俺は、胸に貼られたセンサーを乱暴に引き剥がした。肌に貼られていた粘着テープの感触が、妙に生々しい。

​「レイ。可憐」

​俺は、二人を見据えた。

​「俺は、お前らの愛と論理で生き延びた。だが、俺の『底辺の自由』は、もうどこにもねぇ。この『隔離聖域』は、俺の『クズとしての尊厳』を奪った」

​可憐は、瞳を潤ませながら、優雅に頭を下げる。

​『師匠の尊厳を守るためなら、私たちはどこまでも師匠を管理し続けますッス。それが、私たちの愛の献身ッス!』

​レイは、メガネを押し上げ、冷徹な声で言った。

​『師匠。あなたが次にとるべき行動は、感情論ではありません。データに基づき、黒羽烈氏の論理を破壊する、最も非効率で、かつバズを生むための「大博打」を打つことです』

​俺は、テーブルに置かれたウイスキーのボトルを掴もうとしたが、可憐がすかさずそれを回収した。

​『師匠! 飲酒は、安静プロトコルに違反しますッス!』

​俺は、手に残ったタバコの匂いを嗅いだ。安物の、あの「喪失の香り」が、もうどこにもしない。

​「フン……わかったよ」

​俺は、空になったウイスキーグラスを指先で弾いた。

​「黒羽烈が、俺の哲学を『弱さの美化』だと断じたなら、俺は今度、『最も強い者の弱さ』を暴いてやる」

​俺の体は管理されても、俺の魂と、俺が打つ『大博打』**の選択権は、まだ俺にある。俺は、レイに命じた。

​「レイ。次のターゲットは、あの炎上王、黒羽烈だ。あいつの最も『効率的な弱点』を見つけ出し、俺の『非効率のエレガンス』で、徹底的に破壊する」

​愛と論理に囲まれた「檻」の中で、榊恋は、ライバルとの最終決戦という名の「究極の大博打」を打つことを決意したのだった。

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底辺酒カスヤニカス、パチカスVTuber……後輩に酒、ヤニ、パチンコ教えたら師匠と慕われバズり散らかす。 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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