第7話
榊恋(杠木屑)の負債は、もはや「パチンコ負け」というレベルを超え、彼のVTuberとしての収益を完全に食い潰すレベルに達していた。
事務所のマネージャーである橘真琴は、ついにキレた。
『榊! お前、給与の前借り分で、既に三ヶ月後の給与までマイナスだぞ! もう打つな! 俺がお前のパチ屋への出入りを監視する!』
しかし、この危機的状況こそが、弟子たちにとっては「師匠の哲学を実践する最高のデータ」となった。
可憐とレイは、木屑の部屋で緊急ミーティングを開いた(もちろん、通話越しで)。
『師匠の負債は、データ上、今すぐ処理しなければ「強制終了」フェーズに突入します』
レイは、画面に負債グラフを映し出し、冷徹に分析する。
『花咲様。あなたの純粋な「愛の献金」で負債をリセットすることは可能ですが、それは対症療法に過ぎず、師匠の行動パターンという根本原因は修正されません。また、あなたの財力に依存することは、底辺哲学の「自立性」を損ないます』
可憐も、渋々ながらレイの論理を認めた。
『くっ……レイさんの言う通りッス。師匠の底辺は、自力で立っていなければエレガンスに欠けるッス!』
「つまりどうすんだよ、お前ら」
木屑はうんざりした顔で尋ねた。
『師匠の負債を解消しつつ、底辺哲学を維持する。そのためには、「底辺経済圏」を構築するしかありません』
レイが提示したのは、視聴者から資金を募るが、その資金を「底辺哲学を究めるための実験費用」としてのみ使うという、閉鎖的な資金循環システムだった。
2. レッスン8:パチンコ、負債の美学
今回の配信タイトルは『【負債額公開】底辺VTuberの借金はいくら?〜パチンコ哲学の限界点を探るッス!』。
レイの提案により、師匠のリアルな負債額(匿名化されているが、視聴者にはギリギリ手の届かない額)が画面に表示された。
「さて、レッスン8だ。お嬢様、そしてレイ。今日のテーマは『底辺のパチンコ』だ。俺は今、この負債の壁を見ながら、何を思うか」
木屑はウイスキーを一口飲み、少しだけ熱を帯びた目で語り始めた。
「パチンコは、金を失うための儀式だ。だが、この負債の額を見た時、失ったのは金だけじゃないと気づく。失ったのは、『未来の俺の自由』だ」
『未来の自由……』可憐が真剣に聞き入る。
「そうだ。この負債は、『俺が吸えなかったタバコ、飲めなかった酒、食べられなかったもやし』の集合体なんだ。本来享受できたはずの小さな贅沢を、未来の俺は奪われ続ける。この、『失われた未来の痛み』を、今、この瞬間、哲学として昇華する。それが、底辺パチカスの最後の美学だ」
木屑の言葉は、自己憐憫でありながらも、妙に説得力があった。
レイ:分析します。師匠の現在の発言は、認知的不協和を解消するための極めて高度な自己防衛システムです。この痛みをエネルギーに変換することで、一時的に配信の品質は向上しますが、負債は残ります。
可憐:違いますッス! 師匠! その痛みは、エレガンス・エナジーッス! 師匠は、未来の自分を犠牲にすることで、今、この瞬間の視聴者に、最高のコンテンツ(痛み)を提供しているッス! これこそが、究極のホスト哲学ッス!
可憐の「究極のホスト哲学」という解釈が、視聴者の心を掴んだ。
[コメント]
ホスト哲学www 確かに客の金で最高のパフォーマンスしてる。
未来の自分を売ってる師匠、かっこいい(クズだけど)
レイは、この感情的な熱量をデータとして見逃さなかった。
『花咲様の感情論が、収益化のトリガーになります。師匠。負債を消すための新たなシステムを提案します』
レイが画面に表示したのは、クラウドファンディングのようなページだった。
『名付けて、「底辺維持基金(ボトム・エコノミー)」です。視聴者は、師匠の負債を返済するために資金を提供するのではありません。資金は、「師匠が底辺哲学を健全に維持するための非効率な実験」にのみ使われます』
例えば:
実験①:もやしを飽きるまで毎日食べ続け、精神的限界データを収集する費用。
実験②:安酒を最も美味しく飲むための、高級グラスの購入費用。
実験③:パチスロで負けた後に、人生の虚無を深めるための旅費。
「な、なんだそれ……」木屑は呆然とする。
『師匠のクズっぷりが、視聴者の善意と論理によって「研究対象」になるッス!』可憐は興奮気味に叫んだ。
レイ:このシステムにより、師匠は資金を得られますが、その資金は「底辺哲学のための研究費」であり、個人の娯楽のための「自由な金」ではありません。これにより、負債返済と底辺維持が両立可能になります。
結局、木屑はダルそうに「まあ、面倒くせぇけど、それで金が入るならいいか」と承諾した。
こうして、榊恋の「底辺」を商品として販売する、「底辺経済圏」が成立した。これは、師匠の命を救うための、愛と論理が結実した、奇妙な延命措置だった。しかし、その「研究費」が、いつか師匠の依存心を満たすために使われないという保証は、どこにもなかった。
底辺経済圏、通称「ボトム・エコノミー」が成立してから一週間。視聴者からの「底辺維持基金(研究費)」は驚くべき速度で目標額を達成していた。
今回の配信は、その基金を使った初めての「非効率な実験」だった。
タイトルは『【研究費使用】酒のツマミになる底辺人生暴露雑談~酔った勢いで金と夢を失った話を晒すッス!』。
配信画面には、いつもの安物ウイスキーではなく、基金を使って購入された「少しだけ高級な安ウイスキー」(約2,000円)が置かれている。そしてツマミは、可憐が送ったブランドもやしで作った「もやしの塩炒め」と、レイがデータ分析で「最も飲酒欲求を促進する」と判断した業務用チーズ鱈。
『師匠! これが、私たち弟子の愛と論理が結実した「底辺の豊穣」ッスね!』
可憐は満足そうに微笑む。レイはタブレットを片手に、数値のチェックに余念がない。
『師匠。今日の配信の目的は、アルコール摂取と過去のトラウマ暴露による、視聴者の感情移入率(ER)の最大化です。飲酒は推奨ラインをわずかに超えていますが、データ収集のため、一時的に容認します』
「勝手にやれ……」
木屑はうんざりしながらも、高級な安ウイスキーをロックで呷った。
「さて、今日のツマミは、俺がVTuberになる前に失った、『未来の夢』の話だ」
2. 失われた未来の痛み
酒が回り始めると、木屑の口調はいつものダルさから、自嘲的な諦観へと変わっていく。
「俺はな、大学を辞めたんだよ。なんでかって? ダルかったからじゃねぇ。いや、それもあるけど、本当にやりたかったことが、どうやっても**『金にならない』**ってことに、絶望したからだ」
彼は、配信開始以来、初めて自分の過去について深く語り始めた。
「俺、昔は音楽やっててさ。それなりに自信もあった。でも、メジャーな路線にも、インディーズの尖った路線にも、全然ハマらなくて。頑張れば頑張るほど、『お前が欲しいものは、この社会にはない』って言われてる気がして」
木屑は、グラスの氷をカランと鳴らした。
「パチンコにハマったのは、それからだ。パチンコは、努力が報われないクソみたいな人生と、ルールが同じなんだよ。どれだけ時間と金を投資しても、当たるかどうかは運。でも、一瞬だけ、『俺の努力が報われた瞬間』を錯覚させてくれる。その瞬間を味わうために、俺は金を失い続けた」
彼の言葉は、底辺にいる者たちの、救われない感情の核心を突いていた。
『師匠……! その話は、あまりにも**「喪失の香り」**がするッス……』
可憐は、瞳を潤ませながら、優雅なアバターのまま、静かに感動に打ち震えていた。
『師匠の失われた夢は、まるで高貴なワインのように熟成され、今、私たちに最高のツマミとして提供されているッス! 師匠の人生、エレガンスッス!』
レイ:分析します。過去の自己暴露は、視聴者に対する情緒的アンカリング(感情の投錨)として機能しています。この話を聞いた視聴者のうち、30代以上の男性層のコメント増加率は、過去最高値を記録。花咲様の「喪失の香り」というメタファーは、この情緒的共鳴を最大化させるバグです。
3. 頂点からの「品格」
この暴露雑談は、当然ながら即座に切り抜きとして拡散され、「#底辺の喪失」「#パチンコは人生の縮図」として再びトレンドを席巻した。
そして、その話題は、ついにVTuber業界の頂点に立つ白雪凛の耳にも届いた。
白雪凛の優雅な配信。彼女は美しい白銀のドレスに身を包み、優雅にファンからの質問に答えていた。
『皆さん、榊恋さんの配信をご覧になりましたか?』
凛の口から、榊恋の名前が出た瞬間、コメント欄は静寂に包まれた。
「彼の配信は、非常に危うい品格を持っています。人生の深淵を覗かせ、視聴者に『生きるとは何か』を問いかける。彼の言う『負債の美学』は、間違ってはいません」
凛は、静かに、だが重みのある言葉を放つ。
「しかし、その危うい哲学を、あの花咲可憐という純粋なフィルターを通すことで、彼は『エンターテイメント』へと昇華させている。彼が売っているのは、もはや人生そのものではなく、『人生の絶望を乗り越えた後の、わずかなユーモア』です。これが、現代における、最も強い『品格』なのかもしれませんね」
この発言は、榊恋の「底辺哲学」を、業界の頂点から公式に「品格あるエンターテイメント」として認めたことを意味した。
4. 師匠の孤独な「勝利」
配信を終え、木屑は空になったウイスキーグラスを眺めていた。彼の体は鉛のように重い。
レイのデータ分析と可憐の感情論によって、彼の「底辺」は守られた。負債は返済に向かい、彼の配信は「高尚な研究」として扱われ、誰も彼をただのクズとは呼ばなくなった。
しかし、木屑は、満たされない虚無感を感じていた。
「俺は……俺のクズっぷりを、金とデータと愛で、飼いならされたのか」
底辺の自由を求めていたはずなのに、今、彼は2人の弟子と視聴者という名のシステムに、がんじがらめにされていた。彼は、椅子に凭れ、そっと目を閉じた。
その時、可憐からの通話リクエスト。
『師匠! 今日の配信、最高のエレガンスでしたッス! 師匠の人生、本当に尊いッス!』
「そうかよ……」
『師匠。私、知ったッス。師匠が最も求めているのは、お酒でもパチンコでもない。誰にも邪魔されない、静かに一人でいる時間ッス』
可憐は、論理や愛ではなく、師匠の心の奥底にある「孤独」に、初めて触れたのだった。
【飼いならされた底辺】師匠の孤独を可憐ちゃんが暴く!白雪凛も認めた「危うい品格」【#喪失の香り】
1 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:10:45 ID:Kizuato
昨日の師匠(榊恋)の暴露配信、ヤバすぎた。
酒を飲みながら「俺の負債は、未来の俺の自由を奪った痛みだ」とか、重すぎるだろ…。
でも、その「喪失の香り」をツマミにして酒が進む俺らもクズなんだよな。
そして、その後に可憐ちゃんが言い放った一言。
「師匠が最も求めているのは、お酒でもパチンコでもない。誰にも邪魔されない、静かに一人でいる時間ッス」
これ、ガチの核心突いてるだろ。可憐ちゃん、お嬢様なのに師匠の心見抜きすぎだろ……泣いた。
2 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:12:01 ID:RayAnalysis
レイの分析通り、師匠の自己暴露は「情緒的アンカリング」としてER(感情移入率)を最大化させた。だが、花咲様の「孤独」の指摘は、データには現れない非論理的(しかし真実)なバグであり、配信の芸術性を高めている。
3 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:13:33 ID:RinKou
白雪凛様が「危うい品格」って言ったのデカすぎるだろ。
VTuber界の女王が、酒カスヤニカスを「エンターテイメント」として公認したってことだぞ。
「彼が売っているのは、『人生の絶望を乗り越えた後の、わずかなユーモア』」←これ、神の視点だろ。
4 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:14:19 ID:ShisouEnjou
でも師匠、最後に虚無ってたよな?
「俺は、金とデータと愛で、飼いならされたのか」って。
底辺の自由を求めていたはずなのに、バズるという名のシステムに囚われてる。哲学を商品にした代償だろ。
5 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:15:40 ID:MiyabiSabi
4
まさに「侘び寂び」の境地。底辺という名の自然の中で、欲望という名の雑草が伸び放題だったものが、今、愛と論理という名の庭師によって刈り込まれ、人工的な美へと変貌した。その虚無感こそが、師匠の「侘び」なんだろう。
6 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:16:11 ID:KareTeki
可憐ちゃん、純粋すぎて怖い。師匠が孤独を求めてるって知って、次はどうするんだ?
師匠をガチで一人きりにしたら、配信できなくなってバズが終わるぞ。
7 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:17:59 ID:Ainomuchi
6
可憐ちゃんが師匠のために**「無人島貸し切り費」**とか「底辺の孤独維持基金」を立ち上げたら笑う。もちろん、レイがドローンと監視カメラで孤独をデータ化するんだろ?
8 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:18:30 ID:HotaruRei
レイの業務用チーズ鱈も地味に効いてるよな。最高のツマミで最高の孤独を味わわせる。この冷徹さがたまらん。
9 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:19:44 ID:YabaiRival
ちょっと待て。師匠の孤独がバズってるってことは、あの黒羽烈が黙ってるわけねぇだろ。
「孤独? そんなもん、弱者の逃避だ!」とか言って、また同時配信でケンカ売ってくるぞ。師匠、休む暇なし。
10 :名無しのにじマス:20XX/08/06(土) 18:20:55 ID:ZuttoKome
今日の配信見て、本当に思った。榊恋はクズじゃなくて、自分の人生を「コンテンツ」にする覚悟を持った、最高のパフォーマーだよ。可憐ちゃんとレイがそれを証明した。
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