twilight lurker

阿久井浮衛

第1話

「ねぇ,聞いたことある?」

「何が?」


 自警団「紅葉」への仮入団説明会の最中。ありきたりな説明に飽きたのかひそひそと声を潜めた雑談が聞こえてくる。


「だから,わたし達が生まれる前の話だよ。お父さんに見せてもらったことがあるんだけど『異能』が突然出現した社会を舞台にした漫画が昔流行っていたんだって」

「ああ,昔は平和ボケできてたってやつね」


 ひそひそと,周囲の反応を伺う囁き声を耳聡く捉える。聞き覚えのある微温湯に肩まで浸かったテンプレートが思い起こされ思わず鼻を鳴らした。


 その手の作品曰く,突如超常現象を引き起こす特殊能力が世界中で人々に発現した。そうした特殊能力の顕現は瞬く間に広まり世界には混沌が齎されたが,無辜の民と英雄達の絶え間ない努力により社会は再び安寧を取り戻す。多少のバリエーションはあれ,こういった大筋のフィクションが漫画を中心に昔人気のジャンルだったと聞いたことがある。


 現実には,そんな展開は望むべくもない。


 西暦20XX年6月22日。今で言うところの「覚醒の日」。この日を境に,世界は大きく変わった。


 日本時間の午前11時31分に,大量の電子を含んだ太陽嵐が地球に到達したとされる。到達したとされるなんて曖昧な表現をしたのは,この太陽嵐を観測できるような電子機器は全て磁気嵐の影響で作動しなくなり,正確なことは何一つ言えないからだ。


 この宇宙規模の災害は,その規模こそ想定外ではあったが,しかし発生そのものは事前に予想されていた。太陽活動の周期を観察することで,太陽嵐の発生日時は大まかに予想されていたのだ。各国はその予想に基づいて対策を進めていたため,主要な発電所に大きな被害はなく復旧作業自体は滞りなく完了した。


 しかし,復旧と同時に不可解な事件が各地で多発した。


 例えば,火種のないとある原子力発電所の制御システムの中心部で爆発を伴う火災が発生した。例えば,活断層が存在しないはずの地区で震度5以上の地震が頻発した。例えば,ある地域では雨雲自体は気象レーダーで捉えられていないのに1ヵ月近く雨が降り続いた。


 こうした奇妙な現象が世界各地で観測された。当初は太陽嵐との因果関係さえ疑われ,それぞれが断片的現象であるという意見も存在したのだが,某国のシンクタンクがその考えを否定した。


 結論から言うと,こうした不可解な現象は全て,なものだった。


 観測史上最大規模の太陽嵐であったこと。地球を有害な放射線から保護していた地磁気と呼ばれる磁界に,が存在していたこと。この二つが原因となり,大量の放射線が地球全土に降り注いだ。そのシンクタンクによると,この時大幅に地球上の全生物のDNAが書き換えられたという。その結果として,常識では考えられない能力を人類は獲得した。


 これが俗にいう「覚醒」だ。


 DNAが変異し異能となった覚醒者達は,しかし覚醒から一定の期間を経てもそのことに無自覚であることが多く,知らず知らずの内にその能力は発現することとなった。そのため自身の能力を制御できず,悲惨な結果を招いた事例も少なくない。


 また運よく覚醒から間もない段階で異能に気付いた者でも,その能力を犯罪に悪用するケースも多かった。その結果として各国で重犯罪が増加した。特に先進国での治安の悪化は著しく,結果この太陽嵐は後に人類史上最悪の災害とまで言われることとなる。


 日本国内においても急増した犯罪や覚醒に伴う怪現象の発生に対応できず,政府は常に後手に回り法整備も碌に行えなかった。つまり,国民は法の保護無しに異能に晒されることになったのだ。


 こうした場合,最も被害を受けるのは子供だ。それまで学校や親といった大人の庇護の下にあった子供達は,大人が自分達のことで手一杯になり子供にまで手が回らなくなると,途端に異能の餌食となった。


 誘拐,強盗,傷害,暴行,殺人。そうした覚醒者の犯罪被害に加え,発現した自身の能力を抑え込むことができず,生き残ったとしてもPTSDを抱いたり心を閉ざしたり,或いは自ら命を絶ったりする子供もいた。


 彼らは初め,ただ被害に泣くだけだった。「覚醒の日」以前なら,そうすることで大人達が駆け付け彼らを保護してくれていただろう。しかし大人達も太陽嵐により引き起こされた異常事態に翻弄されるしかなく,子供に構っている余裕などない。そのことを,子供達はどうしようもないトラウマをいくつも背負って,初めて悟った。


 大人は誰も助けてくれない。なら子供はどうすればよいのか。ただ被害に遭い続けるしかないのか,泣き続けるだけなのだろうか。攫われ,奪われ,傷付けられ,犯され,殺されるしかないのか。


 子供達が出した答えは自衛だった。彼らは学校を単位とし,覚醒した生徒を中心に「自警団」を結成。覚醒者による犯罪の取り締まりや制御できずに暴走する異能への対処など,彼らは独自に活動を始めた。このことが結果的に異能に関するノウハウと,行政機関に対するアドバンテージを後に齎すこととなる。


 しかし同時に,自警に伴う問題も発生した。それは彼らの非合法性だ。自警団は独自に結成し,独自に活動を開始した。規模が小さい内はまだその活動は看過されていた。しかし自警団が子供達の信頼を勝ち得その影響を大きくするに連れて,警察との間で覚醒した犯罪者の取り締りについて衝突するようになった。


 子供が出しゃばるな。


 警察の言い分はこの一言に集約される。彼らの目には,自警団などといっても能力を駆使して好き勝手に活動する不良グループとしか映らなかったのだろう。一方自警団にしてみれば,急増する犯罪に対応できていない警察など信用に値しなかった。度重ねて出される自警団の解団勧告など彼らにとっては泣き寝入りしろという死刑宣告に等しく,首を横に振るしかなかった。


 更には自警団同士の抗争も顕在化していた。元々自然発生したため自警団に共通の規定など望むべくもなく,各団の自警区域や他の自警団の取り込みを巡り,自警団同士で争いが起き始めたのだ。覚醒者同士の争いであったため,警察との抗争よりもその被害は大きかった。


 日本国内がこうした紛争状態に陥りかけた時,ある法律が成立した。


 『自警団法』


 正式名称を「遺伝子構造突然変異性特異現象誘発能力に関する集団自警及び犯罪防止法」といい,国認定の自警団を年齢に関わらず設置する法だ。この法は,自警団が場合によっては捜査機関と協力し,規定地域の住民に害を及ぼす危険性のある覚醒者の取り締まりを行うこと許可している。


 つまり,自警団はこの法により限定的ではあるが捜査権を得て,合法的組織として認可されたのだ。そのため警察や自警団同士の対立問題が解消され,日本国内の紛争は回避された。


 しかし当然ながら,成立当初からこの法は激しく非難された。


「国民,特に子供を治安維持に利用している」

「子供達を危険に晒すのか」

「覚醒者は道具ではない」

「犯罪を取り締まれないと警察は認めるのか」


 批判内容は主に自衛のためとはいえ子供にまで限定的な捜査権を与えること,そして警察を始め現機構では覚醒者による犯罪を取り締まれないと認めていること。この2点だった。戦後最大の悪法と言われ,法案が可決された時の内閣は直後に総辞職している。


 提出されたこと自体が不可解なこの法律の成立に関しては様々な憶測が飛び交っている。例えば,ある自警団の団員が某大手企業の御曹司であり癒着が存在したとか。紛争に発展することを恐れた与党の幹部達が,能力に関する法整備が整うまでの一時的な執行機関として自警団を利用するつもりだったとか。


 様々な流言飛語が飛び交う中,子供達の間で実しやかに語られている都市伝説がある。曰くある突出した5人の覚醒者集団が,緊迫した国内情勢に終止符を打つため能力を駆使して強制的に法案を可決させたというものだ。


 彼らは自警団とは異なり好き勝手に能力を行使した専制的集団であるらしい。つまり特定の地域に束縛されることなく自由に活動できたわけだ。実在するかどうか分からない集団であるが,自警団の中にはその存在を信じている団員も多い。


 彼らは法案の成立と同時に,役目を終えたとばかりに解散したとされる。自警団に従事する者は名乗らず伝説となった彼らを,畏敬の念を込めこう呼ぶ。


 FELLOWS

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

twilight lurker 阿久井浮衛 @akuiukue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画