楽園のシシャ

霧雨ネカ

序章

chapter1 伽藍洞な脳

 生と死。

これらにおいて浮かばれるものは魂だ。

そのような概念がこの世に存在するのだろうか。

人間の死後、抜け落ちていく21gの行方を未だ誰も知らない。

その在処ありかは発見されていない。

浮かびあがった魂は、生前良き行いをすれば褒美として天国へ運ばれる。

だが、その反対に悪しき行いをすれば報いとして地獄へ葬られる。

この考えは自然な機構メカニズムではない。民衆の愚かな妄執の棲処すみか

正しい思想体系イデオロギーのそれではない。

生物に死が訪れた場合、待っているのは永劫に近い無だけだ。

眼をつぶると、2度と目を覚ますことのない永久の眠り。

それが”死”だ。私はそう捉えている。

この世の万物は死を得れば、時間を経て新たな生物として生まれ変わる。

再生と輪廻転生。大多数の宗派で確認されている概念の一つ。

転生という現象は、今日こんにちにおいて未だに確認されてはいない。

ならば、生物の死後に行われる、蘇生はどうなのだろうか。

仮死状態ではない。

言葉通りの死亡からの蘇生。

死を克服し、死を超越するような奇跡の所業、即ち復活だ。

歴史上そんな偉業を成し遂げた生物はたった一人だけいる。

無論、その人物が蘇生したのは自分自身だ。

どうして蘇るに至れたのか。

その疑問に対して、答えを簡単に述べるのならば、”信じること”だろう。

私はそんな気持ち悪い妄言を強く批判する。

目に見えないものは否定する性質だからだ。

だがそれを自身にではなく他者にも可能であるならば、と考えたことはある。

死の克服。

私はこれを人類史における長年の夢の一つであろうと論ずる。

人類に貢献したいわけではない。

称賛されたいわけでもない。

これは本音だ。

建前も何もこの身に必要がない。

ただ、気づいた時には死に囚われていた。

自分でも理解できぬほどに。

 現在この世界ではごくまれに死んだ者が蘇ることがある。

それは、どんな死に方でも、どんな弔い方でも、を乗り越えることができたモノに与えられる。

この空の下で、生物は再び起き上がることができるのだ。


   楽園のシシャ


 仮想19世紀現在、この地には雨が吹き荒れ、雷が轟いている。

誰も弔いに来ない、現在の人類から忘れられたような荒れた霊園。

名前も書いておらず、墓石と称せないような何もない平地に置かれた丸い石の下が不規則に盛り上がり、鈍く劈くような音とともにが姿を現した。

その手は衝撃で膨らんだ地を抑え、更なる音を立て、自らの影をこの地に表すことに成功する。

その身にまとった泥を洗い流すように雨はさらに勢いを増していく。

泥が洗い流されていくと真っ黒だったそれは漸く姿を現せた。

思春期中盤くらいの少年の姿、アルビノのような白い肌、白い髪、眉毛、睫毛、灰色の目を濡らしながらそれはただ一言だけ発した。

「あー。」

 言葉にならない、見るもの全てに疑問を持つかのような声色で。

彼が起き上がった場所のすぐ横に100年以上育ちそして暗い影に落とされ気力果てた大木がある。

そこでただ一人、その一部始終を見ていた。

驚愕の表情を浮かべているが、アルビノにはその意味はまだ分からない。

「うー。」と、不思議そうな表情を浮かべて、それをみていた。

「えっ・・・・・・?」

 男はただその一言を発し、腰が抜けその場にへたり込んだ。


 それから半年後


 彼は嬉しそうに、懐かしそうにあの時のことをこう述べていた。

「あの時は正直ビビったよ。なんせ俺が初めて見たシシャだったからよ。」

 左手の指先で鼻をこすり、続けて口を開く。

「それにがなかった。俺の時はこんなことはなかったんだぜ。結局、俺らシシャは元の身体が基盤ベースだからな。」


この物語はシーシャが自分を何者であるか追い求める物語である。


 覚えているのは暗闇と、雨の中にある誰かの足。

狭くて仄暗い場所が一番落ち着く。

眠ることはできないけど、夜が来れば誰かヴェンがいる。

「おはようシーシャ。授業の時間だ。」と、寝起きのように黒髪の痩身の男が話しかける。

 シーシャの起き上がりの一部始終を見ていた彼の名はヴェン(仮称)。

彼は生前の名前をそのまま名乗るのに危機を感じ、名前を少し変えている。

シーシャは自分の名前を決められなかったため、ヴェンに「シシャだからお前は今日からシーシャを名乗れ。」と、酷く安直な理由で名付けられた。

ヴェンは生前教師だったようで、彼のために知識を与えてくれている。

シーシャが来るまで、彼はここで一人であった。

本日も彼はシーシャに一般常識程度の勉学を教育している。

ノートなどの記せるモノはないため、地面に石で書いてシーシャにもやらせている方針だ。

「子供みたいだな、お前は。」

 笑って彼は言う。

その言葉にシーシャは笑って答える。

「ボクは楽しいよ。ヴェンとのお勉強。」

「うるせぇよバカガキ。」とヴェンもどこか嬉しそうに回答する。

 だが、声色を変えて彼はその先を発言する。

「でもな、俺たちには注意しなきゃならねぇ存在がいる。まず一つが今を生きている人間だ。俺たちの存在がバレりゃ捕まって何してくるかわからねェ。」

 注意喚起。これも大切な授業の内だと彼は考える。

死を超越したシシャ。世間では怪談話の1つとしてごく一部に知れ渡っているが、本物がいると知られればどのようなことになるか未曾有だからである。

「そして二つ。シシャを危険たらしめるシシャ。この西洋のどこかで姿を隠し、平然と人前で人間を襲う『食人女マンイーター:ラーガン』。此奴はシシャすら攻撃する場合があると聞いたことがあるから気をつけろ。」

 シーシャはこの世の事象を全然知らない。

未だ発展途上。

無知故の知識欲として注意事項1つ1つに目を輝かせる。

「そして三つ。色んな人間の死体を勝手に持ち運んでは解体して売り捌くといわれている『死体攫い:ヴィクター』。此奴は正直な話・・・、目的があまり分からん。」

 これは自分たちの自己防衛のため、ヴェンは教えることを惜しまない。

「世間は1つとしているが、別は確定。厄介なのはどちらもシシャであるから紐付けられて同罪とされることだ。」

「ボクらが追いやられちゃうんだねヴェン。」

 シーシャの学習速度は速い。危険を理解しつつある。

「そうさ、だから俺たちシシャは誰かに出会ったら基本は逃げるか、潰すかだ。」

 殺伐とした世界で悪いなとヴェンはシーシャに申し訳なさそうに説く。

その時、ポツポツと音を立てて天から雨粒が落ちてきた。

それにシーシャは嬉しそうに笑う。

「―――アメだ!」

 瞬間、その雨は強く降り出してきた。

「そうだ雨だ!いろいろ覚えてきたなシーシャ」と、シーシャの頭を大きく鷲掴む。

「うん。」

 シーシャは恥ずかしがりながら、ゆっくり言葉を続けた。

「”アメ”は好き。昔この音よく聴いていた気がするんだ。それ以外はよく分かんないんだけど。」

 そうか、とヴェンは返して「俺は雨嫌いだな。」と言葉を付け足した。

そう言った彼は強まる雨を眺めながら物思いに更けていく。

シーシャもつられて雨を恍惚と眺めていた。


 授業もお開きになり、雨に風情を感じていたも束の間。

「ねぇ。」

 二人は存在するはずのない第三者の声に振り向く。

そこには黒い喪服を着た銀髪の女がいた。

「失礼するわ貴方達。私の子供を知らないかしら?」

 声色から感じる寒気にシーシャは興味を示したが、ヴェンはそうではない。

「誰だか知らんが、そんな子供は知らん。例え知っていたとしてもアンタには言わんさ。」

 明らかな敵意と警戒の姿勢。その対応でシーシャも理解した。

コイツは自分たちの敵だ、と。

その女は「どうして・・・?」と質問を返すが、ヴェンは食い気味で回答する。

「どうしてって、アンタもシシャだろうが。」嗤いながら人差し指を彼女に向ける。

そして彼は彼女を理解し、その正体を明らかにした。

「噂をすりゃ、アンタ『食人女マンイーター:ラーガン』だろ。噂は少し聞いてるよ。節操ねぇんだって?」

 刹那、女は悍ましい笑みをその顔に浮かべていた。

「貴方達も私の子供を攫った一員なのね。きっとそう。許せない。」

 彼らの思考回路では到底、辿り着けない思考の先にそのラーガンはいる。

ヴェンは意味の分からない答えにただただ困惑しているが、彼女は言葉を続ける。

「私の子供を返せ!返せッ!!!」笑い声から怒号と狂気に変わっていくその変遷にシーシャは初めての拒絶から発せられるストレスを感じている。

そして、ラーガンは「私の子供をどこへやったの!!!!?」と、更に怒りのボルテージを勝手に上げ、地面を蹴り彼らに飛び掛かった。

「ヴェン、やってもいい?」

「程々にな。」

 その声でシーシャは思考を切り替え、ラーガンへドロップキックの構えで飛び掛かり、押し勝ち、その体を蹴り飛ばした。滑って空振りなどしない。

誰かの墓石に体を打たれた女はさも平然そうに直ぐに立ち上がる。

「酷いじゃない。話くらい少し聞いてくれてもよくない?」

 その殺意に怒りが加わっていく。両手両足の筋肉が収縮と膨張を流動的に繰り返されていく。

着地したシーシャは無頓着に「だって興味ないし。」と返せば、「やはりお前らだな!」と嚙み合わない会話をラーガンは拡げていく。

それをシーシャは鼻で笑いながら「あなたも聞かないじゃん話?」純粋故の正論を述べれば、女の怒りは留まることを知らずゲージを上げていく。が―・・・。

お互い次の手をと動き出そうとした瞬間、ヴェンが声を荒げ「待てシーシャ!!!」と発し、瞬間シーシャの足は止まった。ラーガンの足もシーシャにつられる形で止まった。

「ヴェン!なんでさ!!!」

 脳内溢れんばかりの疑問を浮かべるシーシャに応える形でヴェンが口を開く。

「彼女の眼を見れば分かるさ。さっきまでと表情がまるで違うからな。」

「はぁぁぁぁ~~!!?そんなの分からないよ!!!!」

 生まれたばかりのシーシャにそれを理解するにはまだ早い。

空気を読むという因習のそれを。

だが確かに、よく見ればラーガンの様子は先ほどまでとは違っていることは理解できた。

「ハイ・・・・・。」

 酷くやつれたような表情。絶望していることを眼で物語っていた。

「たしかに私はシシャなんですが、生前の記憶が強すぎて、時折今の人格を凌駕して、憎悪に飲まれ、暴走して何でも壊そうとするんです。」

 彼女は続けて述べる。

「生前の私は、誰とのかは記憶にはなかったのですが、自分の子を出産した後、すぐに行方がわからなくなったようで、出産後の体力がない状態でそれを知って絶望の最中、亡くなったようで怨嗟のようなものが凄まじくて・・・。」と、あの怒りの原因と大きさを声を弱らせながら告げた。

ヴェンはなんだその症状と原因に対して、驚愕を顔に表している。

更には彼自身生前の記憶から知識を引き出しているが、その症例は聞いたこともないようだった。

「そんなことが―――。」彼の脳内はわからないで満ち溢れ、

「不思議だね~。」

 シーシャは素直に言うが、

「お前が言えることじゃねぇよ。」とヴェンは静かに感想を投じた。

でもシーシャはそれを否定的に捉えない。己の内から溢れる知識欲に従順だからだ。

彼は眼を輝かせてラーガンへ話しかける。

「良いなぁ。僕なんて生前の記憶まるで無いからさ。羨ましいよ。ねぇ?ヴェン!」

「さっきはごめんなさい。シーシャくん。ヴェンさん。」

 最後に出番を回されたヴェンは突如増えた悩みに吹っ切れた。

生前の記憶がねぇ奴シーシャ生前の記憶に支配される奴ラーガンかよ!!!普通のシシャが来いよ!!!!!」

 虚しい彼の叫びだけがこの場に響く。

そうしてラーガンがこの荒れた霊園の一人として居付いたのであった。


―――――某所

 何かを書き記す音だけがこの部屋に鳴り響く。

「よくやってくれたよ。本当・・・!!!」

 彼は笑う。

何故、それは彼にしか分からない。

「死体観察だ。記憶無きモノ、記憶に臆するモノ、記憶に飲まれるモノ。偶然とはいえ良い・・・、良いよ!私の死体達マイリビングデッド!!!」

 椅子から立ち上がって、自由気ままに身体の節々を伸ばし始める。

その行為に意味はない。ただの気分。

「いつか、届いてみせるよきっと。」

 常識から螺子が外れた思想が溢れ出す。

だが、彼はこう考えている。

考えるだけなら誰しも平等に自由だと。

己の頭部右側面にあるネジを彼はゼンマイのようにギイギイと3周回す。

しかし、彼は考えるだけでは収まらない。

―――――生命を扱いきれれば、至れるかな僕も。神の領域に。




chapter1 伽藍堂がらんどうな脳

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