雷神の拳 - 逆襲のカーストブレイカー
@Yuki-kawai
雷神の拳 - 逆襲のカーストブレイカー
第一話
学校の屋上、錆びた鉄柵に「底辺は消えろ」と赤いスプレーで乱雑に書かれた文字が目に入る。
佐藤健太(さとう けんた)はコンクリートの壁に押し付けられ、恐怖で喉が締め付けられる。
中位カーストのヤンキー、鈴木蓮(すずき れん)が拳を振り上げ、「お前みたいな奴はここにいていい身分じゃねえ!」と唾を飛ばす。
仲間たちの嘲るような視線を背に、蓮が鋭く睨みつける。
健太は声を押し殺し、握った拳が震えて白くなる。
薄暗い屋上で、健太の揺れる影が伸びる。
黒髪ロングの少女が立ち、冷たく一瞥する。
「うるせーんだよ! ぶっ殺すぞ!」
その叫びが屋上に鋭く響く。
次の瞬間、鋭い蹴りが空気を切り裂き、彼らは地面に叩きつけられた。
朝、健太は学校の門をくぐる。
擦り切れたスニーカーが砂利を踏む音が校庭に響く。
色褪せた文化祭のポスター「2年B組 メイドカフェ!」が風に揺れる。
それを見ると思い出すのは、去年の失敗――演劇の舞台背景を倒し、クラスメイトの嘲笑と冷たい視線に晒された記憶。
胸が締め付けられる。
あの日以来、母さんの「いい子でいなさい」という言葉が、なぜかひときわ重い。
よれた制服をまとい、うつむいたまま肩をすくめて歩く。
ポケットのスマホに手を伸ばすが、SNSには「佐藤、最下層」と書かれたスクショが拡散されている。
廊下を歩くと、クラスメイトの「ゴミムシ」という囁きが耳を刺し、背後に嘲る笑い声が響く。
上位カーストの女子がチラリと投げる蔑むような目つきに、健太はまるで透明な存在のように感じる。
彼は制服の裾を掴み、教室へ急ぐ。
早く机に座って、誰とも目を合わさないように――
教室では、蓮とその取り巻きが健太の机を占拠する。
「よぉ健太。座りたきゃ出すもん出しな」と蓮が近づき、不敵な笑みを浮かべる。
鋭い眼光を向け、傷だらけの指輪が光る。
彼は冷や汗のにじむ手で財布を握り、「……昨日、親に渡しちゃった」と小さな嘘をつく。
蓮の睨みつける瞳に息が詰まり、顎を固くして耐える。
「……こんな状況、絶対に変える」と一瞬だけ蓮を睨む。
「放課後、屋上な」と蓮が捨て台詞を残す。
健太は財布を握ってカバンを抱きしめた。
放課後、教室を出ると、薄暗い裏階段で蓮と2人の仲間に囲まれる。
階段の壁に刻まれた「最下層は這うだけ」の落書きが、健太の胸を締め付ける。
蓮が健太の腕をぐいっと掴んでニヤつく。
「下のやつは黙って従えよ」
彼の心臓がドクンと跳ね、不安に体が硬直する。
「や、やめて……」と呟くと、蓮の目がさらに険しくなる。
階段を上がり、屋上の扉が開く。
夕陽が眩しく、コンクリートの冷たさが背中に伝わる。
蓮が一歩踏み出し、「ルール違反はよくないよなぁ?」とせせら笑う。
取り巻きが取り囲み、健太の背中を壁に押しつける。
健太は一瞬だけ蓮を睨むが、すぐに恐怖で体が凍る。
彼が威圧的に手を振り上げる。
「ほら、さっさと出せ」と低い声で迫る。
屋上の隅で寝ていた少女が目を覚まし、顔から格闘技雑誌を払って立ち上がる。
制服のブラウスに浮かぶ雷神ジムのロゴと、引き締まった腕が夕陽に光る。
黒髪ロングの少女・石川美咲が立ち、冷たく一瞥する。
「うるせーんだよ! ぶっ殺すぞ!」と美咲が舌打ちして立ち上がり、髪を無造作に掻く。
「てめえ、関係ない奴は――」と蓮が声を荒げるが、途中で言葉を止める。
美咲の黒髪が風に揺れ、冷ややかな目で蓮を一瞥。
「石川……さん?」
蓮が一瞬たじろぎ、敬意と苛立ちが入り混じった声で言う。
「佐藤みたいな底辺をどうしようが、俺たちの勝手じゃないですか……?」
美咲は片眉を上げ、鼻で笑う。
「うるさい。あたしが気に食わない。文句があるなら、さっさと来い」
彼女の声は低く、蓮を見下す。
蓮の顔が赤らみ、拳を握りしめるが、カーストの壁に一瞬躊躇する。
仲間のひとりが声を潜めて囁く。
「蓮さん、美咲さん今ひとりっすよ。アイツ潰せば、上位の先輩が認めてくれるっすよ」
もう一人が肩をすくめ、「どうすっか、蓮さん? こっちは男3人です。やっちまえますよ」と煽る。
蓮の目が揺れ、怒りとためらいが交錯する。
「……ったく、舐めんなよ!」と蓮が低く唸り、葛藤を振り切る。
「囲め! 一気にやっちまうぞ!」と叫び、仲間と共に襲いかかる。
美咲は軽く鼻を鳴らし、「ふーん」と立ち上がる。
彼女はしなやかに動き、蓮のパンチをかわして強烈な蹴りで足を払う。
「うわっ!」と蓮が硬い地面に倒れる。
2人目が腕を掴もうと飛びかかるが、美咲は一瞬で投げ技を決め、「ドン!」と床に叩きつける。
3人目が「てめえ!」と突進。
美咲は一瞬目を見開くが、素早く体をずらし、鮮やかな突きで地面に沈める。
蓮がよろめきながら立ち上がり、唾を吐く。
「くそっ、舐めんな!」と叫び、再び突進。
美咲は唇の端を軽く上げ、「元気いいね」と呟く。
彼女はしなやかに蓮の突進をかわし、正確無比な蹴りを脇腹に叩き込む。
「グハッ!」と蓮が膝から崩れ落ちる。
仲間の一人が右から腕を掴もうとするが、美咲は素早く腕を捻って地面に叩きつける。
もう一人が「てめえ!」と拳を振り回すが、美咲は低く身を滑らせ、強烈な蹴りで腹を沈める。
蓮が「まだだ!」と唸るが、美咲は軽やかにかわし、胸に強烈な膝蹴りを一撃。
「まだやる?」と冷たく笑う。
仲間たちが「くそっ、逃げようぜ!」と叫び、屋上の扉へ慌てて逃げ出す。
「二度と来んなよー」と美咲が言い放つ。
彼女の黒髪が風に揺れ、雷神ジムのロゴが薄闇に浮かぶ。
混乱のなか、健太は立ち尽くす。
逃げ遅れた蓮が振り返り、ギラつく目で健太を睨みつける。
「お前、俺の顔に泥塗ってただじゃ済まねえからな!」
蓮が拳を振り上げる。
恐怖で体が凍りつくが、咄嗟に蓮の拳を目で追い、体をずらそうとする。
だが、拳が頬をかすめ、痛みに顔を歪める。
頬から血が滲み、膝が崩れる。
美咲が「ん?」と小さく呟き、健太をチラリと見る。
「へぇ、反応悪くないじゃん」
蓮は「お前はいつまで経っても下のままだ!」と吐き捨て、仲間と逃げる。
健太の目から涙がこぼれ、頬の痛みと「ゴミムシ」の囁きが胸を焼き付ける。
「また……何もできなかった」と呟き、地面に爪を食い込ませる。
美咲が彼の前に立つ。
「ほら、さっさと立てよ」と彼女が軽く鼻で笑う。
「今までずっと我慢してきた……もう、うんざりだ」と健太が呟き、歯を食いしばる。
「あなたみたいに強くなれたら……絶対、こんな目にあわないのに!」と涙を乱暴に拭う。
屋上に静寂が広がり、冷たい風が彼の頬を刺す。
美咲は「あー、もー」と面倒くさそうにため息をつき、髪をかき上げる。
「泣き虫の面倒とか、マジだるいんだけど」と呟きつつ、彼の震える肩を軽く見つめる。
「携帯出して」と少し柔らかい声で命令。
健太がスマホを渡すと、彼女は人気の動画サイトPicoTubeを開き、「雷神カイトのストリートファイト回避術」を再生。
サムネイルには、謎の仮面男カイトが「逃げる勇気を持て!」と叫ぶ姿が映る。
「これ見て勉強しろ。こんなとこでグズグズしてると、また絡まれるぞ」と肩をすくめ、スマホを突き返す。
「なんで助けてくれたの?」
「助けてねーよ。寝てるときに邪魔すんな、ウザいだろ」
「えっ。いや……そうですね。でも、ありがとうございます」
彼女は怪訝な顔で彼の肩を叩く。
「強くなりたいなら本気を見せな」と言い残し、夕陽に照らされた背中が屋上を去る。
健太は頬の痛みを押さえ、スマホを見つめる。
家に帰り、健太はベッドに倒れ込む。
頬の痣が疼き、鏡の情けない自分を睨む。
「今日も……ボロボロだな……」
スマホを開き、PicoTubeで雷神カイトの動画を再生。
「実戦じゃ、足運びが命だ! 相手の重心と肩の動きを見ろ。癖を見抜いて、ブラジリアン柔術のステップで躱せ!」
健太は蓮のパンチを思い出す。
「あの時……そういえば肩が一瞬動いてたな……!」と呟き、ノートに「肩の動き」「ステップ」と殴り書き。
右足を引いてステップを試みる。
足がもつれ、床に倒れる。
「くっ!」
動画を一時停止し、「ステップの角度」と書き足す。
何十回と試し、時計の針が深夜2時を過ぎても動きを止めない。
徐々にステップが滑らかに決まり、鏡の自分がブレなくなっていく。
「……これでいいのか?」と呟き、胸に小さな希望が灯る。
だが、屋上での嘲笑や、美咲の「強くなりたいなら本気を見せな」が頭をよぎる。
屈辱と憧れが胸で絡み合い、唇を噛む。
「もうあんな目に合わない……絶対に変わる!」と鏡を睨む。
狭い部屋に荒々しい息が響き、汗がTシャツを濡らす。
膝の擦り傷がじわりと滲む。
深夜、膝が震えても動きを止めず、朝日がカーテンの隙間から差し込む部屋で、汗と痣にまみれた顔が鏡に映る。
「絶対に、みんなを見返してやる!」と呟き、スマホの光が汗に濡れた拳を照らす。
机の上の文化祭ポスターに、赤いペンで「次やったら殺す」と殴り書きされた文字が目に入る。
ポケットのスマホが震え、通知を開くと、蓮からのメッセージ――「明日、覚悟しろよ」
健太は唇を噛み、拳を力強く握り締める。
ぎこちない一歩が、確かに踏み出された。
第二話
教室の冷たい視線を背に、健太は屋上への階段を急いだ。
朝のホームルームで、蓮の仲間の嘲笑と、机に書かれた「底辺」の落書きが脳裏に焼き付いている。
昨日の屈辱と美咲の言葉が頭から離れない。
「強くなりたいなら本気を見せな」
ポケットのスマホには、雷神カイトの「ストリートファイト回避術」の動画が再生済みだった。
昨夜、部屋で繰り返し練習したブラジリアン柔術のステップが、体に染みついた気がした。
「俺の成長を……見せたい!」と胸が高鳴った。
屋上の扉を開けると、美咲は隅で格闘技雑誌を読んでいた。
「逃げずによく来たじゃん」と面倒そうに顔を上げる。
「あの、昨日教えてもらった動き……練習したんです!」
スマホを握り、緊張で声がかすれる。
彼女は肩をすくめ、「ふーん、やってみなよ」と立ち上がる。
彼はぎこちなく右足を引いて足さばきを試みた。
「バランスを見ろ」を思い出し、鏡の前で繰り返し練習した動きだ。
彼女は一瞥で冷たく告げる。
「絶望的に……センスがない」
「えっ!?」
健太は床に手をつきうなだれる。
「……夜通し頑張ったのに」
彼女は目を細め、低くつぶやく。
「はぁ……じゃ、試してみるか?」
特訓が始まる。
彼女が一歩踏み出し、キリリと構える。
屋上の空気がピンと張り詰め、静寂が重く漂う。
「あの蓮だっけ? あいつはボクサーだな。とりあえず速さに目を慣らせ。これがジャブだ」
右拳が鋭く伸び、風を切り裂く音が鳴る。
彼は恐れで足がすくみ、咄嗟に体を引くが、腕に硬い衝撃が走り、よろめく。
膝が震える中、「次、横から!」左フックが弧を描いて襲いかかる。
茜色の光にきらめく軌跡が視界を圧した。
体をひねるが間に合わず、腕をかすめ、健太は呻く。
「全体をよく見ろ!」
美咲の声が鋭く響く。
雷神カイトの「相手のバランスを捉えろ」を思い出し、彼女の体幹の動きを捉える。
「右……!」と心で呟き、咄嗟に右へ足をずらした。
「シュッ!」とジャブが空を切る。
彼女は「ふーん」と小さく微笑む。
「ギア上げるぞ」
彼女はジャブを次々に繰り出すと、健太はそのスピードと迫力に圧倒される。
彼は攻撃を喰らいながらも冷静に腰を落とし、映像の足さばきを頭で反芻。
5分間、攻撃を耐えながらも少しずつ身を翻し始める。
左フックが横から弧を描いて腕をかすめ、ストレートが素早く伸びてきて紙一重でよける。
「見える……少しずつ!」と心が震える。
彼女は体幹を揺らしフェイントをかけ、膝を跳ね上げる。
彼の体が硬直しかけるが、雷神カイトの「バランスの挙動を捉えろ」を思い出し、腰を沈めて左に身をかわす。
「シュッ!」と膝が空を切り、風が健太の耳をかすめる。
「へえ、フェイントに引っかからなかったな」と彼女がニヤリと笑った。
彼女の鋭い目つきと構えが、再び屋上の空気を重くする。
突然、彼女が「死ね」と言い放ち、顔へ強烈なパンチを繰り出す。
拳が鼻先数ミリでピタリと止まった。
恐怖で全身が凍りつくが、健太は目を閉じずパンチを見つめた。
視界がスローモーションのようになり、動作の細部まで捉えた。
彼女は「センスはないけど、良い資質だ」とニヤリと微笑む。
彼は唖然とし、「え……?」とつぶやく。
彼女は続ける。
「ボクサーは死にそうな瞬間でも目を開け続ける。さっきのストレート、目を閉じなかったろ? 昨日も敵の拳を目で追ってた。恐怖の中で動きを捉えるのは素人じゃ無理だ。お前の視界は、闘う武器になりうる」
健太はハッとする。
確かに、蓮の拳が迫る瞬間、恐怖で固まりながらも軌跡が見えた。
「……この目が、俺の才能」
「目を開け続けろ。動きを追え。それだけでお前は、この学校くらいでならトップに立てるかもな」
「この俺が学園のトップに……」
美咲は笑う。
「じゃあ、1,000円」
「えっ?」
「指導料だよ。早く出せ」
「……ははは」
健太が渋々お金を払う。
放課後、路地を歩く健太の背後から、突然声が響く。
「おい、健太!」
振り返ると、蓮と2人の仲間が立っている。
彼の後ろに立つ二人――背の高い痩せ型の男がニヤニヤしながら「こいつの泣き顔、SNSにアップしようぜ!」と煽った。
もう一人の短髪の男は、落ち着いた声で「昨日みたいに手ぇ抜くなよ」と言う。
蓮は苛立ちを隠さず、「黙れ! 俺一人で十分だ!」と一喝する。
「昨日はあの女に邪魔されたが、今日こそ分からせる!」と吐き捨てる。
その目に、負けられない焦りとプライドが一瞬よぎる。
健太の心臓がドクンと跳ね、手が震える。
「や、やめて……」と呟く。
彼がニヤリと微笑み、「逃げても無駄だ」と構え、軽く身を揺らす。
体幹の挙動がわずかに見え、蓮は健太へと襲いかかる。
健太の肩に重い衝撃が走り、よろめく間もなく左のジャブが伸びる。
さらに、右ストレートが下から鋭角に突き上げるアッパーを繰り出し、風が顎をかすめる。
健太はよけようとするが、恐れで動作が硬直し、咄嗟に身を沈めて腕でガード。
蓮の右フックが腕に直撃しよろめく。
続けてジャブが肩をかすめ、慌てて一歩後退して距離を取ろうとするが、「うっ!」と呻く。
健太は「やっぱり……俺じゃダメなのか……」と挫折感が胸を刺すが、美咲の言葉が浮かぶ。
「センスはないけど、良い資質だ」
その言葉が心に火を灯す。
「まだ……終わらない!」
健太は歯を食いしばり、動きを見据える。
アッパーが来る瞬間、視界が鋭くなり、わずかに体をずらす。
蓮の拳が空を切り、風が「ヒュッ!」と唸る。
「見えた……!」
わずかな成功に胸が高鳴る。
健太は一歩踏み出す。
蓮が左のストレートを力強く繰り出す。
健太は昨夜の動画を思い出す――
「相手の肩の挙動を捉えろ」とカイトが言っていた。
蓮の肩がわずかに上がる瞬間を捉え、ぎこちなく腰を落とす。
「動きが……見える!」と気づき、咄嗟に身を翻す。
パンチが頬をかすめ、風が響く。
まだぎこちないが、初めて「避けた」感覚が胸を熱くする。
「美咲さんのジャブやフックを耐えたんだ……こいつの攻撃は避けられない訳がない!」
蓮が苛立ち、肩を震わせながら大振りのフックを放つ。
肘が外に開き、動きが一瞬大きくなる。
健太は素早く一歩後退して避ける。
風が耳元をかすめる。
その瞬間、路地の角から大きな声が響く。
「そこだ、かませ!」
美咲の声だ。
健太は拳が来る瞬間、腰を落として避け、咄嗟に右拳を振り上げる。
「バシッ!」と軽い音が響き、頬に当たる。
蓮が「あ?」と目を見開いた。
怒りに燃えた蓮がジャブを小刻みに連発し、鋭い連打からストレートを繰り出す。
健太は一歩後退して避けようとするが、間に合わず、連打が顔と腹に当たり、地面に倒れる。
「うっ……!」
血が鼻から滴り、視界が揺れる。
蓮は「二度と調子乗るな!」と吐き捨て、仲間が嘲笑しながら路地の角に消える。
健太は地面に項垂れる。
「こんなんじゃ……何も変えられない……」
美咲が近づき、笑う。
「ボコボコだけど、ちゃんと教えたことできてたじゃん。避けるの、昨日よりマシだったぞ」
彼は見上げる。
「え……?」
彼女は続ける。
「あの素人パンチ、蓮に当てたろ? 初めての反撃だ。才能あるって言っただろ」
彼女はスマホを手に、「連絡先教えな。次はもっと避けて、もっと殴れるようにしてやるよ」と言う。
彼は驚きつつ、スマホを渡し、連絡先を交換。
「あの……指導料は?」
「1,000円」
彼女は「じゃ」と一言、夕陽に照らされた背中が路地を去る。
家に帰り、健太はベッドに倒れ込む。
頬の痣を押さえると、鈍い痛みが走る。
鏡に映る傷だらけの自分を睨む。
「またボロボロか……」
だが、胸の奥に小さな熱が灯っていた。
拳を避け、初めて当てた感触が、確かにそこにあった。
「次は……もっとやれるはずだ」
「良い資質だ」という言葉が頭をよぎり、顔が熱くなる。
スマホが震え、通知が届く。
美咲からのメッセージだ。
「次はコレ見て勉強しろ」とリンクが貼られ、PicoTubeの動画「雷神カイトの反撃タイミング入門」が表示される。
サムネイルには、カイトがカウンターパンチを繰り出す姿が映っている。
説明文には「タイミングを見極め、カウンターで勝負を決めろ!」とある。
再生ボタンを押す。
「実戦じゃ、避けるだけじゃダメ。相手の隙を見極め、カウンターを叩き込め!」とカイトが叫ぶ。
ノートに「観察」「タイミング」と書き、ぎこちなくステップを試みる。
膝が震えるが、昨日の自分より軽い。
「これを続ければ……きっと強くなれる!」
小さな希望が胸に灯る。
第三話
健太は、学校の屋上で美咲と向き合っていた。
夕暮れがコンクリートをオレンジに染め、手すりが赤く輝く。
頬の痣はまだ疼くが、拳をかすめた感触が心に火を灯した。
彼女からの言葉はシンプルだった。
「パンチ力をつけろ」
彼は気合を入れ、シャドーボクシングを披露した。
右ストレートを空に突き出すが、彼女に一蹴される。
「シャドーなんて意味ねぇ! 敵をイメージできる経験がお前にないだろ!」
彼はたじろぐ。
「え……でも、動画で……」と呟くと、彼女に遮られる。
「いいからあたしを攻撃してみな!」
「女の人は殴らない!」と健太は即座に答えた。
彼女はため息をつき、「舐めるな!」と右拳でボディブローを放つ。
彼は「うっ!」とよろめく。
「ほら男の子なんだろ? 反撃してこいよ!」
意を決し、右ストレートを彼女の顎に打ち込む。
「バシッ!」
軽い音が響くが、彼女は平然としている。
「殴れとは言ったけど、女子の顔を躊躇なく殴るってどうなんだ?」と笑い、「でもノーダメージ。これがお前の実力だ!」と一喝。
再びパンチを繰り出すが、かすりもしない。
彼女の動きは速く、まるで舞うように軽やかだ。
「打撃力を鍛えるなら、実際に人を殴る経験をしろ。あと、家で筋トレ。筋力がない奴がテクニックだけ身につけても意味がない」
彼の声が小さく震える。
「……はい」と呟き、決意が胸に刻まれる。
「お前、これから報復されまくるぞ」
「えっ」
「弱者がメンツをつぶしたんだから、当然だろ」
「……」
「中途半端な力じゃ簡単に潰される。ある程度形になるまでは身を隠して時間を稼げ」
「……わかりました」
「1,000円」
「……はい」
夜、健太は近所の公園に立っていた。
冷たい夜風が頬を刺し、錆びたブランコがキィときしむ。
遠くの街灯がアスファルトに淡い光を投げ、虫がチカチカと点滅する光に集まる。
雷神カイトの「パンチ力強化入門」を流す。
「打撃の基本は筋トレだ! 重りをつけたダッシュで下半身を強化しろ! スクワットジャンプで爆発力を! 鉄を殴って部位鍛錬! 腕立て伏せで瞬発力を磨け!」
力強い声が耳に響き、心に火をつける。
リュックに水ボトルを詰め、肩に重さがのしかかる。
「逃げ切る持久力……耐える防御力を!」
公園の坂道を全力で駆ける。
「ハァ……ハァ!」
太ももが悲鳴を上げ、息がゼエゼエと荒くなる。
5本登り終え、膝がガクガクと震える。
「……下半身を強化する!」
鉄棒にタオルを巻き、すねで10回蹴る。
「ズン!」と鈍い痛みが走るが、「防御力を!」と耐える。
汗が額から滲み、地面に小さな水たまりを作る。
リュックを背負ったまま、スクワットジャンプを始める。
「1……2……!」
重さが腰に響き、着地で膝が震える。
「10回……!」
太ももが悲鳴を上げ、息がゼエゼエと荒くなる。
「……瞬発力を磨く!」
次に、地面に手を突き、腕立て伏せ。
「ハッ!」
腕が弾けるように動き、内側が熱くなる。
「諦めるな……これで強くなる!」
「筋力がない奴がテクニックだけ身につけても意味がない」という言葉が蘇り、10回、12回とやり続ける。
汗がポタポタ落ち、Tシャツが肌に張り付く。
翌日、健太は学校の裏口から帰ろうとしていた。
西日がアスファルトを染める中、蓮の仲間、渡辺剛(わたなべ つとむ)と斎藤流星(さいとう りゅうせい)の声が響く。
「弱者に舐められたら、俺たち降格だぞ!」
剛が苛立った声で吐き捨て、流星が「佐藤、どこだ! 見つけたら絶対に潰す!」と叫ぶ。
健太は咄嗟に物陰に隠れ、「出てこい!」という嘲笑に心臓がドクンと高鳴る。
彼らがゴミ箱を蹴った隙に、別の路地を駆け抜ける。
息を切らし、家にたどり着く。
「こんな生活を、いつまで……?」
数日後、健太は裏口を抜けようとしていた。
だが、校庭の端で悲鳴が響く。
剛と流星が優斗を虐めている。
流星が優斗を突き飛ばし、「底辺のゴミは黙ってろ!」と嘲る。
カーストの重圧がその場の空気を支配する。
健太の心臓がドクンと跳ねる。
「また……逃げ続けるだけか……」
恐怖が甦るが、クラスメイトの怯えた目を見て、胸が熱くなる。
「誰も虐げられない世界を作るなら……この状況は放っておけない!」
健太はスマホを取り出し、辺りを撮影する。
そして手を固く握り、校庭に飛び出す。
「やめろ!」
剛がフェンスに寄りかかって、ニヤリと笑う。
「やっと現れたな。蓮さんからの命令だ。お前をボコボコにしてやる」
流星が続ける。
「それともまた逃げ続けるか? お前が隠れても、こいつが次の標的だ。どうする?」
健太の肩が硬くこわばる。
「卑怯な……!」
剛が土を蹴り散らし、力強い右パンチを繰り出す。
健太は鍛えた脚でステップバック。
剛の足が砂利で滑る。
「スタミナ勝負だ!」
健太はフェンス沿いに走る。
剛が追うが、息が荒くなり、顔が赤く染まる。
「特訓のダッシュ……効いてる!」
剛がフェンスに手をつき、「この……底辺が!」と唸りながら再び突進。
健太は軽やかにかわし、拳が空を斬る。
「絶対に……掴ませない!」
健太の心に小さな自信が芽生える。
流星が「剛、遅え!」と叫び、砂利を蹴り上げ、健太の視界を遮る。
刹那、ローキックが膝を狙い、ミドルキックが脇腹に飛ぶ。
健太はすねでローキックを受け止め、半歩下がってミドルキックをかわす。
「今だ……!」
スクワットジャンプで磨いた爆発力を発揮し、低くタックルする。
腕立て伏せで鍛えた上半身で流星の腰を強く押す。
「ドスッ!」
流星の軽い体が倒れ、「ザッ!」と滑る音が響く。
「ぐっ……!」と呻き、素早く跳ね起きる。
「まだだ、佐藤!」と叫び、健太の脇腹に肘打ちを狙う。
健太は肘打ちを肩で受け流す。
「ハァ……効いてる!」と息が弾み、脈が速く鼓動する。
剛が流星の姿を見て顔を歪める。
「底辺が……調子に乗りやがって!」
剛が息を整え、拳を握り直して踏み込むが、砂利で足が滑り、ゼエゼエと息が荒い。
健太はフェンス沿いに軽くステップを踏む。
剛は苛立ちが顔に滲む。
「チッ……」
剛が流星を睨み、「行くぞ! こんな奴に構うのは時間の無駄だ!」
流星が「覚えてろ!」と吐き捨て去る。
剛が振り返り、「次は逃がさねえぞ!」と低く唸る。
健太は息を切らし、汗で濡れた額を拭う。
「特訓……ほんとに効いたんだ!」
鉄を蹴ったすねの痛み、スクワットジャンプで鍛えた脚力、掴みやキックを耐えた実感が、全身に力をみなぎらせる。
ふと、校庭の端で縮こまる優斗の姿が目に入る。
彼は震え、怯えた目で地面を見つめている。
いつも教室の隅で縮こまり、嘲笑を耐えてきた肩に、重圧がのしかかっているようだ。
「大丈夫か?」
優斗が震える声で呟く。
「怖かった……いつもみたいに、誰も助けてくれないと思ってた……」
健太はしゃがみ、目を合わせて言う。
「二度とこんな目に遭わせない」
彼の震える肩を見つめ、決意を胸に刻む。
「本当に……? 僕、いつも底辺で……」
健太は力強く頷く。
「大丈夫だ。一人なら無理でも、俺がついてる」
優斗が小さく笑い、涙を拭う。
「……ありがとう」
健太は立ち上がり、彼の肩を軽く叩く。
「いつかお前も、負けない力つけようぜ」
校庭の砂埃が夕陽に舞い、二人の胸に新たな力が宿る。
夜、健太は部屋でスマホを手に汗を握る。
校庭での戦いを収めた動画をチェックした。
「美咲さんに送るのは怖いけど……」
意を決し、動画を送信。
メッセージを添える。
「剛と流星を相手に戦ってみました!」
送信ボタンを押すと、胸が高鳴る。
数分後、美咲からの返信が届く。
「やるじゃん。スタミナ切れを誘ったのは悪くない。けど、タイミングはもっとシビアに詰めろ。次は顎狙ってKOしろよ」
健太はノートに「タイミング」と書き込み、拳を握る。
「次はKO……!」
カイトの動画を再生し、顎を狙うパンチをイメージ。
美咲の「か弱い女子も倒せない」が頭をよぎり、苦笑する。
「次は……美咲さんを驚かせてやる!」
翌朝、教室で優斗が健太に近づく。
「昨日は助けてくれて……ありがとう!」と笑う。
優斗の目が輝く。
「僕も強くなりたい。一緒にカーストをぶっ壊そうぜ!」
健太はハッとする。
初めて自分の理想が誰かと繋がった瞬間だった。
「一緒に強くなろう」
健太はスマホでカイトの動画を共有し、二人は笑い合う。
優斗が声を潜めて言う。
「剛たちに立ち向かった話……少し広まってるぞ。底辺でも戦えるって、僕、ちょっと希望持てた」
教室の隅で、いつも俯いていた数人の生徒が、チラチラと盗み見る。
健太は驚きつつ、胸が熱くなる。
「……それなら、もっと強くなるよ」
美咲からのメッセージが届く。
「次は頭じゃなく体で勝て」
健太はノートを握りしめ、つぶやく。
「そうか……初めて、勝ったんだ!」
第四話
健太は、教室のざわめきに立ち止まった。
朝のホームルーム前、いつもなら無視される底辺の自分なのに、今日は視線を集めている。
クラスメイトの囁きが耳に届く。
「佐藤が剛と流星に勝ったってよ」
「底辺が中位に逆らった? マジ?」
クラスメイトの視線が、まるで針のように彼に突き刺さる。
そこには嘲笑と、かすかな期待の光が混じる。
健太の心臓が強く脈打つ。
優斗がそっと近づき、声を潜めた。
「剛と流星、呼び出されてボコボコにされたらしい。蓮の側近、黒崎圭(くろさき けい)が動くって噂だぜ」
放課後、屋上。
屋上の空気は夏の熱を帯び、遠くの蝉の声が響く。
健太は手すりに寄りかかり、Tシャツの首元を引っ張る。
「優斗、圭って、どんな感じなんだ?」
彼の声には好奇心と不安が混じる。
優斗は目を輝かせ、スマホを握りながらまくしたてる。
「ブラジリアン柔術を使うらしいぜ。寝転がって戦うんだって」
健太は目を丸くする。
「え、寝っ転がる? じゃあ、立ったまま殴り続ければ勝てるかな?」
その瞬間、屋上の隅からドスの効いた声が響く。
「うるせえんだよ! なんでここに集まるんだよ!」
寝起きの髪をガシッとかき上げ、美咲が現れる。
健太は一瞬身を縮めるが、意を決して尋ねた。
「ブラジリアン柔術って知ってますか?」
彼女は目を細め、腕を組んで近づいた。
「タックルで倒し、締め技で秒殺する格闘技だ」
彼女の言葉に、健太は胸の奥で冷たい不安が膨らむ。
彼女は髪をサッと払い、強気に続ける。
「ほら、準備しろ。叩き込んでやるよ」と指導モードに切り替わる。
美咲が屋上の中央に立ち、健太を指差す。
「かかってこい!」
彼はゴクリと唾を飲み、緊張で手が震える。
美咲が一気に距離を詰め、体を沈めてタックルを仕掛ける。
肩が腹に迫り、「うっ!」とバランスを崩して地面に尻をつく。
冷たい感触が背中に響き、夏の熱風が額に滲む汗を乾かす。
「これが柔術のタックルだ!」
美咲が素早くフルマウントで押さえ込み、膝で脇腹を締める。
息が詰まり、服越しに熱を感じた彼は顔を赤らめるが、彼女が鋭く一喝。
「ふざけてると落とす! 集中しろ!」
優斗が「すげえ、強すぎだろ……」と目を輝かせ、スマホで撮影を始めた。
彼女がマウントをキープし、言う。
「これがフルマウント! 胸を押さえつけて動きを封じる。腕十字が来たら終わりだ。ブリッジで跳ね返せ!」
彼は歯を食いしばり、腹筋に力を込めて腰を上げる。
地面の冷たさが背中に伝わる。
彼女の体はビクともせず、逆に膝で脇腹をさらに強く締めつける。
「ほら、頑張れ! このままじゃ一方的にやられるぞ!」
健太は顔をしかめる。
「くっ……どうすれば……!」
もう一度全身に力を込め、息を止めて体を起こす。
力尽きて背中を打ちつける。
「うっ……まだ力が足りないのか……!」と悔しさが滲む声で呟く。
美咲がマウントを解き、腕を組んで見下ろす。
「タイミングだ。相手の重心が前かかった瞬間、腰を45度に爆発させる。腹筋とケツ、全部使え!」
彼女が立ち上がり、少年を力強く引き上げる。
「次、タックル防御。ブラジリアン柔術のタックルは低い。両手を相手の肩や頭に押し付けて上体を起こさせ、足を後ろに引く、つまりスプロールで防ぐ!」
彼女が再びタックルを仕掛け、健太は慌てて腰を落とそうとするが、タイミングがずれて膝がガクンと崩れる。
両手を前に出すも、肩に届く前に彼女の勢いに押し倒され、コンクリートに尻を打ちつける。
「うわっ!」と声を上げ、健太は焦りで汗が滲む。
美咲が立ち上がり、呆れたように笑う。
「重心下げろ! 膝曲げて、胸張れ! 肩で押しても意味ねえ、腰の力だ! もう一回、立て!」
彼は息を荒げ、立ち上がる。
悔しさで唇を噛む。
「次は……絶対、腰で……!」と呟き、膝を曲げて構え直す。
彼女が再度タックルを仕掛ける。
彼は膝を沈め、両手を低く構えるが、タイミングがわずかに遅れる。
肩に手が触れるも、力不足で押し切れず、地面に倒される。
「くそっ、届いたのに……!」と唇を噛み、わずかな手応えに瞳を輝かせる。
美咲がニヤリと笑う。
「少しコツ掴めてきたな。けど、腰の力もっと入れろ! もう一回だ!」
美咲が健太の姿勢を修正し、膝の角度や腕の位置を細かく指導。
彼は汗だくで息を荒げ、体に覚え込ませる。
屋上に靴底が擦れる音が響く。
「ブラジリアン柔術はスタミナ勝負。タックルをミスさせてスタミナを削れ。ブリッジとスプロール、毎日1,000回。膝蹴りも練習しろ。タックルが甘いなら顔面に叩き込め」
美咲が膝蹴りを披露。
膝が鋭く上がり、空気を切り裂く音が響く。
健太は目を丸くし、優斗が「すげえ! これで圭ぶっ倒せるぜ!」と拳を振り上げる。
健太は汗で濡れた拳を夕陽に翳す。
「……絶対、圭に勝ってみせる!」
美咲が「気合だけじゃ勝てねえ。技術と頭使え」と笑い、健太の肩をポンと叩く。
屋上は三人の熱気で満たされ、夕陽が彼らの影を長く伸ばす。
健太は汗と希望にまみれ、圭との戦いに向けて一歩踏み出した実感を噛み締める。
コンクリートに響く足音が、闘志の鼓動と重なる。
健太と優斗が帰宅中、疲れた足取りで校門へ向かう。
屋上での特訓が体に残り、健太のシャツは汗で重い。
優斗がスマホを弄りながら呟く。
「なあ、健太。美咲さんのブリッジ、かなり効きそうだな。圭のタックルも防げるんじゃないか?」
健太は苦笑しつつ拳を握る。
「だといいけど……実戦だと、頭真っ白になりそうでさ……」
その瞬間、砂利を踏む重い足音が背後から迫る。
中位グループの藤井葵(ふじい あおい)と松本陽(まつもと よう)が、夕暮れの影を引きずるように現れる。
葵が目を細め、低く唸る。
「底辺のくせに剛を倒して目立ってるらしいな。中位の看板を守るため、潰してやる」
陽が一歩踏み出し、ニヤリと笑う。
「調子に乗る前に、力の差を教えてやる」
健太の背筋がピリッと引き締まる。
「やるしかないのか……」
葵が突然、右ストレートを放つ。
健太は素早くステップバック。
砂利が足元でザリッと鳴る。
優斗がスマホを構え、「健太、動画撮るぞ! これで圭への宣戦布告だ、やってやれ!」と叫び、素早く周囲を警戒する。
健太は右ストレートを放つ。
「バチンッ!」と葵の顎にクリーンヒット。
「ぐっ!」とよろめく。
健太は拳を握り直し、驚きと興奮で息が荒くなる。
「パンチ……効いてる!」
陽が「舐めんな!」と吠え、低い姿勢でタックルを仕掛ける。
美咲の警告が脳裏に響く――
「圭のタックルは速くて低い! スプロールで防げ!」
健太は腰を落とすが、陽のスピードに圧倒され、膝がガクンと震える。
「重心下げろ!」
美咲の声がよぎるが、体が追いつかず、陽の肩が腹に当たる。
両手を前に出すも、バランスを崩して膝をつく。
健太は歯を食いしばるが、陽のタックルが浅かったため、完全に倒されずに済んだ。
健太は這うように体を起こす。
「まだ……やれる!」と歯を食いしばり、陽が次のタックルを仕掛ける前に、必死で腰を落として構え直す。
胸を張り、両手を低く構える。
陽が即座に体勢を立て直し、柔道の内股で「ドスッ!」と健太を地面にたたきつける。
砂利が背中に刺さり、息が詰まる。
陽がフルマウントで首を絞めようとする。
「地面で締め上げる……これか……!」
健太は「ブリッジで重心を崩せ!」を思い出し、腹筋と臀部に力を込め、腰を爆発的に上げる。
「ハッ!」
陽のマウントがずれ、腰をひねって振りほどく。
健太は素早く立ち上がる。
陽が即座に再度タックルを仕掛ける。
その瞬間、健太は美咲の膝蹴りを脳内で再生する。
「今だ!」と叫び、膝を鋭く振り上げる。
タイミングがわずかに遅れ、膝が陽の胸を捉える。
「ゴッ!」と鈍い音が響き、陽が「グッ!」とよろめくが、踏み止まる。
陽が目を鋭くし、すぐに右拳を振り上げる。
健太はとっさに左腕を上げて拳を防いだ。
「バシッ!」と衝撃が腕を走るが、踏ん張る。
健太は息を荒げ、「くそっ、膝もっと鋭く……!」と悔しさを噛み締める。
陽の反撃の隙に、膝を曲げて構え直す。
「次は……絶対当てる!」と目を光らせる。
葵が慌てて陽を支え、睨みつける。
「今日はここまでにしておいてやる!」
二人が夕闇に消えると、健太は膝をつき、息を切らす。
「膝蹴り……顔面に当たった……! でも、圭は……もっと速いのか……?」
優斗が興奮気味に背を叩く。
「すげえ! また勝ったな! 動画、バッチリ撮れたぞ」
健太は拳を握り、街灯の光に目を凝らす。
「俺……強くなってるのか……!」
砂利に響く足音が、闘志の鼓動と重なる。
夜の公園。
彼は傷だらけの体で街灯の下に立つ。
夕方の戦いで擦りむいた傷が砂利の感触を呼び起こし、誰もいない夜の静寂が心を締めつける。
スマホに美咲からのメッセージが届く。
「カウンター当てたのは悪くねえ。マウントにブリッジ効いたのもいいじゃん。けど、本物のブラジリアン柔術はもっとキレてる。今日はこの動画見て練習しな」と発破。
健太は拳を握り、街灯の光に目を細める。
タックルに膝をついた瞬間、ブリッジでマウントをずらした感触が脳裏に甦る。
送られてきた雷神カイトの動画を開く。
動画の中で、カイトが低いタックルを防ぎ、相手の腕を素早く捉えて締め上げる姿が流れる。
「圭の締め……こうやって防ぐんだ……!」
健太は立ち上がり、膝を曲げる。
美咲の声が脳裏に響く。
「重心下げろ! 胸張れ!」
健太はスプロールのフォームを試し、両手を低く構える。
汗が頬の痣を伝う。
何度も膝がガクつくが、「次は……!」と呟き、構え直す。
美咲の「肩の隙に膝蹴り!」を思い出し、膝を鋭く上げる。
夜の空気を切り裂く音が響き、不完全な膝蹴りの悔しさが胸を熱くする。
「技術と頭を使え……!」
息を荒げ、拳を握り直す。
圭との戦いはまだ遠いが、今日の失敗と小さな成功が胸に火を灯す。
街灯の光が汗に濡れた拳を照らし、「絶対、勝つ!」と夜空に誓う。
「絶対、勝ってみせる……! 底辺だって、変われるんだ!」
夜空に拳を突き上げ、誓う。
砂利に響く足音が、闘志の第一歩を刻んだ。
第五話
放課後の教室は夕陽に染まっている。
窓から差し込むオレンジ色の光が黒板を照らし、机の木目が柔らかく浮かび上がる。
健太は、葵と陽との戦いの後、教室に漂うひそひそとした嘲りの気配を感じていた。
机の上に、白い手紙が置かれている。
「佐藤健太、放課後、校舎裏の空き地にて待つ。黒崎圭」
丁寧な字で書かれた果たし状だった。
彼の手に汗が滲む。
クラスメイトの囁き声が耳に届く。
「圭が動いた……蓮の参謀だぞ」
「あいつ、終わったな」と。
冷酷な視線が、刺すように熱く感じられた。
健太は封筒を手に、唇を噛む。
「マジか、果たし状!?」
優斗が慌てて駆け寄り、声を張り上げる。
「これ……流石に断れないよな?」
彼の声は心配で震え、健太を見つめる目に焦りがにじんだ。
健太は封筒を握りしめ、静かに首を振る。
「逃げたら、今までの努力が無駄になる。美咲さんの教えを試したいんだ」
真面目な眼差しに、決意が宿る。
放課後。
健太と優斗は屋上へ向かう。
その足取りは重く、まるで死刑宣告を受けたかのようだ。
そしていつものように眠る美咲に手紙のことを話す。
彼女がニヤリと笑う。
「果たし状? ラッキーじゃん」
「えっ?」
予想外の返答に驚く二人。
彼女が続けて言う。
「囲まれてボコられることはない。プライド高い奴ほど、そこまでダーティにはなれないからな。今回はどうせ見せしめだ。ボコられて勉強してこいよ」
軽快な口調に、健太は苦笑いを浮かべる。
「勉強って……負ける前提ですか?」
美咲は豪快に哄笑する。
「はっはっはっ! 素人がちょっと勉強したくらいで格闘家に勝てるわけねーだろ!」
その言葉に、彼の胸に静かな火が灯る。
「そう……ですよね。はい……やれるだけやってきます」
封筒を鞄にしまい、健太は屋上を後にする。
優斗が「動画撮るからな! 何かあったら大声で助けを呼ぶから!」と背中に叫ぶ。
校舎裏の空き地。
夕暮れの光が雑草をオレンジに染める。
砂利が靴底でザリッと鳴り、健太は汗で湿ったTシャツの首元を引っ張る。
空き地には戦えと言わんばかりのスペースと、周りを囲む観衆がいた。
カースト中位のグループが、嘲るような笑みを浮かべていた。
その中に葵と陽の姿もあった。
心臓の鼓動が耳に響く。
「……勝てなくてもいい。でも、試せることもあるはずだ」
自分を鼓舞し、腰を落として構える。
目は鋭く前を見つめる。
静かな足音が近づく。
圭が姿を現す。
スラリとした体躯、鋭い視線、無駄のない姿勢。
「よく来たな。分かってると思うが、見せしめだ。タイマンは約束する。まぁ、腕の一本くらい置いていけ」
事務的だが、どこか苛立ちを滲ませる口調。
その視線が一瞬鋭く光る。
健太はゴクリと唾を飲み、「負けません……!」と宣言する。
声に震えが混じるが、目は彼を捉える。
「じゃあ早速始めよう」
圭が一瞬で距離を詰める。
風のようなスピード。
健太は肩の動きを捉え、ジャブを繰り出す。
「タックル来る!」
その拳は空を切るが、顎に掠め、相手の眼鏡が一瞬揺れる。
「当たった!」
勢いに乗り、右ストレートを放つが、彼は軽く首を振ってかわした。
健太はガードの隙を捉え、左フックを繰り出す。
「これなら!」
その一撃が頬をクリーンヒット。
観衆が息を呑み、陽が一瞬目を丸くする。
圭の足が一瞬よろめき、眼鏡がわずかにずれる。
「イケる!」
健太はすかさずジャブを放つが、彼は素早く距離を取り直し、眼鏡を直す。
圭は薄い笑みを浮かべ、眼鏡を軽く押し上げる。
「効かせてから言え」
次の瞬間、圭の右ローキックが太ももに炸裂する。
痛みが走り、健太の膝が一瞬揺れる。
健太はすかさず左フックを繰り出すが、圭は体を低くくぐり、流れるように右足を狙った。
両腕で足を抱え込むシングルレッグタックルで、一気に健太を仕留めた。
健太の背中が冷たい地面に叩きつけられる。
圭のテイクダウンが決まり、健太は地面に倒れる。
圭はすかさず体を押さえ込み、右腕をがっちり捉えながら、横から制圧するサイドコントロールに移る。
「詰みだ」
一言だけ、冷たく突き刺さる声。
健太の腕が軋み、「うっ!」と呻く。
美咲の「ブリッジしろ!」を思い出し、腹筋と臀部に力を込め腰を上げる。
「ハッ!」
だが、圭の重心は微動だにしない。
完璧にコントロールし、フルマウントに移行。
軽いパンチが健太の頬を打ち、地面で転がされる。
圭は好き放題に健太を支配する。
そして腕十字をかけ、ゆっくり締め上げる。
「恨んでも構わん」
健太の腕が限界まで軋み、「ぐっ……!」と悲鳴が漏れる。
視界が揺れ、息が上がる。
「俺……もう……!」
観衆の無情な眼差しが傷を抉る。
陽が声を上げる。
「終わったな。勝てるわけねーだろ」
葵の声が続く。
「底辺は底辺。無駄な足掻きだぜ」
だが、中位の生徒の一人が小さく呟く。
「いや、あのフック、結構良かったぞ」
その瞬間、声が空き地を切り裂く。
「はーい! 喧嘩はクリーンに!」
美咲が颯爽と姿を現す。
トレーニングウェアにポニーテール、自信に満ちた姿。
圭は眼鏡の奥で目を細め、初めて動揺を見せる。
「……あなたがこいつの指導者なのは知っています」
圭は腕十字を締めたまま、冷静に返すが、声に微かな緊張が混じる。
「だが、こっちにも面子がある。簡単に退くわけには……」
その言葉が終わるや否や、空気が一変する。
美咲が一歩踏み出す。
その瞬間、地面が震え、まるで空間そのものが存在に圧倒されるかのように軋む。
「それ、あたしに言ってんのか?」
その声は低く、抑揚のない静かな口調だが、死神が舞い降りたかのように、場の全てを凍りつかせる。
周囲に渦巻く殺気は、目に見えない刃となって空間を切り裂き、そこにいる全員の息を一瞬で奪う。
空気が重く、まるで時間が止まったかのようだ。
誰も動けず、ただ圧倒的な存在感に飲み込まれる。
圭は小さく舌打ちし、挑発的な視線を返すが、殺気に押されるように一瞬肩が下がる。
ゆっくりと腕を解きながら、冷たく言い放つ。
「……この落とし前、必ずつけさせてもらう。佐藤、覚えておけ」
圭は美咲を一瞥し、仲間と共に静かに去る。
その言葉は鋭いが、美咲の前では風に消えるささやきのようだった。
観衆の中位グループも散っていく。
美咲は健太の肩を叩き、「立て。帰るぞ」と言う。
彼の傷だらけの体が砂利に汗の跡を残し、屈辱と感謝が胸で交錯した。
「……俺、何もできませんでした」
彼女がニヤリ。
「次があるなら、それでいいだろ」
彼は拳を握り、涙を拭う。
夜、公園の街灯の下。
ベンチに座る健太の新たな傷がズキズキ疼く。
冷たい夜風が傷口を刺し、街灯の光が涙に濡れた頬で揺れる。
遠くで車の走行音が低く響き、木々が風にざわめく。
悔しさと闘志が胸で渦巻いた。
「俺……全然ダメだった……! 圭、強すぎる……」
泣きじゃくる声が夜の静寂に響く。
美咲は腕を組み、静かに見つめる。
「挫折は技術を磨く第一歩だ」
厳しいが、どこか温かい口調。
優斗が遅れて駆けつけ、スマホを握る。
「……動画撮ったけど、マジでヤバかった……でも、あのジャブ、当たってたぜ! 一瞬、圭の目が揺れてた。ほら、ここ!」
優斗はスマホの画面を健太に見せ、顎にジャブが当たる瞬間を再生する。
「次はあのタックルをどうにかしないとな。俺、ネットで対策調べてみるよ」
気まずくも力強い声に、健太は涙を拭う。
美咲が続ける。
「お前は分析されてた。だが、目は動きを捉えた。それで十分だ」
健太は拳を握り、涙で濡れた目を上げる。
「次は……絶対勝ちます! 相手がどんなに強くても、俺は這い上がってみせます!」
彼は街灯の光に拳を翳す。
カーストの壁を打ち砕く決意が、胸の奥で静かに燃える。
彼女の言葉が響く。
「その意気だ。まぁちょっと勝って浮かれてたから丁度いいだろ。分析してくれるくらい認められてきたって話だ」
涙と汗に濡れた拳が、街灯の光でかすかに輝く。
第六話
夕暮れの屋上。
美咲が屋上の中央に立ち、鋭い視線で健太を捉える。
彼女の口元に、いつものニヤリとした笑みが浮かんだ。
「一か月後、圭と再試合な。果たし状送っといたから」
彼は目を丸くする。
「え、一か月!? でも……俺、ボコボコにされたのに……!」
彼女の瞳が鋭く光る。
「だからこそだ。負けたお前が狙われるのは確実だ! だが、果たし状を受け取ったお前には送り返す権利がある!」
「……はぁ」
「あいつらはプライドの塊だ。次の対決まで他の奴らは手を出せない! つまり、鍛え放題ってわけだ! やったな!」
優斗がスマホを手に駆けつける。
「前の試合の動画を研究したぞ! ワンツーフックを狙われ、くぐられた瞬間にテイクダウンされてた!」
彼女が頷く。
「素人が短期間でリズムを変えるのは難しいが、戦い方はある。スタミナと下半身を徹底的に鍛えろ」
健太は拳を握る。
「やるしか……ない!」
スパーが始まる。
「短期間で素人が格闘家に勝とうっていうんだ。生半可な覚悟でやるんじゃねーぞ」
彼女のパンチが彼の顎にガツンと当たる。
衝撃が脳を揺らし、視界が一瞬揺れる。
「ぐっ!」と声を漏らすが、彼女の膝蹴りが容赦なく腹に突き刺さる。
息が詰まり、膝がガクンと落ちそうになる。
「意地でも踏ん張れ。腰が抜けたら即タックルが来るぞ!」
彼女のタックルが襲い、彼はグラウンドに叩きつけられる。
地面の冷たさと砂粒が背中に食い込んだ。
「うっ……!」と呻きながら、彼は彼女の腕を必死に押さえ、ブリッジで這うように抵抗する。
汗が目に入り、視界が滲んだ。
「全体を見て、肩や目、足の動きから予測しろ!」
彼女が叫ぶ。
「単発のパンチじゃ読まれる! 上下にちらせ! 姿勢が低くなったら逃げろ!」
彼は息を整え、這うように立ち上がる。
彼女の肩の微かな動きを捉え、突きが来る瞬間を予測。
右手をスッと上げ、ぎこちなくジャブで牽制する。
彼女の眉がピクリと動いた。
「いいじゃん」
タックルが再び飛んでくるが、健太は「左肩が一瞬下がった!」と反応。
屋上の端まで全力で逃げ、体を沈めてスプロールで防ぐ。
彼女の腕が空を切り、ニヤリと笑う。
「いいぞ! 圭のタックルもそれで凌げ! 逃げて削るんだ!」
そして過酷な鍛錬が始まった。
初日は20kgの重りを入れたリュックサックを背負い、スクワット100回で膝がガクガク震え、太ももの焼けるような痛みに耐えた。
美咲は「まだ土台が足りねぇ。神経系を徹底的に鍛えろ。雑に振るな、一発一発仕留めるつもりで丁寧に打て」と言い、毎日1,000回のジャブを課した。
スプロールの練習では、彼女に何度も叩きつけられ、擦り傷を作りながら這い上がる。
「逃げる持久力」をつけるため、校庭を10周、20周と走り抜き、肺が締め付けられるような息苦しさでも足を止めない。
汗が地面に落ち、黒い染みを広げた。
彼女の突きが健太の頬をバチンと叩き、「相手のスピードを想定しろ! 頭を振ってでも追いかけろ!」と叱咤する。
彼は歯を食いしばり、涙と汗で霞む視界の中、ジャブを繰り出す。
彼女が笑う。
「その調子だ! 一回でも多く牽制しろ!」
スパーの合間、健太は屋上の柵にもたれ、ゼェゼェと息を整える。
美咲が水筒を放り投げて、「飲め。毎日倒れるまで鍛えるぞ」と言う。
彼は水を喉に流し込み、ゴクゴクと飲み干す。
圭の眼鏡の奥の冷たい目が脳裏に浮かんだ。
健太は拳を握り、地面に押しつけた。
「絶対に……倒す!」
美咲が彼の肩をガシッと叩く。
「はい。休憩終わり」
彼女が一歩下がり、スタンスを取る。
「今からやる技を一か月でモノにしろ。コンビネーション打ってこい」
健太がジャブ、ストレート、フックを繰り出す。
彼女はスッと身を沈めてダッキング。
「圭はこうやってくぐる。で、ここで……!」
「ブオッ!」
拳圧が肌を震わせ、健太は息を呑む。
「な、なんですか、これ……!?」
彼女がニヤリと笑う。
「お前の目でも追えなかったろ? 何も考えずにこれを出せるまで、死ぬほど練習しろ。タイミングを体に刻め。そして、最後にぶち込んでやれ」
秘密の技の特訓が始まった。
「腰の捻りと遠心力が命。軸足を踏ん張れなきゃ、威力は半減する」と美咲が言う。
彼はぎこちなくパンチを繰り出すが、バランスを崩し、膝をつく。
「タイミングが……つかみにくい……!」
汗が額を流れ、地面にポタポタ落ちた。
彼女が腕を組み、見据える。
「だから練習するんだ。圭のダッキングは鋭いが、首を振った後、必ず一瞬体が開く。そこを狙うんだ」
健太はよろけながら立ち上がり、拳を振った。
体がふらつき、肩で息をする。
「何回……失敗しても……絶対モノにする……!」
彼女が小さく頷き、「その意地だ。失敗を恐れるな。体に刻むまで繰り返せ」と言う。
3週間後、健太は初めて攻撃を直感で避け、彼女の眉がピクリと動く。
「やっと感覚が掴めてきたな」と彼女が呟くが、彼は夜に鏡を見ながら「まだ足りない」と拳を握り、恐怖と闘う自分を叱咤した。
果し合い前日。
屋上の風が冷たくなり、健太の汗が乾いて肌に張り付く。
美咲は健太の前に立つ。
「試合は消耗戦だ。スタミナで圭を上回り、脛を削り、リズムを壊せ」
彼は拳を握り、力強く頷く。
「はい……!」
優斗がスマホを弄りながら言う。
「対決は校舎裏の空き地だろ? 罠がないか、ちょっと見てくるわ」
健太は息を整えながら笑う。
「お前、ほんとマメだな」
健太は屋上のコンクリートに拳を軽く押し当て、夕暮れの空を見上げる。
オレンジの光が瞳に映り、圭の冷たい目を打ち砕く決意が宿る。
果し合い当日。
校舎裏の空き地に健太が足を踏み入れる。
優斗が息を切らしながら駆け寄ってくる。
「今日も動画撮っとくからな! バッチリ決める瞬間、残すぜ!」
優斗の手が土で汚れているのに気づき、健太は目を丸くする。
「手……どうしたの?」
彼は照れくさそうに笑い、土だらけの手をズボンで拭う。
「いや、実はさ……いてもたってもいられなくて、昨日の夜からこの空き地の石とか砂利とか、できるだけ掃除しておいたんだ。足元滑ったらマズいだろ? だからよ、心置きなく戦ってくれよ!」
健太の胸が熱くなった。
汗と土にまみれた彼の手が、友情の深さを物語っていた。
「……本当にありがとう」と声を震わせ、拳を握りしめる。
地面は確かに石が減り、足元が安定している。
観衆の中位カーストのグループがざわめく。
圭が現れる。
眼鏡の奥の目が冷たく光り、口元に薄い笑みを浮かべた。
「今回はご招待ありがとう。今日もママが出てくるのかな? あの後おっぱいでも吸わせてもらったのかい?」
観衆の中位グループがクスクスと笑い、健太の頬が一瞬引きつる。
健太は目を鋭くし、地面を踏みしめる。
彼の言葉が胸に突き刺さるが、拳を握り直す。
静かに、だが力強く答える。
「今日は違う。……俺の力でお前を倒す!」
対決が始まる。
健太は圭の肩と目の動きを鋭く捉えた。
左肩が僅かに震えた瞬間、すかさず右拳を突き出す。
シュッと風を切る音と共に、圭の顎が小さく揺れる。
「当たった!」
健太の心が高揚するが、追撃せずすぐに姿勢を正し、距離を保つ。
美咲の声が脳裏に響く。
「一回でも多く牽制しろ!」
圭が踏み込んでくると、彼はジャブで牽制し、素早く後退した。
石一つない地面が足を滑らせず、スムーズに動ける。
観衆のヤジが飛び交う中、陽が声を張り上げた。
「逃げやがって! ビビってんのかよ!」
健太はヤジを無視し、ジャブとローキックを重ねる。
ゴツッと圭の脛に命中し、赤い腫れがじわじわ広がる。
「効いてる……!」
さらにジャブを放ち、パシッと軽快な音を響かせ、打撃を重ねていく。
息が上がり、汗が目尻を流れ、視界が揺れる。
シャツがびしょ濡れで肌にまとわりつき、頬の痣が脈打つように疼く。
それでも健太は姿勢を崩さず、ジャブをコツコツ当て続ける。
圭が踏み込むたび、走って空き地の端まで逃げ、距離をリセット。
だが、圭が突然リズムを変え、フェイントの突きからタックルを繰り出す。
健太はスプロールで防ごうとするが、彼の肩が腰に食い込み、グラウンドに叩きつけられる。
「くそっ!」
健太はブリッジで這うように抵抗。
汗で滑る腕を必死に押さえ、なんとか立ち上がる。
圭が反撃のジャブを繰り出し、健太の頬にピシッと命中。
痣がジリジリと熱を持つ。
健太は一瞬視界が揺れるが、歯を食いしばり、すぐにジャブで応戦。
試合はさらに長引き、両者の息が荒くなる。
健太の肺が焼けるように熱く、太ももが鉛のように重い。
圭も脛の痛みで顔を歪め、鈍重になる。
試合が長引き、観衆の声に焦燥が混じった。
中位グループが苛立ち、「いい加減殴り合えよ! 逃げてんじゃねえ!」と叫ぶ。
一方、上位カーストの生徒が笑いながら、「素人があそこまで粘れるとはな」と呟く。
健太は心の中で思う。
「見栄なんて張らない。コツコツやるだけだ!」
圭が苛立ちを爆発させ、「舐めるな!」と叫びながら大きく踏み込む。
眼鏡の奥の目がギラリと光り、拳が空気を切り裂く勢いで迫る。
健太が左肩の僅かな動作を捉え、あえてワンツーフックを繰り出す。
ジャブがパシッとかすり、彼の顎を軽く揺らす。
ストレートは鋭く伸びるが、彼が首を振ってスッと躱す。
そしてフック――左腕を振り抜く瞬間、彼が身を低く沈め、フックをくぐるようにダッキングした。
「今だ!」
健太は心の中で叫び、秘密の技が脳裏に閃く。
フックの反動を利用し、右足をガッと踏み込んで軸にした。
腰を一気に捻り、背中を相手に向ける。
肘を顎の高さに固定し、回転の遠心力に乗せて裏拳を放つスピンバックフィストが炸裂した。
「バキッ!」
裏拳が顎にクリーンヒットし、衝撃が脳を揺らした。
圭の眼鏡が跳ね、膝がガクンと崩れ、砂利にドサリと倒れる。
砂塵が小さく舞う。
美咲が空き地脇から叫ぶ。
「マウント取れ! 仕留めろ!」
健太は飛び乗り、フルマウントを取った。
拳を振り上げ、パウンドを放とうとした瞬間、動きが止まった。
健太が美咲の方に振り返り、ポツリと言う。
「あのー……美咲さん。彼、気絶してます」
一瞬、空き地が静まり返る。
直後、中位カーストのグループの一人が目を丸くし、「マジかよ……!?」と叫ぶ。
上位カーストの生徒が、ニヤニヤしながら呟く。
「あれは当たっちゃうねぇ」
観衆の歓声と困惑が交錯する。
後ろの方で誰かが呟く。
「佐藤、案外やるじゃん」
別の声が小さく響く。
「でも、蓮が黙ってねえぞ、これ……」
美咲が即座に駆け寄り、圭の状態を確認。
レフェリー役として試合を止め、頭部ダメージをケア。
圭が意識を取り戻し、ゆっくりと身を起こした。
眼鏡のレンズにヒビが入り、歪んだ視界の中で健太を見つめる。
「……そうか、……やられたのか」
声は低く震え、プライドの欠片を押し殺すように呟く。
仲間の一人が手を差し伸べるが、彼はそれを振り払い、自力で立ち上がる。
「次は……蓮さんが来る。覚悟しとけよ」
観衆の視線を背に受けながら、静かに去っていく。
どよめきが校舎裏の空き地に響き、夕暮れの紫が夜の闇に溶けていく。
健太は熱と砂利にまみれたまま、呆然と立ち尽くす。
圭の背中が観衆の間を消えていった。
頬の痣がズキズキ疼く。
だが今、胸の奥で熱いものが込み上げる。
「やった……やっと……倒せた……勝った!」
カーストの壁が、一瞬、ガラガラと崩れるような気がした。
観衆の歓声が校舎裏に響き、優斗の興奮した笑顔が視界の端で揺れる。
「底辺でも……やれるんだ……!」
その夜、公園の街灯下。
健太はベンチに座り、汗で濡れたタオルを首にかけ、ゼェゼェと息を整える。
街灯の淡い光が、地面に黒い影を落とす。
美咲が隣にドカッと腰を下ろし、水筒を放り投げる。
「ほら、飲め。倒れるまで戦ったんだ、しっかり水分取れ」
彼は水筒を受け取り、ゴクゴクと水を飲み干す。
喉を流れる冷たさが、熱を持った身体を落ち着かせる。
彼女が腕を組み、夜空を見上げながらポツリと言う。
「初めてのKOだな。あの裏拳、完璧だったぞ」
その言葉が、彼の胸にズシンと響く。
圭の冷たい目、試合の緊張、砂利の感触、美咲の叫び声――全てが一気に蘇り、目頭が熱くなる。
彼はタオルで顔を覆い、声を震わせる。
「俺……やっと……! ボコボコにされたのに……やっと、ちゃんと勝てた……!」
涙がタオルに染み、肩が小さく震える。
胸の奥で、ずっと押さえつけられていた何かが弾けるように解き放たれる。
彼女は黙って健太の背中をポンと叩く。
その声はいつもより柔らかく、しかし力強い。
「お前、いつも泣いてばっかりだな。底辺の意地を証明したんだ。胸張れ。……でもな、油断すんなよ。蓮はこんなもんじゃ済まねえぞ」
健太はタオルを下ろし、涙で滲む目で美咲を見る。
「え……?」
彼女がニヤリと笑い、街灯の光が彼女の目を鋭く光らせる。
「次は蓮だろ。参謀がやられたとなれば、流石に本気で来る。今日みたいにコツコツ削るだけじゃ、もっとひどい目にあうだろうな。ちゃんと対策しないとな」
彼の目が丸くなり、心臓が再びドクンと鳴る。
「蓮……」
その時、公園の入り口から優斗が息を切らして走ってくる。
スマホを手に、興奮した声で叫ぶ。
「やったな、今日の試合めっちゃバズってるぞ! ……でさ、次はきっと蓮が来ると思うんだ! どんな技使ってくるか、徹底的に分析しておいてやるよ!」
健太は彼の土だらけだった手を思い出し、胸が熱くなる。
「優斗……いつもありがとう……!」
美咲が立ち上がり、拳を軽く合わせる。
「明日からまた死ぬ気で鍛える。準備しとけよ」
彼は涙を拭い、力強く頷く。
「はい……! 蓮だって、絶対倒します!」
夜の公園に、街灯の光が三人の影を長く伸ばす。
星空の下で次の戦いへの決意が静かに燃え上がる。
第七話
黄昏が校舎の壁に影を落とす中、蓮は上位カーストの篠崎颯(しのざき はやて)に呼び出された。
颯の冷徹な視線が蓮を射抜く。
「下位の者にやられたらしいな。序列のリーダーとして、その体たらくはどうなんだ?」
蓮の目が一瞬揺れ、唇をかむ。
颯が冷たく続ける。
「文化祭に特設ステージを用意した。お前の拳で過去も未来も守ってみせろ」
蓮は拳を握り、黄昏の空に誓った。
「はい、必ず倒してみせます」
学校は文化祭ムードに包まれていた。
健太は木材を教室の模擬店に運び汗を拭う。
健太が圭を倒したことで、イベント参加を拒む者は大きく減っていた。
「今年は絶対失敗しないぞ」
そこへ蓮が現れ、ボクシンググローブを健太に投げつけた。
「文化祭で公開対決だ。俺の誇りにかけて、お前を正面からぶちのめす」
見物する生徒たちがざわめいた。
「一発KOして、カーストの差を見せつけてくれよ!」
だが、圭戦を見ていた生徒が囁く。
「圭を一発で倒したよな……蓮、大丈夫か?」
優斗が息を切らして駆け寄り、スマホを手に言った。
「どうするんだ? 受けるのか?」
健太は目を閉じる。
去年の文化祭、クラスの出し物に失敗し、笑いものにされた記憶。
底辺カーストに落とされ、誰も助けてくれなかったあの孤独。
「もうあの頃には戻らない」と心で呟いた。
「分かった! この勝負受けるよ!」
教室がざわめきで満たされる。
蓮の顔からにやけが消え、鋭い目つきで睨みつけた。
「じゃあ一か月後、楽しみに待ってるぜ」
そういうと蓮は教室から出て行った。
校舎の屋上、美咲が腕を組み、厳しい目で健太と優斗を見据えた。
「はっきり言う。このままじゃ絶対勝てない」
二人が目を丸くする。
「え、なんで……?」
健太が呟くと、彼女が冷たく続ける。
「お前の反応速度は悪くない。だが、技術の差は圧倒的だ。相手は多彩なコンビネーションを正確に打ち分ける。お前の経験値では、何を喰らったかも判断できずマットに沈むだろうな」
二人は唖然とし、言葉を失う。
「でも、この間はパンチを見て避けられたので」
「バカ。ボクサーが素手で本気出すわけないだろ。それに、お前が反撃することを想定してなかったから当たっただけだ。そういうのラッキーパンチっていうんだよ」
彼が震える声で言う。
「じゃ、じゃあ……どうすれば……?」
「まぁ。次何やるかはもう決めてたんだ」
「ドンッ!」とリュックサックが置かれる。
「30kgの重りを担いで、アヒル歩きをやってもらう」
健太が首を傾げる。
「アヒル歩き? あの、グワグワってやつ?」
「ちげーよ!」
美咲が笑い、続ける。
「これはブラジリアン柔術でも使われる基礎トレだ。反応速度を活かしつつ、攻撃の的を小さくするんだ。まず見せてやる」
彼女は膝を深く曲げ、両腕を顔の前に構えてピーカブーガードの姿勢を取り、しゃがんだまま屋上の10メートルをスムーズに往復した。
まるで地を這う獣のようだった。
「これがアヒル歩き。身を低くして移動する基礎だ。どの武術にも似た動きがあるが、この練習は勝率を大きく引き上げる」
健太はリュックサックを背負い、30kgの重さに体がグラリと揺れる。
膝を深く曲げ、しゃがみ込むが、肩に食い込む重さに顔を歪める。
「動けません……!」
彼女が鋭く言う。
「うるさい動け。すり足でもいいから動け。膝は絶対につくな。手はこうだ!」
彼女はガードの姿勢を見せる。
健太は重さに耐え、多少前傾になりながらガードを構える。
膝がガクガクと震え、汗が地面に滴り落ちた。
彼女が続ける。
「とにかく顎を守れ。命いっぱいしゃがめ。的が低けりゃ殴るとこがなくなる。その状態で毎日、10メートルを50往復しろ」
彼は息を切らし、重量に押し潰されながら低姿勢で前進を始める。
アヒル歩きで1歩進むごとに太ももが燃えるようだ。
5往復目で脚が震え、10往復目で汗が目に入り視界が滲む。
ガードを固め、よろめきながら前進。
15往復目で脚が折れそうになるが、歯を食いしばる。
50往復を達成し、コンクリートに倒れ込む。
肩紐が食い込み、息が上がる。
「絶対……倒してやる……!」
汗と涙が混ざり、地面に黒い染みを広げた。
「おい、今から普通にスパーリングやるぞ」
彼は息を切らし抗議する。
「もう……フラフラなんですけど……!」
彼女が冷たく返す。
「それ、リングの上でも言うのか? リュックを外せ」
30kgのリュックを下ろすと、肩の重しが消え、体が羽のように軽くなる。
まるで地面から浮くような感覚に、健太は一瞬、目を見開いた。
彼女が優斗に言う。
「動画を撮っとけ。後で分析だ」
「はっはい!」
彼女が続ける。
「次はタックルの練習だ」
健太が驚く。
「え、タックル? パンチの練習じゃないんですか?」
「やってることは一緒だよ」
彼女が一蹴して言う。
「立って構えろ」
彼女はピーカブースタイルで深くしゃがみ、片足を前に突き出し、顔を両拳でガッチリ守る。
「ストレート当ててみろ」
健太はふらつきながらストレートを放とうとするが、彼女の前に出された足が邪魔で狙いが定まらない。
無理やり右ストレートを振ると、角度が付き過ぎて体が前傾。
瞬間、美咲が健太を吹き飛ばす。
彼はコンクリートに転がり、うめき声を上げた。
彼女はすっと立ち上がり、言う。
「これをマスターしろ。仕上がれば、最後に立ってるのはお前だ」
彼はうずくまり、胸を押さえながら呟く。
「これで……蓮を……!」
夕暮れの空に健太の意地が燃えた。
文化祭当日、広場の特設舞台は生徒や教師、外部の観客で埋め尽くされていた。
屋台の焼きそばの匂いと夕暮れの空気が場内を包み、スマホのフラッシュが光る。
蓮が舞台に上がり、拳を振ると、生徒たちがどよめく。
応援団が叫んだ。
観衆の視線が彼に集まる。
ざわめきが一瞬静まり、好奇と嘲笑が入り混じった空気が漂う。
「アイツの体、変わったな……」
「素人が蓮に勝てるわけねえ」
そんな囁きが客席から漏れる。
健太はリング中央に立ち、深く息を吸った。
去年の文化祭での失敗、底辺カーストの屈辱――その全てを振り払うように、背筋を伸ばす。
対する蓮は、鋭い目で健太を睨みつけ、グローブを打ち合わせる。
「準備はいいか、底辺?」
その挑発に、健太は静かに頷く。
言葉ではなく、拳で答えようと心に決めた。
レフェリーが中央に立ち、両者を呼び寄せる。
「ルールはシンプルだ。3分3ラウンド、KOかポイントで決着。クリーンファイトを心がけろ!」
観衆の歓声が一気に高まる。
スマホのライトが揺れ、まるで夜空の星のように会場を照らす。
ゴングが鳴った。
瞬間、健太は膝を深く曲げ、片足を前に突き出した低姿勢のピーカブーガードを取る。
両拳を顔の前に固め、まるで地を這う獣のような構え。
見物人がざわつく。
「なんだ、アイツの構え!?」
蓮が目を剥き、怒りをあらわにする。
「なんだその構え! やる気あんのか!」
生徒たちから「なんだよそれ。戦う気あんのか?」と冷ややかな笑い声が上がる。
だが、颯は「はっはっは! 上等じゃないか!」と笑う。
蓮がレフェリーに詰め寄る。
「あんな構え、試合じゃねえ! 反則だろ!」
レフェリーは冷静に答える。
「まだ戦闘拒否とは認められない。試合を続行する」
健太は身を低くしたまま、蓮を挑発した。
「ビビってるのか?」
「なんだ、てめぇ!」
蓮はキレ気味にグローブを握り直し、向き合う。
だが、健太の前に突き出された足と低い構えに、ジャブが空を切る。
蓮の左ジャブ2発が矢のように飛ぶが、パンチが届かない。
無理やり踏み込むと、健太はアヒル歩きでスッと横に移動、相手の右ストレートが空振り。
ギャラリーがどよめく。
「なんだその動き!」
蓮は苛立ちを抑え、冷静さを取り戻す。
「……あぁ、そうかよ」
その瞬間、蓮のフットワークが変わる。
ボクサー特有の小刻みなリズムに切り替え、舞台を軽やかに跳ねる。
健太は相手に合わせ、出した足の位置を微調整する。
だが、素早い左右の動きに惑わされ、視線が追いつかない。
蓮が左にピボットし、健太の右側面に滑り込む。
瞬間、右ショートフックが健太の頭を捉え、「ドン!」と吹き飛ぶ。
生徒たちが「おお!」と沸く。
だが、重しで鍛えた体幹が唸り、足の遠心力でクルリと姿勢を戻す。
即座に屈伸レベルのピーカブーガードを再構築し、蓮を睨む。
中位カーストの応援団が叫ぶ。
「手を出せ! やる気が無いなら帰れ!」
「帰れ! 帰れ! 帰れ!」
会場がブーイングに包まれる中、健太はいたって冷静に蓮を見据える。
蓮は再びフットワークを駆使し、左右に振って惑わす。
右にステップし、健太の左側面に滑り込む。
その瞬間、健太はしゃがみながら前に出した足を引いた。
そして拳を突き出し、全身のバネを解放してジャンプした。
蓮の右ショートフックが健太の肩をかすめ、同時に健太の右拳が蓮の頬をかすめた。
観衆がざわめく。
「カエルパンチ!?」
健太の着地時、ガードが一瞬緩む。
蓮が吠える。
「これが実力の差だ!」
左ジャブが健太の顔を捉え、右ストレートが追い打ちをかける。
健太がのけ反るが、蓮は一気に踏み込み、ショートアッパーを顎に叩き込む。
「バチッ!」
健太の頭がガクンと揺れ、観衆が「うおお!」と沸く。
美咲が冷静に言う。
「さすがボクサーだ。付け焼刃の戦術なんて、簡単に攻略されるな」
優斗が焦る。
「いいんですか! このままじゃ、負けちゃうんじゃ!?」
彼女はニヤリと笑う。
「大丈夫だ。これくらい想定内。蓮は立派なボクサーだよ。だからこそ勝てる」
健太は顎の痛みに耐え、血の味を感じながらピーカブーガードを固め直した。
ゴングが鳴り、1ラウンドが終了。
健太はリングサイドにフラフラで戻り、息を切らす。
「美咲さん……蓮、強いです……!」
汗と血が混ざり、コンクリートに滴った。
彼女は鋭い目で言う。
「しっかり足を休ませろ。フットワークにやられたが、お前も一瞬あいつを捉えたろ。次のラウンドはアレをやるぞ。狙える時に一気に仕掛けろ」
彼はうなずき、震える足を抑えながら水を含んで吐き出した。
第八話
2ラウンド開始。
健太は意外にも通常のボクシングスタンスで立った。
観衆がざわめく。
「何を仕掛けてくるんだ!?」
颯が腕を組み、ニヤリと笑ってつぶやいた。
「オーソドックスに変えたか……次は何を見せてくれる?」
蓮が挑発した。
「万策尽きたか雑魚!」
ゴングと同時に、健太は膝を深く曲げ、低姿勢のピーカブーガードに戻った。
会場が熱狂した。
「またあの構えかよ!」
蓮は苛立ちを隠し、右オーバーハンドフックを繰り出した。
「今だ!」
健太はパンチの軌道を読み、一瞬ガードを解いてクリンチに持ち込んだ。
攻撃を受けながら、体を巧みに動かしダメージを最小限に抑える。
レフェリーが近づいた瞬間、健太はスッと距離を離し、アッパーを蓮の顔面にバチッと叩き込んだ。
観客が「おお!」と盛り上がった。
レフェリーは一瞬困惑するが、「続行!」と叫ぶ。
蓮は目を光らせ、「てめぇ、ふざけた真似を!」と怒鳴った。
健太は即座に防御を固め、身を沈めて睨みつけた。
蓮は冷静さを取り戻し、ジャブで距離を測りながら小刻みなフットワークで牽制。
ガードの上部を右フックで叩き、隙を作ろうとした。
続けて左ジャブ2発、右ストレートのワンツーを放つ。
健太はストレートのタイミングを捉え、ダッキングで躱して再びクリンチ。
レフェリーが近づくまで耐える。
離れた瞬間、ショートアッパーを再びヒット。
蓮が「てめぇ、こんなことして良いと思ってんのか!」とレフェリーに抗議した。
一瞬、視線が健太から外れる。
その隙を逃さず、健太はステップイン。
バネのような瞬発力で側頭部に右ストレートをバキッとぶち込む。
蓮の重心が上がり、尻もちをつく。
スリップに近い形だったが、初めて明確なダメージを与えた瞬間だった。
会場が騒然。
「マジか、ダウン取ったぞ!?」と驚きの声が上がり、文化祭の喧騒を背景に拍手が沸き起こる。
レフェリーは困惑しながらもカウントを開始。
「1、2、3……!」
蓮は「あぁ、そうかよ」とつぶやき、カウント8で立ち上がった。
額に浮かぶ汗を拭い、唇の端が微かに震える。
中位カーストの誇りを背負ってリングに立った自分を思い出し、屈辱を振り払う決意を新たにした。
冷静さを取り戻し、構える。
「お前なんかに負けたら、俺の全てが無意味になる」と吐き捨て、鋭い眼光で睨む。
ここから蓮の猛攻が始まった。
ギアを上げた素早いフットワークで追い詰め、右オーバーハンドフックを連打。
クリンチに対してもショートアッパーを顎に、ショートフックを側頭部に叩き込む。
健太は体幹で耐えるが、スピードについていけず、ガードが乱れる。
応援団が叫ぶ。
「やっちまえ! 分からせてやれ!」
颯が囁く。
「……これで終わりか? 何を試している?」
健太は血と汗にまみれ、必死にガードを固めた。
美咲の声が響く。
「とにかく耐えろ! 気合だ!」
2ラウンド終了のゴングが鳴り、健太はリングサイドに倒れ込むように戻った。
汗と血にまみれ、息を切らす。
美咲が告げた。
「喋るな、体を休めろ。よく耐えたな。計画通りだ。最終ラウンドでアレを解禁しろ!」
彼は口をすすぎ、唇の血を吐き出して黙って頷いた。
瞳に底辺の意地が燃える。
3ラウンド、ゴングが鳴る。
健太は即座に膝を深く曲げ、片足を前に突き出した超低姿勢のピーカブーガードに構えた。
観衆がざわめく。
「最後まであの変な構えだぞ!」と男子生徒が笑い声を上げる。
颯が立ち上がり、つぶやいた。
「さぁ、最終ラウンド。何を見せてくれる?」
蓮にはもう油断はない。
冷静に小刻みフットワークでリングを回り、右ショートフックをガード上部に叩き込む。
だがその瞬間、蓮の顔が歪む。
「てめぇ!」
健太はショートフックが放たれる瞬間、ガードを解き、素早く左ストレートを肋骨に叩き込んだ。
蓮の呼吸が一瞬止まり、観衆がどよめく。
颯が立ち上がり、呟く。
「……あれは、カウンターの中段突きか!」
美咲がニヤリと笑う。
「決まったな」
健太は追撃せず、低姿勢に構え、じっと見据える。
蓮は再びショートフックを放つが、健太は当たる瞬間に手を伸ばし、腋を軽く押してバランスを崩させ、右ストレートをボディにゴツッと叩き込む。
蓮がキレた。
「今度はそんな逃げかよ! プライドもねぇのか! まともにボクシングする気ねぇのか、このカス!」
レフェリーが暴言に警告を出そうと近づく。
その瞬間、健太がスッと立ち上がる。
「しょうがないなぁ。じゃあ、ボクシングしてあげるよ。しゅっしゅっ」
そしてわざとぎこちないフットワークを見せつけた。
観衆がざわつき、応援団が声を揃える。
「ふざけすぎだろ! まともにやれよ!」と笑いながら叫ぶ。
蓮はレフェリーを押しのけ、襲い掛かる。
左ジャブ2発、右ストレート、左アッパー、右フックと、怒りの連打が飛ぶ。
健太はガードを固め、すべての攻撃をしっかり防いだ。
心の中で思考を巡らす。
「これじゃない……これも違う……!」
蓮が右オーバーハンドフックを叩き込む。
健太は瞬時にクリンチに持ち込み、レフェリーが近づく瞬間、スッと離れる。
蓮は「ネタは割れてんだよ!」と右ストレートを放つ。
だが、健太はクリンチから離れた刹那、屈伸レベルにしゃがみ込む。
蓮の目線が下に落ち、「まずい!」とボディをガード。
瞬間、バネのような瞬発力で跳び上がり、右ストレートが蓮の顎をガツンと捉える。
蓮の頭がガクンと揺れ、両腕が一瞬だらりと下がった。
会場が「おお!」と息を呑む。
健太が「倒れろ!」と吠え、迫る。
蓮はよろめき、ガードを上げようとするが、脳が揺れ、腕が重く動かない。
健太は右フックを頬にバチッと叩き込み、左ショートフックで顎を再び捉えた。
バキッと音が響き、蓮の体がロープに凭れる。
「倒れろ!」
健太の叫びがこだまする。
右ストレートが蓮の顔面を直撃し、血と汗が飛び散る。
彼は倒れまいと拳を握り、虚ろな目で睨む。
ボクサーのプライドが彼を立たせ、観衆がざわつく。
「まだ立つのかよ!?」
美咲が叫ぶ。
「そのまま倒れるまで殴り続けろ!」
その声に後押しされ、健太はガードの隙に左アッパーを顎に、右フックを側頭部に叩き込む。
「バチッ!」「ボゴッ!」と連続する打撃音。
蓮のガードする手も徐々に下がり始める。
健太は心の中で葛藤する。
「倒れてくれ……早く……!」
だが、蓮の瞳に宿る意地が、殴り続けることを強いる。
「倒れろ!」と叫び、右ストレートが顎に再び炸裂。
彼の体がガクンと傾き、ロープに凭れたまま動かなくなる。
レフェリーが素早く間に入り、「ストップ!」と叫びながら両腕を振る。
試合終了のゴングが鳴り響く。
会場を爆発的な歓声が包んだ。
観衆が一斉に立ち上がり、叫ぶ。
「底辺の下克上だ! すげえ!」と興奮した声が響き、スマホを掲げる生徒たちが試合を撮影する。
「佐藤、蓮をKO! 文化祭の伝説だ!」と誰かが叫び、歓声がリングを包む。
颯が拳を握り、「……佐藤健太、覚えたよ」と唸る。
蓮は意識を取り戻し、肩を落としリングを去る。
健太は汗と血にまみれ、リング中央で立ち尽くした。
彼の去っていく姿を見ながら、健太は観衆の歓声の中で深くお辞儀をした。
試合後、健太は控室の簡素なベンチに腰掛け、唇の傷をタオルで押さえて荒い息を整えた。
汗と血の匂いが狭い部屋にこもり、窓の外から文化祭の屋台の喧騒と笑い声が遠く聞こえた。
擦りむけた拳は赤く染まり、脈打つ痛みが勝利の重さを刻む。
彼は目を閉じ、蓮の虚ろな瞳を思い出す。
自分と同じく、プライドを懸けて戦った相手。
胸の奥で小さな後悔が疼くが、すぐに振り払う。
「これが勝つって事だ」と自分に言い聞かせる。
美咲が隣に腰掛け、水筒を放り投げる。
「よくやった。作戦通りだったな」
彼は水筒を受け取り、喉を潤しながら小さく笑う。
唇の傷が引きつるが、笑みを崩さない。
優斗が興奮して控室に飛び込んできた。
「試合の動画、文化祭の公式アカウントでトレンド1位だ! ピーカブーからのカエルパンチ、みんな底辺の下克上って騒いでるぜ」
彼女がニヤリと笑う。
「油断すんなよ。次は上位カーストが出てくるぞ」
健太は傷だらけの拳を握り、窓から見える星空を見上げる。
「上位か……」
控室の蛍光灯が三人の影を長く伸ばし、文化祭の喧騒に次の戦いへの決意が燃え上がる。
第九話
文化祭2日目、校庭は活気に包まれ、中位カーストのグループが混乱していた。
健太が蓮を倒し、カーストの均衡が揺らいでいた。
SNSでは「カエルパンチ」がトレンド1位を獲得していた。
健太は優斗と屋台を回り、たこ焼きを頬張りながら「まだ夢みたいだな」と微笑んだ。
唇の傷がうずくが、胸の奥で下位カーストの意地が燃えていた。
「カエルパンチの動画、100万ビュー超えだ! 文化祭の伝説だぜ!」
優斗が興奮気味にスマホを見せる。
健太はたこ焼きを飲み込み、「なんか、恥ずかしいな」とつぶやいた。
校庭では生徒たちのどよめきが続く。
中位カーストの生徒たちが屋台の隅でひそひそと囁き、「健太が蓮を倒したってマジ?」と不安げな視線を交わした。
一方、上位カーストの生徒たちは特設ステージ近くで悠然と笑い、健太の存在をまるで無視するかのように振る舞う。
カーストの波紋が、校内に静かに、だが確実に広がっていく。
焼きそば屋台で健太と優斗が並んでいる。
「焼きそば食うか?」
振り向くと長身で、緩い笑顔と鋭い目つきの男性が、取り巻き数人を引き連れて声をかけてきた。
「えっと……どちら様ですか?」
彼は目を丸くする。
「あぁそうか。そうだね。私は3年の篠崎颯。君は佐藤健太くんだろ? 昨日の試合見せてもらったよ。なかなかトリッキーなことをするね」
取り巻きがニヤニヤと囲む中、颯は焼きそばの皿を差し出し、気さくに微笑んだ。
健太は焼きそばを受け取り、じっと相手を見つめる。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。お金はあるので」
「いや、違う違う。これは君のファンからのプレゼントだ」
「ファン……ですか」
「あぁ。まさか君が中位カーストを打ち負かすなんて、まさに武術の在り方を体現するかのようじゃないか」
「……そうですか」
「君が望むなら、俺の権限で中位カーストに引き上げてあげよう。セコンドの友達も一緒にさ」
だが、健太は静かに切り返す。
「いいえ、大丈夫です。カースト制度には興味ないので」
颯の視線が一瞬鋭くなる。
「へえ、カーストなんかどうでもいいって? 面白い奴だな」
颯がニヤリと笑い、目を細める。
「でもさ、蓮が底辺に落ちてしまったのは君が勝ったせいだ」
その言葉で健太は察する。
「……彼をどうしたんですか?」
颯の笑顔が一瞬凍り、すぐに軽快に答えた。
「ハハ、下位に負ける中位だろ? たぶん下に落ちたんじゃないか? 俺も忙しくてね。すべては把握できていないさ」と肩をすくめる。
その目には冷たい光が宿る。
健太はじっと見つめる。
「傘下って、友達ってわけじゃないんですね。俺、仲間外れにされた友達がいたら絶対許せませんから」と挑発した。
空気がピリつく。
颯が目を細めて、威圧感を放つ。
取り巻きが息を呑む中、颯は笑顔に戻り、「そうだ、体育祭で勝負しよう! 負けたらなんでも言うことを聞くってのはどうだ?」と宣言した。
取り巻きの一人が「それはちょっと……」と口を挟むが、颯は振り返らずに肩越しに裏拳を放ち、「バチン!」と顎を打ち、地面に沈めた。
もう一人が驚いて近づくが、流れるように体を回転させ、上段蹴りで頭部を蹴り上げ、「ドン!」と倒した。
「誰が俺に意見していいと言った?」と凄まじい威圧感が校庭を包んだ。
他の取り巻きがビビって黙る中、彼はすぐに笑顔に戻り、「じゃあ、お返事楽しみにしてるよ」とウィンクして去っていく。
健太は焼きそばのお皿を握りしめ、「いったい……何なんだ」と呟く。
校舎の屋上。
遠くで文化祭のざわめきが聞こえる。
健太が美咲に焼きそばを渡し、「颯に会った」とつぶやいた。
優斗が興奮気味に続けた。
「振り返らずに肩越しにパンチ、んでキックで一瞬で取り巻き沈めたぜ! すげえ速くて、めっちゃ強え!」
彼女は焼きそばを食べながら、「なるほどねぇ」と呟く。
優斗がタブレットを見ながら、「裏サイトにもアイツの情報がない。謎だらけだ」と首を振った。
彼女が胸元から手紙を取り出し、「颯から」と一言だけ言い、健太に放るように渡した。
健太が手紙を開く。
「一か月後の体育祭……颯とその四天王、5対5のチーム戦!? 美咲さん、これって……!?」
美咲はニヤリと笑う。
「あぁ。果たし状だな」
「えええええ!」
美咲は続ける。
「相手のメンバーもその手紙に書かれてるぞ」
健太は対戦カードを見る。
「小林雅琉(こばやし まさる)、木村峻(きむら しゅん)、嵐山豪(あらしやま ごう)、高橋翔(たかはし しょう)って……誰だよ、コイツら……」
優斗がたこ焼きを頬張りながら、「チーム戦!? マジ熱いな! ルールは?」と目を輝かせる。
健太が手紙を読み直す。
「先に3勝したチームが勝ち。個人戦3試合、タッグ戦1試合、最後に俺と颯の一騎打ち。タッグは2勝分の価値だって」
美咲が「ふん、派手なルールだな」と呟く。
健太が手紙を握り、「5試合か……四天王ってどんな奴らだ」とつぶやいた。
優斗がニヤリと笑う。
「裏サイトに少し情報あったぞ。まず小林雅琉、ムエタイ使いらしい。去年の文化祭で肘打ち一発でKOしたって話だ」
健太が目を丸くする。
「マジか……次は?」
優斗がタブレットをスクロール。
「木村峻、レスリング部の巨漢。地区大会で相手をマットに叩きつけたって。すげえ迫力らしい」
健太が、「力押しタイプか。残りは?」と尋ねた。
優斗が肩をすくめる。
「嵐山豪と高橋翔。情報少ねえけど、豪は喧嘩屋でルール無視、高橋はサッカーの全国選手らしい。詳細はまだ調べるよ」とタブレットを閉じる。
健太が夕空を見上げ、「ムエタイ、レスリング、喧嘩屋、スポーツ万能……強すぎだろ。仲間、4人もどうすんだ」と呟く。
美咲が焼きそばを食べ終え、箸を置く。
「あたし、出ないからな」
健太が目を丸くし、思わず口を滑らせる。
「えっ、師匠、出てくれないんですか!?」
彼女が軽く眉を上げ、口元に淡い笑みを浮かべる。
「なんで弟子の喧嘩に師匠が出るんだよ」
彼が小さく呟く。
「……ずるい」
「なんか言ったか?」
彼女の鋭い一瞥に、健太は苦笑いで首を振る。
優斗がタブレットを閉じ、場を和ませるように笑う。
「よっしゃ、SNSでスカウト用の投稿作るぜ! 柔道部のデカいヤツとか、キックボクシングやってるヤツにDM送ってみる!」
健太は屋上の柵に寄り、手紙を握りしめ、空を見上げる。
「下位カーストでもあれだけやれたんだ! 俺を信じてくれる奴が、絶対いるはずだ」
美咲が小さく頷き、静かに言う。
「なら、さっさと動け」
夕暮れの空の下、底辺の決意が静かに響く。
文化祭の夜、校庭の特設ステージ近く。
花火が夜空を染め、炸裂音が遠くの観客の歓声と響き合う。
健太は一人、リングの残骸に立った。
壊れたロープが冷たい夜風に揺れ、足元の板が軋む音が耳に刺さる。
唇の傷が疼き、擦りむけた拳に鈍い痛みが脈打つ。
「底辺でも……中位カーストを倒せたんだ……」
健太はリングの端に腰を下ろし、血の染みついた床を見つめた。
蓮の倒れた姿が、まるでスローモーションのように何度も蘇る。
あの勝利はただの勝ち負けじゃなかった。
下位カーストの意地、文化祭のリングに刻んだ希望そのものだった。
だが、胸の奥で小さな後悔が疼く。
蓮もまた、プライドを懸けて戦っていた。
自分と同じく、負けられない理由があったはずだ。
「俺は……間違ってなかったよな?」と呟き、拳を握り直す。
血の匂いと汗の感触が、勝利の重さを刻み込む。
健太は立ち上がり、壊れたロープに触れた。
そして、颯の冷たい視線――「お返事楽しみにしてるよ」という言葉が、夜風と共に耳に蘇った。
「まだ終わっちゃいない。次は颯だ……!」
軽くステップを踏み、ジャブを夜空に放つ。
花火が炸裂するたび、拳が光に照らされ、汗が冷たく頬を伝う。
リングの影が長く伸び、まるで健太の決意が校庭に刻まれるようだった。
唇の傷が引きつるが、笑みを浮かべる。
「仲間がいる。優斗、美咲さん……そして、俺を信じてくれる奴らが、絶対にいる!」
風がロープを揺らし、リングの軋む音が花火の炸裂音に溶ける。
校庭の喧騒が遠ざかり、健太の瞳に底辺の意地が燃えた。
「颯、四天王……全員ぶっ倒してやる!」
花火の光が拳を照らし、夜空に新たな火花を散らす。
第十話
文化祭の熱気が冷めた校舎は、静けさを取り戻していた。
教室は健太の話題でざわついていたが、颯の存在が重くのしかかる。
健太と優斗は教室の隅で作戦会議。
「柔道部のデカい奴、昨日はノリノリだったのに、颯の名前を聞いただけで逃げた」と優斗がスマホをいじりながら愚痴る。
健太はノートに候補者名を書き、消しては書き直した。
「剣道部のエースも、陸上部のスピードスターも、四天王の噂を聞いただけでビビって……」とつぶやいてため息をつく。
「まだ時間はあるから、頑張って探そう」と健太は声に焦りが滲んだ。
下校時、薄暗い路地裏。
夕暮れの赤みがコンクリートに映り、湿った空気に汗と埃の匂いが混じる。
叫び声と肉を打つ鈍い音が響く中、健太が一人、校門からの近道を歩いていると、路地の奥で騒ぎに気づいた。
角を曲がると、蓮とその傘下の剛、流星、圭が、5人に囲まれ、袋叩きにされている。
そのリーダーは長身で、左耳のピアスが夕暮れの光を反射する。
隣の赤髪の男は拳を鳴らし、「颯様の秩序を乱す奴は、俺がこの手で潰す」と低く唸る。
残る3人は無言で拳を握る。
蓮は額から血を滴らせ、ボクシングの構えで立ち上がる。
「てめえら……こんなことして許さねえ!」と叫んで睨みつける。
だが、徐々に数に押され膝を突く。
剛は彼の前に立ちはだかるが、膝蹴りを受けて胸を押さえて崩れる。
「この程度で負けるかよ!」と拳を握りしめる。
流星は軽やかなステップで蓮を守ろうと動くが、赤髪のフックが顎をかすめ、よろめく。
「ふざけんな……こんな所で終わるかよ!」と唸る。
圭は冷静に叫ぶ。
「蓮さん、刺客は5人、こちらは4人、ツーマンセルで行きましょう!」
健太は迷わず飛び込み、「やめろ!」と男の一人にパンチを放つ。
顎にヒットし、相手が一瞬よろける。
「よし!」と拳を握るが、背後からリーダーの膝蹴りが腰を狙い、振り返った瞬間、赤髪のハイキックが肩を直撃する。
健太は地面に転がされ、埃にまみれる。
蓮が吼える。
「邪魔すんな! お前の戦い方じゃ集団戦で役に立たねえ!」
健太は敵を睨みながら言う。
「でも、こんな状況放っておけない!」
蓮が舌打ちをし、圭に目で合図を送る。
圭が即座に頷き、ブラジリアン柔術の構えを保ちながら声を張る。
「単独で突っ込むな! 剛の左をカバーしろ!」
健太は力強く頷き、「分かった!」と応じ、剛の横に移動する。
圭が鋭く指示する。
「剛、赤髪を抑えろ! 流星、陣形を乱せ!」
剛は力強く立ち上がり、赤髪の腕をつかんで投げ倒す。
流星は素早いステップで刺客の脇腹にキックを叩き込む。
蓮がカバーし、パンチで刺客リーダーの顔面を捉える。
圭は素早く刺客に飛びかかり、相手を地面に押し倒して腕を極める。
「佐藤、剛の投げに合わせろ!」
健太はボクシングの構えでパンチを繰り出すが、剛に合わせて男を誘導する。
剛の大外刈りが相手を地面に叩きつけ、倒す。
健太は目を輝かせ、「剛の投げ、めっちゃ力強い!」と声を上げる。
圭は敵の腕を極めながら指示を飛ばす。
「孤立した奴を狙え! 蓮さん、赤髪の背後を取って! 流星、左だ!」
蓮は赤髪の背後を取って、コンビネーションで顔面を攻める。
流星は素早いステップでローキックを放ち、刺客の右膝を攻撃するが、刺客の反撃を受けてよろめき、蓮がフォローする。
健太は息をのむほどに感動する。
蓮の鋭いボクシング、剛の力強い柔道、流星の素早いキックボクシング、圭の的確な指示が、戦術シミュレーションのように連動する。
健太は心の中で叫ぶ。
「すごい連携だ……! この人たち、マジでやばい!」
赤髪が声を上げる。
「撤退だ! 颯様に報告するぞ!」
集団は散り散りに逃げる。
路地に静寂が戻り、汗と血の匂いが漂う。
健太は息を切らし、蓮に手を差し伸べる。
「颯を倒すには皆の力が必要だ! あいつの支配から皆を解放したいんだ! 一緒に戦ってくれ!」
彼は手を払いのけ、睨みつける。
「俺は中位に戻るために戦う。お前の正義なんてどうでもいい!」
だが、その声には微かな迷いが滲む。
剛が「俺たちだけで十分だ」と胸を張り、流星が「俺たちの戦いに首を突っ込むな」と低く唸る。
圭は「悪いが、私は蓮さん以外の下には着かない」と不敵に笑う。
四人はそれぞれのプライドを胸に、よろめきながら路地を去る。
蓮が振り返り、健太に一瞬だけ目をやる。
その瞳には怒りと屈辱、そしてほんの一瞬の敬意が混じる。
「……あの強さ……絶対に仲間にしたい!」
夕暮れの空を見上げ、颯への決意を新たにする。
翌朝、校舎裏。
健太と優斗がチーム結成の作戦を練るが、進展なし。
優斗がスマホをいじりながら言う。
「蓮たち、めっちゃ強いけど、プライド高すぎだろ。どうやって仲間にすんだよ?」
健太はノートに候補者名を書き、ため息をつく。
「確かに……でも、あの連携は絶対必要だ」
そこに蓮が単身現れる。
剛、流星、圭が少し離れて見守る。
蓮は目をそらし、拳を軽く握りながら渋々言う。
「昨日は……まあ、助かった。だがよ、俺が颯をぶっ潰したいのは、お前の正義なんちゃらじゃねえ。剛や流星、圭を守れなかったあの日の借りを返すためだ」
健太が「だから、一緒に颯を……」と言いかけると、彼が鋭く遮る。
「お前の傘下には入らねえ。だが、颯の吠え面は拝みてぇ。その為にお前が俺に協力しろ」と吐露。
彼の目には、かつての傲慢さだけでなく、悔しさと怒りが宿る。
「だが、中位に戻ったら、お前をまたボコボコにしてやるからな!」
健太は目を輝かせ、彼を抱きしめる。
「お前、最高だ!」
彼は「うぜえ! 離せ!」と振りほどくが、口元に笑み。
剛と流星が「蓮さんがやるなら俺らも!」と拳を合わせ、圭が「私が参戦するからには負けは認めませんからね」と意を決める。
放課後、屋上。
美咲がいつもの定位置に座り、健太、優斗、蓮、剛、流星、圭が集まる。
彼女がジュースを飲みながら、「なんでここに集まるんだよ」とつぶやく。
健太は照れ笑いを浮かべながら言う。
「一応、師匠に報告しとこうと思いまして」
「いらねーよ! 静かに眠らせろよ!」
健太は屋上の柵を握り、夕暮れの空を見上げる。
校舎の喧騒が遠く響き、体育祭へのカウントダウンが始まる。
皆が屋上を後にする中、美咲が最後まで残り、健太の背中に視線を投げる。
彼女は一瞬、髪をかきあげ、頬がわずかに赤くなる。
「なあ、健太」と珍しく小さな声で言う。
健太が振り返ると、彼女は目をそらし、ジュース缶を握り潰しながら続ける。
「今日……うち、来られる? ちょっと話したいことがあるんだけど」
彼は一瞬、顔が熱くなり、目を丸くするが、すぐに真剣な表情で拳を握りしめる。
「行きます! 行かせてください!」と力強く答える。
彼女は「うっさい!」と缶を投げつけ、顔を背けて「なら、来な」と呟いて屋上を去る。
健太は投げられた缶を手に持って、夕暮れの空を見上げ、静かにつぶやく。
「これ……そういうことだよな」
胸の高鳴りを抑えながら、握った拳に力を込める。
第十一話
夕暮れの住宅街、コンクリートの路地を抜けると、錆びた看板に「雷神ジム」と書かれた建物が現れる。
古びた木造の門には拳の痕が刻まれ、鉄の扉が鈍い音を立てて軋む。
健太は美咲の後ろをドキドキしながら歩き、彼女の制服ブラウスから透ける「雷神ジム」のロゴに目を奪われる。
彼女が「ただいまー!」と声を上げて扉を蹴り開けると、熱気と革の匂いが漂う道場が現れる。
リング中央では、黒いマスクに派手な赤いタンクトップの男がシャドーボクシング中。
鋭いパンチが空気を切り、足音がコンクリートに響く。
健太の視線は釘付けになる。
「まさか……雷神カイト!?」
美咲が照れくさそうに頬をかき、「……あたしの兄貴」と呟く。
カイトはマスクを外さず、PicoTubeで見たようなハイテンションで叫ぶ。
「おお、佐藤健太! 下克上キッド! 雷神ジムへようこそ!」と拳を突き上げる。
健太は圧倒され、「な、なんで俺を……?」と声を震わせる。
美咲が頭を抱えてため息をつく。
「こいつがどうしても会いたいってうるさくてさ」と投げやりに言う。
カイトがニヤリと笑い、「君の文化祭の動画、100万再生を超えたらしいな! コラボでバズらせてください!」とまくしたてる。
健太は驚きの表情を見せる。
「えっ、動画……どういうこと?」
カイトがスマホを掲げ、裏サイトを見せる。
文化祭の動画に、「底辺の逆襲」「颯に喧嘩売った奴」なるコメントが溢れる。
健太は頬が熱くなり、「でも、これ……俺だけの力じゃないんです」とつぶやく。
カイトが肩を叩き、「バズればなんでもコンテンツだ! 君は今やスターだ! 一緒に格闘技界を盛り上げよう!」
美咲がロープに寄りかかり、「ウザいでしょ? だからずっと屋上で寝てたんだ」とつぶやく。
彼女の目には、苛立ちと微かな家族愛が混じる。
健太はカイトの動画を思い出す。
「雷神カイトのストリートファイト回避術」で学んだステップが、蓮の拳を躱すきっかけだった。
「あなたの動画で俺、ちょっとだけ強くなれたんです」と言う。
美咲がカイトを見やり、静かに言う。
「兄貴、こいつを鍛えてやってよ。来月の体育祭で、勝負するんだ。相手は高校3年で、格闘技10年やってる」
カイトが目を輝かせ、「おお、勝負! いいね! 俺が君を最強のファイターに鍛え上げ、コラボ動画でバズもゲット! 完璧なプランだ!」と指を鳴らす。
「じゃあ、毎日ジムに来い! 俺が鍛え上げてやろう!」と宣言。
健太は「え、毎日!?」と驚くが、美咲が「断ってもいいぞ?」と冷静に突っ込む。
健太は目を丸くしつつ、彼女の家に毎日通うことにドキドキする。
トレーニング初日。
雷神ジムのリング、冷たい照明が汗とゴムの匂いを浮かび上がらせる。
道場の隅に美咲が寝転がり、イヤホンを耳にしながらスマホをスクロールしている。
カイトが素手で立つ、黒いマスクの目がギラリと光る。
「まずは守りだ! 守りと言えば少林寺拳法! 受け流しができないと腕が折れちゃうぞ!」と健太をマット中央に引きずり出す。
「少林寺拳法? なんだそれ……?」
カイトがニヤリと笑う。
「日本の武術だ! 攻撃を力で受けるな、流すんだ! まずは実践で見せよう! 美咲、来い!」
美咲が面倒くさそうにイヤホンを外し、「うっぜ」と言いながらリングに上がる。
カイトが「いくぞ!」と叫び、右ストレートを放つ。
美咲は肩を落とし、左腕を軽く曲げて相手のパンチを外側にそらす防御で、カイトの攻撃を体の横に滑らかにずらす。
カイトが上段回し蹴りを繰り出すが、美咲は右腕を曲げて蹴りを中心に流す技で、腕の内側で軽く触れ、腰をひねってその力を逸らし、軽くステップバック。
カイトが「いいぞ!」と笑い、美咲が突きと膝蹴りのコンビネーションで反撃する。
カイトは外受けで流し、素早く距離を詰めるが、美咲がロープに跳ね返ってカウンターの突き。
目にも止まらぬ速さで、リングに足音が響く。
健太は口をあんぐり開けて驚く。
「す、すげえ……! これが少林寺拳法!?」
美咲が、健太をチラリと見て小さく笑う。
「汗かいた。シャワー浴びてくる」とリングを降り、道場の奥に消える。
カイトが振り返り、「見たか! これが受け流しだ! さあ、お前の番だ! 俺の突きを流してみろ!」
カイトがゆっくり右ストレートを繰り出し、「外受けだ! 腕を固くせず、力をそらせ!」と指導。
健太の左腕を掴み、肘を軽く曲げて外にスライドさせる。
「君は絶望的にセンスがないな! 肩を落とせ、柔らかく!」とカイトが笑い、健太の肩を叩いてリラックスさせる。
健太はぎこちなく真似して突きを逸らすが、力が入りすぎて腕が震える。
「うっ、硬い……!」と呻く。
カイトが次に上段蹴りを繰り出す。
「今度は内受け! 腰をひねって蹴りをずらせ!」と右腕を内側に動かし、フォームを教える。
健太は最初、タイミングを外し、蹴りが腕をかすめる。
「速っ……!」と焦るが、カイトの「肩の動きを見ろ!」とのアドバイスで徐々にコツを掴む。
カイトが「よし、10回連続で流せ!」と突きと蹴りをランダムに繰り出す。
健太はガードを下げ、最初の数回は硬くブロックして腕に衝撃が走るが、「流すんだ!」と叫ぶカイトの指導で肩の力を抜く。
15分後、外受けと内受けが滑らかになり、汗まみれで小さくガッツポーズ。
「地味だが、これが少林寺拳法の基本! 防御は戦いの命綱だ!」とカイトが拳を振り上げる。
ジムの裏庭、2メートルの穴にビニールシートが敷かれ、小麦粉の匂いが漂う。
カイトは三脚を固定し、1台目のスマホをセット。
2台目のスマホを手に持つ。
カイトは三脚のスマホの録画ボタンを押し、「3、2、1、ゴー!」と叫ぶ。
ホースを手に水をジャーッと流し、小麦粉をどろどろに混ぜる。
「超絶格闘技! 科学実験シリーズ、復活だぜ!」とハイテンションで叫び、カメラ目線でニヤリ。
カイトは100kgの重し入りリュックサックを「ドンッ!」と地面に置く。
「背負って走れ! ダイラタンシー現象! 強く踏めば沈まないぞ!」と拳を突き上げる。
健太にリュックサックを押し付け、「重いだろ! 視聴者にアピールしろ!」と指示。
健太が「うっ、ヤバい重さ!」と呻く。
カイトは「俺の見本を見ろ!」と声を上げ、どろどろの表面を軽快にダッシュ。
自分の足元を自撮りし、「ほら、見ろ! 簡単だ!」と叫ぶ。
健太が「マジか……!」と目を丸くする。
健太が恐る恐る穴に踏み込む。
足元がズブッと沈む。
健太が「うわっ、ダメだ!」と叫び、縁にしがみつく。
カイトは健太を片手で引き上げ「慌てるな! 強く踏め、リズムだ!」と指導する。
健太は颯を倒すイメージで膝を高く上げ、再挑戦。
最初はもつれて沈みかけるが、カイトの「肩の力を抜け!」の声でリズムを掴む。
3セット目、健太が10分ダッシュを沈まず完走。
カイトは「下克上キッドの夏の科学実験ダイラタンシートレーニング! これからどうなっちゃうの~!」と叫ぶ。
健太が小麦粉まみれで「くそー! 他人事だと思って!」と叫びながら、カメラに向かってぎこちなくダッシュする。
カイトはカメラにグイッと寄り、「視聴者諸君! 彼が頑張ってると思ったら、チャンネル登録! 高評価よろしくぅ!」と煽る。
健太が「やってやるよおお!」と叫ぶ。
裏庭の縁で美咲がジュースを啜る。
「……なにやってんだ、こいつら?」
トレーニング後、健太は汗と小麦粉でまみれた顔をタオルで拭く。
健太は全身に筋肉痛を感じる。
「こんなんで、本当に勝てるのか……?」と呟き、目を閉じる。
頭に浮かぶのは、クラスのカーストで常に見下されてきた自分。
目立たず、笑われる存在にうんざりだ。
「でも、何もやらなければ、何も変わらないよな」
あの強敵を倒すには、今の自分を越えなきゃいけない。
心の弱さが、恐怖が、胸を締め付ける。
「逃げたくない……自分を変えるんだ!」
美咲がドアの影から現れて静かに言う。
「お前、兄貴のペースに飲まれるなよ」
健太は彼女の目を見て、颯の嘲笑を振り払うように頷く。
「……絶対勝つ。自分を変えるんだ!」
美咲は小さく笑い、「まあ、やってみろよ」と肩をすくめて去る。
健太は鏡に向かい、拳を握り直す。
第十二話
グラウンドに陽光が降り注ぎ、体育祭の開幕を告げる歓声が響いていた。
トラックではリレーの最終走者がゴールテープを切る中、クラスメイトが手作りの応援ボードを掲げて盛り上がっている。
遠くの綱引き場から力強い掛け声が聞こえ、屋台のフランクフルトの香ばしい匂いが風に漂う。
グラウンド中央に設けられたMMA会場。
生徒や他校の観客で溢れ、最前列ではスマホを構えた生徒たちが熱い試合を待つ。
観客席の一角で、優斗が三脚にスマホをセットし、PicoTubeのライブ配信を準備する。
隣の生徒に「この配信、絶対バズるぜ!」と言いながら機材チェックする。
放送席では、放送部の人気者、三浦真央(みうら まお)がマイクを握り、明るい声で会場を盛り上げる。
「さあ、みなさん! 体育祭の目玉、MMA対決が今、幕を開く! カースト頂点、圧倒的カリスマの颯チーム! 対するは、這い上がる下克上魂、健太チーム! この闘いはまさに火花の嵐!」
隣の雷神カイトが派手なマスク姿で割り込む。
「よお、みんな! 雷神カイトだ! このイベント、PicoTubeで全世界に配信中! 颯チームは洗練されたコンビネーション、健太チームは泥臭いガッツで勝負! テクニック対ハートのぶつかり合いだ!」と叫び、観客席から拍手が沸く。
真央が「カイトさん、コメント読みすぎちゃダメですよ! この体育祭の伝説を刻むのはどっちか、目が離せない!」と笑顔で突っ込む。
セコンド席にいた美咲は「何やってんだ、あいつ」とため息をつく。
リング中央に、両チームが対峙する。
青コーナー、颯率いる精鋭チーム。
颯は「さて、今日は何を見せてくれるのかな?」と相手を見据える。
隣の翔が不敵に笑い、「楽勝だろ」と呟く。
雅琉はムエタイ仕込みの構えでミット打ちの音を響かせ、峻の巨体はマットを震わせ、豪が「潰すぜ!」と荒々しく吠える。
「颯くん、頑張ってー!」と女子生徒の声援が響き、チアリーダーがポンポンを振り上げる。
対する赤コーナー、健太率いるチーム。
健太は「絶対勝つぞ!」と拳を握り、仲間を鼓舞する。
蓮が鋭い眼光で相手を睨む。
剛の巨体が「受けて立つぜ」とどっしり構え、流星は軽快にステップを刻み、「スピードで翻弄してやる」と笑う。
圭は冷静に相手チームを観察。
会場から「健太、這い上がれ!」と熱い歓声がこだまする。
颯が両腕を広げて観客席に笑顔を振りまく。
「やあ、みんな! 集まってくれてありがとう! 今日はカースト下位の挑戦者が、トップの俺たちにどこまで食らいつけるか見せて貰おう! 応援よろしくな!」
健太は拳を握り、「今日ここで、すべてを変えてみせる!」と叫ぶ。
真央がマイクを握り直す。
「ルールは3分3ラウンド、KOまたはポイント制のMMA! なんでもありのガチンコ勝負! セコンドは各チーム1名まで!」
カイトが「これぞ体育祭の魂! 拳と拳で全てをぶつけ合うぜ!」と煽り、会場が一気に沸き立つ。
真央がリングの赤コーナーを指す。
「赤コーナー、健太サイドの鈴木蓮! 筋肉質な体格と長いリーチを活かし、力強いパンチで相手を切り裂く!」
蓮がガードを固めると、観客席から「蓮、ぶちかませ!」と声援が飛ぶ。
真央が青コーナーに視線を移す。
「青コーナー、颯サイドの高橋翔! スポーツ万能! 容姿端麗! 長身を活かした攻撃で試合を支配する!」
「翔、こっち見てー!」と女子生徒の声援が響き、翔は不敵に笑ってステップを刻む。
真央が「さあ、両者の火花が散る! この試合、どんな結末になるのか!?」と声を張り上げ、カイトが「準備はいいか、みんな! ゴングだ!」と叫ぶ。
ゴングが「カーン!」と鳴り、1ラウンドがスタート。
会場が熱狂の渦に包まれる。
翔は軽快なステップでリングを舞い、肩を揺らして惑わす。
切れ味のある左ジャブを繰り出し、蓮の突進を巧みに牽制する。
アウトボクサーらしい距離管理で、ストレートを顔面に叩き込む。
「翔、決めちゃえー!」と応援の声がこだまする。
「ボクシングなんて遊びだ」とほくそ笑み、蓮のガードが下がる一瞬を狙う。
死角から放った右ストレートが顎を捉え、「パチン!」と響く。
蓮の息が乱れる中、翔は「次で仕留める」と冷静に次の攻撃を計算する。
蓮はリング中央で防御を固め、重心を下げて構える。
応援団の「蓮、押し込め!」の声に押され、じりじりと前進。
左ストレートを繰り出すが、翔の素早いサイドステップで空を切る。
「速え……」と蓮が苛立ち、相手の顔や体を狙って、斜めに右側からパンチを打つ右クロスを大振りに放つ。
だが、翔はスウェーで軽やかに回避。
翔の左ジャブが鼻先にクリーンヒットし、「パチン!」と音が鳴る。
「そんな大振り、当たるわけない」と続けて右ストレート。
「パシッ!」と鋭い音が鳴り響く。
観客席がどよめく。
真央が「翔のコンビネーション! スピードと精度がすごい!」と実況する。
カイトが「蓮はガードが開きすぎだ。このままじゃ翔のペースに飲み込まれるぞ。もっとプレッシャーをかけないと厳しい戦いになるぞ!」と解説。
蓮は鼻を押さえ、眼光を鋭くする。
「この程度で終わるかよ!」と自分を奮い立たせる。
フェイントのダブルジャブで翔のフットワークを乱し、左フックを腹部に叩き込むと、「ドスッ!」と重い音が鳴る。
翔はバックステップで距離を取り、左フックと右アッパーのコンビネーションで反撃。
右アッパーが顎を掠め、「カッ!」と響く。
蓮の視界が揺らぎ、「くそっ、速すぎる!」と唸る。
翔は死角からの左ストレートで相手のバランスを崩し、息を乱す。
蓮は「止まんねえ!」と歯を食いしばって執念を燃やし、ロープ際に追い込む。
翔のストレートが再び顔面を捉え、鼻血が滴る。
痛みが走るが、蓮も負けじとボディへのショート左フックを叩き込む。
翔はスウェーでかわし、カウンターの右クロスを顎に炸裂させる。
「バシッ!」と響き、蓮の膝が一瞬揺れる。
だが、蓮は「負けてたまるか!」と吠え、執念でコーナーに押し込む。
フェイントの左ジャブで翔のガードを上げさせ、渾身の左ボディフックを脇腹に叩き込む。
翔は肘を下げて脇腹をガードするが、膝が一瞬沈む。
「くそ、油断した」と呟き、呼吸を整える。
クリンチで蓮の腕を掴み、間合いをリセット。
レフェリーが「ブレイク!」と叫び、翔は素早くコーナーから脱出する。
蓮はプレッシャーを強め、ボディへのショートフックを叩き込む。
だが、翔はフットワークでかわし、右ボディを脇腹に打ち込む。
「バスッ!」と音が響く。
「まだだ!」と蓮が吠え、追う。
蓮は最後の力を振り絞って執念を見せ、ロープ際に追い込む。
フェイントの左ジャブから右ストレートを放つが、翔はかわし、カウンターの右アッパーを顎に叩き込む。
「バシッ!」と音が響き、蓮の視界が揺れる。
ゴングが鳴り、1ラウンド終了。
会場は熱狂の歓声と拍手に包まれる。
観客席は「翔、決めろ!」「蓮、逆転しろ!」と熱狂の渦に包まれる。
蓮はコーナーに戻り、鼻血を拭いながら荒い息をつく。
圭がタオルで血を拭き、「あのボディフック、効いてます! ボディを狙って足を止めましょう!」とアドバイス。
蓮は「絶対勝つ」と呟く。
翔はコーナーで「油断した……だが、次は無い」と闘志を燃やす。
健太は拳を握り、唇を噛みしめる。
「予想以上のフットワークだ」
健太は美咲を振り返り、「美咲さんだったら、翔のスピード、どうしますか?」と尋ねる。
彼女は腕を組み、鋭く答える。
「殴られる前に殴ったら勝てるだろ」
健太は頷き、「蓮、距離を取れ!」と叫ぶ。
美咲が冷静に「お前、アップしなくていいのか?」と鋭い視線を投げる。
第十三話
体育祭のグラウンドに秋風が流れ、観客席は色とりどりのクラス旗で彩られている。
1ラウンド目の激闘の余韻が観客のざわめきと響き合う。
真央が声を弾ませる。
「さあ、2ラウンド! 1ラウンドは翔のジャブとスピードが火花を散らし、蓮の執念のボディフックが会場を震わせた! このラウンド、翔は距離を保てるか? それとも蓮が重い一撃で逆襲か? リングが熱すぎる!」
カイトがマスクを揺らし、「あの攻防、PicoTubeのトレンド1位間違いなしだ! このラウンド、蓮がコーナーに追い込むか、翔が再びスピードでぶっちぎるか! 観客席、もっと声出せよ!」と叫び、会場から歓声と笑いが沸き起こる。
真央が「カイト、配信見てる暇あったら試合見て! この緊張感! 会場、準備はいい!?」と突っ込み、会場を和ませる。
健太が手を握り締め、目を輝かせて思う。
「相手のテンポを壊せ! お前ならやれる!」
ゴングが鳴り、2ラウンドがスタートした。
翔はゴングと同時に軽快なステップで風のように舞う。
肩をリズミカルに動かし、左パンチを鋭く突き出し、防御をこじ開けた。
鋭い打音が響き、鼻先に命中する。
パンチが決まるたび、観客席の女子から「翔、かっこいい!」と声援が上がり、男子からは「速すぎだろ!」とどよめきが広がる。
リングは汗とわずかな血で濡れ、スポットライトの下で鈍く光る。
翔のステップが刻むリズムが、会場に響く靴音と混ざり合い、まるで戦いの鼓動のようだ。
蓮はロープ際に追い詰められ、鼻血がリングに滴る。
防御を固めるが、右フックが「バシッ!」と頬を掠め、視界が一瞬揺れる。
汗と血が混じる顔に熱気がまとわりつく。
蓮の息は荒く、鼻から流れ出る血が口元に滲み、鉄の味が広がる。
「何か……流れを変えねえと!」と歯を食いしばった。
翔の猛攻が止まらない。
左ジャブでガードをこじ開け、右パンチが「バシッ!」と顎にクリーンヒット。
蓮の膝がガクンと揺れ、観客席が一瞬静まり返る。
ロープがきしみ、蓮の身体が僅かに傾く。
倒れるまいと拳を握り直し、視界の端で翔の次の動きを探る。
だが、翔は一瞬動きを止め、鋭い眼光で隙を伺う。
会場に張り詰めた空気が流れ、静寂が生まれる。
翔が左ジャブを繰り出した瞬間、蓮は無意識に右フックを繰り出す。
「ゴッ!」と重い打音が響き、翔がバランスを崩し、膝が一瞬ガクンと沈んだ。
MMAルールにダウンの判定はないが、会場が「うわっ!」とどよめき、一気に沸騰した。
蓮は倒れた翔を見下ろす。
「……あ? なんだ? なんでこいつは倒れてる?」
自分の手を見つめ、強い疑問に戸惑った。
拳に残る衝撃の感触が、蓮の意識を現実に戻す。
リングの熱気と観客の叫び声が一気に押し寄せ、頭の中で時間が止まったかのようだった。
健太は「その調子だ! やれるぞ!」と咆哮した。
美咲は目を細め、「……さて。気付けるかな?」と呟く。
ゴングが鳴り、2ラウンドが終了した。
割れんばかりの歓声と拍手に包まれ、体育祭の熱気が最高潮に達する。
真央が「なんというラウンド! 体育祭のリングが割れんばかりの歓声に包まれている! 翔のスピードがラウンドを支配したが、蓮の右フックが逆転の火種を灯した! 会場が揺れているぞ!」
と声を張り上げて実況。
カイトが目をギラつかせて叫んだ。
「なんという試合だ! 翔のジャブはまるで芸術! あのテンポと距離感、相手を完全にコントロールしてた! だが、蓮のあのカウンター! どデカい一発! 蓮の魂が拳に宿った強烈な一撃だ!」
蓮はコーナーに戻り、荒い息を吐きながらグローブを握り直した。
鼻血がタオルに赤く染み、セコンドの圭がタオルを差し出しながら声を上げる。
「ナイスダウンです! あのフック、間違いなく効いています! このまま攻め続けましょう!」と叫ぶ。
蓮は目を閉じ、「当たったのはフックか……。ダメージが残ってるとは思えねえ。なぜダウンが取れた?」と考える。
ボクシング歴の長い蓮にとって、ただの偶然とは思えなかった。
自分の顔に手をやり、腫れた頬と鼻血の痛みを確かめる。
「ヒット数はあいつの方が上だ。……なぜ俺を倒さない? 倒せないのか?」
ふと、翔の手が目に入る。
薄いMMAグローブに気づき、蓮の目が光る。
「ハッ! 見つけたぜ!」と呟く。
確信に満ちた笑みが彼の顔に広がる。
彼は立ち上がり、翔を指差し、力強く叫んだ。
「お前はもう俺には勝てねえ! 次のラウンドで、絶対にぶっ倒してやる!」
その勝気な声が響き、会場がどよめきと歓声に包まれる。
蓮は拳を握り締め、燃えるような闘志を宿す。
翔はタオルで汗を拭い、「言ってろ」と内心で呟く。
だが、あのフックが頭を離れない。
「たった一発……。なのに、なぜ効いた? いや、俺が負けるはずはない!」と闘志を奮い立たせるが、微かな焦りが心をよぎった。
応援団の太鼓が「ゴーン!」と重々しく響く。
健太が「頑張れー!」と吠え、美咲が「まぁ勝てるだろ」と呟く。
観客の声援が試合をさらに熱くする。
ゴングが響き、運命の3ラウンドが始まった。
翔はゴングと同時に軽快なステップで、嵐のように攻め立てる。
左ストレートを繰り出し、防御の上から打音を響かせる。
だが、蓮はガードを高く上げ、じりじりと前進する。
「じゃあ試してみるか!」
2ラウンドの違和感を確かめるように、蓮はジャブが飛んできた瞬間に右ストレートを放つ。
「ゴン!」と翔の顔面を捉え、ボクシンググローブの重みが鈍い衝撃を響かせる。
観客席が「うおお!」とどよめく。
「やっぱりな……」
蓮の目に火が灯る。
彼は、ボクシンググローブの厚いパディングが衝撃を分散し、頭部を揺らして脳震盪を引き起こしやすいことを知っていた。
対して、MMAグローブは薄く、衝撃が集中して裂傷や打撲を与えるが、脳への振動は少ない。
翔の左ジャブが再び飛んできた瞬間、蓮は殴られた勢いで右フックを返す。
「バゴッ!」と翔の頬に命中。
翔は動揺し、「まずい……押され始めている。なぜ俺の攻撃が効かない」と内心で焦る。
蓮がリングの中央で吠えた。
「スポーツマンよぉ! これがボクシングだ!」
蓮の大振りのパンチが翔のガードを徐々に抜き始め、左フックが「バシッ!」と脇腹にクリーンヒット。
翔は焦りからクリンチに持ち込み、腕を必死に掴んだ。
「このままじゃまずい……!」と内心で呟き、咄嗟にMMAの戦術に切り替えた。
「バシッ!」とローキックが蓮の太ももに叩き込まれ、鈍い痛みが走る。
蓮はクリンチを力強く振りほどく。
「どうした! ボクシングごっこはもう終わりか!?」
蓮は捨て身のカウンターストレートで顔面を捉えた。
翔の右クロスが飛んできた瞬間、殴られた勢いを逆手に取り、左ストレートを返す。
「ゴン!」と重い一撃が翔の鼻先に命中。
蓮は確信を深め、拳を繰り出し続けた。
「さあ! 我慢比べだ! どこまで耐えられるか、勝負しようぜ!」
翔は「待て!」と手を上げ、距離を取ろうとしたが、蓮は一歩も引かず、猛然と踏み込んだ。
翔のジャブが頬を捉えた瞬間、蓮は痛みを堪え、右ストレートを返す。
「バシッ!」と顎に命中し、翔の膝がガクンと揺れる。
すかさず蓮は渾身の右ストレートを顎に叩き込む。
翔の意識を奪い、彼の身体がリングに崩れ落ちる。
レフェリーが素早く近寄り、翔の状態をチェック。
そして両手を天に振り上げ、「KO!」と高らかに宣言した。
割れんばかりの歓声が響き、体育祭のグラウンドが熱狂に包まれた。
応援団の太鼓が「ドドドン!」と勝利を祝うように轟き、会場全体が熱狂に包まれた。
真央が「KO! 蓮、KO勝利! 信じられない逆転劇、最高です! 体育祭のグラウンドが熱狂の渦だ!」と声を張り上げた。
カイトが目をギラつかせて叫ぶ。
「蓮の執念の拳が翔を沈めた! これぞ漢の魂だ! 蓮の我慢比べに軍配が上がった! 体育祭のリングでこんなドラマ、鳥肌もんだぜ!」
健太は「勝った!? マジすげえ!」と衝撃と興奮で叫んだ。
美咲は冷静に、だが口元に笑みを浮かべて呟く。
「泥臭くても、いい勝利だ」
蓮はリングから降り、汗と鼻血にまみれた顔で剛と流星に近づいた。
「バチン!」と力強くハイタッチし、汗だくの顔に笑顔を浮かべる。
「次はお前らだ。俺が勝ったんだから、気楽にぶちかませ!」
椅子にドカッと座り、口元に笑みが浮かぶ。
健太が蓮に近づき、ボクシンググローブのテープを外そうと手を伸ばした。
「かっこ良かったよ、俺も絶対勝つからな!」と目を輝かせて宣言。
蓮は「自分でできる」とぶっきらぼうに手を払うが、健太の熱い声に一瞬驚いた顔をし、すぐに目を逸らす。
蓮が「……好きにしろ」と呟く。
健太は内心で拳を握り、呟いた。
「俺も颯との試合で根性見せる! お前の執念、絶対に受け継ぐぜ! 次は俺たちの番だ!」
第十四話
体育祭は蓮の逆転KOの余韻でざわめいていた。
応援団の太鼓のリズムが会場の興奮をさらに盛り上げる。
次の対戦を待つ中、観客席では生徒たちが手作りの応援ボードを掲げ、歓声をあげている。
生徒たちがスマホを構え、「やべえ、SNSに上げなきゃ!」と盛り上がる。
放送席では真央がマイクを握り、声を張りあげている。
「さあ、第二回戦! 蓮のKOで健太チームが1勝! 次はタッグダブルノックアウトマッチ! 2対2の乱戦、KO、リングアウト、タップアウトで決着! 選手たちの意地と絆がぶつかり合う!」
隣でカイトが叫ぶ。
「この狭いリングじゃ逃げ場はない! タッグ戦ならなおさらだ! 戦略と力がぶつかり合う瞬間を見逃すな!」
ここで真央が両チームを紹介。
「まず、健太チームのタッグ! 柔道の猛獣・剛、重量級の破壊力でねじ伏せる! パートナーはキックボクシングの閃光・流星、スピードと技巧で翻弄! 対する颯チームのコンビ! ムエタイの貴公子・雅琉、鋭い蹴りで敵を切り裂く! 巨漢の破壊神・峻、無言の圧力で圧倒! このタッグ戦、勝つのはどっちだ!」
蓮が汗と鼻血にまみれた顔で剛と流星に言う。
「お前らの努力は俺が一番分かってる。後悔のないよう全力でやれ!」
健太が拳を振り上げ、「このまま優勝だ!」と鼓舞する。
剛が柔道着の衿を握り、ニヤリと笑う。
流星がキックボクシンググローブを叩き、「開幕ぶちかますぞ!」とハイタッチ。
雅琉がニヤリと笑い、鋭い目でその様子を見据える。
「お前らの連携なんて、俺様の蹴りでぶち壊してやる!」と挑発。
リングを軽やかに舞う姿はムエタイの貴公子そのもので、観客の視線を一瞬で奪う。
その横で峻が一歩踏み出し、圧倒的な存在感を放つ。
颯の仲間が「雅琉、いつも通り自信満々だな!」と笑う。
試合開始の合図が「カーン!」と鳴り、会場が観客の「うおお!」で揺れる。
剛が「作戦通りいくぞ!」と吠え、ロープを背に雅琉を誘い込む。
雅琉が軽快に距離を取り、ハイキックを放つが、剛がガードを下げ、「来い!」と叫んで距離を詰める。
キックが剛の頬を掠めるが、鼻血を滴らせながら「遅え!」と唸り、瞬時にクリンチで捕まえる。
雅琉が「舐めるな!」と激しく叫び、膝蹴りを脇腹に叩き込むが、剛は「この距離なら蹴れねえ!」と歯を食いしばり、引き崩して、柔道の地獄車の形に持ち込む。
雅琉が「させるか!」と肘打ちを顎に当てるが、大柄な体で耐え抜く。
流星が「今だ、やれ!」と声を上げる。
剛は右足を相手の左足の内側に絡め、集中を高める。
「いくぞ!」と咆哮し、回転しながら倒し込む豪快な投げ技へ。
空中で雅琉が落下する瞬間、手を離し、「投げっぱなし地獄車」でマットに叩きつける。
流星が「これで終わりだ!」と叫び、ロープを軽く蹴って加速。
一瞬で跳び上がり、電光石火の胴回し回転蹴りを後頭部に叩き込み、衝撃音がグラウンドに響く。
「バガンッ!」と衝撃音が響き、雅琉が意識を失う。
体が大きく跳ね、ロープを越え、リングサイドに吹き飛ぶ。
美咲が腕を組み、「はっはっはっは! 何だよその技、面白すぎだろ!」と弾けるように笑い、剛と流星のコンビ技を一瞥する。
観客が総立ちでどよめき、「コンビ技最高!」と叫ぶ生徒がスマホで動画を撮る。
「あれ、死んだんじゃないか」と震える声でつぶやく者もいた。
レフェリーが「雅琉、リングアウト!」と宣告し、10カウントを始める。
「1、2、3……10!」
倒れ動けず、失格が確定。
峻がリング中央で立ち尽くし、気絶した雅琉を一瞥する。
マットを軋ませながら無言で拳を握る。
唇の端がわずかに歪み、獰猛な笑みを浮かべる。
観客席からは「まさか、負けるのか!?」と心配の声が上がり、静寂とざわめきが交錯する。
真央が「雅琉、動けず! リングアウト! なんという結末だ! 剛と流星の完璧なタッグ技! 体育祭のグラウンドが熱狂の渦に飲まれた! まさに歴史に刻まれる一瞬だ!」と叫ぶ。
カイトが続ける。
「これぞ勝負だ! 剛の投げっぱなし地獄車で雅琉のバランスを崩し、流星の胴回し回転蹴りが後頭部に炸裂! 電光石火の一撃でリングの外に吹き飛ばした! 剛と流星、息ぴったりのコンビで会場を沸かせた!」
流星がドヤ顔でポーズ。
「これが俺たちの最強コンビ技だ!」と叫び、剛とハイタッチ。
剛が「この試合勝てるぞ!」と笑う。
峻が「お前ら……許さん」と低く唸る。
巨体から放たれる圧力が空気を支配し、観客席を静寂に包む。
握り潰した拳が微かに軋み、汗がマットに滴る。
健太が「剛、流星、勢いに乗れ!」と叫び、蓮が拳を握り「気を抜くな。押し切れ」と呟く。
峻がどっしり構え、「派手な技だが……俺には効かねえ!」と低く唸る。
巨体がリングを軋ませる。
剛が「ペースをつかむぞ!」と気合いを入れ、慎重に距離を詰める。
流星が素早くサイドステップで相手の右側に回り込み、ローキックを相手の前足に連打。
「ガツ! ガツ!」と音が響くが、巨体は微動だにしない。
峻が「ふん!」と鼻を鳴らし、剛に視線を固定。
そして、タックルを仕掛ける。
剛が膝を上げてカウンターを狙う。
峻はそれを予測したかのように、フェイントのジャブで剛のバランスを崩す。
剛が「くそっ、意外と俊敏じゃねぇか!」と歯を食いしばり、クリンチに持ち込む。
峻の膂力が圧倒し、剛の息が荒くなる。
剛が「まだだ!」と吠え、腰に腕を回し、払い腰を仕掛けるが、彼は体を沈めて耐える。
流星が「俺が動く!」と叫び、相手の背後に回り、ミドルキックを脇腹に叩き込む。
「バチン!」と音が響くが、彼は振り返り、冷徹な眼光を向ける。
峻がクリンチを解き、流星にタックルを仕掛ける。
彼は素早くロープ際に逃げるが、峻の長い腕が腰を捉える。
流星が「させるか!」と膝蹴りを胸に放つが、峻は耐え、流星をロープに押し込む。
剛が「今行く!」と叫び、素早く相手の背後へ回り込み、自分の右足を相手の左腿の内側に滑り込ませる内股の構えをとる。
峻がパワーで抵抗し、逆にロープ際に押し返す。
剛の額に汗が光り、息が上がる。
流星がハイキックを狙うが、峻が片手でガードし、マットに押し倒す。
「ドスン!」と重い音が響く。
流星が起き上がり、息を整えながら「まだ終わらねえ!」と睨む。
剛がロープを背に立ち上がり、「次の技、仕掛けるぞ!」と気合を入れる。
流星が拳を叩く。
「よっしゃ、ノリノリでぶちかますぜ!」
峻が両腕を広げ、「叩きのめしてやる」と低く唸る。
試合終了の合図が「カーン!」と鳴り、1ラウンド終了。
剛がロープに寄りかかり、流星に言う。
「あいつ、想像以上にタフだな……次はペースを上げなきゃ」
流星がグローブを叩き、「2ラウンドで仕留めるぞ!」と気合いを入れる。
峻がコーナーで仁王立ち、二人を睨む。
拳から汗が光り、まるで嵐の前の静けさ。
観客の一人が「やばい、峻が本気だ……」と呟き、ざわめきが広がる。
健太が「次で決めろ!」と叫び、蓮が「大丈夫だ。お前らならいける」と呟く。
二人の奮闘と峻の圧倒的パワーで、2ラウンドへの期待が膨らむ。
第十五話
体育祭は剛と流星のタッグ技の衝撃で、熱狂に包まれていた。
会場では、雅琉のリングアウトに驚いた生徒たちが、スマホで撮影に夢中だ。
健太が美咲に目を向け、興奮を抑えきれず身を乗り出す。
「このまま勝てそうですね!」と笑顔で言う。
彼女はジュースを手に持って、片眉を上げてニヤリと笑う。
「それはどうかな?」
「え、でも2対1ですよ!?」と驚いて言う。
彼女は冷静に答える。
「人数だけならな。でも、これは階級なしのMMAだ。体重差があるから、軽量級のキックはまず効かない。道着もないから投げられないだろうしな」
「そうか……体重差か。じゃあどうすれば勝てるんですか?」
彼女は鋭い目で言った。
「どうにか火力を上げるか、全力で関節を極めるしかないだろ。まぁ、あいつらまたバカなことしそうだけどな」
リング脇では、剛と流星が額を寄せ合い作戦を練る。
剛が冷静に囁く。
「あいつはリング中央で無敵だ。ロープ際に誘い、俺がバランスを崩す。そこにお前のキックだ」
流星が頷き、「分かった! 俺たちの連携で仕留めるぞ!」と拳を握る。
峻が低く唸る。
「お前らの作戦なんて、力で粉砕してやる」
真央が熱く実況する。
「会場が熱狂の渦! 剛と流星のタッグ技で雅琉をリングアウト! だが、次は峻との激突! 2ラウンド開始直前、緊張感が火花を散らす!」
カイトが声を張りあげて、「剛と流星の連携、見事だった! だが、峻のレスリングは次元が違う! 配信コメント、剛と流星の次の一手を予想してくれ!」と続ける。
ゴングが「カーン!」と鳴る。
剛が「速攻で決めるぞ!」と声を上げ突進。
流星がサイドステップで死角を突き、ローキックを連打。
打撃音が轟くが、その巨体は微動だにしない。
剛が腕を掴んでクリンチし、ロープ際に押し込む。
流星が脇腹にミドルキックを畳みかける。
打撃音が響き、観客が「蹴りまくれ!」と沸く。
剛が「今だ!」と言い放つ。
払い腰でマットに打ちつけ、流星が素早く跳び上がり、膝を胸に放つ。
重い衝撃が伝わり、峻の息が乱れる。
剛が「準備しろ!」と声を張り上げる。
流星が「ぶちかます!」と応じ、剛が流星を一本背負いで担ぎ、回転。
峻が立ち上がると同時に、「一本背負いかかと落とし」が炸裂。
流星のかかとが「バキッ!」と峻のこめかみに直撃し、峻が膝をつき、ロープ際でフラつく。
二人が「もう一発!」と叫び、再び技を狙う。
峻が「舐めるな」と静かに唸り、巨体を沈める。
厳しい目が、軌道を捉え、足首を掴もうとする。
だが、流星が空中で身を捻り、顔面に急角度のドロップキックを叩き込む。
「ガツ!」と音が響き、峻が一瞬よろめく。
しかし、喰らいながらその足を掴み、流星を振り回して地面に叩きつける。
重い衝撃音が響き、観客が息をのむ。
流星が受け身を取り、「くそっ、まだだ!」とミドルキックを放つが、ダメージでバランスを崩し、ロープ際で膝をつく。
峻が「終わりだ!」と強烈なタックルを仕掛け、彼をロープ越えに弾き飛ばした。
マットが軋み、衝撃がグラウンドに轟く。
レフェリーが「流星、リングアウト!」と宣告し、10カウント開始。
流星が地面で歯を食いしばり、「まだ……終わらねえ!」と這ってロープに手を伸ばす。
過去の敗北、仲間との約束、特訓の日々が脳裏をよぎる。
再び立ち上がるため、力を振り絞るが、膝から崩れ落ちる。
指先が震え、視界が揺れる中、力を振り絞るが、力尽きて膝から崩れ落ちた。
剛がロープから身を乗り出し、「戻って来い! お前ならやれる!」と叫び上げる。
峻が静かに見下ろし、「これで一人」と低く呟く。
流星が動けず、失格。
真央が「峻のタックル、まるで鉄の要塞だ! 流星、最後まで燃える闘志で食い下がったが、リングの外に弾き飛ばされた! 観客の心、鷲掴みだぞ!」と叫ぶ。
カイトが冷静かつ鋭く続ける。
「峻のレスリングは重心の低さとタイミングの妙が鍵。流星の空中技は鋭かったが、峻は一瞬の隙を見逃さず完璧に封じた。あのタックルは、彼が磨いた技術の結晶だ!」
剛が鼻血をぬぐい、鋭い目で睨みつける。
「流星の分まで、俺がやる! 絶対に負けねえ!」
剛は柔道の組み手で距離を詰める。
マットが軋み、スタンドが「剛! 剛!」と一斉に沸く。
剛が素早く右のパンチを連打。
「バシ! バシ!」と、峻のガードを叩く。
峻はレスリングのパワーで応じ、剛のこめかみに重い左フックを返す。
「バチン!」と鋭い音が響き、剛の視界が一瞬揺れる。
剛は歯を食いしばり、よろめきながらも組み手で峻の右腕を捉える。
「この距離なら!」と低く唸り、柔道の足技で峻の重心を崩そうとする。
だが、峻の巨体はまるで鉄塔のよう。
剛の足払いは空を切り、逆に峻の膝が剛の脇腹に「ドス!」と突き刺さる。
観客が息をのむ中、剛は腹を押さえ、息を整える。
「まだだ!」と叫び、距離を取ってロープ際へ移動。
剛が右ストレートを顎に叩き込む。
「ガツ!」と重い音が響き、峻が一瞬フラつく。
観客が「剛! やれ!」と総立ちで沸く。
剛は勢いに乗り、左ジャブで牽制しつつ、右のオーバーハンドを狙った。
だが、峻の目が鋭く光る。
剛のパンチをガードで弾き、レスリングの低姿勢から一気にタックルを仕掛ける。
剛は咄嗟に腰を落とし、両腕で峻の首をロックした。
「離さねえ!」と叫び、クリンチで耐える。
マットが軋み、観客が「うおお!」とどよめく。
峻は「舐めるな」と唸り、剛のクリンチを力ずくで振りほどく。
巨体を揺らし、右のミドルキックを剛の脇腹に叩き込む。
「ガツン!」と鈍い音が響き、剛の顔が歪む。
だが、剛は倒れず、ロープを背に踏ん張る。
「まだ終わらねえ!」と叫び、峻のガードの隙間に左アッパーをねじ込む。
峻の顎が跳ね上がり、観客が「すげえ!」と沸く。
峻は打たれ強さで耐え、左フックを剛のこめかみに直撃。
「バチン!」と音が響き、剛がよろめく。
峻がクリンチで捕まえ、膝蹴りを腹に叩き込んだ。
「ドス!」と重い音が響き、剛が膝をつく。
剛はマットに手を突き、汗と血が滴る。
視界が揺れ、耳に観客の歓声が遠く響く。
「流星……圭さん……」と呟き、力を振り絞って立ち上がる。
剛はふらつきながらも両腕を上げてガードを固め、突進する。
右のボディブローを叩き込むが、峻の腹は岩のよう。
峻が冷たく笑い、「終わりだ」と低く唸り、剛を捕まえなぎ倒す。
峻がマウントを取り、パウンドを顔面に叩き込む。
剛がマットに崩れ落ちた。
レフェリーが「剛、KO!」と宣告。
真央が声を振り絞って叫ぶ。
「峻チーム、圧倒的勝利! 剛と流星、魂の限りを尽くした奮闘も、峻の鉄壁に散った! このリングに刻まれた激闘、観客の心を掴んで離さない!」
カイトが力強く続ける。
「打たれ強さの勝負で峻のレスリング魂が一歩上! 剛の柔道の執念、流星の空中戦も光ったが、峻の冷静な戦術が試合を支配した。両チームの意地がぶつかり合った、歴史に残る熱戦だ!」
峻が息を荒げ、額の汗を拭い、膝に手を当てながら二人を見下ろす。
「…ギリギリだったな」と低く呟く。
その声には、僅かな敬意が滲む。
割れんばかりの歓声に包まれる。
剛と流星がリングサイドで汗と鼻血を拭い、肩を落とす。
剛が悔しげに呟く。
「俺がもっと早く動けてれば……」
流星が苦笑し、「いや、俺の攻撃じゃ届かなかった。それでも、観客を沸かせたぜ」と拳を軽く突き出す。
剛が拳を握り、「一本背負いかかと落とし、悪くなかったな」と笑う。
蓮が近づき、「お前らのタッグ技、よかったぜ。あのバケモンを追い詰めたんだ、胸張れ」と肩を叩く。
健太が拳を振り、「最高だった! 後は俺たちに任せろ!」と叫ぶ。
剛が「圭さん、俺たちの想いを託します」と呟く。
流星が「SNSでバズってるぜ」と笑い、拳を合わせる。
圭が静かに呟いた。
「……ここは確実に勝つ」
観客席が「圭! 圭!」と沸き、熱狂の坩堝と化す。
真央が声を震わせて叫ぶ。
「次は圭の個人戦だ! リングに新たな伝説が生まれるか、目が離せないぞ!」
カイトが熱く続ける。
「この白熱の試合、トレンド入り! 圭の個人戦はさらに深いドラマを約束する。彼の変幻自在の戦術が、どんな火花を散らすか、刮目せよ!」
会場は次の試合への期待で、さらなる熱狂に包まれる。
第十六話
秋の陽光がグラウンドに差し込み、体育祭は緊張感に包まれていた。
観客席は「圭! 勝ってくれ!」「健太チーム、逆転だ!」と熱狂で沸き立っていた。
健太チームは蓮の1勝に対し、剛と流星の敗北で1対2と劣勢だった。
3勝で決着のルールのため、追い詰められた状況だ。
真央が声を弾ませる。
「さあ、個人戦! 赤コーナー、圭! ブラジリアン柔術の黒帯、知性のファイター! 青コーナー、豪! ストリートで鍛えた無頼の拳! 圭の頭脳は豪の暴力を止められるか?」
カイトが声を轟かせる。
「柔術の緻密な技か、暴力の猛烈な力か! 圭の冷静な戦略が豪の突進をどう封じるか、リングが答えを出す!」
蓮が圭に鋭く囁く。
「相手は喧嘩屋だ。一回ペースに乗せられると面倒だぞ」
圭はメガネを外してケースにしまい、豪を見据えた。
「格闘技は暴力に負けません。それを私が証明します」と呟く。
健太が拳を握り、「逆転はここからだ!」と短く叫ぶ。
剛と流星は無言で頷き、視線でエールを送る。
対する豪は荒々しいオーラを放ち、ニヤリと笑う。
「弱肉強食、勝つ奴が正義だ! ぶっ潰すぜ!」
ゴング直前、レフェリーが圭に近づき、告げる。
「相手がグローブチェックを要求してきた。中央に来てくれ」
圭は眉を軽く上げ、青コーナーを一瞥する。
豪は不敵に笑い、拳を軽く叩きながら挑発的な視線を投げかける。
「ふん、グローブチェックか。らしいな」
両者はゆっくりと中央に進み、距離が縮まる。
観客席が一瞬静まり、緊張感が張り詰める。
レフェリーが「グローブを見せろ」と指示を出し、圭が両手を前に差し出す。
その瞬間、豪が「くらえ!」と吠え、一気に飛び膝蹴りを顔面に叩き込む。
圭は咄嗟に腕を絞ってガードを固めるが、「バシッ!」と音が響き、衝撃でロープ際に後退。
美咲が眉をピクリと動かし、豪を冷たく一瞥する。
豪が嘲笑い、すかさず襲いかかり肘打ちを左肩に叩き込む。
「ガツ!」と鈍い音が響き、圭は肩を押さえ、息を詰まらせながら膝を屈する。
観客席から「反則だろ!」「持ちこたえろ!」と怒号と声援が交錯。
レフェリーが目を吊り上げ、「ゴング前の攻撃は指導1! コーナーに戻れ!」と怒鳴る。
豪は「ルールなんざ俺の舞台じゃ邪魔だ!」とニヤリと笑い、観客の一部がブーイングで応える。
レフェリーが圭に近づき、「メディカルチェックを行う! 続けられるか?」と確認。
彼は肩を押さえ、息を整えながら静かに頷く。
蓮が駆け寄り、「大丈夫か?」と低く問う。
圭は「衝撃は抑えました。大丈夫です。むしろ相手の攻撃パターンを分析できてラッキーですよ。絶対に負けません」と呟く。
真央が叫ぶ。
「ゴング前から野獣の奇襲! この反則が圭の心に火をつけるのか!?」
カイトが叫ぶ。
「許されざる一撃だ! だが、柔術は冷静な計算の上に成り立つ。肩のダメージをどう逆手に取るか、この心理戦が勝負の鍵だ!」
レフェリーが両者に視線を向け、「準備はいいか!」と確認。
圭が頷き、腕を振り上げる。
ゴングが「カーン!」と鳴り、会場が観客の「圭、極めろ!」「豪、潰せ!」で揺れる。
圭は低重心でガードを固め、柔術の構えで牽制する。
肩の痛みが鈍く響くが、目を細めて足運びを観察し、「突進のリズム……崩せ」と呟く。
豪が「かかってこい、陰キャ!」と咆哮し、野獣の如く突進。
圭は素早くサイドステップでかわし、ジャブを顔面に放つ。
「パチン!」と軽い音が響くが、豪は意に介さず、肘打ちを肩に叩き込む。
「ガツ!」と鈍い音が響き、圭が一瞬後退。
「こいつ……肩を執拗に狙ってる」と息を整える。
豪が「逃げんな!」と頭突きを繰り出すが、咄嗟にガードを上げ、衝撃を抑える。
額に汗が滲み、視界が揺れるが、歯を食いしばって姿勢を立て直す。
美咲はニコニコと笑いつつ、握った拳がわずかに震え、内に秘めた怒りを覗かせる。
観客席が息を呑み、頭突きの衝撃にざわつく。
レフェリーが「頭突きは反則だ! 指導2! 次で失格にするぞ!」と警告。
豪が「チッ、うるせえ!」と顔を歪める。
「ビビってんじゃねえぞ!」と唾を飛ばし、挑発。
圭はクリンチで腕を掴み、「冷静に詰めろ。決して避けられない攻撃ではない」と呟く。
豪の重心のブレを見逃さず、柔術のテイクダウンで巨体をマットに引きずり込み、ガードポジションから三角絞めを狙う。
豪が「ふん!」と力任せに振りほどき、膝蹴りを脇腹に叩き込む。
圭が「クローズドガード」と呟き、両脚で腰をがっちり固定し、足首をクロスして仰向けに引き込む。
豪の巨体がマットに沈む。
圭は「ここで決める!」と歯を食いしばり、暴れる腕を押さえ込む。
右腕を掴み、腰を素早くずらして角度を作り、腕十字をセットアップ。
豪が肘を振り回すが、圭が冷静に腰をずらしてコントロール。
「ガキッ!」と関節が軋む音が響き、腕が軋む。
豪が「効かねえ!」と吠え、力任せに姿勢を起こし、汗と怒りで顔を歪めながら、ロックを強引に外し、肘を胸に叩き込む。
「ドス!」と重い音が響き、圭が息を詰まらせる。
圭が立ち上がり、突進をジャブで牽制。
慎重に間合いを測る。
「パチン!」と音が響くが、豪が「効かねえ!」と、ショルダータックルを圭の腹に叩き込む。
「ゴン!」と音が響き、ロープ際に後退。
圭が腹を押さえ、息を整えるが、視線は鋭い。
圭が「パターンは読めた」と呟き、豪の突進をかわしてシングルレッグテイクダウンでマットに引きずり込む。
圭は豪の腕を自分の胸に引き寄せ、両脚で肩と胴を押さえつけ、腕を捻り上げるキムラロックをセット。
豪の左腕を不自然な角度に曲げ、肩関節に強烈な圧をかける。
「グッ!」と痛みに顔を歪め、抵抗する。
圭が「これで終わりだ!」と囁き、腕をさらに捻り上げる。
豪が「ふざけんな!」と咆哮し、巨体を力任せに立ち上げ、圭を腕ごと持ち上げる。
ロックを強引にこじ開け、肩に担いで背中からバスターでマットに叩き落とす。
「ドン!」と轟音が響き、リングが揺れる。
観客席が熱狂で総立ちとなる。
圭は衝撃でよろめくが、素早くガードを固める。
ゴングが「カーン!」と鳴り、1ラウンド終了。
真央が魂を込めて叫ぶ。
「柔術が野獣の猛攻に食い下がる! 飛び膝からバスターの嵐、リングが暴力に呑まれた! だが、知性の炎はまだ燃えている! 体育祭の魂、ここに炸裂!」
カイトが声を轟かせる。
「圭のキムラロックは豪の腕を一瞬捉えたが、あのバスターの破壊力は脅威! 肩のダメージが寝技を鈍らせているのか!? 次のラウンド、分析が暴力をどう切り裂くか、刮目せよ!」
圭がコーナーに戻り、荒い息をつく。
剛が「大丈夫ですか!」と声をかけ、流星が「あいつ卑怯すぎますよ!」と豪を睨む。
蓮が「いけそうか?」と低く言う。
健太も激励を飛ばそうとするが、美咲が近づき、圭の肩を強く掴む。
「2ラウンド目は徹底して分析に回せ。触るだけでいい。ジャブとローで牽制だけしろ」
彼が「えっ」と振り返るが、彼女は笑顔で「2ラウンド目は徹底して分析に回せ。触るだけでいい。ジャブとローで牽制だけしろ」と繰り返す。
その目の奥は笑っていなかった。
圭は校舎裏の空き地で見た彼女の姿を思い出す。
「分かりました」
そういうと美咲は満面の笑みでセコンド席に戻る。
健太が「何をアドバイスしたんですか?」と興味津々に尋ねた。
美咲はニコニコして何も答えない。
圭がリングを見据え、「触るだけ……やってみるか」と呟く。
対する豪がコーナーでニヤリと笑い、「次でケリをつけるぜ!」と吠える。
会場は健太チームの崖っぷちと、圭の冷静な闘志で期待が膨らむ。
第十七話
体育祭は圭の逆転を期待する熱気に包まれていた。
真央が力強く叫ぶ。
「運命の2ラウンド、開幕だ! 健太チーム、1対2の絶体絶命! 圭のブラジリアン柔術が豪の猛攻を切り裂けるか! 指導2の豪、一撃で失格の瀬戸際です!」
カイトが吠える。
「圭の柔術はまだ息づく! 知性の戦略か、暴力の波状攻撃か! この心理戦、目が離せねえ! 世界中がこのリングを見つめてるぞ!」
健太が拳を握り、「頼む! 俺まで回してくれ!」と叫ぶ。
美咲が禍々しいオーラを放ち、ニコニコと笑いながら豪を一瞥。
目の奥に冷たい怒りが滲む。
ゴングが「カーン!」と鳴り、会場が歓声で揺れる。
圭は低重心で柔術の構えをとり、相手の重心と肩の動きを観察する。
「パターンを引き出す」と呟き、ジャブを顎先に放って反応速度を測る。
「パチン!」と軽い音が鳴り、豪が一瞬顔を歪める。
豪が「もう、パワー切れか!」と挑発し、大振りの右フックを繰り出すが、圭がスウェーで滑らかに躱し、反撃の左ストレートで鼻先を小突く。
「パン!」と乾いた音がこだまする。
圭は突進をサイドステップでかわし、軽いローキックを軸足に当てる。
「やはり素人だな。右足の軸がブレてる」と呟く。
豪が「効かねえ!」と叫び、圭をロープ際へと追い詰める。
コーナー近く、観客のざわめきがレフェリーの注意を一瞬散らすその瞬間、豪は左手を振り上げてガードを誘い、右手の指を素早く圭の目の前に突き出した。
パンチのフェイントを目潰し攻撃は、乱戦の一瞬に見えるよう計算されている。
圭はギリギリで躱すが、頬を掠める。
レフェリーの視線が再び戻る前に、豪はさりげなくガードを上げる動作に戻し、まるで何もなかったかのように次の攻撃を繰り出す。
美咲が眉を寄せ、手を握りしめ、静かなプレッシャーを放つ。
豪が「ふん!」と大振りの右ハイキックを放つが、圭は体を沈めてかわし、カウンターのショートアッパーを顎に軽く当てる。
鮮やかな音が響き、豪が一瞬よろめく。
圭は素早くテイクダウンし、クローズドガードに移る。
両脚で腰をがっちり固定し、右腕を両手で押さえ、肘の角度を微調整して時間を稼ぐ。
蓮が「時間稼ぎ、完璧だ」と呟き、剛と流星が「持たせろ!」と拳を握る。
豪が焦って力を込め、振りほどこうとする。
圭はタイミングを見計らって、素早く体を起こす。
豪が勢いよく突進し、髪を掴もうと手を伸ばすが、レフェリーが「髪は反則! やめろ!」と叫ぶ。
圭は頭を下げてかわし、すかさずシングルレッグテイクダウンを仕掛けるが、豪が踏ん張って倒れず、逆に首に腕を絡めてチョークを狙う。
圭は肩を落としてチョークをスルリと抜け、押し退けて距離を取る。
カウンターで軽いローキックを放ち、「パターンは揃った」とつぶやく。
彼は再びテイクダウンし、クローズドガードに戻って右腕を両手でコントロール。
軽いスイープを試み、豪の重心を崩しながら時間を稼ぐ。
豪の息が乱れ、焦りが顔に滲む。
会場は熱狂と緊張で沸き立つ。
ゴングが「カーン!」と鳴り、2ラウンドが終了。
観客の歓声とブーイングで沸騰する。
真央が声を張り上げて叫ぶ。
「なんという攻防! ロープ際の反則スレスレをかわし、クローズドガードで時間を支配! 健太チーム、1対2の崖っぷちで逆転の狼煙を上げるか!」
カイトが分析を重ねる。
「圭、完璧だ! 豪の突進も反則も全て読み切り、ジャブとローキックで軸を崩し、ガード内でコントロール! 豪は焦ってるぞ! 3ラウンドで圭の仕掛けたパターンが爆発するのか! この熱狂は止まらない!」
美咲が圧倒的なオーラを放ちながら近づき、会場の空気を支配する。
豪がコーナーで一瞬目を逸らし、そのオーラに気圧される。
彼女は圭の前で腕を組み、ニコニコと笑いつつ耳元で囁く。
「第二ラウンド、よくやった。では第三ラウンドはこの作戦で行く。そしてコレで極めろ」
圭が「えっ」と小さく声を漏らし、豪を一瞥して気の毒そうな表情を浮かべる。
蓮が苦笑いで低く言う。
「やってこい。お前の戦場だ」
豪がコーナーで「ぶっ潰す!」と吠えるが、声に微かな震えが混じる。
ゴングが「カーン!」と鳴り、観客の「うおお!」で揺れる。
圭は低重心で構え、突進をサイドステップでかわす。
豪の勢いを利用し、脇をくぐって背後に回り込み、ダブルレッグテイクダウンでマットに叩きつける。
圭は冷静に豪の右腕を両手でコントロールし、右足を脇に差し込んでオモプラッタのセットアップ。
素早く体を回転させ、横座りの体勢で右腕をロック。
豪の肩に強い圧がかかり、顔が歪む。
「ふん!」と豪が抵抗するも、腰を押さえて前転を封じ、じわじわと締め上げる。
圭がレフェリーに「そんなに力かけてませんよ」とアピールし、サッと解除。
レフェリーが「……オモプラッタ、問題なし」と一瞬迷いつつ、警告を出さない。
真央が叫ぶ。
「圭のオモプラッタがバッチリ決まった! 豪、肩がピンチ! え、離した!? 何!? 観客がざわついてるぞ!」
カイトが分析。
「圭の動きは計算ずく! オモプラッタをわざと離して、メンタルを揺さぶる! 豪の焦りが漂ってるぞ!」
豪は「効かねえ!」と吠え、なおも強引に突進。
圭は冷静にシングルレッグテイクダウンで捉え、マットに叩きつける。
素早く右腕を両足で挟み、腕十字の形に持ち込む。
肘に強い圧がかかり、豪の顔が歪む。
だが、極める直前でサッと解除し、冷たく笑う。
豪の呼吸が荒くなり、目に動揺が浮かぶ。
だが、「くそっ!」と吠え、立ち上がりながら顔を狙った肘打ちを放つ。
圭は冷静に肘をかわし、クリンチで動きを封じる。
右足を捉え、マットに倒す。
素早く体を回転させ、シングルレッグXガードへ。
右足で右膝裏を絡め、左足で腰を押さえ、豪のバランスを崩す。
豪の右踵を脇下に引き寄せ、ヒールフックをセット。
踵に強い圧がかかり、豪が「うっ!」と呻き、顔が歪む。
圭は極める直前でサッと解除する。
豪は膝を押さえ、荒々しい呼吸で立ち上がるが、足元がふらつき、目に恐怖がちらつく。
豪が「ふざけんな!」と唸り、追い詰められた獣のような目で最後の手段とばかりに金的キックを繰り出す。
だが、圭は一瞬の隙を見逃さず、膝を軽く曲げ、キックをガード。
豪のバランスが崩れたその刹那、圭は滑るように背後に回り込む。
両腕で胴を捕らえ、バックマウントを奪う。
圭の両足が腰にしっかりとフックし、まるで蛇が獲物を締め上げるように固定。
右腕で肩をガッチリ押さえ、逃げ場を奪う。
左足を巧みに動かし、豪の右足を絡めてツイスターをセット。
圭は体を左に傾け、豪の頭を右に、腰を左にひねる。
背骨に圧がかかり、豪の顔が苦痛で歪む。
「うっ!」と息を詰まらせ、豪の体が硬直する。
だが、圭はここで止まらない。
ツイスターのポジションを維持したまま、左足を滑らせ、豪の右足をさらに深く捉える。
まるでパズルを組み替えるような流れる動きで、バナナスプリットへ移行する。
圭は豪の右足を両足でがっちり挟み、左腕で体を押さえつけながら、股関節に容赦ない圧をかける。
豪の口から「うあっ!」という叫びが漏れ響く。
観客のざわめきが一瞬静まり、豪の苦悶の声だけが場を支配する。
圭は冷たく見据え、「まだだ」と小さく呟く。
バナナスプリットの圧を保ちつつ、右足を巧みにずらしてさらにコントロール。
体を軽くひねり、まるで水が流れるような動きでシングルレッグXガードへ移行する。
圭の両足が豪の右足をがっちり捉え、まるで鎖のように締め上げる。
そこから一気にカーフスライサーをセット。
圭は両腕で豪の左足を高く持ち上げ、股を大きく開かせる。
ふくらはぎに圧がかかり、豪が「うあっ!」と叫び、痛みで両腕で頭を抱える。
股を開かされ、じたばたする無様な姿に観客が爆笑する。
「え、なにあれ!?」
「うわ、恥ずかし!」と笑い声が響く。
美咲が腕を組み、ニコニコと笑いつつ「うんうん」と満足そうに頷く。
圭が吼える。
「お前は舐めすぎた! 対策もしてない素人が、絶対に勝てない! それが格闘技だ!」
そしてカーフスライサーを深く決め、豪の叫び声が弱まる。
「ぎげげげげええええっ!」
激痛で体が脱力し、リングに崩れ落ちる。
レフェリーが素早く割って入り、試合を止める。
観客が「圭! 圭!」と熱狂し、会場が揺れる。
真央が叫ぶ。
「圭、豪を圧倒! カーフスライサーでKO! 豪の心が折れた!」
カイトが補足。
「圭のこの流れ、芸術だ! バナナスプリットで股関節を極め、カーフスライサーで一気にフィニッシュ! 観客が総立ちだ!」
健太チームが1勝を挙げ、2対2の同点に。
圭が荒い息で立ち上がり、「蓮さん……やりましたよ」と呟く。
剛が「最高の試合でした!」と声を上げ、流星が「あいつの最後の顔見ましたか! 最高でしたよ!」と笑う。
蓮が静かに頷き、「よくやった。それでこそ俺の右腕だ」と言う。
颯が冷たい目で豪を睨み、静かに立ち去る。
健太が拳を握り、「次は俺だ! 絶対勝つ!」と叫ぶ。
美咲が健太を振り返り、これまでにない満面の笑みで言う。
「次はお前がぶっ倒す番だ」
健太チームの士気が沸騰する。
「はい、美咲さん!」と目を輝かせ、拳を握り締める。
第十八話
夕暮れがグラウンドを赤く染め、会場は最終決戦の緊張感に包まれる。
スクリーンにカーフスライサーのリプレイが流れる。
観客席では「健太! 颯!」と書かれた応援幕が揺れる。
観客席で、優斗がPicoTubeのライブ配信に熱を込める。
「健太、お前がカーストをぶっ壊す瞬間、俺が世界に届けるぞ! 絶対勝てよ!」
コメント欄に「下克上!」が殺到し、優斗が隣の生徒に拳を突き上げて、「頑張れ健太!」と叫ぶ。
真央が声を張り上げる。
「体育祭のフィナーレ、運命の最終戦! 2対2の死闘、健太チームの魂が颯の空手を打ち砕くか! 健太の不屈の闘志で歴史を刻め! リングが今、炎に包まれる!」
カイトが吠える。
「PicoTubeの戦士たち! 圭のカーフスライサーが2500万ビューで世界を震撼! 健太 vs 颯、コメント欄は魂の激突でトレンド1位! 健太の執念が颯の空手の切れ味をどう打ち破るか、刮目せよ!」
真央が続ける。
「泣いても笑ってもこれが最後! 健太の逆襲か、颯の王者の貫禄か! リングに全てをかけろ!」
観客席は「健太! やれ!」「颯! 決めろ!」の声援が響き合い、熱狂の坩堝と化す。
雷鳴のようなドラムが轟く。
スクリーンに「FINAL BATTLE」の文字が炎と金色の光で浮かび上がる。
眩いスポットライトがリングを照らし、スモークの中から健太が現れる。
雷神ジムのロゴ入り黒いTシャツを着込み、MMAグローブを掲げる。
スクリーンには、過去の文化祭でのバズった逆転劇――健太が蓮の拳を躱し、ジャブで応戦した「底辺の逆襲」動画――が流れる。
蓮が「うっ、あの時の……」と顔を赤らめ、圭がメガネをずらして「心中お察しします……」と呟いて、恥ずかしそうに苦笑い。
健太がリングに飛び乗り、拳を突き上げると、会場がさらに沸く。
重低音の和太鼓が会場を震わせ、青いスポットライトが颯を神像のように照らす。
空手の黒帯を締め、手にはMMAグローブ。
冷徹な目で空気を支配した。
スクリーンに幼少期の道場で型を磨く颯の姿と、大会でハイキックが相手を一撃で沈める映像が映し出される。
観客席が静まり、颯チームの軍隊のような整列がカーストの鉄壁を象徴する。
颯が「勝たせてもらうよ。俺にも背負っているものがあるんでね」と小さく呟く。
応援団が「颯、無敵!」と叫びながら旗を振る。
颯が静かにリングに上がり、健太と視線を交わす。
真央がマイクを握り、叫ぶ。
「赤コーナー、佐藤健太! 雷神ジムの魂、カースト下位の逆襲者! 全てを賭けて頂点を砕く! 青コーナー、颯! 空手の黒帯、カーストの絶対王者! 冷徹な一撃で全てを支配する! 下克上の魂か、頂点の鉄壁か、今、学園の運命が決まる!」
試合前、仲間たちが健太を囲む。
蓮が健太の肩を叩き、「癪だが、お前が決めてこい」と低く言う。
美咲が、健太を見据え、「練習を信じろ。それだけだ」と鼓舞する。
健太が拳を握り、「絶対勝ちます! 今日全てを変えてみせる!」と叫ぶ。
颯が青いスポットライトの下、黒帯を締めて直立する。
背後にはチームが一列に整列し、最後尾に豪が肩を落とし、目を伏せて静かに並ぶ。
観客席が静まり、圧倒的な威圧感がリングを包む。
レフェリーがリング中央に立ち、両者を呼び寄せる。
「ルール確認だ! 3ラウンド、3分。反則は金的、頭突き、後頭部攻撃。クリーンファイトを求める! 互いにタッチ!」と声を張り上げる。
観客席が静まり、緊張感が漂う。
健太と颯がグローブを軽く合わせる。
健太が低く呟いて、「俺はずっと下で笑われてきた。もう誰も見下させない。絶対に倒す!」
颯はニヤリと笑い、「いい気迫だ。君の全力をぶつけてくるといい」と返す。
ゴングが「カーン!」と鋭く響き、会場は「健太!」「颯!」の熱い声援で一気に沸き立つ。
健太は雷神ジムで磨いた対空手用の少林寺拳法の受け流し構えで、ガードを固め、鋭い眼光で相手を捉える。
だが、颯は意外にも空手の構えを見せず、ボクシングスタイルのガードを軽やかに上げ、ニヤリと不敵に笑う。
試すような軽快なフットワークでリングを舞う颯に、観客席からは「え、ボクシング!?」と驚きのどよめきが広がった。
真央が声を張り上げる。
「最終戦、スタート! 健太の魂 vs 颯の空手……えっ、ボクシング!? 予想外の激突だ!」
健太が「くらえ!」と叫び、ジャブで牽制する。
颯はスウェイでかわし、右ストレートを胸に繰り出す。
鋭い衝撃が響き、健太が内受けで耐え、顔を歪める。
健太が鋭くインサイドに踏み込み、左ボディフックを脇腹に。
颯が一瞬硬直する。
颯はジャブを連打、「パパッ!」とガードを叩く。
健太が受け流しで耐え、フェイントでスウェイを誘い、右ストレートを颯の肩に叩き込む。
鋭い音が響き、颯が一瞬後退。
健太が「これが雷神ジムの魂だ!」と吼え、左フックを顎に叩き込む。
「ガツ!」と音が響き、颯がよろける。
颯がカウンターで右アッパーを顎に。
「ゴン!」と音が響き、健太が外受けで衝撃を流し、踏みとどまる。
健太が「まだだ!」と叫び、クリンチで颯を引き寄せ、内ももに膝蹴りを連打する。
「ドス! ドス!」と音が響き、颯の右足がわずかにブレ、顔が一瞬歪む。
颯がクリンチを振りほどき、右足を庇うように一瞬ガードを固め、ニヤリと笑う。
「すまないな。どうしても君の真似がしてみたくてね」
その瞬間、颯がガードを下げ、膝を軽く曲げ、拳を腰に引きつけたフルコンタクト空手の構えに切り替え、冷徹な目で射抜く。
「ここからは本気でやらせてもらう」
リングに冷たいプレッシャーが満ち、観客席が「うおお! 空手だ!」とどよめく。
空気が重くなり、健太の背筋に緊張が走る。
美咲が鋭く叫ぶ。
「健太! 距離を詰めろ!」
彼女の声が響き、健太の目が一瞬鋭くなる。
「ドンッ!」
刹那、颯がマットを踏み込み間合いが詰まる。
颯が左足フェイントからローキックを左足に。
「バシ!」と音が響き、健太が流し切れず、膝をつきかける。
「痛ぇ……!」と呻く。
健太が息を整え、ジャブで牽制する。
インサイドに踏み込み、右ボディブローを叩き込む。
「ゴン!」と重い音が響く。
颯が即座に突きを胸に繰り出す。
「パパッ!」と音が響き、健太が内受けで耐え、一瞬の隙を突き、クリンチで内ももに膝蹴りを叩き込む。
「ドス!」と音が響き、颯の右足がさらにブレる。
颯が「無駄だ」と呟き、ミドルキックを脇腹に叩き込む。
健太が半歩前に出て衝撃を逃し、左フックを顎に叩き込む。
颯が一瞬よろける。
颯がフェイントからハイキックを健太の頭部に繰り出す。
鋭い軌跡が空を切る。
健太が一歩踏み込みカウンターで右ストレートを胸に叩き込む。
強烈な衝撃が響く。
一瞬リングに静寂が訪れる。
颯がつぶやく。
「いい目を持っている。だが、空手もひとつではない!」
颯が瞬時にローキックからハイキックへ流れるダブルキックを繰り出す。
鋭い連撃が空気を切り裂く。
健太はローキックを外受けで流すが、ハイキックが側頭部を掠める。
衝撃に歯を食いしばって、一歩後退するが、「雷神ジムの魂だ!」と叫び、シングルレッグテイクダウンを狙う。
颯が強固な下半身で耐え、膝蹴りで健太の腹に反撃。
健太が息を詰まらせる。
健太が気合で踏みとどまり、ジャブで距離を取り、フェイントで颯のガードを誘い、右ボディブローを颯の腹に叩き込む。
颯が鋭く体を旋回させ、右足を鞭のように振り抜くスピニングバックキックを健太の胸に叩き込む。
「ボゴッ!」
重い音が響き、健太が衝撃に顔を歪め、ロープ際に押し込まれる。
健太が「カーストをぶっ壊す!」と吼え、クリンチで内ももに膝蹴りを連打する。
颯が冷たく笑い、「やってみたまえ!」と返す。
観客席のカースト下位の生徒たちが「健太、行け!」と拳を突き上げ、上位の生徒たちがざわめく。
健太がフェイントで颯の突きを誘い、左フックから右ストレートのコンビネーションを颯の肩に叩き込む。
颯が即座にカウンターの突きを健太の顔面に。
健太が受け流しで耐える。
颯が「まだだ!」と叫び、ミドルキックを健太の脇腹に叩き込む。
健太が受け流しで耐え、シングルレッグテイクダウンを再び狙う。
颯がニヤリと笑い、「それを待っていた」と顔面に膝蹴り。
健太は咄嗟に腕を絞りガードするが、とてつもない衝撃に吹き飛ばされる。
颯は追撃せず健太を見下ろす。
ゴングが「カーン!」と鳴り、1ラウンドが終了。
健太はコーナーに戻り、額の汗を拭いながら「颯、強すぎる……」と呟く。
美咲がリング脇に立ち、健太の肩に手を置いて、タオルを渡しながら鋭く言う。
「よくやった! 無事戻ってきただけでも上等だ! 喋るな。体を休ませろ」
健太がタオルを受け取り、目を燃やして頷く。
美咲が小さく笑い、「その意気だ。作戦を徹底しろ」と拳を軽く突き合わせる。
対する颯はコーナーで静かに目を閉じ、深呼吸しながら「数か月でここまで戦えるとはな」と小さく呟く。
その目には一瞬、情熱が燃える。
第十九話
1ラウンド終了のゴングが鳴り響いた後も、観客席からの「健太!」「颯!」の叫び声が響き渡った。
巨大スクリーンには、健太の執念のボディブローと颯のスピニングバックキックがスローモーションで映し出され、観客の歓声がさらに高まった。
真央が興奮を抑えきれずに叫んだ。
「颯のフルコンタクト空手がリングを切り裂き、健太を追い詰める! 雷神ジムの魂が炸裂するのか、それとも颯の冷徹なキックが決めるのか!? 2ラウンド、運命の逆転劇が始まるぞ!」
カイトがマイクを奪い、声を張り上げた。
「颯のボクシングと空手のスイッチングが健太を翻弄したが、健太の内ももへの膝蹴りとボディ攻めが颯の右足に明確なダメージを与えた。健太がこの隙を突けるか、2ラウンドで勝負の流れが決まる!」
カイトの煽りに、観客席が「行けえ!」と総立ちになり、熱狂の渦に飲み込まれた。
カースト下位の生徒たちが「健太! ぶちかませ!」と叫び、手作りの応援幕を振った。
一方、颯の応援団は「颯! 粉砕しろ!」と統率された声を響かせる。
リングエリアの空気は火薬庫のように張り詰め、2ラウンドのゴングを待った。
ゴングが「カーン!」と鳴り、歓声で揺れる。
健太は少林寺拳法の受け流しの構えで身構えた。
颯はフルコンタクト空手の構えで、右拳を腰に引き、右足を軽く浮かせて距離を測った。
健太が軽快なフットワークで動く。
ジャブを繰り出し、颯の視線を上段に誘導。
颯は冷静にスウェイでかわし、ステップを刻む。
健太は左フックのフェイントでガードを引き出し、左足で軽いローキックを颯の右足外側に放つ。
「パシッ!」と軽い音が響くが、颯は無表情でガードを固め、右足を素早く引き戻す。
健太は畳みかける。
ジャブを連打し、視線を上段に引きつけ、右足で強烈なローキックを颯の右足内側に叩き込む。
「ガツン!」
重い衝撃音がリングに響き、颯の右足がわずかに沈む。
颯の顔が一瞬歪んだが、即座に前蹴りを健太の腹に突き刺す。
「ゴッ!」
鈍い音とともに、健太が一歩後退。
颯は右足を軽く動かし、ダメージを隠すようにステップを踏む。
だが、健太はそのステップの微かなブレを見逃さない。
颯の右足が一瞬遅れる癖を見抜き、左フックのフェイントを繰り出す。
颯のガードが反射的に上がった瞬間、健太は左膝を上げる。
「ヒュン!」
空気を切り裂く鋭い音とともに、颯の右足が強烈なローキックを放つ。
弧を描く軌道は、まるで雷鳴を伴う嵐のよう。
だが――
「ガキャッ!」
骨が軋むような衝撃音が響き渡る。
健太の左膝が、颯の蹴り足の脛に完璧に叩きつけられた。
焼けるような激痛が健太の膝を貫く。
「ぐっ…!」
歯を食いしばり、顔を歪める。
だが、追撃は来ない。
観客の息を呑むどよめきの中、健太が目を開くと、颯が右足を押さえ、苦悶の表情で膝をついていた。
颯の脛から放たれた力が自らを裏切り、折れるような音を残した。
会場が静寂に包まれる。
レフェリーが颯に近づき、「大丈夫か?」と声をかける。
颯は手を突き出し、レフェリーを制止。
深く息を吸い込み、鋭い眼光を放つ。
「喝あああ!」
腹の底から絞り出した咆哮が会場を貫く。
颯はダメージを受けた右足を高く上げ、かかと落としをマットに叩き込む。
「ドゴンッ!」
地響きのような衝撃音が響き、マットが波打つ。
レフェリーが一瞬後ずさり、観客席が静寂に飲み込まれる。
颯は右足を地面につけ、わずかに顔を歪めながら冷たく微笑んだ。
美咲が叫んだ。
「ローキックを連打しろ! チャンスだ!」
彼女の声に、健太が歯を食いしばり、ガードを固める。
颯は構えを取り、右足をあえて軽く動かし、挑発。
健太は一瞬気圧されそうになったが、歯を食いしばった。
颯がステップインで距離を詰め、裏拳を側頭部に放つ。
健太は内受けで防ぎ、すぐにクリンチに持ち込む。
内ももに膝蹴りを叩き込み、颯の右足を硬直させる。
颯がクリンチを振りほどき、飛び膝蹴りを胸に。
健太はロープ際に押し込まれるが、ジャブと左フックで意識を上段に引きつけ、ローキックを右足に叩き込む。
「バチン!」と音が響き、颯の右足が明らかに弱る。
颯が「まだだ!」と唸り、右の直突きを繰り出すが、健太はスウェイでかわし、右ボディブローを腹に叩き込んだ。
颯の息が一瞬詰まり、観客席が総立ちになる。
ゴングが鳴り、第二ラウンドが終了した。
健太はコーナーに戻り、汗と血にまみれる。
「効いてるはずなのに……あの気迫……凄すぎる」
美咲が「我慢しているが、あの接触で右足は限界だ。最後はアレで決めろ」と指示した。
颯はコーナーで右足を庇い、深呼吸した。
「やられたな。……だが、まだ終わらない」
その目に焦りと決意が交錯する。
真央がマイクを握る。
「2ラウンド終了! 雷神ジムの魂が頂点を揺さぶる! 最終ラウンドで、どちらの拳がリングを制するのか!?」
カイトが続ける。
「颯の気迫はまさに王者の証明だったが、右足のダメージは隠せない! 健太のローキックとクリンチでの膝蹴りが、颯の土台を確実に削った。健太は颯のリズムを崩し、冷静に隙を突いてる。3ラウンド目、リングはまさに決戦の舞台だ!」
ゴングが「カーン!」と鳴り、「健太! 颯!」の応援で震える。
体育祭のフィナーレを飾る最終ラウンド、観客席が「うおお!」と総立ちで熱狂の渦に飲まれる。
健太は少林寺拳法の構えで重心を低く保ち、目は燃える炎のように揺らめいた。
対する颯はフルコンタクト空手の構えで、眼光は鋭く攻撃的。
颯が一気に距離を詰め、連続突きでガードを激しく叩いた。
健太はロープ際に押されたが、左ハイキックをスウェイで間一髪かわす。
颯は右足を庇うようにステップを切り替え、再び連続突きを健太の胸に放った。
健太はフェイントの左フックでガードを誘い、右のローキックを右足外側に叩き込む!
低く重い衝撃が響き、颯のステップが一瞬乱れる。
健太はリングを回り、コーナーに追い詰める。
左ジャブを連打し、視線を上段に引きつける。
颯は左ハイキックを頭部に打ち込む。
「シュッ!」と空を切る鋭い軌跡。
健太はスウェイでかわし、着地を捉え、左のローキックを右足に叩き込む。
「バチン!」と音が響き、颯の右足が目に見えて沈む。
颯は歯を食いしばり、右足を庇いつつ左の前蹴りで反撃。
健太のガードを叩くが、力にキレがない。
健太は、フェイントの右ストレートでガードを誘い、左ボディフックを脇腹に。
鈍い衝撃が響き、颯の息が一瞬詰まる。
颯が「こんなものでは倒れん!」と吠え、突きを胸に叩き込む。
重い衝撃でロープ際に押し込まれる。
「ここで決める!」
健太はピーカブーガードを固め、颯に突進しコーナーに追い詰める。
颯はそれを捉える。
「それは悪手だ!」
コーナーから一気に反撃を試み、左ハイキックを健太の側頭部に放つ。
健太は「それを待っていた」と心の内でつぶやく。
「シュッ!」と鋭い弧が空を切るが、健太は見切ってダッキングした。
素早く密着してクリンチに持ち込み、ダイラタンシー特訓の踏みつけ力を活かし、右足を上げて颯の右膝上を押し下げるように外側に踏み押す。
「ドスッ!」と重い音が響き、颯の軸足が回転し、バランスを崩して膝をマットにつく。
健太は「これで終わりだ!」と吼え、素早く背後を取り、颯の右足を全力で踏んで動きを封じた。
颯が向き直りを試みるが、健太の踏みつけコントロールで抵抗できず、スタンディングでバックポジションをキープ。
健太は雷神ジムの特訓で鍛えた腕で首を捉え、リアネイキッドチョークを仕掛けた。
颯が息を詰まらせ、必死に抵抗。
健太は鍛え上げた体幹でバックポジションを維持し、マットに引きずり込んだ。
颯はフックを外そうと手を伸ばし、体を捻って回転を試みた。
颯の肘打ちが脇腹を捉えるが、健太はフックを再調整してバックポジションをキープ。
健太は「絶対に離さない!」と叫び、リアネイキッドチョークをさらに深く締め上げた。
颯が肩を振ってスペースを作り、脱出を試みるが、健太は全力でチョークを維持。
レフェリーが「颯、動け!」と叫ぶが、颯の目が虚ろに。
颯が最後の力を振り絞り、身体を捻って脱出を試みるが、健太はチョークを再び深く締める。
「ググッ!」
颯が健太の腕を掴むが、視界が暗転した。
戦意が途切れ、マットに崩れる。
レフェリーが叫ぶ。
「試合終了! 健太、KO勝利!」
「健太! 健太!」の歓声で沸き立った。
真央がマイクを握り、興奮で声が震えた。
「健太、信じられない逆転劇! リアネイキッドチョークで颯を完全に沈めた! 健太チーム、3対2で劇的逆転優勝だ!」
カイトが熱く続ける。
「健太の作戦が完璧だった! 颯の右足を執拗にローキックで削り、クリンチからバック奪取! これぞ雷神ジムの底力だ!」
美咲がコーナーからリングに駆け上がり、健太を抱きしめ、目を輝かせて叫んだ。
「よくやった!」
観客席から優斗が駆け寄り、汗と涙で目を光らせながら叫ぶ。
「おめでとう! 底辺だった俺たちの夢、叶えてくれてありがとう!」
健太は笑顔で拳を上げる。
「みんな、俺たちの想いを届けたぞ!」と叫んだ。
剛が男泣きし、圭がクールに頷く。
蓮が低く呟いた。
「ふん、お前は俺が倒す」
颯はレフェリーに支えられ、健太に振り返り、「まさか……負けるとはね」と呟く。
颯の応援団が「颯、誇りだ!」と拍手を送る。
真央が締めくくった。
「健太チーム、体育祭優勝! カーストの壁を打ち砕いた!」
第二十話
リングエリアが拍手に沸く。
巨大スクリーンに健太のリアネイキッドチョークで颯をKOした瞬間がリプレイされ、配信の視聴数が5,000万を突破した。
優斗が目を潤ませて叫んだ。
「お前のおかげで底辺の希望が生まれた!」
拳を突き上げ、「これからも一緒に戦おうぜ!」と健太に笑顔を見せる。
真央が感情を込めて叫んだ。
「健太チーム、体育祭優勝! 魂と絆が織りなす奇跡の逆転劇! このリングで、カーストの壁をぶち壊した瞬間を、誰もが目撃した! 全選手たちに盛大な拍手を!」
観客席が「うおお!」と再び総立ちになり、割れんばかりの拍手が響いた。
颯が峻に支えられ、ゆっくりとリング中央に歩いた。
右足を引きずりながらも、冷徹な眼差しは輝きを失っていない。
颯がマイクを手に取ると、会場が静まり返る。
健太が息を整え、見つめる。
彼がマイクに向かって静かに語った。
「いい勝負だった。今回の勝負、俺の完敗だ」
観客席がどよめき、クラスメイトが「颯……!」と呟く。
彼が続ける。
「実は、今回の勝負には個人的な賭けがあった。勝った方が負けた方の言うことを一つ聞く。それが俺と彼の約束だ」
会場がざわめき、配信コメント欄に「賭けって何!?」「健太と颯、熱い!」が殺到した。
颯がニヤリと笑い、「俺が勝ったら、君を傘下にするつもりだった。だが、負けたのは俺だ。君は何を望む?」
健太が周囲を見渡した。
優斗、剛、流星、蓮、圭の顔が目に入る。
観客席のクラスメイト、応援団、ライバル校の生徒、そして腕を組む美咲とカイトの姿。
健太は深呼吸してマイクを受け取り、力強く叫んだ。
「俺はこのカースト制度から脱却する! 俺と仲間たちを、この枠組みから解放してくれ!」
観客席が一瞬静まり、すぐに「うおお!」と大歓声が上がる。
配信コメント欄が「健太、まじか!」「カーストぶっ壊せ!」で埋め尽くされる。
颯が眉を上げて「新しい派閥を作る気か?」と尋ねた。
健太が拳を握り、「派閥なんかに興味はない! カースト制度そのものをぶっ壊したいんだ!」と叫ぶ。
観客席のクラスメイトが「健太、最高!」と叫び、ライバル校の生徒が「マジかよ……!」とどよめく。
「君はそういう奴だったね」
颯が微笑み、マイクを握り直す。
観客席に響き渡る声で宣言する。
「ここに健太派閥の誕生を宣言する! 彼らはカースト制度の外に立つ。俺の名のもとに、手出しは許さん!」
会場が「うおお!」と爆発的な歓声に包まれる。
健太が「俺は派閥なんて……!」と反発するが、颯が指を突きつけて「まぁ、先輩の言うこと聞いておけ」と笑った。
剛が「マジかよ、派閥リーダー頑張れよ!」とからかい、流星が「配信バズってるから、すぐメンバー集まるぞ!」と笑う。
蓮が「健太らしいな」と呟き、圭が「予想通りですね」と蓮にクールに微笑む。
美咲が「まぁ、及第点だな」と小さく笑い、カイトが「これぞコンテンツ!」と拳を突き上げる。
真央が叫ぶ。
「健太チーム、体育祭優勝! このリングで、底辺と呼ばれた少年がカーストの壁をぶち破った! 颯の宣言が、仲間と共に切り開く新時代を告げる! みんな、この歴史的瞬間を心に刻め!」
健太チームの勝利の歓喜、颯の宣言による新たな絆、そしてカースト制度への挑戦の第一歩で、体育祭のフィナーレを迎える。
数週間後、放課後の校舎の屋上。
秋風がそよぐ中、健太は美咲と優斗と過ごしている。
学校内のカースト制度は颯の宣言以来、目に見えて薄れ始めていた。
かつての底辺層の生徒たちが堂々と歩き、中位カーストの生徒たちが「あの試合やばかったな!」と気軽に声をかけてくる。
格闘技を始める元底辺層も増え、体育館ではミット打ちの音が響く。
噂では優斗が仲間を集めているらしいが、健太にはピンとこない。
「健太派閥」に底辺層のほとんどが入っているとも聞くが、健太が「別に何も変わった気はしないな」と呟いた。
たまに上位カーストの生徒から睨まれる気がするが、手を出されることはない。
優斗が「派閥リーダーってどんな気分?」とニヤニヤ。
健太が「だから派閥なんてないって」と笑う。
美咲がふと立ち上がり、「なあ、健太。今日、うちに来ない?」とポツリ。
優斗が目を輝かせ、「お、これはもしや……!」と茶化すが、彼女が「兄貴がさぁ」と肩をすくめる。
健太が「そうですよね、カイトさんですよね」と笑い、優斗が「ちぇ、つまんね」と肩を落とした。
三人で笑い合いながら、健太は雷神ジムに向かう。
雷神ジムに健太と美咲が着くと、汗と革の匂いが漂う中、カイトが派手なマスクでシャドーボクシング中。
健太が入ると、彼が振り返り、「おぉ来たか、下剋上キッド!」とハイテンションで拳を突き上げる。
健太が「ありがとうございます! カイトさんのおかげです!」と笑うと、カイトがニヤリと笑う。
「いやいや、まだまだこれからだよ! 多分、君は毎日のように襲われると思うから、気をつけてと言っておこうと思ったんだ!」と明るく続ける。
健太が「え、どういうこと!?」と目を丸くする。
彼が笑顔で続ける。
「コミュニティのトップを倒したんだ。たとえ一角でも、気に入らない奴は多いぞ! 俺も毎日いろんな奴に絡まれたんだよな! 美咲も最初は襲われてたな!」
全く和まない内容なのに、彼の声は陽気だ。
美咲が「まぁそんなもんだろ」と呟きつつ、「まぁ、あたしは困ったこと無いけどな」と笑う。
カイトが「まぁ、全員倒せばいずれ敵はいなくなる!」と笑う。
健太が「そんな……マジすか」と困惑するが、彼が健太の肩をバシンと叩く。
「だから、今日は休んで、明日からまた鍛えるぞ!」と拳を突き上げた。
健太が「そんなぁ!」と叫び、ジムに笑い声が響く。
健太はジムの鏡の前で拳を握る。
「カーストを壊せたと思ったのに、まだまだ戦わないといけないのか」と呟く。
学校ではあの試合の話が広がり、底辺だった仲間たちが胸を張り、中位カーストの生徒と笑い合う。
蓮チームは相変わらずグループで動き、新しい技を編み出していた。
颯は校庭で空手の型を磨き、豪が「健太派閥、路上じゃどうかな」とニヤリと笑う。
颯が「拳で語れ」と返す。
健太は屋上やジムで仲間と過ごす日常に、変わらない自分と少しずつ変わる世界を感じる。
カースト制度への挑戦は始まったばかりだ。
雷神の拳 - 逆襲のカーストブレイカー @Yuki-kawai
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