珍撃の巨人出没パニック!ふもっふ!
1:人生の特異点
「なんか巨人出てきたー」
そう言って騒ぐ馬鹿一人、今日も平和だ、平常運転だ。
私は、巨人研究家の速水将。どっかの声優と一字違いなので、ご注意を。まあ、間違えたところで、こちらの知名度は露ほどもないので、ご安心を。なんも影響も被害もあなたにはない。
うむ、書いてて悲しくなってくる。
だから、この記述を目にした君、私の名前の入った本を見かけたら、手に取ってレジに運んで、金を払ってくれ。というか、ください。購入後は1ページも開かないまま、ゴミ箱に直行してくださっても構いませんので。
まあ、それも自費出版だがな…もっと悲しくなってきた…
さて、本題に入ろう。脱線癖は私の悪いクセだ。そして、眼前には、本業の研究対象である巨人が横たわる、って…これ、5メートルサイズはあるよな、これ?
「本物?????????」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか、所長!」
助手の早見サオリン君がさっきから怒鳴っている。こちらも…以下略
えええええーーーーーー!!!!!!!!
巨人いたんだ!?!?!?!
自分、巨人研究家なんですが、正直言いますと、学者になるにはどの分野がいいかなーって悩んで、ゼミの教授に相談した結果、
「教育学部か文学部のニッチな学科がいいよ😊」
とのことで、選んだのが、文学部歴史科巨人学専攻なんですね。私、教育とか無理だし、人を育てるとか、導き先が銀河の果てで、多分、十割半グレになると思う。いやマジで。
そこで、誰も興味ないというか、「プギャー、巨人なんかUMAでしょwww」って思われてる昨今、後継者不足に悩まされていた巨人学に行っちゃいましたと。
なので、巨人にそもそも興味ない。巨人ってなーに? 「進撃する巨人」なら全巻持ってるけど状態です。そんな状態で、中年を迎え、先任の教授も引退なされ、見事、教授職を得て今に至る。とのことなんですね。あとは、退職金と年金をインセンティブに、定年まで大火なくやり遂げることが人生最大の目標でして、巨人論文も海外の論文をAI翻訳ででっちあげ、なんとか今日に至る。そんな矢先に、
「教授! これ、大発見です! 発表しましょう!」
助手よー、これどー見ても、五メートルに肥大化した人類じゃん。これ動いたら、
人類の常識が色々変わるぞ。うん、軍事にスポーツに医療に宇宙工学に、食後のおやつにと色々とな。日陰暮らし確定だった我々に一気に脚光が当たる可能性は大いにある。と同時に、何から狙われるかもわからんだろうに。CIAとかKBGとかとお友達になりたくないよ、私は…なので、いったんは
「待て待て待て、おま、落ち着けって」
と大人の余裕を披露…ふふん…なのに、この助手ときたら…
「このボンクラが! これが落ち着いてられるかっての! 私らの主張が真実だったってこれで証明できるだろうが!」
え? 私の方が上だよね?
まあ、この態度も致し方ない面もあり、彼女ことサオリンは熱烈な巨人フリークであり、私のような教授職目当てで巨人学を専攻したわけではないかったのだ。でも、だからと言って…
「見てくださいよ! この死体、死にたてホカホカですよ! 死後3日もたってないんじゃないかな!?」
この笑顔…三十間近の女の言動、表情、態度ではない。オタクそのものである。
ああ、今日もこの女に振り回される日が始まるのか、とそう思った。
2:人生の分岐点
「あわわわわ! アメリカの大統領がウクライナ侵攻ですって!」
え?
「ロシアに攻めるつもりが言い間違えてウクライナって言っちゃった手前、引き返せなくなったとかで、”男子に二言はない。男たるもの、口にしたことは実行する。不言実行なのだ!”って宣戦布告しちゃってるよ!」
「この大統領って日系だっけ? 大和魂そのまんまのセリフなんだけど」
「いやー、この人、金髪碧眼のバリバリのアングロサクソンですけど」
と中継を見ていたら、件の大統領が一冊の本を取り出して語る。
「ベネディクト氏の『菊の日本刀』には強く感銘を受けた。私の中には武士道とものの哀れが宿っている。ここに宣言する。ウクライナ諸君、正々堂々と武を競い合おう! 威風堂々とこちらもそれに受けて応える所存にて!」
「えーと…教授、私、巨人学以外は浅学非才の身でして、ちょっちよくわかんないんですけど、いっすか?」
「言わんでいいけど、どうぞ…」
「あの本って、大戦前に”日本人の傾向と対策”のために書かれたもので、日本人賛美どころか日本人下げが主な内容ですよね…」
「うむむ、むしろ、イナゾーの『武士道ブレード』の方だよな、大和魂に被れるとすると」
と二人で、しばし中継に見入っていると、肝心なことが置き去りにされていく数時間だった。
3:おやつとお餅
日課であるお昼の三時を迎える。我々二人は必ずいれたてのコーヒーとお菓子でこの時間を過ごすことにしている。二時半には、我々二人は待ちきれない模様で、そわそわの空気が研究室を充満する。
だが、もっと充満していたのは死臭であった。
「くさ! なんすかこの匂いは!」
ウクライナ侵攻の中継ですっかり忘れていた二人の嗅覚は、巨人の死体の存在を忘れさせていたのだった。そのことを教えてくれたのは、質問にやってきた学生(巨人学なんかの質問に来る馬鹿)の第一声であった。
「あ! これ、巨人!?!?!?」
当然、学生は驚く。そして、当然、今時の子らしく、
「絶対バズる! これインストと竹徳にアップしていっすか?」
「だめだめ。それやったら訴えることになるかもよ」
「えー、けちー」
「いやいやいや、第一発見者は私なんだから、教授、あんたも駄目!」
サオリン氏、君、死体忘れてたよね?
「とりま、AIに論文書かせて、写真と動画をアップしなきゃ!」
サオリン氏、三十女の割に、現代的な手際の良さがある…ちょっと感心。じゃなく、
「待て待て待て、餅付け。どういう影響が出るかよく考慮してからじゃないとまずいでしょ」
そう大人の判断を伝える私はきっとナイスミドルなダンディーさであっただろう。そう確信できる反応をサオリン氏からも伺える。私はサオリン氏のそんなところが少しだけ愛らしく思う。
「わかりました。準備しますね!」
そう言って、サオリン氏は研究室を飛び出して行った。
残される私と学生。
「うん、おやつが二人分あるから、君、食べてく?」
「あっ、はい。死体の横はキモいっすけど、いただきます」
なんとか今日もおやつの時間を迎えることができたのであった。
4:めぐるまわる滞る
「いやっはー! 餅と餅つき器を買ってきました! 領収書はとってありますんで、よろしくね!」
…えーと?
「餅つけって言ってたじゃないですか? だからね!」
ごめんなさいね、読者の皆さん。もう突っ込むのめんどくさいんで、この馬鹿に付き合って、餅つきをすることにしますね。今日はもう講義も会議もないですし。あー、餅米のいい匂いが充満する。
「教授、きな粉と醤油のどっちにしますか?」
「海苔巻いて、醤油かなー」
「おかのした」
夕飯時に、晩飯代わりにお餅に舌鼓する二人。海苔の香ばしい香りがお餅に塗った焦げた醤油と合わさって食欲をくすぐる。喉に詰まらせないように、咀嚼多めに、満腹中枢を多めに刺激、二人とも基礎代謝が落ちてきてるので、過食には気をつける年頃ですよね。そんな幸せな時間が過ぎていった。
「私、教授と過ごすこの時間が好きなんです」
少々年齢は離れてはいるが、お互いに独身。研究室で同じ時間を過ごす中、研究分野が同じなので話題もに事欠かない。共有した時間はいかほどか。そろそろ決断の時を迎えているのではないかと、思い、少しばかりの勇気を振り絞ることにした。
ら、
「教授! 虫! 害虫が湧いてますよ!」
あーーーーーー! 巨人の死体そのまんまやんけ! これ、何時間放置したのこれ? そら、虫が湧くわ、うわー、きもー! 私、虫苦手なの!
「急いで処理しないと! とりま換気しましょ! って、ばっちいなー」
こういう時、サオリン氏は心強いなー。実際に彼女は山や海へ川へと大自然を相手にフィールドワークに行ってるので、慣れたものである。頑張って、応援だけはちゃんとさせてもらいます。
「教授〜、なにもしてないじゃないですか。私ばっか働かせて。給料は良くもないのにプンスカ」
そう愚痴る彼女も魅力的である。彼女こそが私の運命の女性なのかもしれない。私はついに決断の時を迎えて(以下略)
「あ、間違えて、動画サイトにアップロードしちゃった。巨人情報が全世界に駆け巡っちゃいますねこれ。大丈夫かな」
っておいーーーーーー!!!!!!
「まいっか。最初の発見も発表も私だし、シュリーマンやエヴァンスみたいに歴史的な権威になるかも」
全く反省していない彼女はちょっぴり嬉しそうだった。私を横目に、ね。
「そうなったら、教授、私の研究室に助手として雇ってあげますね」
ペンタゴンやMI6に狙われたらどうすんの? こいつ、なんも考えてないけど、マジでこいつKYすぎて無理だわ。こんなのと結婚する男とか、どんなのか見てみたいレベルで、こいつはないわー。
と、茫然自失に襲われた私は、暴走するサオリン氏の妄言を数時間聞き流していた。ちょっと若い子にはついていけないノリですわ、もう。すると、サオリン氏がおもむろに、
「あ、アップしたサイト、ようつべじゃなくにっこにこドゥーガだったから、全然伸びてないや。再生数3とか逝ってよし。このサイト、マジでオワコンだなー。ツイ虚数のがまだマシじゃないの?」
駄目だこの女、早くなんとかしないと…って、思ってた矢先のなんとかなるチャンス到来! ここは手綱を握り直すべく、
「まあまあ、今日のところはこの辺で。明日ゆっくり考えようよ。うん、遅いからね」
「あ…はい、そうですね。そうかもですね、その通りですね」
サオリン氏は納得のいかない顔だったが、そう言って帰宅した。
そして、私は私名義で至る所のSNSで発表した。
5:次の日
「教授!!! ぶっ殺す!!! どこだ!?!」
こんなに怒るとは思わなかった私は机の下でブルっております…モサドやCSISに消される前に、彼女に消されるような気がする今日この頃でございます。皆様、第二話が迎えられたら、きっと、私の生存確認ということでございます。
お後がよろしいようで。
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